じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

10-5

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桜下とクラークが、連れたって歩いて行った頃。残された彼らの仲間たちは、手持無沙汰になっていた。

「いっちゃった」

ライラがつまらなさそうにぼやく。クラークのパーティーの、赤髪の魔法使い・コルルは、仲間たちを振り返って言った。

「どうする?先に部屋に戻ってる?」

すると長身に眼帯の弓兵・アドリアが、あごをポリポリかきながら言う。

「それでもいいが、せっかく少しぶりに二の国ご一行に出会ったんだ。暇つぶしに、少し世間話というのも、悪くないんじゃないか?」

アドリアは何気ない口ぶりで、フランたちを誘った。フランたちは顔を見合わせる。するとアドリアは前に進み出てきて、鎧の騎士エラゼムに視線を合わせた。

「先日の、勇演武闘以来だな。実は貴殿の剣さばきを見た時から、いつか一戦お手合わせ願いたいとかねがね思っていたのだ」

エラゼムは意外そうに「ほう」とつぶやき、コルルは呆れた顔をする。

「アドリア、あなたねえ。リゾート地で勇演武闘の続きをするつもり?だいたい、得物も持ってきてないじゃない」

「コルル、もちろんそんな無粋な真似はしないさ。言っただろう、手合わせと。得物も、そうだな。あれで十分だろう」

アドリアは庭園まですたすた歩いていくと、端に立てかけてあった箒とレーキ(落ち葉を集める熊手のような道具)を手に取った。

「どうだろう?私も元傭兵の端くれとして、それなりに腕は立つつもりだ。貴殿の腕には敵うべくもないが、朝の運動ぐらいにはなるかと存じるが」

するとエラゼムはにやっと笑って(首無しなので本人以外には分からないが)、アドリアの手からレーキを受け取った。

「ご指名いただき、光栄ですな。古木が勢い目覚ましい若木にどれだけ追いすがれるかはわかりませぬが、やれるだけやってみましょう」

アドリアは満足げにうなずくと、二人そろって意気揚々と庭園の目立たない場所、つまり大きな木の陰に行ってしまった。すぐに乾いた木のぶつかるパシンという音と、短い気合が聞こえてきた。

「呆れた……アドリアったら、ずーっとチャンスを伺ってたに違いないわ」

コルルのぼやきを聞いたミカエルはくすっと笑って、それからおずおずとアルルカの方へと近づいて行った。

「あの……」

「は?」

「ひぃ」

冷たいアルルカの視線に、ミカエルは一瞬で震え上がってしまった。アルルカはふんと鼻を鳴らすと、近くの木のそばまですたすた歩いて行ってしまった。そしてひょいと跳び上がると(ゆうに六キュビットは跳んだ)、枝葉の陰に隠れて見えなくなった。
ミカエルは何かしただろうかと涙目になり、コルルはアルルカの態度に目を吊り上げた。ちょうどそのタイミングで、ライラがミカエルに話しかけた。

「ねえ、おねーちゃんはさ……この前、たくさんまほーを使ってた人だよね?」

「え?え、えぇ……」

厳密にはスクロールを使用しただけだが、ミカエルは黙っていた。コルルが「あたしも魔術師なんですけど?」という顔をしていたが、これも無視した。

「あの、ライラもまほー使いなんだ。でね、おねーちゃんのまほーの使いかた、とっても驚いたの。いろんな属性を、あんな風に使うんだって。だから、その……」

もじもじとスカートのすそをいじるライラを見て、ミカエルは縮こまっていた心が暖かくなり、微笑んだ。恥ずかしがり屋のいじらしい子どもが、友達になろうよと声を掛けてきたように思えたからだ。

「ええ。よければ、お話しませんか?」

「……!うん!」

二人は廊下の壁に寄りかかって、魔法談義を始めた。残ったのは、フラン、ウィル、コルルの三人だ。ウィルは人間からは視認されないのをいいことに、最初から会話に加わる気が無いようだった。そしてフランもまた、口数が多い方じゃない。フランは庭園に出て、そこに大きな水がめが置いてあるのを見つけた。中には水草が植えられていて、きれいな瑠璃色の小魚が三匹、ちょこちょこと泳いでいた。フランはしゃがみこんで、その魚を眺めることに決めた。

「なーにしてるのよ」

水面に、真っ赤な髪が映りこんだ。フランは一瞥だけして、そっけなく言った。

「生物観察」

「あなた、学者にでもなりたいの?」

フランは無視した。相手も本気で訊いているわけではない。コルルは水がめに背を預けるように、フランの隣に座り込んだ。お尻を下ろす際、コルルは「うっ」と苦しそうな声を漏らした。背中を付けたことで水面に波紋が走り、驚いた魚たちは水草の陰に隠れてしまったので、フランは顔をしかめた。

「……何しに来たの。世間話のネタはないけど?」

「な、なによ。まだ怒ってるの?その、悪かったわよ。いっぱい殴っちゃって……」

勇演武闘のことだろう。フランは小さく首を振った。

「別に。わたしも殴ったし」

「そう?……ま、今になって振り返れば、ちょっと行き過ぎてたわね。熱がこもり過ぎだったわ」

その熱がこもった理由を、フランも、コルルも、よくわかっていた。

「……で、あれからどう?」

「……なにが」

「とぼけなくていいじゃない。あの勇者の男の子よ」

フランの耳が、ぴくっと動いた。

「試合の時に話したこと、覚えてる?あの時は、ちょっと挑発的なこと言っちゃったけど……ほんとはあたし、あなたたちも上手くいけばいいのにって思ってるのよ?だってほら、似てるじゃない、色々。歳もそうだし、勇者と仲間って言うのもそうだし……」

「……そう、だけど。だから?」

「だから、ってこともないけれど……ほら、ちょっとアドバイスしたり、相談に乗れたりするかもしれないじゃない……ねえ?」

コルルはちらっと、隣の銀髪の少女を見やった。実を言うと、コルルは誰かに恋の相談がしたかったのだ。なにぶん男子と付き合ったのは初めてで、しかも昨日付き合い始めたばかりだ。ドキドキと胸が高鳴るのと同時に、様々な不安もあった。それにできれば、相談相手はある程度遠い人間の方がよかった。何となくだが、アドリアやミカエルは違う気がしていた。

「……」

フランは少し考えた。あまり身内のことをべらべら喋りたくはないが、フランもまた、最近少し悩んでいた。それの解決法を隣の少女が持っているとは考えにくいが、まあ、息抜きにはちょうどいいのかもしれない。

「……まあ、そうかもね」

「……!そ、そうでしょ?ちょうどいい機会だから、情報交換でもしましょうよ」

「情報、ね。そう言うあなたたちは、最近どうなの?」

すると途端にコルルの顔が緩み、頬が赤く染まった。フランは己の質問を後悔した。

「じ、実はね……く、クラークと、付き合うことに、なった……」

「へーよかったね」

「も、もっと興味持ちなさいよ!」

「はいはい……で?手くらいはつないだの?」

フランは皮肉で言ったつもりだった。あの、正義だなんだとうるさいクラークなら、異性と手を繋いだだけでも、不純異性交友だかどうだかとのたまうと思っていたのだ。

「そ、それが……最後まで……」

「え?」

フランはぽかんと口を開けた。

「最後って……最後?」

「ぅん……」

コルルの声は蚊の鳴くようだったし、顔は髪と同じくらい真っ赤に染まっていた。フランはさっきコルルが屈むとき、妙に苦しそうな声を出した理由が分かった。

「……痛かった?」

「少し……でも、それ以上に幸せだったわ」

コルルの目が、昨夜のひと時を思い出すかのようにうっとりしだしたので、フランは吐き気を催した。

「なんだ、それなら何も問題ないじゃん。全部順調で、何を相談したいわけ?言っとくけど、これ以上のろけ話を聞かされるなら、今すぐに……」

フランの口は次第にゆっくりになり、やがて止まった。それと反比例するかのように、コルルの顔から喜びが消え、苦い後悔が広がったからだ。

「……なに?順調じゃないってわけ?」

「いいえ……今は、そうだと思うわ。けど、この先はどうかしら」

「この先って……そんなの、心配しだしたらキリないよ。明日空が落ちてきたらどうしようって、ずーっと気にしてるの?」

「杞憂なんかじゃないわ!そうじゃなくて……そうじゃなくて、やり方が良かったのかってことよ」

「やり方?」

「そう……昨日クラークは、弱ってたわ。今まで見たことがないくらい。あなたのとこも、そうだったんじゃない?」

「まあ、うん……」

「そうよね……私は、もちろん本心から出た気持ちではあるけれど、彼を慰めた。けど、打算がなかったって言ったら、嘘になるの。クラークは昨日、人肌を求めてた。私にはそれが分かってたわ。だから……」

「……要するに、色香でたぶらかしたんじゃないかって言いたいの?」

フランのあけすけな物言いに、コルルの頬が再びピンクに染まった。

「たっ……んん。まあ、そうね。もちろんあたしはクラークを愛していたし、クラークもそう言ってくれた。一時の快楽に流されたんじゃない……って、思うんだけれど。けど昨日は、本当に弱り切っていたから……」

つまりコルルは、クラークの弱みに付け込んで、彼をものにしたんじゃないのか、と悩んでいるわけだ。まあ、無理もないだろうな、とフランは思った。人がひどく弱っているところに手を差し伸べれば、誰だってその相手に恩義を感じるだろう。それを愛と誤認しても不思議はない。もしくは、性欲と愛情を取り違えることも。
フランは鼻で笑った。

「ふっ。ばかみたい」



つづく
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