じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

10-4

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俺とクラークは飛び上がって、声の聞こえたほうへ振り向いた。そこには尊が、少し驚いた顔で立っていた。

「どうしたの、二人とも?あ、まさか。私の悪口言ってたの?」

「え、ち、違うよ!」

「な、ち、違いますよ!」

俺とクラークが揃って慌てふためいて言い訳したものだから、尊は口元を押さえてクスクスと笑った。あ、なんだ。からかわれていたのか……

(どうにも尊がらみとなると、調子狂うな)

尊は昨日の真っ黒なローブ姿ではなく、普通の恰好(この世界基準で)だった。上にはポンチョに似た感じの、ゆったりとしたはおりもの。下は短めのスカートに、革のブーツが馴染んでいた。病院着か薄桃色のパジャマ姿しか見たことがなかったから、かなり新鮮だ。

「二人とも仲良いんだねぇ。あれ?でも二人って、前はそんなでもなかったよね。何がきっかけで知り合ったの?」

何がって……それはあんたです、とは言いにくいよな。俺はちらりとクラークの目を見ると、「なりゆきで」というひどく無難な回答をした。

「ふーん、そっか。あ、ねえ。せっかくまた三人会えたんだし、こっちでも私と仲良くしてくれると嬉しいな」

「え?え、ええ。もちろん」

クラークがぎこちなくうなずくと、尊はぱっと顔をほころばせた。

「ほんとう?ありがと、蔵くん!」

「う……あの、尊さん。僕はこっちでは。クラークと名乗っているんです。できれば、そちらで呼んでもらえると……」

「あれ?そうだったの?ご、ごめんね蔵く……じゃなかった、クラークくん」

「あ、はは……すみません、ややこしくて」

クラークは気まずそうに頬をかいた。やつの顔は変わっているから、尊が戸惑うのも理解できる……あれ?

「そう言えば、尊……どうしてクラークのこと、吉田蔵だって分かったんだ?こいつの顔、まるっきり別人になってるのに……」

尊は最初から、クラークを蔵だと分かっていた。どうしてだろう?今更だが、クラーク本人も疑問だという顔をしている。

「へ?」

そしてなぜか、尊本人も首をかしげている……おいおい。俺とクラークが呆れてしまうと、尊は思い出したように、ポンと手を打った。

「ああ!えっとね、くら……じゃなかった、クラークくんのことは、前から話を聞いてたの。ほら、有名だったから」

「はぁ……でも、それだけで?」

「後はね、声かな。顔は変わってても、声は一緒だもの」

へえ、そうなのか?俺がそういう顔で見ると、クラークは確かに、とうなずいた。なるほど、それなら納得だ。けど、それを最初に言えばいいのに……尊は相変わらずだな。俺とクラークは思わず顔を見合わせて笑い、尊は不思議そうに首をかしげていた。あはは。

(けれど……)

やつの顔が変わっていることを除けば、まるで前の世界に帰ってきたみたいじゃないか。俺とクラークには面識はなかったけど、尊を通じて知り合いになる可能性は十分にあった。そしたらいつかは、こうして三人、病院の屋上に集まって……なんてことも、あったのかも。俺は懐かしいような、初めてのような、奇妙な気分だった。

「あ、そうだ。ねえ二人とも、聞いた?また魔王軍が動き出すかもしれないんだって」

話を変えて、尊が不安そうな顔で訊ねてくる。クラークがうなずいた。

「あ、はい。昨日聞かされました」

「そっかぁ。私はついさっきだよ。でもさ、怖いね。私ってほら、すっごく弱いし。もし戦争になったら……」

「だ、大丈夫ですよ!まだ本格的に衝突するかはわからないみたいですし、もし仮にそうなったとしても、その時は僕が頑張りますから」

「ほんとう?ありがとう、蔵く……じゃなかった、クラークくん」

「ハハハ、任せてください!」

尊に頼りにされて、クラークはずいぶんご満悦だ。けーっ!コルルに言いつけてやろうかな。付き合って初日で浮気だなんて、ケツの皮を剥がされても文句は言えないだろう。

「でも私、昨日はどうしちゃったのかなぁ。確か、お水を取りに行ったところまでは覚えてるんだけど。二人とも、何か知ってる?」

「え?」

昨日の尊と言えば、マスカレードの襲撃を受けて気絶していた。けどそのことを話せば、マスカレードが話したことに触れざるを得なくなってしまう。それはできれば避けたい。昨日のアニじゃないけど、知らなくていいことなら、尊には秘密にしておきたい。

「えぇ~っと。尊は、ほら。足……そう、足を滑らせたんだ。それで頭を打ってさ、気ぃ失っちゃったんだ」

「えー!そうだったの?恥ずかしいなぁ。何もないところでってことでしょ?私、そんなに運動不足だったのかなぁ……」

「うあぁーっと、いや、何か理由があったみたいだぜ?確か、足……足が十本もある足長バチが飛んできて、思わずのけ反ったとか、なんとか……」

尊は十本足のハチを想像して、顔を青ざめさせている。クラークが「もっとましな言い訳はなかったのか?」という目で睨んでくるので、俺は「じゃあお前がどうにかしろよ!」と無言で言い返した。

「あ、それで思い出した。昨日の人は、元気になった?」

「は?」

突然のことで、さっぱり何のことだか分からない。昨日の人って、誰だ?

「あれ、覚えてない?昨日、倒れてた男の人がいたじゃない」

「……ああー!」

あいつのこと、すっかり忘れていた!ガシッ!

「う~ら~め~し~や~……西寺、桜下ぁぁぁ!」

足首を掴まれて、俺は文字通り飛び上がって驚いた。いつの間にか足元に、ボロ雑巾みたいな男が這いつくばっている。

「でゅ、デュアン……あはは、元気そうで何よりですわ……」

「嘘つくなー!今の今まで忘れていたでしょうがー!」

デュアンは恨みのこもった目で見上げてくるが、とりあえず大事はなさそうだった。ていうか、誰も気づかなかったのか?すると一晩中、こいつは野ざらしで放置されて……?

「うっ、うっ、うっ。忘れられるのが、あれほど寂しいものだなんて。桜下くん、君に味わわせてあげましょうか……!」

「ご、ごめんって!昨日はそれどころじゃないことがたくさんあって、つい……」

「それどころとはなんですかー!僕の、人の命より大事なことなど……」

そこまで言って、デュアンははたと喋るのをやめた。んん?デュアンの見上げる視線が、俺の顔じゃなくて……尊の、足の方に……!

「あ、このやろう!尊、ちょっと離れろ!覗かれてるぞ!」

「え?」

「なんだって!尊さん、こっちに!こいつ、よくも!」

クラークは尊の肩を引いて後ろに下がらせると、這いつくばったデュアンを容赦なく足蹴にした。

「やめ、おやめください!聖職者を蹴飛ばすなど……あいたっ」

「どの!国に!覗きをする!聖職者がいるか!」

「わ、わかりましたから。教えます、色を教えますって」

「僕をお前と同じにするな!」

あーあー、火に油をそそいじゃって。でも自業自得だから、黙っとこっと。

「桜下くん、いいの?知り合いなんじゃ……」

「ああ……まあ、いいかなって」

しばらくして、靴の跡がいっぱいついたデュアンは、よろよろと起き上がった。

「うう、酷い目に遭った……勇者ともあろうお人が、ブラザーにこんな仕打ちを。プリースティス様に言いつけてやる……」

「ふん!身から出た錆、という言葉を知っているかい?」

デュアンは、クラークとバチバチと火花を散らせている。ったく、相変わらず神職だとは思えない男だ。

「で、デュアン。お前さ、これからどうするつもりなんだよ?」

「どうする?決まってます!桜下くん、君の口からすべてを聞くまでは、僕は引き下がりませんよ!」

はぁ、やっぱりそうか。よもや昨日のことを忘れてやしないかと思ったが、さすがに無理だったな。

「でもお前、不法侵入だろ?この島にいるのはまずいんじゃないか」

「う。それは……」

「そうだ、それを忘れていた!」

クラークがくわっとデュアンに詰め寄る。

「この島には、資格ある者しか立ち入れない決まりだ!即刻ここを立ち去りたまえ!」

「ぐぅ。ぼ、僕はゲデン教のブラザーですよ。僕は神の教示を広めるという目的の下、あまねく場所を訪ね歩く義務がある!たとえそれが、麗しいレディの寝室だろうとです」

「なっ」

途中まではいい感じにクラークをひるませたが、最後の一言ですべて台無しになった。

「出ていけ!警備隊に突き出されないだけありがたいと思うんだな!」

「い、嫌です!せっかくここまで来たんだ、ウィルさんの情報を掴んでからじゃないと……」

二人の剣幕は、そろそろ取っ組み合いのケンカを始めそうなレベルだ。いい加減に止めようと思った時、尊が何かを思いついたのか、ぱんっと手を打った。

「あ。それなら、私の仲間ってことにする?」

「は?」「え?」

二人が首をぐりんと九十度曲げて睨んでも、尊はにこにこしていた。

「だってその人、神様にお仕えしてるんでしょ?そんな人をないがしろにしちゃ、ばちが当たっちゃうよ」

デュアンは感激の表情をし、クラークはひまし油を飲まされたように顔をしわくちゃにした。

「ここにいる間、私の仲間ってことにしておけば、追い出されないですむよ。ちょうど私、仲間が一人もいないし」

「尊、パーティーを組んでないのか?」

「うん。ほら、私は勇者としては弱いから。仲間が必要なほど大変なことは、させてもらえないんだ」

ぬう。なんだかそれは可哀そうな気もしたし、逆に尊は危険なことに関わらずに済むのだから、安心する気もした。

「あ、あ、ありがとうございます……慈悲深き勇者さま」

デュアンは感動して、今にも抱き着かんばかりだ。クラークが目を光らせているので、実行には移さなかったが。尊はにっこり笑った。

「どういたしまして。じゃあさっそく、いっしょに来てくれる?いちおう、大公様にはそれとなーく紹介しておいた方がいいと思うから」

「ええ、ええ。どこへでもお供いたしますとも」

あかべこのようにうなずくデュアンを見て、クラークは「トイレにまでついて行きかねないんじゃ……」という目をしていた。デュアンはさっと俺の方を見ると、キッと目を細くした。

「桜下くん。詳しい話は、また後にしてあげましょう。だけど決して、逃げようなどとは思わないでくださいね。僕は地の果てまでも、君を追いかける覚悟なのだから……!」

なんも言えんな。俺は肩だけすくめた。
デュアンと尊は、連れたって一緒に歩いて行こうとした。が、デュアンに長旅の疲れが残っていたのか、はたまた故意か(俺はこっちの可能性も十分あると思う)、彼は足をもつれさせた。尊はそれをとっさに受け止めようとし、結果としてデュアンは、顔と右手を尊の胸に突っ込む形となった。

「わっ」

「おほぅ。これは……」

「あああああああ!?!?」

クラークの周りに比喩なしにバチバチと火花が散り、デュアンの襟首を掴んでぐいーっと引きはがした。

「貴様、何してるんだ!」

「器の大きさ同様、なかなかのものをお持ちですね。ふむ、八十四……いや、八十五はあるかも……」

「忘れろ!今すぐに!」

「ぐえぇぇぇ。ぐ、ぐるじい……」

クラークはデュアンの胸倉を掴み上げ、首の締まったデュアンは鳥が締められるときのような声を出した。そういや、彼の特技だったっけ?一度胸を揉んだら、感触を忘れないとか、なんとか……たぶんクラークがどれだけ揺すっても、効果はないだろうな。そんなひと悶着ののちに、尊とデュアンは今度こそ一緒に歩いて行った。



つづく
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