スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

試合終了

林からのパスは、
木村を経由して荒井に届いた。
ここで点を取らなければ、
夜六のチームの勝利が確定。
だが点を取れば、残り時間次第で
荒井のチームの勝利が確定する。
何があろうと、
全てはこのワンプレーに懸かる。

「加藤の為に!
俺達は負けられないんだ!」

スタミナを使い切るような、
今までに無い荒井の全速力。
守りにいった難波と岡崎を突破し、
荒井と夜六の対面。
ここで荒井が冷静だったなら、
味方にパスをして
器用に夜六を出し抜いただろう。
しかし、自分の大切な仲間を想う余り、
他の大事な物を見落とした。
いや、一人の人間として、
あるいはスポーツをする者として、
夜六という相手に正面から
戦って勝ちたかっただけかもしれない。

「行くぞ!」

「来い。これで最後だ」

超ハイレベルな、高次元の2人の空間。
燃え上がるような熱い情熱の炎と
冷静沈着で得体の知れぬ深い霧が、
今、正面からぶつかっている。
──そして、その戦いは、
どちらの勝者もなく、引き分けた。
荒井のボールを奪おうとした夜六だが、
指は触れられたものの、
完全に止めることは出来ず、
夜六を抜き去ろうとした荒井は
夜六にボールを触れさせてしまった。
結果、ボールは荒井の手を離れ、
どこかへと飛んでいく。
そのボールを追い、掴んだのは夏八だ。
荒井と夜六の勝負の結果を読み、
ボールの行方を予想したのだ。
ここからなら3Pシュートになる。
それで試合終了だ。
美しいフォームでシュートを放つ。
が、その夏八の前を藤本が覆い、
夏八のフォームが少し崩れた。
ゴールへと入れば夜六達の勝ち。
入らなくてもほぼ同じ結果だが――。

「もらったぁ!」

天は仲間想いの荒井を見捨てなかった。
ボールはゴールの縁に弾かれ、宙を舞う。
今度、ボールを掴んだのは荒井。
夏八が打った瞬間に、
外れたのが分かったのだろう。
他のメンバー達も反応したが、
荒井の速度が速過ぎた。

「また来るぞ!」

荒井の最後に残った手段は、
コートの端から端への超距離パスと
ここからの3Pシュート。
僅かな考える時間を惜しみ、
何の迷いもなく荒井は、前者を選んだ。

「待て!鏡助!」

荒井が投げる寸前、
荒井と小寺の間に夜六が立つ。
一度止められたが故に、
小寺は荒井に声を飛ばすが、
それでも荒井はボールを放つ。
全力の中の全力を振り絞り、
大砲の弾が夜六目掛けて飛んでいく。
戦場のど真ん中で、
標的にその狙いを定めたその弾。
正面から止めようとも、
軽く吹き飛ばされる威力の代物だ。
その弾を、夜六は片手で受け止めた。
勢いを殺すこともなく、
凄まじい威力の鉄球を止めた。
ビキビキと腕から音が鳴るが、
それも勝者の余裕で無視した。

「試合終了ー!」

84対85。その差はたったの1点。
うるさい程のブザーが鳴り響いて、
夜六達の勝利が祝福される。
体育館内は拍手と歓声で溢れ、
夜六のクラスメイト達が
抱き合ったりして喜んでいた。
一方で、荒井達は泣き崩れる。
これがただのバスケの試合なら、
これがただの球技大会なら、
相手の勝利を祝福して
静かに立ち去ることも出来た。
しかし、この敗北が何を意味するのか、
それを考えるだけで
荒井達は泣くことしか出来ない。

「ごめん…加藤……」

今もどこかで苦しんでいるはずの
仲間の名前を呼びながら、
荒井は拳を床に打ち続けていた。
──だが、球技大会が終わって
荒井達が教室に戻った時、
黒板に赤いチョークで

『安心しろ。加藤は殺さない。
準備が整い次第、返してやろう
             潮風』

と書き置きがしてあった。

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