じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

6-3

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右に一歩、左に一歩。音楽に合わせて、しなやかに。さんざん練習させられたかいもあってか、俺はなんとか形だけはダンスができていた。ていうか正直、ロアがうまい。俺を自然にリードしてくれるので、彼女に合わせているだけでそれっぽくなるのだ。さすが王女と言うべきか、大人の余裕と言うべきか。ロアは最後まで楽し気な微笑みを浮かべていたが、俺はずっと緊張しっぱなしで、音楽が止まった時にはつい、腹の底からのため息をついてしまった。大きな拍手がかき消してくれて助かったぜ。

「はあぁ~……やっと終わった。緊張したぁ」

「なんだ、もうへばっているのか?そんなんでは次を乗り切れんぞ」

「うるせ……まて、なんだって?次?」

「ああ。次からは客も踊るがな。飛び入り歓迎というやつだ」

「えぇ!二曲目があるだなんて聞いてないぜ!」

「言ってなかったか?二曲目では王は親族と、勇者はその仲間たちと踊るのだ。そなたも仲間とならば、まだ気楽だろう?」

仲間とだって?いきなりそんなこと言われても、誰ともそんな話はしてないぞ。フランはいないし、ウィルは幽霊だし、エラゼムは鎧だし、ライラは小さいし、アルルカはアルルカだし、ロウランは見えないし……

「ど、どうしよう。俺、一人で踊ることになるかも……」

「なに?パートナーがいないのか?」

「当たり前だろ!打合せなんかしてないんだから」

「うん?よくわからんな。彼女が、お前のパートナーではないのか?」

は?ロアは何を言っているんだ?ロアはどうやら、会場のとある一角を見ている。俺もその方向へ目をやると、そこに居たのは……

「え……?」

そこに居たのは、銀色に輝くドレスを着た、美しい少女だった。
ゆったりとした袖と、長いスカートがひらひらと舞い、彼女が歩くたびに波を打っている。銀の水面を歩いてくるようだ。髪は複雑に編み込まれてアップにされている。両耳のイヤリングがきらりと光を反射した。

「なんと……美しい。おとぎ話の妖精のようだ」
「素敵……どこの家の娘さんかしら?」

目の肥えたパーティー客たちも、少女の美しさに見とれている。俺は金縛りにあったように、その場から動くことができなかった。そんな俺の下へ、少女はまっすぐにやってきた。ルビーのような深紅の瞳に見据えられた時、俺はようやく、少女をよく知っていることに気が付いた。

「フラン……?」

「うん……」

フランははじらうように、瞳を伏した。長いまつ毛。頬は血色良く桃色に染まり、唇にはうっすらと紅がさしてある。

「レベッカが、ね。ダンスパートナーがもう一人必要だからって。いっぱいお化粧して、もう死んでるように見えないようにして」

「そうか……」

「その……変じゃない?」

今のフランが変なら、この世のすべてがおかしいだろう。

「綺麗だ……すっごく綺麗だよ」

するとフランは、顔を上げて、幸せそうな顔で笑った。

「うれしい」



俺はたぶん、今の笑顔を死ぬまで忘れることができないだろう。そして俺はようやく、目の前の少女が愛おしくしてしょうがない事を、本当にようやく、自覚した。



気付けば俺は、外にいた。虫のがにぎやかだ。整えられた庭園にはテラスのような場所があり、何とはなしにそこへ向かう。手すりに肘を乗っけて、ため息をついた。

「ふう……」

疲れた、というよりは、現実感がなかったと言うほうが正しい。今の今まで、ずうっとゆめうつつな気分だ。パーティーの記憶も、ぼんやりとしか思い出せない。
俺はフランと踊った。周りではクラークとコルルや、ノロ女帝と夫や、シリス大公とエリスが踊っていた気がする。あれだけ嫌がっていたエドガーも、結局ロアに手を引かれて引きずり出されていた気がするが、その辺はもはや定かではない。分かっているのは、フランの美しさだけ。俺の目は常にフランに向けられていた。そのあと各国の名士だとかがたくさん話しかけてきた気もするが、なんて答えたのか覚えていない。本当に気が付いたら、ここに来ていたんだ。

「ふうぅ〜……」

胸の奥底が、じんわりと熱を持っている。どうして今まで普通でいられたのか、さっぱり思い出せない。あれだけ可愛いが俺を好きだと言ってくれていたのに。数時間前までの俺は、鋼の精神でも持っていたのだろうか。でもそれも、過去の話だ。

「ふううぅぅ~~~」

「うるさいな、君は」

「うへ?」

いつの間にか、となりにクラークが立っていた。やつもすこしくたびれた顔をしている。休憩のつもりで出てきたのかな。

「おお、クラーク……全然気が付かなかったぜ。存在感薄いなお前」

「……君な、勇演武闘の続きをしようって言うなら、今すぐにでも……!」

「冗談だ、冗談。真に受けるなよ」

クラークは剣の柄を押さえてプルプル震えていたが、さすがにTPOをわきまえて、抜くことはしなかった。

「ふん。つまらない冗談だ」

「ほんとにな。悪いけど、今は頭が回ってないんだ……」

「……なんだよ。なにか、あったのかい?」

クラークは俺の隣にもたれると、気遣うような顔をする。お人好しなやつ。

「なあ。お前、まえに俺とフランは付き合ってるのかって聞いてきたよな」

「ん?そうだったね。勇演武闘の前だったかな」

「なら逆に聞きたいんだけど、お前はコルルのこと、どう思ってるんだ?」

「え?ど、どうとは?」

「惚れてるのか?確か、まんざらでもないみたいなこと、言ってなかったっけ?」

「え?僕、そんなこと言ったかな……」

クラークは気まずそうに頬をかいていたが、んんっと咳払いをしてから口を開いた。

「……確かに、コルルは素敵で、可愛い女の子だよ。それに、僕の目が狂ってなきゃ、たぶん彼女も僕をそう思ってくれている……」

「お前を可愛いって?まさかぁ」

「うるさいな!揚げ足を取るな!……ったく。だいたい、君たちも似たような感じだろう?」

「ほう。というと?」

「見ていればなんとなく分かるよ。たぶん君も、あの娘に入れ込むことに踏ん切りがつかないんじゃないのかい。どうやらこの世界の女の子は、かなり積極的みたいだし。片や向こうの世界の常識しか知らない君は、その好意にどう応えたらいいのか分からない」

お、おお?俺は目を丸くした。

「見てきたように語るんだな」

「まあね。だって……僕も、そんな感じだからさ」

ふう、とため息をつくクラーク。

「僕とコルルは、付き合っていない。たぶん僕が告白すれば、コルルはいつでも受け入れてくれると思う。けど……」

「それが、言い出せない?」

「そういうところさ」

「理由は、なんなんだ?」

「理由か……それこそ、君と同じなような気がするけど。なんなら、当ててみたらどうだい」

ふむ。確かに俺とクラークは、意外にも共通点が多い。勇者としての在り方は対極なのに、おかしな話だ。さて、俺と同じときたか。

「なら……一つ目。お前はコルルも可愛いと思っているが、アドリアやミカエルにも気がある」

「……否定は、しないよ。彼女たちも十分魅力的な女性たちだ」

ははは、やっぱりか。自分以外全員女にしているくらいだから、絶対そう言う節があると思ったんだ。

「もっ、もちろん、ふしだらな関係じゃないぞ!」

「はいはい。じゃあ二つ目だ。お前は女にモテた経験がないから、こういう状況でどう振舞ったらいいかわからないんだ」

「……」

「けけけ、んな顔すんなって。なあに、俺がそうだったんだ。俺はおたくと違って、顔も変えてないけど。あんたなら、それこそ先々でキャーキャー言われたんじゃないか?」

「ご、ごほん、ごほん。ま、まあ確かに、そういう側面があるのは否定しないよ……ふう。正直に認めれば、そうなんだ。僕は……前の世界では、その……彼女とか、いなかったし……」

クラークの声はどんどん小さくなっていった。やつも俺と同い年だったはずだから、まあ、特段おかしくはないと思うけど。

「……女性に囲まれる日々には、まだ慣れていないんだ。どこまでが友情で、どこからが愛情なのか、わからないんだよ。君はどうだい?」

「訊くなよ、同じだって言ったろ」

「はは、そうだったね」

「あとは、そうだな……ん。それなら、これが三つ目じゃないか。お前はまだ、前の世界の人のことを引き摺っている」

「っ……」

どうやら、図星のようだ。クラークは前々から、ある女性のことで、俺に因縁をひっかけてきていたからな。その女性は、慈心末いつくしまみこと。俺の初恋の相手で、俺の目の前で自殺した女性だ。

「……はじめは、病院のロビーですれ違っただけだったんだ」

クラークが、ややかすれた声で話し出した。

「見た目のわりに、しぐさが幼い人だとは思っていた。でも、病院じゃそういう人も珍しくはないだろう?気にも留めてなかったんだ」

うなずく。俺もはじめは、そうだったと思う。一目ぼれとかではなくて、気付いたらいつの間にか……って感じだった。

「いつしか……彼女を目で追うようになった。尊さんは変わっていたけど、それでも純真だった。僕は遠くから見ているばかりだったけど……」

「一度も話したことないのか?」

「一度だけ……診察室の前で偶然会って、その時に軽く話した。その時に名前を知ったんだ。でも、あんなことになるんなら、もっとたくさん話しておけばよかった……」

「ああ……」

「君の言う通りだ。僕はまだ、尊さんを忘れられない。彼女が飛び降りたあの日から、僕の心には棘がささったままなんだ。コルルに惹かれている僕がいるのも間違いないけど、その時の痛みが、僕を前に進ませてくれないんだ……」

クラークはそう言って、自分の左胸を押さえた。棘、か。俺の尊への想いは淡いものだったけれど、クラークは本気で彼女に惚れこんでいたんだな。だからいまだに忘れられずにいるんだ。
尊……もしもこの世界にお前がいたら、俺の能力ネクロマンスでもう一度話ができるのに。それとも尊は、未練を残さずに死んだのだろうか。あいつの気持ちは最期まで、俺にも、クラークにも分からなかった……

「う~ら~め~し~や~……」

「うお!?」「えぇ!?」

え!まさか?



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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