スパイの毒はラブコメに効かない〜完結済み〜

青篝

ハッキング

「二人はどこから来たの?」

「髪サラサラ過ぎ!
何使ってたらこうなるの?」

「水都さん!
俺と付き合って下さい!」

「二人の関係は何?
一緒に転校してきた理由は?」

「ほ、本当に生きてるんだよな…?」

「水都さん!
結婚を前提に付き合って下さい!」

「バカ野郎!
水都さんは俺が守るんだ!」

「霧峰君と水都さんは勉強とか得意?」

「待って、霧峰君の髪も
結構整ってるよ?
もしかして、水都さんと
同じシャンプーとか使ってるの?」

「本当だ!霧峰君の髪サラサラ!
ねぇ、これ何のシャンプー?」

転校初日の最初の休み時間。
十中八九、100パーセントの確率で
転校生は質問攻めにされる。
彼らに悪気はないし、
むしろ興味を持っているからこそ
こういう事態になるのだが、
やられる側の人間としては
疲れるから遠慮してほしい。
日本に着いたのは昨日の夜で、
時差ボケだってあるのだから。
いくら直近に任務がなかったといっても、
彼らは所詮人間だ。
――だから、思わず口に出ても
それは仕方のないことではないだろうか。

「あなた達も人間なら、
少しは気を遣ってもらえるかしら?」

先まで騒がしかったはずなのに、
通夜のように凍てつく教室。
漂う罪悪感と恐怖。
夏八の発言一つで、
周囲にいた生徒達は
黙りこくってしまう。
ただ気まずい雰囲気が流れ、
沈黙がこの教室を支配する。
長い時間を共にしている夜六は分かる。
夏八は今、結構怒っている。
大事な任務の重要なタイミングで、
周囲の人間を警戒させてしまうほどに。

「まぁ、なんだ。俺達のことは、
少しずつ知ってくれたらいい。
こちらは少しずつでしか、
皆のことを理解できないからな。
だから、まずは時間割りを
教えてほしいんだが」

壊れた空気を持ち直そうと、
夜六は彼らに話しかける。
彼らもすぐに状況を理解し、
罪悪感を拭うように丁寧に
時間割りを教えてくれた。
ついでに先程吉原が言っていた
連絡事項の詳細や、
昼休みの時間など、
色々なことを教わった。
そうこうしている内に休み時間の
終わりを告げるチャイムが鳴り、
数学の先生が入ってきた。
皆が自分の席に戻る際、
ごめんね、と一言両手を合わせる。

「姿勢を正して、礼」

「「「お願いします」」」

授業の始まりにする挨拶をして、
教室の空気はまたガラリと変わる。
夜六と夏八の為に、
数学の先生――名前は寺沢――は
簡単な自己紹介をしてくれる。
背が高くて40代の優しいおじさん、
というとても柔らかい印象の寺沢は、
バスケ部の顧問をしていて、
趣味は野球観戦らしい。
授業も分かりやすく、
理解できていない生徒がいれば
説明の仕方を変えたりと、
教え方は非常にいい。
ただ、夜六と夏八は一流のスパイとして
闇の世界で暗躍している。
学校で習う内容など
とっくの昔に理解済みで、
はっきり言ってつまらない。

「よっしゃー!昼休みだ!
夜六、飯食いに行くぞ!」

「夏八ちゃんも、ご飯食べに行こうよ」

しかし、退屈な授業も
あっという間に過ぎ去り、
昼休みを迎えていた。
数学、国語、PC室での情報処理、地理。
転校初日にしてはかなり
密度の高い授業を4時間やり通し、
4時限目の終わりを告げるチャイムが
鳴ると同時に生徒は羽を伸ばす。
夜六と夏八の周囲にまたも人が集まり、
食堂に行こうとする。

「悪いが、俺達は今日はこれから
用事があるんだ。
また明日誘ってくれ」

夏八は朝のあれ以降、
機嫌があまり良くない。
クラスメイト達が粗相をすれば、
今度は問答無用で手を出す恐れがある。
だから早々に夜六は手を打つ。

「そっか、それは残念だな。
じゃあ明日こそは飯食おうな!」

「ああ」

夜六は席を立ち、
夏八に行くぞと声をかける。
不機嫌そうにしながらも
夏八はさっさと立ち上がり、
夜六の後ろを歩いていく。

「どこに行くつもりなの?」

他の生徒に聞こえないように、
廊下に出てから夏八は聞く。
昼休みの喧騒にかき消され、
夏八の声は夜六にしか届かない。

「PC室だ」

夏八の問いに、短く夜六は答えた。
PC室とは、文字通りパソコンの教室だ。
情報処理というパソコンを使う授業を
する為に使う教室で、
今日の3時限目に夜六のクラスが
使った部屋である。

「PC室?どうして?」

夏八はまだ、
夜六の意図している領域に
辿り着いていない。
夜六の言葉を繰り返し、
可愛いらしく首を傾げている。

「来れば分かる」

詳しく説明をする前に、
まずは見た方が早い。
来れば分かる、とはそういう意味だ。
しかしこの場合、
廊下を歩きながら説明をすれば
他の誰かに聞かれる可能性がある為、
今は説明をしない、という意味もある。
夏八もそれを理解して、
喧騒に包まれる廊下を中を
二人は歩いていく。
そして、二人は気づかなかった。
喧騒に紛れて二人の後ろを追う
一人の存在がいたことに。

「これを見ろ」

鍵が開いたままのPC室に入り、
夜六は手頃なPCに電源を入れる。
パスワードを入力して
手際よく操作を行うと、
表示された画面を夏八に見せた。

「これは…ハッキングの痕跡?」

「ああ」

表示された画面には、
何やら複雑な羅列があり、
普通の人間には理解できない代物だ。
しかし、特に説明せずとも
それがPCをハッキングした際に残る
痕跡だというのが夏八には分かる。

「俺の座ってる席は
先生から一番遠く、
隣りの奴からも見えにくい。
だから今日の授業中、
この学園の極秘情報を
ハッキングしようとしてたんだが、
その時にこの痕跡を見つけた。
しかも、隠蔽工作付きでな」

「つまり、この学園の情報を狙って
ハッキングをした人物がいて、
それがかなりの手慣れってことかしら?」

夜六の言葉を引き継ぐように
夏八は確認をする。
それに夜六は黙って頷いた。


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