気怠い春に移ろいて
第17話
第17話
「よく考えたら花さんもJKなんですね」
「新手の私ディスっすか?」
「事実を述べただけです」
「私はどちらかと言えばJGですかね」
「女子……ゴキブ――」
「女子学生っす」
「なるほど」
「今のやり取り、全く生産性は無かったっすね」
「そうだね」
放課後、いつもの様に花さんと本当に生産性の無い会話をしていると、
「あ、いたいたー」と背後から声が聞こえ誰かが教室に入ってきた。
振り返ると妹の朱だ。
「朱?」
「お兄ちゃんの帰りが遅い理由はこれかあ」
いつもの光景。放課後花さんと二人で適当に時間を潰すだけの日常。会話をする事もあれば、お互い読書をしたり昼寝をしたりしているだけの他愛のない時間。
「コラ、朱。先輩に対して失礼だろ、ちゃんと挨拶をしなさい」と姉に言われた兄の責任を果たす。朱は花さんに向き直ると、
「中西朱です。いつも兄がお世話になっております」と言ってペコリと頭を下げた。花さんは慌てふためいて眼鏡とマスクを外すと、
「たたた田中花ですいいいつも私がお世話になっておりまする」と謎の挨拶をする。
朱は目を見開いて花さんを見つめた後、
「すごい美人。お兄ちゃんが夢中になる筈だ」と誤解を招くような事を言う。花さんはポンっと音を立てて真っ赤になった。
「コラ、朱! 花さんとはそんなんじゃない」と慌てて弁解をし、
「花さん、ごめんね、妹が変な勘違いをしてるみたいで」と言って彼女を見ると、少し寂しそうな表情をした。
「でも美人っていうのは事実じゃんー」と朱が言うと再び花さんが真っ赤になる。
「そうだけど、そういうんじゃなくて、いや、美人なのは事実だけれど、彼女とはそう言うんじゃなくて、ええと? 僕は何が言いたいんだ?」
花さんを散々紅白にさせた後、
「それより何しにきたんだ? 花さんが困っているだろう」と言った。
「あ、そうそう、加藤先輩のお話お断りさせて頂きましたー」
「……」
「……」
僕は花さんを見て、
「加藤先輩って?」と聞く。
「さあ、わかんねーっす」
朱がズッコケる真似をして、
「私に告白してくれた先輩だよー」
ああ、彼か。彼は加藤君と言うのか。
「はいはい、加藤君ね。勿論知ってるよ、クラスメイトなんだから当たり前じゃん。ねえ、花さん」
「あたぼーっす。知ってるに決まってるっすよ」
朱は怪しむような目で僕らを見つめ、
「ふうん」と言った。朱の目が怪しく光る。僕の五感がそれを敏感に察知した。朱との距離感を確かめつつ、いつでも動けるよう準備をする。
「それよりお兄ちゃんと花先輩って、付き合っ――」僕は素早く立ち上がると朱の腕を掴んでそのまま廊下へ引っ張り出した。あぶない、伊達に15年コイツの兄をやっていただけの事はある。朱の行動はおおよそ予想が付くのだ。
「おい、花さんとはそんなんじゃない、余計な事を言うな」
「ええ? でも花先輩凄い美人じゃん」
「そうだけど、そう言うんじゃないから、姉ちゃんにも余計な事を言うんじゃないぞ」
朱は不満そうな顔をし、
「へいへい」と言った。
再び朱を花さんの所に連れて行き、
「で、どうして断ったの?」と花さんにも聞こえる様に質問した。
「うーん、タイプじゃないし」
「それなら仕方ない」
「お兄ちゃんと加藤先輩が気まずくなったりしない?」
「別になってもいいけど、きっとそうはならないから心配すんな」
「ふうん、じゃあいいけど」
「用は済んだのかい?」
「うん、じゃあお邪魔しましたー。花先輩、またー」と言って頭を下げてから教室を出て行った。
そうか、加藤君は玉砕したか。彼の事はまあ一応は応援していたけれど玉砕したと聞いても特別に心が痛む事もない。しかし、告白なんてよくするよ。100%成功すると判ってても抵抗があるのに、失敗する可能性のある中であれを敢行する意味が解んない。それでも本当に好きになった人になら出来るのだろうか。想いを伝えたいって思うのだろうか。僕にもそんな人が現れるのだろうか。
「妹さん、可愛いっすね」
「そうなの? 身内だと判んないんだよ」
「彼女はモテるっすよ」
「ふうん……」
僕はいつもの様に頬杖をつき窓の外を眺めた。南校舎から吹奏楽部の練習の音が聞こえてくる。
「あ、あの……」と花さんがおずおずと口を開く。
「ん?」
「私の読んでる小説とかだと、その、なんていうか、兄と妹が、そ、その、で、デキちゃったりする話があるっす。そう言う可能性ってあるんすか?」
「なにそのキモイ小説」
「あ、いや、たまにそう言うストーリーの小説がありましてですね、そそその、そういう事もあるのかなって――」
「ないから」
「え?」
「想像するだけでキモイからね。お兄さんのいない花さんには解らないかも知れないけれど、そんな事は絶ーーーー対! ないから」
「そそそ、そうなんすね」
「うん」
「……ぼそっ……」
「ん?」
「あ、あ、あ、いや、なんでもねーっすははは」
「変な花さん」
家に帰ると既に朱は帰宅していて、いつもの様にだらしなくソファーに寝そべってスマホを弄っていた。
「あ、お兄ちゃん、おかえりー」
「ただいま」
「今日は豚のショウガ焼きだって」
「もう食べたの?」
「ううん、まだ。もう食べる?」
「いや、もうちょっと後でいい」
「うふふ……お兄ちゃん」
「なんだよ、気持ち悪いな」
「花先輩、お兄ちゃんに気があると思う」
「なんだその根拠の無い話は」
「女同士だから分かるの。あの目は恋をする女子の目だよ」
「適当な事言ってないで着替えてこい。制服がシワになるだろう」
「お兄ちゃんに言われたくなーい」
まあ確かに。
シャワーを浴びてから自室のベッドに横になり、先ほど朱が言っていた事を思い出しいささか戸惑っていた。花さんが僕に気があるだって?
確かに僕と彼女はほぼ毎日の様に他愛もない会話をしているけれど、彼女からそんな素振りは感じた事が無いし思い当たらない。いつもマスクと眼鏡で表情を隠していて表情もあまり窺い知れない。
それより何故僕は戸惑っているのだろう。先日感じた胸の違和感を再び感じている。これは何だろう?
彼女からそういった素振りは今まで僕が気付いていないだけでひょっとしたらあったのか?
だとしたらそれはいつ、どんな素振りだったのだろう。と思って考える事を放棄する。決して面倒くさいという訳ではなくて、考えても分からないから。
もし仮に、彼女が僕に気があるとして、彼女の想いに気が付いた時、僕はどうしたらいいんだろう。
『 太郎、あなたのそんな態度はね、いつかあなたの本当に大切な人を傷つける事になるわ』
『 その時にあなたはきっと後悔する事になる。どうしようもなく惨めになる程にね』
姉は何が言いたかったのだろう。姉は僕に何を伝えたかったのだろう。姉が守りたかったものとは……
――――――――
「太郎……」
「母さん?」
「太郎……」
「母さん? どこにいるの?」
「太郎……寂しくない?……」
「寂しいよ」
――――――――
「よく考えたら花さんもJKなんですね」
「新手の私ディスっすか?」
「事実を述べただけです」
「私はどちらかと言えばJGですかね」
「女子……ゴキブ――」
「女子学生っす」
「なるほど」
「今のやり取り、全く生産性は無かったっすね」
「そうだね」
放課後、いつもの様に花さんと本当に生産性の無い会話をしていると、
「あ、いたいたー」と背後から声が聞こえ誰かが教室に入ってきた。
振り返ると妹の朱だ。
「朱?」
「お兄ちゃんの帰りが遅い理由はこれかあ」
いつもの光景。放課後花さんと二人で適当に時間を潰すだけの日常。会話をする事もあれば、お互い読書をしたり昼寝をしたりしているだけの他愛のない時間。
「コラ、朱。先輩に対して失礼だろ、ちゃんと挨拶をしなさい」と姉に言われた兄の責任を果たす。朱は花さんに向き直ると、
「中西朱です。いつも兄がお世話になっております」と言ってペコリと頭を下げた。花さんは慌てふためいて眼鏡とマスクを外すと、
「たたた田中花ですいいいつも私がお世話になっておりまする」と謎の挨拶をする。
朱は目を見開いて花さんを見つめた後、
「すごい美人。お兄ちゃんが夢中になる筈だ」と誤解を招くような事を言う。花さんはポンっと音を立てて真っ赤になった。
「コラ、朱! 花さんとはそんなんじゃない」と慌てて弁解をし、
「花さん、ごめんね、妹が変な勘違いをしてるみたいで」と言って彼女を見ると、少し寂しそうな表情をした。
「でも美人っていうのは事実じゃんー」と朱が言うと再び花さんが真っ赤になる。
「そうだけど、そういうんじゃなくて、いや、美人なのは事実だけれど、彼女とはそう言うんじゃなくて、ええと? 僕は何が言いたいんだ?」
花さんを散々紅白にさせた後、
「それより何しにきたんだ? 花さんが困っているだろう」と言った。
「あ、そうそう、加藤先輩のお話お断りさせて頂きましたー」
「……」
「……」
僕は花さんを見て、
「加藤先輩って?」と聞く。
「さあ、わかんねーっす」
朱がズッコケる真似をして、
「私に告白してくれた先輩だよー」
ああ、彼か。彼は加藤君と言うのか。
「はいはい、加藤君ね。勿論知ってるよ、クラスメイトなんだから当たり前じゃん。ねえ、花さん」
「あたぼーっす。知ってるに決まってるっすよ」
朱は怪しむような目で僕らを見つめ、
「ふうん」と言った。朱の目が怪しく光る。僕の五感がそれを敏感に察知した。朱との距離感を確かめつつ、いつでも動けるよう準備をする。
「それよりお兄ちゃんと花先輩って、付き合っ――」僕は素早く立ち上がると朱の腕を掴んでそのまま廊下へ引っ張り出した。あぶない、伊達に15年コイツの兄をやっていただけの事はある。朱の行動はおおよそ予想が付くのだ。
「おい、花さんとはそんなんじゃない、余計な事を言うな」
「ええ? でも花先輩凄い美人じゃん」
「そうだけど、そう言うんじゃないから、姉ちゃんにも余計な事を言うんじゃないぞ」
朱は不満そうな顔をし、
「へいへい」と言った。
再び朱を花さんの所に連れて行き、
「で、どうして断ったの?」と花さんにも聞こえる様に質問した。
「うーん、タイプじゃないし」
「それなら仕方ない」
「お兄ちゃんと加藤先輩が気まずくなったりしない?」
「別になってもいいけど、きっとそうはならないから心配すんな」
「ふうん、じゃあいいけど」
「用は済んだのかい?」
「うん、じゃあお邪魔しましたー。花先輩、またー」と言って頭を下げてから教室を出て行った。
そうか、加藤君は玉砕したか。彼の事はまあ一応は応援していたけれど玉砕したと聞いても特別に心が痛む事もない。しかし、告白なんてよくするよ。100%成功すると判ってても抵抗があるのに、失敗する可能性のある中であれを敢行する意味が解んない。それでも本当に好きになった人になら出来るのだろうか。想いを伝えたいって思うのだろうか。僕にもそんな人が現れるのだろうか。
「妹さん、可愛いっすね」
「そうなの? 身内だと判んないんだよ」
「彼女はモテるっすよ」
「ふうん……」
僕はいつもの様に頬杖をつき窓の外を眺めた。南校舎から吹奏楽部の練習の音が聞こえてくる。
「あ、あの……」と花さんがおずおずと口を開く。
「ん?」
「私の読んでる小説とかだと、その、なんていうか、兄と妹が、そ、その、で、デキちゃったりする話があるっす。そう言う可能性ってあるんすか?」
「なにそのキモイ小説」
「あ、いや、たまにそう言うストーリーの小説がありましてですね、そそその、そういう事もあるのかなって――」
「ないから」
「え?」
「想像するだけでキモイからね。お兄さんのいない花さんには解らないかも知れないけれど、そんな事は絶ーーーー対! ないから」
「そそそ、そうなんすね」
「うん」
「……ぼそっ……」
「ん?」
「あ、あ、あ、いや、なんでもねーっすははは」
「変な花さん」
家に帰ると既に朱は帰宅していて、いつもの様にだらしなくソファーに寝そべってスマホを弄っていた。
「あ、お兄ちゃん、おかえりー」
「ただいま」
「今日は豚のショウガ焼きだって」
「もう食べたの?」
「ううん、まだ。もう食べる?」
「いや、もうちょっと後でいい」
「うふふ……お兄ちゃん」
「なんだよ、気持ち悪いな」
「花先輩、お兄ちゃんに気があると思う」
「なんだその根拠の無い話は」
「女同士だから分かるの。あの目は恋をする女子の目だよ」
「適当な事言ってないで着替えてこい。制服がシワになるだろう」
「お兄ちゃんに言われたくなーい」
まあ確かに。
シャワーを浴びてから自室のベッドに横になり、先ほど朱が言っていた事を思い出しいささか戸惑っていた。花さんが僕に気があるだって?
確かに僕と彼女はほぼ毎日の様に他愛もない会話をしているけれど、彼女からそんな素振りは感じた事が無いし思い当たらない。いつもマスクと眼鏡で表情を隠していて表情もあまり窺い知れない。
それより何故僕は戸惑っているのだろう。先日感じた胸の違和感を再び感じている。これは何だろう?
彼女からそういった素振りは今まで僕が気付いていないだけでひょっとしたらあったのか?
だとしたらそれはいつ、どんな素振りだったのだろう。と思って考える事を放棄する。決して面倒くさいという訳ではなくて、考えても分からないから。
もし仮に、彼女が僕に気があるとして、彼女の想いに気が付いた時、僕はどうしたらいいんだろう。
『 太郎、あなたのそんな態度はね、いつかあなたの本当に大切な人を傷つける事になるわ』
『 その時にあなたはきっと後悔する事になる。どうしようもなく惨めになる程にね』
姉は何が言いたかったのだろう。姉は僕に何を伝えたかったのだろう。姉が守りたかったものとは……
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「母さん?」
「太郎……」
「母さん? どこにいるの?」
「太郎……寂しくない?……」
「寂しいよ」
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