スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

スパイ道具

「そんな細い体でよく生きてられるね。
ほら、サービスしてあげるから
たくさん食べな」

親戚のおばちゃんとか、
正月の時のおばあちゃんとか、
なぜ歳をとった人というのは
こうもたくさんの量を
若い奴に食べさせるのか。
と、思わず文句が出そうな程、
夜六のお盆に戻ってきたご飯は
山盛りになっていた。

「夜六、頑張れ」

夜六の肩に手を置き、
近藤は憐れむように声をかける。
受け取り口の横で水を注ぎ、
そのまま近藤はテーブルに向かう。
夜六も近藤を追い、
二人で向かい合って座る。

「いただきまーす」

食事前の挨拶もそこそこに、
近藤は勢いよく豚カツに齧りつく。
ご飯も放り込み、
大口で食べるその様子は
まさに育ち盛りの高校生だ。

「いただきます」

きっちりと手を合わせてから、
夜六も豚カツを食べる。
サクッと衣の香ばしい音がして、
豚肉の脂が口内に広がる。
間違いなく美味しいのだが、
夜六の中ではかなりの
大きな問題が発生していた。

「──っ!」

何を隠そう、夜六は猫舌なのだ。
できたての豚カツから溢れる
熱々の肉汁は、
夜六の口内を破壊するのに
十分過ぎるほどの威力を発揮した。
夜六は口に水を流し、
どうにか事態を終わらせた。

「くっ…ふふ」

その夜六の反対側で、
必死に笑いを堪えるのが一人。
近藤は豚カツの熱さで苦しむ夜六を見て、
笑い悶えていた。

「……猫舌なんだよ」

一応、念の為に、夜六は言っておく。
だが、そんな夜六の強がりは
特に何の意味も成さず、
近藤の笑いを加速させるだけだった。

「ぷっ、ははははは!
いや、わざわざ言わんでも!
見てたら分かるわ!
お前面白すぎるだろ!」

大きな声でゲラゲラと笑い、
近藤は目に涙を浮かべる。

「笑い過ぎだろ…」

夜六はため息を吐いて、
食べるのを再開する。
今度はしっかり冷ましてから
豚カツを口に入れ、
山盛りのご飯を放り込んだ。
キャベツ、ポテトサラダ、漬物などの
付け合わせも忘れずに食べながら、
夜六は着実にご飯を減らしていった。
いや、しかし。
本当にここのご飯は美味い。
時には消費期限ギリギリの
菓子パン一つだけで
食事を済ませることのあるスパイだ。
こういったちゃんとした所で、
ちゃんとした食事ができるのは
とてもありがたいことだ。
昼食が少なかった分、
どんどんご飯が減っていく。

「ふう…ご馳走様」

口の中がヒリヒリするが、
無事に夜六は食べきった。

「おぉー。お疲れさん」

夜六よりも先に
食べ終えていた近藤は、
山盛りのご飯を完食した夜六に
ささやかな労いの言葉をかける。
夜六の為に水を汲んできたり、
少しゆっくり食べていたり、
近藤はかなり気配りができるようだ。

「そろそろ戻るか」

夜六が食べ終えてから
すぐにそう言うのではなく、
少し待ってから立ち上がるのも、
気配りができるからこそだ。
二人してお盆を返却口に返して、
二人は食堂をあとにする。
夜六は、次からは普通の量にして下さいと
おばちゃんに言うのを忘れなかった。

「風呂の時間まであと少しか…。
そういえば夜六、
お前の荷物整理しなくていいのか?
着替えとかもその中だろ」

部屋に戻ってきて時計を確認すると、
19時半の手前だった。
また何かして時間を潰すのかと
夜六は思っていたのだが、
近藤は荷物のことに触れてくる。
確かに、替えの下着や寝間着は
大きなカバンの中にある。
だが、一般人には見せられないような
スパイ道具やナイフ等の武器も
一緒にカバンに入っている為、
不用意にカバンを開けられない。
それなら、気配りのできる近藤を信じて
思い切ったことをするしかない。

「そうなんだが、実は俺のカバンには
犯罪スレスレのヤバい物が
入っているんだ。
だから少しの間だけ
部屋の外で待っててくれないか?
もちろん、他の誰も入れるなよ」

「犯罪、スレスレ…」

犯罪スレスレというか、
実際は完全にアウトなのだが、
相手はただの高校生。
夜六の言う犯罪スレスレの物が
18禁関連の物だと思うはずで、
近藤は夜六の期待通りに動く。

「分かった。
夜六も立派な男だもんな。
他人には簡単に見せられない
何かがあっても普通だ。
まっ、その内俺にも貸してくれよ」

近藤が頭の中でどんな物を
想像したのかは
近藤にしか分からないが、
恐らく想像にかたくない
アダルティなグッズだろう。
何にせよ、近藤を部屋から
追い出すことに成功した夜六は、
さっさとカバンを開ける。
料理人が包丁を持ち運ぶ時に使う
ホルダー式の収納と計6本のナイフ。
煙と発砲音を最小限に抑えた
セミオート拳銃と弾丸。
痺れ薬が入った瓶と針。
煙幕。睡眠薬。
盗聴器の類いの物を探す装置。
スパイ任務の際に着る
機能性抜群の黒のスパイウェア。
その他諸々のスパイ道具を
一つの箱にまとめて、
3つの南京錠をつけた。
とりあえず、パッと見で
言い訳のできない物を隔離して、
夜六は替えの衣類を取り出す。

「いいぞ」

ドアの向こう側に声をかけると、
カードキーが開き、
近藤と部活帰りの難波が入ってくる。
制服ではなく部活用の
練習着を着ていると
いかにもスポーツ高校生という感じだ。
部屋の中に汗の匂いが漂い、
思わず夜六は顔をしかめた。

「あっ、汗臭ぇよな。
すまんすまん。
着替え取ったらすぐ出るからよ」

そそくさとした様子で
難波は机の上にある着替えを掴み、
すぐに部屋を出ていった。
そのすぐ後に、
近藤は難波が置いていった部活用の
スポーツリュックを躊躇なく漁り、
消臭スプレーを発掘。
部屋にシュッシュッと撒く。

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