じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
3-1 二つ目の魔境
3-1 二つ目の魔境
荒野にぽつんと佇む浮島のような町・アイエダブルに着いたのは、太陽がちょうど真上に来る頃だった。
「……なんだか……」
ウィルは町の入口で、俺の肩をぎゅっと掴みながら、声にならない声を漏らした。続きは言わなくても分かる気がした。俺だって、それなりにあちこち旅をしてきたんだ。だからなんとなく分かるんだけど、この町は“よくない”。
ストームスティードから降りると、俺たちはなるべく固まって、町の中を歩き出した。一つ前のレイブンディーの町は、石造りの遺跡のような町だった。ここは雰囲気が変わって、木造建築が目立つ。開拓期のアメリカのような、煤けた焦げ茶色の家ばかりだ。
「む……」
大通りに出ると、この町がよくないと感じた理由が分かった。通りには酒場がずらずらと並んでいる。酔っ払いが真っ昼間から店先に寝っ転がり、高いびきをかいていた。その店の合間合間に、窓一つない怪しげな店が構えている。あの中では、何が売られているのか……
「さあ!間もなく始まるよォ!」
わっ。大通り全域に響き渡るんじゃないかってくらいの、とんでもないドラ声が聞こえてきた。こんだけ大声だと、嫌でも目が行ってしまう。見れば、通りの一角に、黒山の人だかりができていた。簡素な木組みの舞台を取り囲んで、大勢の男女が集まっている。舞台の上には、黒い暗幕が張り巡らされていた。なんかのステージでも始まるのか?
「今回は美男美女揃いだよ!それも、若い上玉だぁ!旦那様方、奥様方!ご準備はいいですね!」
ドラ声の主は、舞台の上に立っている、もじゃひげ面の男だった。司会役としてはいささか品に欠けるが、ま、路上ステージならこんなものかもしれない。
「どうでもいいや。さ、早く行こ、うぜ……」
とっとと通り過ぎようとした俺の足が、カチンと凍る。
ひげ面の男が暗幕の奥から引っ張り出してきたのは、ボロ布一枚を纏っただけの娘だった。しかも、首と手に、鉄製の枷をはめられている。
「えっ」
「ウオオオー!」
観客が一斉に歓声を上げた。俺たちと違い、少しも驚いていない。てことは、彼らが待ち望んでいたものが出てきたってことだ……
「奴隷市……」
誰がつぶやいたのかは分からない。とにかく俺たちは、その衝撃的な光景から目が離せなかった。
「どうです!この白い肌!とある地方の寂れた村で捕れた田舎もんですが、なかなかのモンでしょう!おら、前に出んか!」
ひげ面の男ががなりたてながら鎖を引くと、娘は首輪を引っ張られ、苦しそうに数歩前進した。顔がよく見えるようになったが、なんだよ……俺とそんなに変わらないくらいじゃないか。そんな若い少女が、売りに出されているのか……? 
「……」
娘はぐっと唇を引き結んで、まぶたも同様に閉じていた。そうすれば、目の前のぎらつく視線を見ずに済むとでも言うかのように。髪は紅花色をしていて、後ろで一括りに結んでいた。俺は少女の赤毛を見て、三つ編みちゃんのことを思い出してしまった。
「五十!五十だ!」
「六十!六十は出すぞ!」
観客は口々に数字を叫び、指を不思議な形にして、腕を振り上げている。
「おやぁ?困りますな、どうにも低いですねぇ。ですが、この娘の体を見ても、同じことが言えますかぁ!?」
「なっ」
ひげ面の男は、あろうことか、娘の纏っているボロ布にまで手を掛けた。俺はとっさに、ライラの目を覆った。そして俺の目は、ウィルが覆った。
「オオオォォォー!いいぞー!」
「百!百だぁ!」
「こっちは百五十だ!おい、お前らすっこんでろ!」
「さぁさぁ、上はいないか!?張った張ったァ!」
真っ暗闇の中で、狂気の熱がこもった声だけが聞こえてくる。どうなっているかなんて、容易に想像ができた。
「……とっとと離れましょう。こんなところ」
ウィルのひどく冷たい声。うなずくと、ウィルの手が外れた。俺は、なるべくステージの方を見ないようにしながら、通りを離れて路地へと移った。
「……驚いたな。ちくしょう、なんて町に来ちまったんだ」
路地をある程度進んでから、俺は苦々しい気分でつぶやいた。みんなは無言でうなずくことで同意したが、アルルカだけは違った。
「そう?奴隷市なんて、この国じゃ珍しくもなんともないわよ」
なに?アルルカはちっともショックを受けていないようだ。素知らぬ顔で、耳元の髪の毛をいじっている。
「ああいいうのは、日常茶飯事って言いたいのか?」
「まあね。あんたも気づいてたはずでしょ?」
「ちっ……ああ。だって、あんな目立つところにステージを構えてたんだぞ。裏路地とか、店んなかとかじゃなく。つまりあれが、日常風景ってことだろ……」
奴隷の存在は、とっくに知っていたさ。大勢を乗せた奴隷馬車を何度も見たんだから。けれど、まさかあんな形で売り買いされているとは思わなかった。あんな大勢の前で……
「それが当たり前ってことが、よりショックなんだよ」
「ああ、そーゆうこと。でもあんなの、まだまだ全然マシな方だと思うわよ?」
ええ?アルルカは涼しい顔で、さらりと言い放つ。
「若い女は、大事に売ってもらえるもの。その後も可愛がってもらえるし。けど男とか、ブサイクなやつは悲惨なもんよ?顔の良い、若い男なら男娼って使い道があるけど、それ以外は単なる労働力よ。それも使い捨ての」
「……聞いているだけで、反吐が出そうだな」
「あたしに当たられても困るわ。この国はもともとそうなんだってば」
そうだった……この国は、三の国。二の国や一の国とは、価値観も考え方も違う……だからって、こんなことがまかり通っていいもんか!とは思うけど……あいにくと今の俺たちには、一国を相手に戦うほどの力はない。それに、暴力で解決できる問題でもないと思う。
(結局、何もできないか……)
俺は肩を落とした。やるせないが、仕方ない、みんなの主としての仕事は、奴隷解放じゃないだろう。
「……お前、ずいぶん詳しいね」
フランがじとりとした目で、アルルカを睨んだ。
「まさか、お前も人間を売り買いしてたんじゃ……」
「はぁ?あたしが?んなことしないわよ、メンドーくさい。それをやってたのは、町の連中よ」
「じゃあ、なんで」
「そんなの簡単よ。実体験だもの。あたしも昔、売られたことあるから」
「……は?」
なに?昔って言うと、昔……まだアルルカが、あの町を支配する前のことか?フランが呆れた顔で訊ね返す。
「ヴァンパイアが、人間の奴隷にされてたの?」
「きゃはは、まっさかぁ。人間風情に従うわけないじゃない。面白そうだと思って、奴隷狩りに捕まったふりをしてみたことがあんのよ。で、実際にああして売られたわけ。あたしは特上の特上だったから、それはそれは高値で売れたわよ」
こ、こいつ……遊び感覚で奴隷商に売り飛ばされたのか?刺激を得るためなら、本当に何でもやる女だな……たぶんこれ以外にも、色々やっていたんだろうな。
「……で、その後は?」
「その後?ああ、あたしを買ったやつ?当然殺したわよ。よだれ垂らしながら飛び掛かってきたから、半殺しにした後で首に噛みついてやったわ」
……誰だか知らないけど、哀れなやつ。いや、人身売買に加担している以上、どうしようもない奴ではあるんだけど……まあしかし、これでアルルカが、やたらにこの国の奴隷事情に詳しい理由が分かったな。まさか、実際に経験済みだったとは。
「こほん!そんなことは、今はどうでもよくてですね」
ウィルが咳払いをして、脱線していた話を戻す。どうでもいい呼ばわりされて、アルルカは少しむっとした。
「今大事なのは、この町に長居をするか、それともさっさと出て行くかってことじゃないですか?」
「おお、確かに」
元々俺たちは、この町に補給のために立ち寄った。寂れたディオの村では、満足な買い物ができなかったからだ。フランが微妙な顔で言う。
「……どうする?さっさと出発する?」
「まあ、のんびりショッピングを楽しむには、ちっとヤバい雰囲気だよな……まだお昼だし、すぐにここを出て、次の町を目指すのもありか?」
だが、ウィルは難しい顔で、首を横に振った。
「そうしたいのは山々ですが……もう食料が、ほとんどないんです。せめて買い物はしないと」
「うーん、無理は禁物か……あ!けど待てよ?確か……!」
俺は大慌てで、カバンの中をゴソゴソやった。しまった、ここんとこ色々あって、すっかり忘れていた。みんなが不思議そうにこちらを見てくる。やがて俺は、財布代わりにしている巾着を取り出した。紐を緩めて、中を見ると……
「あっちゃあ……軽くなってきたとは思ってたけど、やっぱり」
巾着の中には、数枚の銀貨と銅貨が残っているだけだった。まずったな、旅費は一番気にしなきゃいけなかったのに。ライラが巾着の底をぽんぽんと叩いて、重さを確かめる。
「かるーい。お金なくなっちゃったの?」
「ほんのちろっとは残ってるけど……できて、あと一泊だな。全くぜんぜん余裕はない」
「ふーん」
金銭面に頓着の薄いライラは、事の重大さをわかっていなさそうだ。しれっと言い放つ。
「あの女王から、むしっとけばよかったね」
「む、無茶言うなよ……」
ロアからカツアゲ?その場面を想像してみる……うん。あいつなら、数倍にして仕返しをしてくるだろう。そういう女だ。
「金欠、備蓄もなし。ビンボー臭い連中ねぇ。あーやだやだ」
アルルカは他人事のように、マントをひらひらさせている。このヤロウ、オメーもその一員だって教えてやろうか?
「まあとりあえず……ウィルの言う通り、飯だけは確保していこうか。金は……次の町に着いたら考えよう」
なけなしの金で食料を確保して、金はどこかで稼がなくちゃならないだろうな。次の町で、日雇いの仕事が見つかるだろうか?
(どっかに、一攫千金の話でも転がってたらな)
と考えたけど、いやいや、こんな町のうまい話は裏が怖いって。もしそんなのがあっても、騙されないようにしないとな。
今いる路地には、旅人向けの店はないようだった。仕方なく元の大通りに戻る。さすがに、怪しい店しかないってこともないだろう。その予想通り、しばらく進むと、大きな宿屋が見えてきた。客も結構いるぞ。それも、まっとうな客だ。
「あそこにすっか」
あれだけ大きな宿なら、食堂もありそうだ。なら、弁当も買えるかもしれない。店の看板が出ていないのが気になったが……とにかく、俺たちはスイングドアをくぐって、店の中へと入った。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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荒野にぽつんと佇む浮島のような町・アイエダブルに着いたのは、太陽がちょうど真上に来る頃だった。
「……なんだか……」
ウィルは町の入口で、俺の肩をぎゅっと掴みながら、声にならない声を漏らした。続きは言わなくても分かる気がした。俺だって、それなりにあちこち旅をしてきたんだ。だからなんとなく分かるんだけど、この町は“よくない”。
ストームスティードから降りると、俺たちはなるべく固まって、町の中を歩き出した。一つ前のレイブンディーの町は、石造りの遺跡のような町だった。ここは雰囲気が変わって、木造建築が目立つ。開拓期のアメリカのような、煤けた焦げ茶色の家ばかりだ。
「む……」
大通りに出ると、この町がよくないと感じた理由が分かった。通りには酒場がずらずらと並んでいる。酔っ払いが真っ昼間から店先に寝っ転がり、高いびきをかいていた。その店の合間合間に、窓一つない怪しげな店が構えている。あの中では、何が売られているのか……
「さあ!間もなく始まるよォ!」
わっ。大通り全域に響き渡るんじゃないかってくらいの、とんでもないドラ声が聞こえてきた。こんだけ大声だと、嫌でも目が行ってしまう。見れば、通りの一角に、黒山の人だかりができていた。簡素な木組みの舞台を取り囲んで、大勢の男女が集まっている。舞台の上には、黒い暗幕が張り巡らされていた。なんかのステージでも始まるのか?
「今回は美男美女揃いだよ!それも、若い上玉だぁ!旦那様方、奥様方!ご準備はいいですね!」
ドラ声の主は、舞台の上に立っている、もじゃひげ面の男だった。司会役としてはいささか品に欠けるが、ま、路上ステージならこんなものかもしれない。
「どうでもいいや。さ、早く行こ、うぜ……」
とっとと通り過ぎようとした俺の足が、カチンと凍る。
ひげ面の男が暗幕の奥から引っ張り出してきたのは、ボロ布一枚を纏っただけの娘だった。しかも、首と手に、鉄製の枷をはめられている。
「えっ」
「ウオオオー!」
観客が一斉に歓声を上げた。俺たちと違い、少しも驚いていない。てことは、彼らが待ち望んでいたものが出てきたってことだ……
「奴隷市……」
誰がつぶやいたのかは分からない。とにかく俺たちは、その衝撃的な光景から目が離せなかった。
「どうです!この白い肌!とある地方の寂れた村で捕れた田舎もんですが、なかなかのモンでしょう!おら、前に出んか!」
ひげ面の男ががなりたてながら鎖を引くと、娘は首輪を引っ張られ、苦しそうに数歩前進した。顔がよく見えるようになったが、なんだよ……俺とそんなに変わらないくらいじゃないか。そんな若い少女が、売りに出されているのか……? 
「……」
娘はぐっと唇を引き結んで、まぶたも同様に閉じていた。そうすれば、目の前のぎらつく視線を見ずに済むとでも言うかのように。髪は紅花色をしていて、後ろで一括りに結んでいた。俺は少女の赤毛を見て、三つ編みちゃんのことを思い出してしまった。
「五十!五十だ!」
「六十!六十は出すぞ!」
観客は口々に数字を叫び、指を不思議な形にして、腕を振り上げている。
「おやぁ?困りますな、どうにも低いですねぇ。ですが、この娘の体を見ても、同じことが言えますかぁ!?」
「なっ」
ひげ面の男は、あろうことか、娘の纏っているボロ布にまで手を掛けた。俺はとっさに、ライラの目を覆った。そして俺の目は、ウィルが覆った。
「オオオォォォー!いいぞー!」
「百!百だぁ!」
「こっちは百五十だ!おい、お前らすっこんでろ!」
「さぁさぁ、上はいないか!?張った張ったァ!」
真っ暗闇の中で、狂気の熱がこもった声だけが聞こえてくる。どうなっているかなんて、容易に想像ができた。
「……とっとと離れましょう。こんなところ」
ウィルのひどく冷たい声。うなずくと、ウィルの手が外れた。俺は、なるべくステージの方を見ないようにしながら、通りを離れて路地へと移った。
「……驚いたな。ちくしょう、なんて町に来ちまったんだ」
路地をある程度進んでから、俺は苦々しい気分でつぶやいた。みんなは無言でうなずくことで同意したが、アルルカだけは違った。
「そう?奴隷市なんて、この国じゃ珍しくもなんともないわよ」
なに?アルルカはちっともショックを受けていないようだ。素知らぬ顔で、耳元の髪の毛をいじっている。
「ああいいうのは、日常茶飯事って言いたいのか?」
「まあね。あんたも気づいてたはずでしょ?」
「ちっ……ああ。だって、あんな目立つところにステージを構えてたんだぞ。裏路地とか、店んなかとかじゃなく。つまりあれが、日常風景ってことだろ……」
奴隷の存在は、とっくに知っていたさ。大勢を乗せた奴隷馬車を何度も見たんだから。けれど、まさかあんな形で売り買いされているとは思わなかった。あんな大勢の前で……
「それが当たり前ってことが、よりショックなんだよ」
「ああ、そーゆうこと。でもあんなの、まだまだ全然マシな方だと思うわよ?」
ええ?アルルカは涼しい顔で、さらりと言い放つ。
「若い女は、大事に売ってもらえるもの。その後も可愛がってもらえるし。けど男とか、ブサイクなやつは悲惨なもんよ?顔の良い、若い男なら男娼って使い道があるけど、それ以外は単なる労働力よ。それも使い捨ての」
「……聞いているだけで、反吐が出そうだな」
「あたしに当たられても困るわ。この国はもともとそうなんだってば」
そうだった……この国は、三の国。二の国や一の国とは、価値観も考え方も違う……だからって、こんなことがまかり通っていいもんか!とは思うけど……あいにくと今の俺たちには、一国を相手に戦うほどの力はない。それに、暴力で解決できる問題でもないと思う。
(結局、何もできないか……)
俺は肩を落とした。やるせないが、仕方ない、みんなの主としての仕事は、奴隷解放じゃないだろう。
「……お前、ずいぶん詳しいね」
フランがじとりとした目で、アルルカを睨んだ。
「まさか、お前も人間を売り買いしてたんじゃ……」
「はぁ?あたしが?んなことしないわよ、メンドーくさい。それをやってたのは、町の連中よ」
「じゃあ、なんで」
「そんなの簡単よ。実体験だもの。あたしも昔、売られたことあるから」
「……は?」
なに?昔って言うと、昔……まだアルルカが、あの町を支配する前のことか?フランが呆れた顔で訊ね返す。
「ヴァンパイアが、人間の奴隷にされてたの?」
「きゃはは、まっさかぁ。人間風情に従うわけないじゃない。面白そうだと思って、奴隷狩りに捕まったふりをしてみたことがあんのよ。で、実際にああして売られたわけ。あたしは特上の特上だったから、それはそれは高値で売れたわよ」
こ、こいつ……遊び感覚で奴隷商に売り飛ばされたのか?刺激を得るためなら、本当に何でもやる女だな……たぶんこれ以外にも、色々やっていたんだろうな。
「……で、その後は?」
「その後?ああ、あたしを買ったやつ?当然殺したわよ。よだれ垂らしながら飛び掛かってきたから、半殺しにした後で首に噛みついてやったわ」
……誰だか知らないけど、哀れなやつ。いや、人身売買に加担している以上、どうしようもない奴ではあるんだけど……まあしかし、これでアルルカが、やたらにこの国の奴隷事情に詳しい理由が分かったな。まさか、実際に経験済みだったとは。
「こほん!そんなことは、今はどうでもよくてですね」
ウィルが咳払いをして、脱線していた話を戻す。どうでもいい呼ばわりされて、アルルカは少しむっとした。
「今大事なのは、この町に長居をするか、それともさっさと出て行くかってことじゃないですか?」
「おお、確かに」
元々俺たちは、この町に補給のために立ち寄った。寂れたディオの村では、満足な買い物ができなかったからだ。フランが微妙な顔で言う。
「……どうする?さっさと出発する?」
「まあ、のんびりショッピングを楽しむには、ちっとヤバい雰囲気だよな……まだお昼だし、すぐにここを出て、次の町を目指すのもありか?」
だが、ウィルは難しい顔で、首を横に振った。
「そうしたいのは山々ですが……もう食料が、ほとんどないんです。せめて買い物はしないと」
「うーん、無理は禁物か……あ!けど待てよ?確か……!」
俺は大慌てで、カバンの中をゴソゴソやった。しまった、ここんとこ色々あって、すっかり忘れていた。みんなが不思議そうにこちらを見てくる。やがて俺は、財布代わりにしている巾着を取り出した。紐を緩めて、中を見ると……
「あっちゃあ……軽くなってきたとは思ってたけど、やっぱり」
巾着の中には、数枚の銀貨と銅貨が残っているだけだった。まずったな、旅費は一番気にしなきゃいけなかったのに。ライラが巾着の底をぽんぽんと叩いて、重さを確かめる。
「かるーい。お金なくなっちゃったの?」
「ほんのちろっとは残ってるけど……できて、あと一泊だな。全くぜんぜん余裕はない」
「ふーん」
金銭面に頓着の薄いライラは、事の重大さをわかっていなさそうだ。しれっと言い放つ。
「あの女王から、むしっとけばよかったね」
「む、無茶言うなよ……」
ロアからカツアゲ?その場面を想像してみる……うん。あいつなら、数倍にして仕返しをしてくるだろう。そういう女だ。
「金欠、備蓄もなし。ビンボー臭い連中ねぇ。あーやだやだ」
アルルカは他人事のように、マントをひらひらさせている。このヤロウ、オメーもその一員だって教えてやろうか?
「まあとりあえず……ウィルの言う通り、飯だけは確保していこうか。金は……次の町に着いたら考えよう」
なけなしの金で食料を確保して、金はどこかで稼がなくちゃならないだろうな。次の町で、日雇いの仕事が見つかるだろうか?
(どっかに、一攫千金の話でも転がってたらな)
と考えたけど、いやいや、こんな町のうまい話は裏が怖いって。もしそんなのがあっても、騙されないようにしないとな。
今いる路地には、旅人向けの店はないようだった。仕方なく元の大通りに戻る。さすがに、怪しい店しかないってこともないだろう。その予想通り、しばらく進むと、大きな宿屋が見えてきた。客も結構いるぞ。それも、まっとうな客だ。
「あそこにすっか」
あれだけ大きな宿なら、食堂もありそうだ。なら、弁当も買えるかもしれない。店の看板が出ていないのが気になったが……とにかく、俺たちはスイングドアをくぐって、店の中へと入った。
つづく
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