スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

要望

「「「かんぱーい!」」」

球技大会終了後の放課後。
夜六達は教室で打ち上げをしていた。
すぐにでも打ち上げをしたいと
ほとんどの生徒が言った為に
教室での打ち上げとなったのだが、
この大量のお菓子やジュースは
一体どこから持ってきたのだろうか。

「いや~マジで凄かった!
夜六と水都さん大活躍だったな!」

「ホントそれな!
二人のおかげで優勝したって言っても
誰も文句言えないでしょ!」

「あーありがたや、ありがたや!」

当然の事ながら、
夜六と夏八の活躍を
これでもかと持ち上げてくる。
褒められて嫌な訳ではないが、
スパイとして生きる夜六達には
そうやって話題にされるのは
是非とも辞めてもらいたいところだ。
しかし、そんなことを迂闊に喋れないので
ただ言われるがままになる。

「なぁ皆!要求どうする?」

クラスが騒がしくなる中、
今回エリート組のスタメンとして
一応活躍していた難波が
教室の前に立ち、
クラスメイトに呼びかける。

「はい!はい!プールが欲しい!」

「いや、待て!どうせなら
テーマパーク作ってもらおうぜ!」

「男女の混浴風呂解放!」

「──カジノ」

「頼む!ゲーセンを作ってくれ!」

「あ、アニメグッズの販売所欲しい…」

「出前の許可!」

学生らしい要望を言う者がいれば、
私利私欲の要望を言う者、
各々が口々に要望を言いまくり、
その全てに難波は頷く。
ニヤニヤとやらしく笑い、
やがてキッパリと言い放つ。

「よし!皆の要望は分かった!
その願い、全部勝ち取ってやる!」

近くにあったリンゴジュースを飲み干し、
難波は勢いよく飛び出していった。
チームのリーダーとしての
役割を担っていた難波が、
今回の交渉権を握っている。
本当は1週間の考える時間を
与えてもらっているのだが、
1秒でも早くに要望を通したいのだろう。
叶えてもらえる要望は
一つしかないのだが、
果たしてどんな交渉をするのか。
やり方によっては、
後々で方法を聞き出して
今後のスパイ任務にも活かそう。



それから2時間余りの時間が経過し、
打ち上げは徐々に解散していた。
難波の交渉が難航しているのか、
いつまで経っても難波が戻らず、
ただの待ち時間に飽きて
真っ先に帰ってしまった夏八に続いて、
次々に寮へと帰っていき、
最後まで残っていた夜六と近藤も
巡回の先生に促されて
寮に帰ることになった。

「まぁ、待った分だけ
期待しとけばいいだろ」

2人で夕食を食べて、
近藤は大浴場へ、
夜六は一人用のシャワー室へ向かう。
夜六は転校初日に
大浴場で蛇の刺青を晒してから、
その体を見せるのを避けていた。
その内に刺青に慣れて、
鍛えられた体を見られるのは
どうしても避けるべきなのだ。
それが、スパイの生き方だ。
大勢で風呂に入るのが苦手な人の為に
設けられた一人用のシャワー室。
1番奥のシャワー室に入り、
うっすらと汗ばんだ体操着を脱ぐ。
蛇口を捻って42度のお湯を出し、
顔から静かに流す。
正面にある鏡に目をやれば、
そこには死んだマグロのような
濁った瞳をしている夜六がいる。

「……」

夜六の左腕には、
白い傷痕が痛々しく残っている。
上腕三角筋の真ん中あたりにある
這うようなその傷痕は、
今も見る度に夜六の心を蝕む。
今日の決勝の中、
戦いの最中に思い出したあの人。
任務を遂行する為に、
命さえ投げ出したあの人。
夜六のスパイの師匠であり、
【POISON】の元リーダーだったあの人。
だが、今は語る時ではない。

「いやー、今日は疲れたなー」

と近藤が言えば、

「そうだな」

と夜六が返す。

「えっ?反応薄くね?
夜六、あんだけ活躍したのに
疲れてないとかある?」

こんな何の意味もない会話をしながら、
風呂の外で合流した近藤と夜六は
自分達の部屋に戻ってきた。
カードキーでロックを解除して
扉を開けると、
部屋の真ん中で難波がうつ伏せていた。

「おいおい、どうしたんだよ海斗。
要望が通らなかったのか?」

近藤が声をかけてやると、
難波はゆっくりと起き上がり、
目をかっと見開いて言った。

「それが、聞いてくれよ!
『クラス皆の要望を通せ』っていう、
一つの要望を言ったんだが、
一つに絞りなさいってどういう事だ!?
俺は一つしか言ってないぞ!?」

どんな交渉をしてくれるのかと
淡い期待をした夜六が愚かだった。
難波はそれから屁理屈の
オンパレードパラダイスで
理事長に迫ったらしいのだが、
ことごとく却下されたようだ。
これだけ御託を並べられる難波もだが、
そんなバカなことに
2時間も付き合った理事長も凄い。
夜六と近藤は溜め息を吐いて
難波の言い分を聞いていたのだが、
程々に打ち切って
難波を風呂と食堂に行かせた。

「あいつ、1回誤解すると
何を言っても聞かない性格だからな。
悪気はないだろうから
落ち着くまで放っておこうぜ」

結局、要望は後日になってから
クラスでよく話し合って
一つに絞るようにという事になったそうだ。
難波は納得いかない様子で
ブツブツと何か言っていたが、
夜六は無視していた。
というのも、
明日は夏八との報告会があり、
早めに学校に行く予定だ。
眠れる時に眠り、
食べれる時に食べる。
スパイとしての基本で、
すっかり身についてしまっている。
球技大会で疲れていた近藤も
早々にベッドに潜り、
スヤスヤと寝息をたてる。
相変わらず、凶器になり得る
鉄製の定規を隠し持って、
夜六も布団に入った。

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