スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

ドア越しの話

「芸術の時間に直しとくから、
昼休みが終わったら呼びに来て」

「はーい」

よかった、普通の対応で。
というか、誰もメリケンサックには
興味がないのか?
あれは危険な代物だ。
ヤバい奴が使ったら
壁とか壊せるからな、あれ。
しかし、何はともあれとして
教室を解放することができたのだ。
女子達はぞろぞろと教室に入り、
完全にただの扉と化したドアを閉める。
だが、すぐに開いて
女子達の中心にいるような
明るい女子生徒が顔を出す。

「覗いたら殺すから」

それだけ言って、
彼女はドアを閉める。
その瞬間、男子達は目を合わせて
何やらヒソヒソと会話する。

「やるだろ?」

「当然だな」

「ジャン負けか?勝ちか?」

「いや、ここは夜六に……」

彼らが何をしようとしているのか、
いや、何を夜六にさせようとしているのか、
夜六には聞こえてしまっている。
このまま彼らの話が進めば、
きっと夜六は二度と
この場所に帰ってこれなくなる。
そうなる前に、止める。

「やめておけ。
水都を怒らせたら、
さすがの俺でも命がない」

夜六は窓際の廊下に座り、
壁を背もたれにする。
女子の着替えに興味がないと、
そういう空気を出しながら
夜六は彼らをチラ見する。
すると、彼らの話題の変化の早さは
恐ろしいもので、
夜六を囲むように陣取り、
架空のマイクを向けてくる。

「前から思ってだが、
夜六と水都さんの関係って
本当にただの知り合いってだけなのか?」

「ぶっちゃけ、水都さん好きだろ?」

「そうそう、胸は控えめだけど、
顔は可愛いし、スレンダーだし?」

「水都さんも案外、
夜六だったら満更でもない的な?」

あまりの勢いに、
夜六でさえ気圧されてしまう。
発情期の高校生となると、
ほとんどの奴がこうなのだろうか。
目をキラキラと輝かせて、
鼻息を荒くして、
彼らは何を期待しているのか。
あまり会話を長くすると
もっと面倒なことになりそうなので、
夜六は手をヒラヒラと振って答える。

「何もないって言ってるだろ。
俺とあいつはただの腐れ縁だ」

もちろん、ただの腐れ縁などではなく、
【POISON】の仲間として
夜六は夏八を大切に思っている。
それはまだ世界のどこかで
別の任務に当たっている
他の仲間も同様だ。
彼らの命が危うくなれば、
自分のことなど簡単に捨てられる。

「ちぇっ、つまんねーの」

男子達は肩を落とし、
自分達のコミュニティで
全く別の会話を始めていた。
最初からそうしてくれたら
夜六にとっては楽なのだが、
活気盛んな高校生の感情を
コントロール出来るほど、
夜六は会話を得意としていない。
さて、女子達の着替えが終わるまで
少しの仮眠でもしようかと、
夜六が瞼を閉じたその時。
強烈な暴風雨を伴った
超大型の嵐がやってきた。

「霧峰君っていいよね」

「あっ、それ私も思ってた!
さっきのバスケすごかったし!」

「何考えてるか分からない
あのミステリアス感がいいね」

廊下にいた男子達の目が、
一斉に夜六を捉える。
夜六は閉じた瞼を開け、
彼らのことを見渡してみる。
目が光っている。
先程、目をキラキラさせて、
と表現してしまったが、
今はそれの比ではない。
暗闇を照らせそうなレベルで、
彼らの目が光っている。
夜六は、恐怖を覚えていた。

「夏八ちゃんはさ、
霧峰君のこと、どう思ってるの?」

「っていうか、
同時に転校してきて、
しかも同じクラスで、
しかも席が隣りっておかしくない?
絶対何かあるでしょ?」

「も、もしかして、まさかのアレ?
い、許嫁ってやつ?」

「「「「許嫁ぇぇ!?」」」」

何気なく放たれた女子の言葉に、
教室内の女子と廊下にいる
男子達の声が見事に共鳴する。
校舎に響く『許嫁』という言葉。
しかし、全くもってそんな事実はない。
許嫁なんてものは
マンガやアニメに登場するだけで、
実際問題、現実ではほとんどない。
まぁ、ゼロではないが……。

「よよ、よ、夜六様!
説明して頂けますでしょうか!?」

「これは大変な事態ですぞ!?」

「か、夏八ちゃん!
どういうことよ!?
霧峰君とは何もないって
昨日言ってたのに!?」

「まさか、私達を騙したの!?」

状況は一気にカオスに。
誤解が正解になりつつある。
こうなってしまえば、
事実を言ったところで
誰も信じようとはしないだろう。
人間とは難儀な生き物で、
自分達がより面白いように、
より楽なように解釈するものだ。
そこに理由や根拠は存在せず、
ただ面白そうだからという
感情によって理解する。
その感情を操作するのは難しく、
山火事のように感情は広がる。
そんなところに事実を言おうものなら
余計と火の勢いは増していき、
やがて取り返しのつかない
悪夢の結果だけが残る。
だからこういう時は、
少し待ってから
落ち着いた時に鎮火すればいい。
夜六は何も言わず、目を閉じる。
チャイムが鳴り、授業が始まれば
真面目な彼らは落ち着くはずだ。
その後の昼休みにゆっくりと話せば、
彼らのあらぬ誤解も解けるだろう。
そう思ったのに――。

「許嫁なんかではないわ。
私達はもう、同じ場所で同じ夜を
過ごした仲だから」

「「「「キャーーー!」」」」

おいおい…冗談だろ……。
それ、任務の時の話だろうが。
ただ同じビジネスホテルに
泊まっただけだろう。
それに、同じ場所でって言っているが、
夏八は部屋のベッドで、
夜六は湯を張ってない浴槽の中だった。
しかも、盗聴の可能性を考慮して、
ホテルに入ってから一言も喋ってないぞ。

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