2と4の境界線

折葉こずえ

第25話 探し物1

火曜日、寝不足の頭をなんとか覚醒させシャワーを浴びバイトへ向かう為支度を始める。アオイはまだベッドで寝ていた。結局一晩で3回も彼女を抱いた。決壊という表現がぴったりだった。この1ヶ月半、抑え込んできた想いをぶつける様にお互いの肌を求めた。

バイトに出掛ける旨を彼女に伝えると、今日は午前の講義を休むと言った。「だって真也君が激しいんだもん」などと供述し自分を正当化した。大学生は気ままなもんだと思った。

職場へ向かう道中も心が弾んでいた。なんというか、心が満たされていて、虚無感しかなかった毎日に希望や、やりがいと言った物が満ちてきた。アオイを抱いたと言う安心感もあったのかも知れない。

職場に着くとすぐに三宅さんに声をかけられマネージャー室に来るようにとの指示を受ける。制服に着替えてからマネージャー室へ向かいドアのノックすると、「入れ」と言われるので室内に入った。

「まあ、座れ」と促され椅子に腰掛ける。三宅さんは内線の受話器を取り、「コーヒー2つ、俺の部屋へ」と手短に伝えて受話器を下ろした。

「どうだった?」
開口一番そう訊かれる。昨日の試験の事だろう。手ごたえを伝えればいいのか、感想を伝えればいいのか良く分からなかった。

「そこそこ出来たと思います」
そう言った時、マネージャー室のドアがノックされキッチンの渡辺さんがコーヒーを2つトレーに乗せて入ってきた。三宅さんは僕の答えには何も言わずにコーヒーにミルクと砂糖を入れてスプーンでかき混ぜ始めた。
僕も、「頂きます」と言ってそのままカップを口へ運ぶ。

三宅さんも自分のコーヒーを一口啜ると、タバコの箱を見せながら「いいか?」と訊ねる。「どうぞ」と答える前に火をつけた。大きく息を吸い天井に向けてそれを吐き出し、小さなきのこ雲を作った。

「まあ、大概受かるんだよ。受かる奴にしか声をかけないからな」と言ってはははと笑う。
確かにテスト自体は簡単な物だった。なんて答えたら良いか分からなかったので曖昧に笑う。

「今週中には結果が届くよ。一応辞令として書面で届くけど、その前に俺に電話で合否が伝えられると思うけどな」
「はあ……」
「今回、勉強を頑張れたのか?」
「はい。人生で一番頑張ったと思います」
自動車の免許を取る時も真剣だったけれど、今回はそれよりも真剣だった。

三宅さんはニヤリと口角を上げ、

「じゃあ、次だな」と言う。
「次、ですか?」
「言っただろう? 衛生管理者の資格も取って貰わないとダメなんだよ」
それは社員の採用試験が受かってからではないのだろうか。確かそういう話だった筈だ。

「まだ、採用試験の結果が出てないのにって思っているか?」
僕の顔を見て先読みして聞いてくる。この人には隠し事は通用しないんじゃないかと思う。

「あのな、別に受かってなくても資格は取っておいて損は無いんだ。お前はここで3年の実務経験がある。実際は客室の清掃だけれど、そんなもの会社が誤魔化して衛生管理の業務に携わっていたって事にしちまえばいいんだよ」

「はあ……」
そもそも衛生管理者とは何か良く分からないのだ。三宅さんは再び僕の顔を見て疑問に答える様に説明してくれた。ある程度従業員のいる職場には必ず衛生管理者を置かないといけないらしい。衛生管理者だけを募集する求人もあるそうなのだ。

「ようは、お前が此処を辞めても、その資格があれば就職に有利って事だ。取っておいて損はないんだから取っておけ。会社の金で取れるんだ」
三宅さんはタバコを灰皿に押し付けながら言った。
「わかりました」
会社の為というよりは僕の事を考えて勧めてくれている事が伝わり、三宅さんの人柄に心が熱くなる。惰性で生きてきた毎日が急に充実したものに変化していく事が判った。

「あの!」
「お? なんだ? なんでも聞け」
「もし、社員になれたら別のホテルに勤務する事もあるんでしょうか?」
三宅さんはうーんと唸って腕を組み、

「基本的にはここの近隣のホテルにサブマネとして勤務することになるだろうな」
「近隣ですか?」
「まあ、このエリアにあるホテルのどこかだろう。ここかもしれんし」
それを聞いて少し安心した。都内であればアオイと離れる事もなさそうだ。

「池上か?」
「え?」
「お前に隠し事は無理だ。お前たちを見てれば分る」
「はあ……すみません」
「謝る事でも無い。お前が危惧しているような事にはならんから心配するな。ただし、もっと先、お前がどんどん出世してどこかのエリア全体を任されるようになれば分からんけどな。だけど、そんなのはまだずっと先だ」
「わかりました」
三宅さんは相変わらず腕を組んで僕にニヤリとしてみせ、
「なんにせよ、期待されているって事だ。がんばれ」と激励してくれる。
「はい、ありがとうございます」とお礼を述べた。

「じゃあ業務の戻れ。結果が出たらすぐ伝える」と言って退室するように促した。

バックヤードに戻るとリネンを畳んでいた野田さんが僕に気付き、昨日の試験の事を聞いてきた。内容や感想、昨日あった出来事などを簡単に説明した。

「そう、じゃあ上手く行ったんだ」
「まあ、なんとか」
「受かったらお祝いだね」
「お祝いですか?」
「うん、合格祝い? 久しぶりに飲みに行こうよ」
「はあ……」
以前あんな事があったから曖昧に返事をした。

その後、業務に没頭していると午後6時になりアオイがやって来た。彼女はすでに僕の教育から外れ伊藤さんという中年のオバサンとペアを組んでルームをしている。伊藤さんはバツイチの40歳くらいの女性で明るく気の良い人でアオイとも上手くやれている様だ。シフトの関係で伊藤さんが休みの時は野田さんと組む曜日もある。初めは野田さんと組む事に少し不安を感じていたけれど、意外と上手くやれているようだ。アオイの性格上、いがみ合うという事はないのだろう。

午後9時になりアオイと2人でバイト先を出た。すぐに手を繋ぎ駅へと向かう。傍から見たらこれから情事を楽しむ為にラブホテルに入ろうとするカップルに見えるのかも知れない。初めこそアオイも僕とラブホテル街を歩くことに照れていたけれど、もうすっかり慣れたのか堂々としたものだ。

そのまま当たり前の様に僕の最寄り駅までついて来る。僕もそれについては何も咎めなかった。
「スーパー寄ってこ?」
「うん、まだ豆腐と豚肉が冷蔵庫にあったよ?」
「野菜買って行きたいから。あとデザートも」
本当はデザートがメインなんだろう。

自宅に着くと早速アオイは料理を作り出した。試験勉強から開放された僕はいささか手持無沙汰だ。
「先にシャワーでも浴びたら?」
「うん、そうする」

シャワーを浴び部屋に戻るとすでに料理が出来ていた。豚バラ炒めと冷ややっこが本日のメニューらしい。
食後ベッドを背もたれにしてくっ付いていると甘い雰囲気になってくる。彼女にキスの雨を降らせ胸に手をやる。

「ちょっと、先にシャワー浴びさせて」
「だめ……」
「ああん、もう……」と甘い声を出し、結局彼女はそのまま僕を受け入れた。

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