スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

波乱の乱入

金曜日を迎えた今日は、
朝から喧騒に包まれていた。
昨日の球技大会で見事に優勝し、
学校へ何でも要望を出せるという
これ以上ない権利を手に入れた。
クラスの要望を聞き、
勢いに乗せてその体を走らせた
難波を教卓の前に、
クラスメイト達は騒いでいる。

「どうなったんだ?」

「全部通ったの?」

「混浴!混浴!」

「まぁまぁ、落ち着け皆。
全員揃ったら言うからよ」

難波はクラスメイトを手で制す。
落ち着かせてきちんと話すのもいいが、
夜六には難波が
クラスメイトを弄んで
楽しんでいるように見える。

「すごい騒ぎだな」

夏八と時間をズラして
先に教室に入った夜六は
さっさと自分の席に座り、
前の席に座っていた近藤と言葉を交わす。

「そりゃそうさ。
この学校の力を持ってすれば
出来ないことの方が
少ないくらいだからな。
皆、学校生活を楽しむ為に
一生懸命になるさ」

教室の前の方で騒いでいる
クラスメイトを遠目に見て、
近藤は他人事のように言う。
その横顔があまりにも静かだったから、
つい夜六は聞いてしまう。

「近藤は興味なさそうだな」

言われると、近藤は首を横に振る。

「興味がない訳じゃないよ。
あの権利を得る為に俺も
必死でボールに喰らいついたし、
体力の限界がきても走った。
けど、俺は楽しく皆と過ごせたら
それでいいと思ってるから、
皆が納得するような案を
海斗が出してくれるかなって
ほんの少しだけ期待してるんだ」

何でも要望出来る権利に興味はない。
しかし、それを活用したいという
クラスメイト達には
より良い学校生活を送ってほしい。
と、近藤はそう語った。
あれだけ他の人が騒いでいるのだから、
近藤も混ざればいいのにと、
夜六は勝手に思っていたが、
彼には彼で思う事があるらしい。
楽しむ時は楽しんで、
頑張る時は頑張って、
自分以上に他人の事を思う近藤は、
とても穏やかで優しい目をしていた。

「だから、もうちょっとだけ待っ──」

変わらず、クラスメイト達を宥める難波。
その難波の言葉を遮って、
ついでに騒ぐクラスメイト達さえ
一瞬にして黙ってしまった。
教室の後方、ドアが開いた音。
開け放たれたドアの向こうに、
その犯人はいた。
彼女は教室を見渡して、
ある一人を見つけると、
ズンズンと歩みを進めて
その人の目の前で腕を組む。
キラキラと光るくらいに眩しい
綺麗な金髪を前に垂らし、
同じく金色の瞳をしている。
端正な整った顔立ちと、
凜然としたその大きな存在感が
教室の空気を丸ごと支配していた。

「名前は?」

ぶっきらぼうに、彼女はそう言う。
自分から名乗ることもなく、
ただ相手の名前を問う。
失礼極まりない態度だが、
そんな態度をされたくらいで
彼女の目的の人物は
機嫌を損ねたりしなかった。

「…霧峰だが?」

「下の名前も」

一応、イントネーション的にも
霧峰だけど、何の用?
というつもりだったのだが、
彼女はそんなことを構わないで
下の名前も聞いてくる。

「…夜六だ。夜に漢数字の6で夜六」

「そう、なら夜六。
お前に命令します」

クラスメイトが囁き合うのが聞こえる。

「おい…あいつってさ…」

「出たよ…」

「霧峰君…可哀想……」

夜六は肌で感じていた。
クラスメイト達が彼女を見る目の
その痛々さを。
彼女の見た目はとても可愛らしい。
女の子としてのスタイルも
この学年の中でもトップクラスだろう。
しかし、クラスメイト達のあの表情。
確かに態度は少々大きいが、
見た目以上に驚く程ではない。
クラスメイト達が彼女に抱く
感情が何なのか、
それを夜六は確かめようとするが──。

「この神時雨ししぐれ  恵奈めぐなと付き合いなさい」

分かりやすい自己紹介ありがとう。
ついでにその他諸々の
プロフィールも教えて欲しいのだが。

「は?」

「光栄でしょう?そうでしょう?
日本の経済の2割を指揮してる
神時雨のお嬢様である
この恵奈がお前のような下民と
付き合ってあげると
言っているのよ?
返事なんていいわ!
どうせOKでしょ?ね?ね?」

神時雨か……無論、知っている。
日本に来る時に日本の事は
大体調べているのだ。
というか、影で暗躍する者でも
表で活躍する者でも誰でも知っている。
神時雨、漣宮さざなみみや流々崎るるさき火牙城かがしろ
この4つの家と三大学園が
今の日本の全ての中心だ。
日本に存在する企業は当然のこと、
海外にある企業の一部も
4つの家か三大学園の権力下にある。
そして、夜六の目の前にいるのは、
その神時雨のご令嬢で、
どうやら彼女の性格は
かなりのお嬢様気質らしい。
確かに負けん気は強いし、
身だしなみも整ってはいるが、
別に特別、彼女に惹かれる要素はない。
それに、夜六は恋愛に興味がない。

「生憎、俺はお前に興味はない。
それに、俺は日本には最近来たから
神時雨という名前も初耳だ。帰れ」

こういう、所謂面倒な奴とは
早々に縁を切るに限る。
彼女が武器にしている
神時雨という名前を
そもそも知らないフリをして、
夜六は突き放そうとする。
しかし、彼女は引かない。

「そうやって強がっても無駄よ。
お前はもう、恵奈の獲物なんだから。
その内に獣みたいに恵奈を求めるわ」

教室の空気がどんどん冷えていく。
もはや、何を言っても
神時雨は聞こうとしないだろう。
有り余り過ぎる自信が
周囲とのズレを認識させないのか。
これは困ってしまった。
こういった奴との接し方を夜六は知らない。
クラスメイト達も
遠巻きに夜六に同情の視線を送るだけ。
夜六の前に座っていたはずの
近藤もいつの間にか消えており、
どうしようかと思っていた時、
救世主が現れてくれたのだ。
誰に対してもハッキリと言う、
ある意味で面倒な奴。

「席に座れないのだけど、
そこ退いてくれるかしら」

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