気怠い春に移ろいて

折葉こずえ

第13話

第13話

翌朝、僕は日直の為いつもより少し早く登校し職員室へ向かった。早朝の校舎はシーンとしており、時折遠くから運動部の練習の掛け声が微かに聞こえてくる程度だ。
職員室のドアを開け担任の先生に近付き、
「おはようございます。日誌取りに来ました」と挨拶しながら言う。

「おう、中西おはよう。これが日誌で、あと、ついでにこれも持って行ってくれ、朝みんなに配るから」とプリントの束を渡される。

「はい、失礼します」と頭を下げてから職員室を出た。廊下を歩きながら手渡されたプリントを見ると、『初夏レクリエーション』の文字。今年も来たかと僕は思う。

『初夏レクリエーション』と言うのは毎年4月の末に行われる学校行事で、言ってみれば遠足の様な物だ。高校生にもなって『遠足』と銘打つのも憚られるのか『初夏レクリエーション』と言う表現を使っている。これはクラスメイト達と打ち解ける為の親睦会の様な行事で、バスに乗って近くのテーマパークへ遊びに行く。学年ごとに日をずらして1年生と3年生の生徒が参加するのだ。

ボッチの僕にこんな行事は酷だと思われるかも知れないけれど、実は僕は全然気にならない。と言うのもテーマパーク内は基本的に自由行動で何をしてても良いのだ。アトラクションを楽しむ生徒達を尻目に僕はベンチで昼寝をして過ごす。堂々と昼寝が出来るこんな行事は4シーズンあっても良いとさえ僕は思う。

教室へ向かう廊下を歩いていると前方から花さんが歩いてきた。僕を認めると申し訳なさそうに少し俯く。

「花さんおはよう」
「おはようございます」
「もう職員室には行って日誌もらってきたから」
「あ、そうなんすね。ありがとうございます」
「そっちの鞄持つよ」と言っていつも彼女が持っている小説の入った重い鞄を奪う様に手に取った。
「あ……」

「これ今朝みんなに配るんだって」と言って『初夏レクリエーション』のプリントを見せる。
「ああ、これですか」
「一日中昼寝が出来るから楽しみなんだよね」
「寝る事しか頭にねーんすか?」

「花さんは毎年何してるの? アトラクションとか楽しむの?」
ボッチの彼女が一人寂しくアトラクションを楽しんでいる姿を想像したら胸がズキンと痛んだ。

「読書っす」
「でしょうね」

教室に入るとまだクラスメイトは登校してきておらず、ひとまず花さんの鞄を彼女の机の上に置くと、先ほど手渡されたプリントを皆の机の上に一枚づつ配っていった。

「花さん、花瓶の水を交換してください」
「はい」

僕はロッカーから雑巾を引っ張り出し、洗面所で水気を含ませると教室へ戻り教卓を拭く。カーテンを纏め窓を開けて4月の乾いた風を教室に取り込む。それから教室の反対側の窓と廊下の窓も開け空気を入れ替えた。その後黒板の消し残しをキレイに消して右下の『日直』所に「中西 田中」と書いた。黒板の引き出しから新品のチョークを出しペン受けに並べる。最後に黒板消しをクリーナーで掃除した。

ひとまず朝はこんなもんかな。僕が作業漏れが無いか日誌と見比べて確認していると花さんが花瓶を持って戻ってきた。

「とりあえず朝はこんなもんだね」と言って自分の机に突っ伏した。
「花さん、昨日の彼が登校してきたら起こしてもらえますか?」
「わかりました」と彼女は言って僕の隣に座り早速本を取り出していた。

10分くらいウトウトとしただろうか、左脇腹を突かれて目を覚ます。花さんを見ると目で昨日の彼を示した。僕は彼の所に行こうかと逡巡したけれど、何もコチラから出向くのも癪なので彼から声をかけられるまでは無視する事にした。

「行かないんすか?」と花さん。
「うん、気が変わった。向こうからコッチに来るまで無視してる」

登校してきたクラスメイト達は机の上に置かれている『初夏レクリエーション』のプリントを見てウキウキモードになっている。きっと彼も今はそちらに夢中なのだろう。

そうこうしている内に担任の先生が教室に入ってきたので、「きりーつ!」と号令をかける。皆が立ち上がった事を確認して、「礼!」と言った。「着席」の号令で皆が座る。

「とりあえず出席取るぞー。浅井……」


「今朝プリントが配られていたと思うけど」と全員の出欠確認が終わった直後に先生が言う。

「3年生は4月の25日。プリントにも書いてあるけど、昼食は学校から仕出し弁当が出るから持参しなくてもよい。服装は制服だ。だらしない恰好で来るんじゃないぞ。それ以外はプリントに目を通しておいてくれ」

「その他日直から連絡事項あるか?」と聞かれたので、
「ありません」と答えた。

「では以上!」と言って先生は教室から出て行った。「ふぅー」と一息吐き頬杖をつく。すると花さんが何やら目で訴える様に僕の背後を見た。

「あの、中西?」と背後から声をかけられる。ああ、来たのねと思い振り返ると案の定昨日の彼が立っていた。

「ちょっと待って」と言いスマホを取り出し朱の電話番号を彼に伝える。
「ありがとう中西、助かったよ」と言う彼に、

「もう一回釘を刺すけれど、今後僕を君達のやり取りに巻き込まないでくれ。告白の成否や恋の成就の報告も要らない。いいかい?」と人差し指を立てて確認をするように彼に問う。

「うん、わかった」と言ってくれた。
「それと……」と言って一つ間を置き、

「君の恋が上手く行かなかったとして、妹に付きまとったりストーカー紛いな事をしたら僕は許さない。いいかい?」と少し声のトーンを落として言う。

「わかってるよ、当たり前じゃないか」と少し狼狽えて見せた。

その答えを聞いて僕は微笑み、
「応援はしてるからがんばって」と彼を激励した。
「うん、ありがとう」と言って去って行った。

「頼もしいお兄さんっすね」と花さん。
「そう? 普通でしょ」
「……」
「ところで彼は誰だろう?」
「さあ、わかんねーっす」
「クラスメイトで日直でしょ?」
「日直は関係ねーっしょ」

『初夏レクリエーション』のプリントを見ながらいまだにざわついている教室に数学IIIの先生が入ってきたので、喧騒を打ち破くかの如く、「きりーつ!!」と叫んだ。

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