スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

トランプ

「考えついでにトイレ行ってくる。
夜六も行くか?」

「いや、今はいい」

頭の後ろをガリガリと掻き、
うんうんと唸りながら、
近藤は部屋を出ていく。
部屋に一人残った夜六は、
浅く息を吐いて
シングルベッドに置いてある
自分の荷物を物色する。
旅行で使うような大きなカバンから
ある機械を取り出し、
ヘッドホンを耳につける。
アンテナを伸ばして、
機械の電源をオン。
目を閉じて少し待つと、
ヘッドホンを外して
機械はカバンの隠しポケットに入れる。
このたった数秒の間で、
夜六はこの部屋に隠しカメラや
盗聴器がないか捜査したのだ。
機械は警察などが使う物を
魔改造して作られた物で、
この機械に見つけられない
盗聴器はないとも言われている。

「…確認終了」

誰に報告する訳でもなく、
夜六は一人で呟いた。
だが、夜六にはまだ確認を
していない所があることに気づく。

「許せよ」

本人はいないのに、
夜六は勝手に手を伸ばす。
そう、近藤と難波の私物だ。
あれだけ陽気で親切な
クラスメイトを疑いたくはないが、
これもスパイとしての大切な仕事だ。
確実に任務を遂行する為なら、
クラスメイトの私物を
漁ることなど造作もない。
二人の机の引き出しを
片っ端から開けて、
それほど荒らさないように
中の物を確認する。
途中、難波の引き出しから
アダルティな薄い本を発見したが、
無視して次の引き出しを開ける。
精密で俊敏な動きで
次々と引き出しを確認して、
怪しい物はなかった。
では、次はカバンを漁ろうかと、
夜六が近藤のカバンに手を伸ばすと、
カードキーでロックを開ける音がした。
夜六は急いでシングルベッドに座り、
自分のカバンから国語の教科書を出し、
適当なページを開く。

「すまん夜六。
何も思いつかなかった」

部屋に戻ってきた近藤は、
はぁーと長いため息を吐いて
自分の机のイスに座る。
夜六は開いていた教科書を閉じ、
カバンに入れてから立ち上がる。

「じゃあ、暇潰しするか」

「ん?何するんだ?」

夜六は大きい方のカバンから
トランプを取り出して、
近藤に見せる。

「マジックだ」

トランプをシャッフルして、
夜六は得意気に笑う。

「へぇ、夜六もマジックができるのか」

夜六が広げたトランプの中から
近藤は勘で1枚を選ぶ。
それを近藤は確認して、
またトランプの束に戻した。
さらにその束を夜六はシャッフルして、
広げて見せる。
すると、1枚だけが束の中で
裏表が逆になっており、
引き抜くとそれは近藤が選んだカードと
同じカードであった。
マジシャンがよくやるマジックだ。

「おぉー。当たり」

パチパチパチと近藤だけの拍手が鳴り、
夜六はカードを元に戻して
またシャッフルをする。
それを近藤に渡して
近藤にもシャッフルしてもらい、
夜六はもう一度シャッフルをする。
指をパチンと鳴らし、
カードの絵柄が見えるように広げると、
まるで買った時の新品のように
カードが順番に並んでいた。

「すげぇ…」

そんな風に夜六は
トランプでできるマジックを披露して、
夕食までの時間を潰した。
近藤はどのマジックも
タネを見破ることができず、
悔しがっていたが、
夜六には分かったことがあった。



早めに行かないと
部活終わりの生徒達で
食堂が混雑してしまうということで、
夜六と近藤は二人で食堂に行く。

「ここが食堂だ」

寮の1階に下りて、
下駄箱を通り過ぎる。
食堂の入り口の前で手を洗い、
丸ガラスのついたドアを開けると、
美味しそうな匂いが漂ってきた。

「こっちだ」

夜六は近藤について歩き、
注文口にやってくる。
その向こう側では、
頭にバンダナを巻いて、
エプロンをしているおばさん達が
せっせと食事の用意をしていた。

「ここで注文して、
隣りで受け取るんだ。
メニューはそこに書いてあって、
基本的には早い者勝ちだから
今なら好きなのを選べるぞ。
おばちゃん、俺は定食ね」

近藤が指差す方に
立て看板が置いてあり、
それに今日のメニューが書いてある。

・日替わり定食(豚カツ定食)
・ラーメン(醤油or味噌)
・カレー
・うどん

どこにでもありそうな
見栄えのしないラインナップ。
しかし、成長期の高校生には
ピッタリなメニューである。
夜六は少しだけ悩んだ末に、
早く来た特権を活かすことにした。

「俺も定食で」

夜六が言うと、
注文口にいたおばちゃんは反応する。
口元のシワが、その年齢を語っている。

「はい、定食2人前ね」

注文を終えると、
注文口に置いてあるお盆を取り、
横にスライドする。
その途中に漬物やデザートがあり、
欲しい生徒は取るようだ。
近藤はデザートのプリンのみを取って
受け取り口で待機する。
夜六はプリンと漬物を取り
近藤の横に並ぶ。

「あいよ、まず1つね」

近藤のお盆にご飯、味噌汁、
キャベツたっぷりの豚カツ、
ポテトサラダを手際よく乗せ、
おばちゃんは次の準備をする。
そう間の空かない時間で
おばちゃんは夜六の分の
豚カツを持ってて来て、
夜六のお盆に乗せる。
が、おばちゃんは不意に夜六を見る。

「あんた、初めて見る顔だね。
転校生かい?」

昼間のパンを売るおじさんといい、
食堂のおばちゃんといい、
この学園の中年は
生徒の顔をよく覚えているらしい。

「そうなんだよ、おばちゃん。
今日転校してきてさ、
夜六っていうんだ。
かっこいい名前だろ?」

「よろしくお願いします」

一応夜六は頭を下げておく。
すると、おばちゃんはそれを
どういう風に捉えたのか、
一度乗せた夜六のお盆から
ご飯を取り上げた。

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