2と4の境界線

折葉こずえ

第31話 真実2

アオイを抱きしめ、過去を話して少し落ち着いてきたのか暑さが蘇ってきた。

「アオイ、ありがとう、そばにいてくれて。アオイがいるからもう辛くないよ」
彼女は瞳に涙を溜めて僕に微笑んでくれた。

「エアコン付けよう。暑くなってきた」
「うん、そだね」
ピっと音がして、再びブーンとエアコンが唸り声を上げる。テーブルの上のグラスを掴むも氷はすでに溶けやたらと温いコーヒーに口を付ける。

「アイスコーヒー、淹れ直そうか?」
「うん、ありがとう」
アオイはグラスを掴むと立ち上がりキッチンへ向かった。カランとグラスに氷を入れる音が聞こえる。
再び戻って来たアオイがアイスコーヒーのグラスをテーブルに置き僕の横にペタンと座った。

「どうする? 家、探してみる?」
彼女は再びパソコンに向かいストリートビューを見始めた。

「家からどのくらい走ってあの場所まで行ったの?」
マウスを操作しながら彼女は訊いてくる。
「さあ、どのくらいかははっきり覚えてないけど、子供が走れる距離だからね。しかも、栄養失調でフラフラの」

「この辺りは?」
「そんな新しい家じゃないよ。それに一戸建てじゃなくて古い長屋の借家だったから」
「そっか……」
そう言ってまたマウスを滑らせた。

「それよりさ、山形に行ってみようか?」
「え?」
いつかアオイの育った山形に行ってみたいと思っていた。

「ほら、もうすぐお盆じゃん。アオイ帰省しないの?」
「帰省するかは決めてないけど、一応2日間バイトの休みを貰ってるよ」
「何日?」
「12日と13日」
無理を言えば僕も休みを貰えるだろうか。明日、梶原さんに聞いてみよう。

「僕もなんとか休みを取るからさ、一緒に行こうよ。現地に行ってそこの空気を感じたり、景色を見たりすればもっと色々思い出せるかも知れないからさ」
「でも、辛い事も思い出しちゃわない?」
「あれ以上辛い事も無いよ。それに今が幸せだから過去の辛い事なんてどうってことないよ」
「嬉しい。わたしも幸せ」
僕は彼女を抱き寄せてキスをした。

「ん……ねえ、今日はどうする?」
「したい?」
「真也君に任せる」
僕は答える代わりに彼女の首筋に舌を這わせた。


翌日、梶原さんに「話があります」と声をかけて時間を作って貰い、今までの事を洗いざらい話した。過去の事や生い立ちまで話す必要も無かったのかも知れないけれど、梶原さんはきっと社員として僕の生い立ち等を会社から聞かされていると勝手に判断したからだ。
梶原さんが僕の話を聞いて一番驚いていたのはやはり、グーグルアースで住んでいた地域を特定したくだりだった。
「そんな映画みたいな事があるんだね」
そう言った梶原さんの瞳は少し潤んでいた。
その上で、無理を承知で頼み込み12日と13日の休みを貰った。特に嫌味を言われるでも無く、咎められることも無くすんなり話が通った事に拍子抜けした。

「大崎さんの家、見つかるといいですね」
最後に梶原さんはそう言った。


夜、帰宅後アオイに休みが取れた事の報告をする。まるで飴玉を貰った子供の様に彼女の目が輝いた。

「わーい、初めての旅行だね。一泊するよね? ね?」と言っていつもの様に小首をかしげる。
「泊るところあるかな?」
「山形をバカにしすぎ」
頬を膨らませて唇を尖らせるのでそこにキスをしてやった。

「ホテル探そう」
アオイはそう言って、昨日役目を終えたグーグルアースの代わりに「じゃらん」を開いてホテルを検索し始める。

「うわ! どこもいっぱいだ」
「お盆だからね。それに急すぎたかな?」
「えぇ……どうしよう?」
「ボロいビジネスホテルとかもないの?」
「シングルしか空いてないよ」
「じゃあ、いっそラブホでいいんじゃない?」
「あ、なるほど、その手もあったね」
お互いラブホテルで働いていると抵抗なくすんなりと決まる。

「うふふ……」
「なに? キモチ悪いよ?」
「だって、初めてのラブホテルだよ?」
「まあ、お客として行くのはね」
何を想像しているのか分からないけれど、アオイの顔は赤くなっていた。

「初日は山辺町を散策して、二日目はどうする? 蔵王とか行ってみる?」
「それよりアオイが育った街を見てみたい」
「えぇ……寒河江を? なんもないよ?」
「いいんだよ。アオイがどんな所で生まれて、どんな所で育って、どんな所で遊んだのか知りたいんだ」
「ふうん……じゃあ実家にも顔出してよ」
「え? いいのかな?」
「うん、どうせ山形へ行くならお母さんに顔を見せてあげたいし、真也君も紹介したい」
アオイは簡単に言うけど、結構緊張する事を解って欲しいものだ。あ、でも、父親はいないって言ってたっけ、それなら多少は気が楽だ。


そして当日になり、一泊分の荷物を持って上野へ向かう。今日からお盆休みに入る企業が多いのか、途中の有楽町線も山手線も比較的空いていた。

「山形新幹線なんてあるんだ?」
上野の駅で率直な感想を述べる。

「うん、と言っても福島から山形へ向かうやつだけだけどね」
東京で暮らしているとこんな事すら知らないのだ。僕だけかも知れないけど。

8時14分の『つばさ号』山形行きに乗る。
アオイを窓側へ座らせ僕は通路側へ腰掛けた。座席のシートを少し倒しリラックス出来る体勢を作る。先日渋谷で買ったデニムのミニスカートを穿いているアオイの白い脚が気になって仕方がない。
「やっぱりそれ、短すぎたんじゃない?」
「そうかな? 大学でもみんなこれくらいの穿いてるよ」
「アオイは穿いていかないでね」
「真也君と出掛ける時しか穿かないよ」
そう言って上目遣いで僕を見て来る。

「ねえ、色っぽい?」
幼く見えるアオイに色っぽいと言う表現は似つかわしくない気がする。エロイ? いや違うな。

「うーん……眩しい?」
「ほええ……」
アオイは変な声を出して目を丸くした。

つばさ号は上野を出発し、3時間程で山形に着くらしい。もっと遠いと思っていたから意外だった。
アオイは駅で買ったアーモンド入りのチョコを摘みながら時折「あー」と言って僕の口にも入れてくれる。
あらかたチョコを食べ終わると手を繋いできた。僕の肩に頭を預け、「眠くなってきた」と訴える。「うん、寝てていいよ」と言って僕も目を瞑った。

何度も微睡み、何度目かの覚醒でアオイが窓の外を眺めている事に気付く。
「起きてたの?」
「うん」
ペットボトルのお茶を一口飲み僕も車窓から外を眺めた。

「田んぼばかりだね」
「でしょ」
目に映るのは田んぼ、畑、山。この距離を真冬の夜にトラックの荷台で移動してきたのかと思うと寒気がしてきた。

11時頃に山形駅に到着し、そこからタクシーに乗って記憶の場所へ向かう。タクシーは僕の記憶とは逆に西から東へ走るので、見落とさない様にスマホのナビも駆使して目的の場所を探した。やがて、前方に橋の欄干らしき物が見えてきて、さらに右前方に墓石が見えた。ここだ。

「止めて下さい」

咄嗟に口に出していた。料金を払いタクシーを降りる。ゆっくり記憶の場所まで歩き、記憶と同じように西を向いて景色を眺めた。

間違いない。ここだ。茫然と立ち尽くす僕にアオイが寄り添って来る。僕を見上げながら、
「ここ?」と訊いてくる。僕は黙って頷いた。

「辺り、なんもないね」
彼女に言われて辺りを見渡すも確かに田んぼばかりで何もない。僕はどっちから逃げて来たんだろう。一番近い住宅は東方向のあの一画だろう。西から来たとは考えられない。北や南に見える住宅は遠すぎてとても子供が歩ける距離だとは思えない。
と言う事はやはり東から来たのだろうか。

「とりあえずあっちに行ってみよう」
そう言って東を指差しアオイに言った。


          

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