スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

歓迎

「俺達の2年の部屋は2階にあって、
夜六の部屋には俺と難波が一緒だ。
二人が転校してくる少し前に
一人のルームメイトが転校してな、
俺と難波しかいなかったんだけど、
夜六が来たから安心だ。
これから仲良くしような」

寮の下駄箱で靴を履き替え、
指定された番号の
ロッカーに靴を入れる。
廊下を少し進んで階段を上り、
2年生の部屋がある2階に到達。
左右に等間隔で部屋があり、
その間をてこてこと歩く。
一つのクラスの男子が21人で、
5組まであるから105人。
それを3で割って35。
つまり、単純計算で35の部屋がある。
だが、予備の部屋や
一人用の部屋の数を考慮すれば
最低でも40くらいの部屋はありそうだ。

「223号室、ここが俺達の部屋だ」

近藤は223と書いてある扉の前に立つ。
何の変哲もない、ただの扉。
木で作られた茶色の扉に
銀色のドアノブがついている。
カメラ機能のないインターホンと
覗き穴という昔のような装備が、
その扉にはついていた。
だが、昔ながらのその扉には
そぐわないモノがあった。

「これ、この部屋のカードキーな。
失くしたら面倒なことになるから
うっかりして失くすなよ?
あと、誰に何を言われても
絶対に渡さないようにな。
セキュリティの問題があるから」

質素な扉に似合わないモノ。
そう、カードキー式のロックである。
ドアノブの下部に装着された
ロックの装置にカードを通すことで
ロックが解除される仕組みのやつ。
どこの国でも採用している
最先端の便利アイテムだ。

「これ、オートロックか…?」

カードキーを受け取り、
夜六は知らん顔でロックを観察する。
知らないフリをして情報を得る、
これもスパイにとっては
重要な任務の一つである。

「あぁ、扉が閉まれば自動で
カギをしてくれる優秀なやつだ。
でも、これがついたのが最近の話でな、
前までは普通の鍵と鍵穴だったんだが、
ある生徒が鍵を複製して
他の生徒の部屋にイタズラするっていう
事件があってから、
全部オートロックになったんだよ。
その生徒に悪気はなかったし、
入られた方の生徒達とも
和解したというんで
厳重注意で済んだらしい」

その生徒が誰なのかは、
先生達は教えてくれなかったけどな。
と近藤は付け足して、
ロックにカードキーを通す。
赤色に光っていたランプが
緑色に変わり、カチャッと音がする。
ドアノブを捻って扉を引き、
近藤は夜六を部屋に入れる。
何かあった時の為に
夜六は肩に掛けていたカバンを
いつでも捨てられるように手で持ち、
部屋の中に足を踏み入れた。
───その瞬間である。

「突撃ー!」

部屋の中に声が響き、
拳銃を持った覆面の人間が
数人で夜六に襲いかかる。
だが、夜六がカバンを捨て、
その人間達を一人残らず
制圧するのに経過した時間は、
世界で最も走るのが速い人間が
100メートルを走り抜ける時間よりも
速いスピードであった。
拳銃を叩き落とし、
溝落ちに拳を突っ込み、
胸に回し蹴りを喰らわし、
彼らが蹲る姿を夜六は眺める。

「よ、夜六…少しは、
手加減しても、いいんだぜ……?」

苦しそうにしながらも、
覆面の一人は声をあげる。
その声に夜六は聞き覚えがあった。

「お前…すげぇのな……」

夜六の後ろにいた近藤も、
驚愕の表情をしていた。
近藤はカバンに手を入れていたが、
何も取り出さずに
さっと手を後ろに回す。

「近藤、これは何のマネだ?
返答次第でお前も同じ目に遭うぞ」

「ひっ…!?」

普段死んだマグロのような
瞳をしている夜六の瞳が、
この一瞬だけ近藤には違って見えた。
生気を失った瞳ではなく、
そう例えるなら、蛇が獲物を狙う時の
鋭く殺気に満ちたあの瞳。
ピリピリとした空気が流れ、
近藤の体が硬直する。

「なぜ答えない?」

夜六は近藤に歩み寄り、
近藤の顔を正面から掴む。
徐々に夜六の手に力が入り、
近藤の頭蓋からミシミシと音がする。

「さ、サプライズだよ!
サプライズだから!」

「…何?」

サプライズ、という単語に反応して、
夜六は近藤の顔から手を離す。
近藤は額の汗を拭いながら、
慌てた様子で話す。

「ほ、ほら!
夜六は今日転校して来てさ、
不安なこともあるだろ?
あまり人付き合いも
得意じゃないみたいだし!
だから、ほら、あれだよ、
皆で歓迎のパーティーでもやれば
少しは気が楽になるかなーって!」

近藤はカバンに手を突っ込んで、
先程取り出そうとしていた
拳銃を取り、天井に向けて発砲する。
それは拳銃などではなく、
拳銃の見た目をした
パーティー用のクラッカーだった。
小さくてカラフルな紙吹雪が舞い、
火薬が燃えた時の
あの煙臭い匂いが漂う。

「皆の銃も偽物だから、
ホントに、ビックリさせようと思って
やっただけだから!」

近藤が目で訴えると、
倒れている仲間達は
拳銃型のクラッカーを撃ち、
ようこそ、劉院学園へ……と
消え入りそうな声で言う。

「そうか、それはすまん」

明らかにやり過ぎた夜六は、
とりあえず謝っておく。
いつもの癖で銃口を向けてきた相手を
あの世送りにしなかっただけ
まだマシであったが、
一応夜六も人間である。
多少なりの罪悪感を覚えた。

「い、いや、夜六は謝らなくていいよ!
俺達のやり方がよくなかったんだから」

「手加減は、欲しかったけどな…」

近藤が誤魔化すように言うと、
倒れていた者の一人が
溝落ちを抑えながら立ち上がり、
被っていた覆面を取る。

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