スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

東雲文華

夜六の言葉を最後まで聞いて、
夏八は納得したように頷く。
女の子である夏八には
難波の男としてのプライドが
理解できないかもと思ったが、
夜六への信頼もあって
夏八はすんなりと受け入れる。

「じゃあ彼は外して……。
残りの2人だけど、どうする?
一人ずつ当たってみる?」

メモに書いていた難波の名前に
ペンで線を引いて、
夏八はペン先を唇に持ってくる。
桜色のリップでほんのりと
光を放つ唇にペン先が沈み、
真紅の髪と瞳と相まって
とても可憐に見える。
ここにクラスの男子共がいれば
数人は鼻血を出して倒れるだろう。

「いや、俺が2人ともやる。
お前には別件を頼みたい」

意図せぬ経緯ではあったが、
東雲とは同じ図書委員になったのだ。
委員会のことをダシにすれば
簡単に近づくことができるし、
最悪、男である夜六が軽く脅せば
聞いてもないことまで
勝手に喋ってくれるだろう。
富澤も、同じ男子である夜六の方が
向こうも話しやすいはずだ。
それに、夏八に頼む1件は
夜六が動くと何が起こるか分からない。
女の子である夏八に、
夜六は頼みたかったのだ。

「別件?」

「あぁ。俺が動くより
お前が動いた方がそちらは確実だ」

夏八はふうん、と頷く。
その後、夜六は夏八に内容を伝え、
報告をする日時や場所についての
打ち合わせをしてから2人は解散した。
夏八は職員室へ向かい、
夜六は図書室に行く。
容疑者を絞ったら、調査するのみ。
その日の内に行動を開始して
一日でも早く任務を遂行する。
だが、2人は理解していなかった。
ここは銃撃戦の絶えない
アメリカの荒れ地でもなければ、
大量のスパイが潜む
イギリスのダンスパーティーでもない。
世界的に見ても平和な日本で、
ここにいるほとんどが高校生だ。
普段の任務の感覚とは違い、
感情の起伏が激しい環境のど真ん中。
そんな中にいて普段通りにすれば、
勘がいい者には簡単に気づかれる。
──否、もう手遅れだった。



「あっ霧峰君」

夜六が図書室に向かった理由、
それは簡単だ。
夏八が挙げた容疑者リストにいた
一人目の容疑者である、
東雲文華と接触する為だ。
授業が終わると同時に教室を出て、
さっさと帰るのかと最初は思ったが、
地味で目立たず、図書委員と考えると
図書室に向かった可能性は十分ある。
そう考えた夜六が
図書室の扉を開けて見渡してみると、
扉から向かって左側の
受付カウンターの椅子に
東雲は座っていた。

「ど、どうしたの?」

受付の仕事も図書委員の役割か。
それにしても、よく似合う。
濃い紫色のロングヘアで
前髪も目を隠せそうな程長い。
黒縁メガネをかけている為、
それが地味に見える一番の原因だろう。

「いや、俺も図書委員になったからな。
少しでもここの事を知ろうと思ってな」

もちろん、ただの言い訳だ。
本当はお前のことを調べに来た、
とか言ってしまうような事はしない。
自然な様子で、夜六は言葉を並べる。

「そ、そうなんだ…」

ボソボソと喋る東雲の声は
風が吹けば消えてしまいそうだ。
ここが静かな図書室で、
雑音も少ないからこそ
東雲の声はなんとか耳に届く。
東雲は何かを言いたげに指をモジり、
チラチラと夜六の顔色を窺う。

「どうした?」

こうした類の人間は、
こちらから切っ掛けを作らないと
ずっとモジモジするだけだ。
時間は無限ではないので、
夜六の方から聞いてみた。

「い、いえ!あの、その…
受付は基本的に暇なので、
よかったらお話でも…と思って……」

だんだんと声が小さくなっていき、
最後の方はもはや虫の羽音の方が
大きく聞こえる程だった。
だが、僅かな音でさえ
一つの情報とするスパイの世界では、
正面で話す人間の声が
どんなに小さくても
聞き取れるように鍛えている。
無論、夜六もそうである。

「話…か」

「は、はい……」

東雲から切り出された
「話をしよう」という話。
これは夜六にとっては好都合だ。
元々、東雲と会話をして
人間性を暴こうとしていたのだから。
上手く接触に成功し、
滑り出しは順調といえよう。
一流のスパイ【POISON】の
メンバーともなれば当然だが。

「俺が好きで読むのは
『マイケル・サンキエナ』と
『奥川花華はなか』の作品だ。
作風としては正反対だが、
マイケルの臨場感ある冒険譚と
奥川花華の丁寧な心理描写は
読んでいてとても面白い」

『マイケル・サンキエナ』は
アメリカ出身の小説家で、
英雄に憧れている主人公が
様々な壁を乗り越えて
英雄を目指していくという
ファンタジー英雄譚を描いており、
現在では全12シリーズ刊行され、
累計販売数1000万部を記録している。
シリーズ物が流行りにくい
アメリカ本土でもその人気が高く、
近々映画化されるとも噂されている。
まさに世界的ヒットシリーズを
生み出したマイケルは
今でも小説を書き続け、
今後どのような作品を書くのか
世界中が注目している。
もう一方の『奥川花華』は
名前で分かる通り日本の小説家で、
現代社会を舞台にした
現実味のある作品が多い。
しかしジャンルは様々で、
恋愛ドラマや学園ラブコメ、
推理サスペンス、社会風刺と
幅のある作品を書いている。

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