じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

4-1 アンブレラでの一夜


4-1 アンブレラでの一夜

「見えてきたぞ……!ラクーンだ!」

宵闇迫る平原に、ぽつぽつとともる町明かり。前の世界の都市とは比べ物にならないくらい小さな灯りだが、それよりずっと美しい。地平線に沿って並ぶ真珠のようなまたたきは、大地にティアラを被せたようだ。

「ひゃっほう!久々のベッドだ!」

「でも桜下さん、確かラクーンは、夜の間は門が閉じるんじゃなかったですか?」

「ああ、そうだった!エラゼム、急いでくれ!ベッドが逃げてく!」

「承知しました!はいやあ!」

エラゼムが腹を蹴ると、ストームスティードはぐんと加速した。それに驚いたウィルが小さく悲鳴を上げる。
俺たちは今、日が沈んだばかりの平原を疾走している。目の前には大都市ラクーン。関所は何時に閉まるんだろう?間に合うかな、どうかな。
モンロービルを出発してから、さらに数日が経っていた。コマース村を迂回し、ルエーガー城を傍目に南を目指してきた俺たちは、ついにラクーンまで南下してきたんだ。それぞれのゆかりの地を通り過ぎるとき、ウィルは懐かしむような目で故郷の村を見つめ、反対にエラゼムは一切城のほうを見ることなく通り過ぎた。彼がもう一度城を見るのは、すべての使命を果たして、主のもとへ戻るときだけ。そう決めているらしい。

「待ったー!待ってくれーーー!」

ラクーンの関所が迫ってくると、俺は声の限りに叫んだ。今にも門が閉ざされようとしている。間に合うか!?

「はぁ、はぁ……まった、待ってくれ。俺たちも入れてくれぇ」

エラゼムが関所の手前でストームスティードを止めるや否や、俺は転がり落ちるように馬から下りて、一目散に関所へと走った。

「はあ、はあ……頼むよ。久々のベッドが掛かってるんだ」

「ま、まあまあ、落ち着いて。そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。ギリギリセーフです」

おお、助かった!俺の慌てぶりがおかしかったのか、衛兵はにこにこと笑っていた。

「本当ならとっくにアウトなんですが、たまたま前の商人の馬車が手間取りましてね。なにせ、六頭馬車にめいっぱい荷物を積んでいたもんですから。おかげで、今夜はゆっくりベッドでお休みいただけますよ」

「おお、なんてタイミングがいい商人さんだ!ハグしてキスしてやりたいよ」

「はは……彼が喜ぶかはわかりませんが、やるなら自己責任でお願いしますよ。身分証はありますか?」

俺がファインダーパスを取りだすと、衛兵は目を丸くしてから、俺と仲間たちとを見た。

「もしかして、以前もラクーンに来られました?」

「え?うん、これで三度目かな。覚えてるのか?」

「ええ。前回も私が担当させていただきました。ファインダーパスをお持ちの方にはなかなかお目にかからないですし、これほど変わった面子の旅人も珍しいですから」

ははは……返す言葉もないな。衛兵の彼は、にこにこしながら俺たちを通してくれた。
ひゅう。なにはともかく、俺たちは滑り込みセーフで、夕暮れ時のラクーンの町に入ることができた。昼間は活気のある市場も、今はほとんど店じまいしている。人混みが苦手なウィルは、ほっと胸を撫で下ろした。さてと、時間も時間だから、まっさきに宿へ向かうとしよう。ラクーンに来たなら、泊まる宿は一つだ。

カランカラーン。和音の音色を響かせて、扉に取り付けられたベルが鳴る。すぐにパタパタという足音が聞こえてきた。

「はぁーい。いらっしゃいま……あ!」

店の奥から出てきた女の子は、俺たちを見ると口を大きく開けて固まった。俺が声を掛けようとしたその時、女の子の後ろに大きな影がぬっと立ち、頭をペチーンと引っぱたいた。

「ふぎゃ」

「こらっ、クリス!お客さんに大口見せて、失礼だろうが!」

あはは、前にも見た光景だな。親父さんの持つ雑巾で引っぱたかれたクリスは、頭を押さえて頬を膨らませている。

「もう、何するのお父さん!そうじゃなくて、ほら!前にも来てくださった人たちだよ」

「お?おや、こいつは……やあ、あんたたちだったか!」

「や、ジルの親父さん。それに、クリスも。久しぶりだな」

俺が手を上げて挨拶すると、宿アンブレラの主人・ジルは豪快に笑いながら雑巾をぶん投げた。雑巾は吹っ飛んでいき、隅に置かれたブリキのバケツにすとんと吸い込まれる。達人芸だな。

「やあやあ、また来てくださるとは!わははは、歓迎しやすぜ。お客さんたち、晩飯はまだですかい?」

「ああ。前と同じで、俺一人分だけ貰いたいんだけど」

「了解しやした。それならアタシは、厨房に戻らないと。クリス、あとは任せていいな?」

「はい!お客様、チェックインのお手続きをしますね。前は一部屋でしたけど、おんなじでよろしいですか?」

クリスはてきぱきと、宿帳に数字を記入していく。へえ、前回を覚えていてくれたんだ。それにおどおどもしてないし、要領もよくなった。この子も成長しているんだな。

「ええと、六名様なので、お代は……」

「先払いだな。はいよ」

俺がカバンからコインを取り出していると、宿の二階へと続く階段から、ひょこっと若い女が顔をのぞかせた。

「クリス、お客さん?って、あら」

「あれ?クレアじゃないか」

クレアはクリスの姉、ジルの長女だ。自分の店を持っていて、いつもはそっちで会うから、ここで出会うのは新鮮だ。

「まさか、あなたたちに会えるだなんて。戻って来て正解だったわね」

「戻って来て?あ、そっか。クレアにとっては、ここが実家なのか」

階段から下りてきたクレアは、俺たちを見ると嬉しそうに笑った。

「戻ってきたってことは、プチ里帰りみたいなもんか?」

「まあ、そんな感じね。でも、ちょうどよかった!ねぇねぇ、あなたたち、ちょっとあたしに付き合ってよ」

「あん?付き合う?」

クレアはにこにこ笑ったまま、俺の手を取って、食堂へと引っ張っていく。フランの目がつり上がった気がしたが、引かれるままに食堂へと向かった。
食堂は相変わらず閑散としていて、俺たち以外には客はいなかった。今は食事時としては遅いから、他の客は部屋にいるのかもしれないけれど。

「クーリスぅ。おねーちゃんの好きなお酒、ちゃーんと覚えてる?」

「んもう、お姉ちゃん?お姉ちゃんはいっつも飲み過ぎるんだから、ほどほどにしないとダメだよ?」

「あーん、今日くらい堅いこと言わないの。ね、ね、ね?」

クリスはもう、と肩をすくめると、俺の方を向いた。

「桜下さんは、ご注文は?」

「じゃあ、ミートパイを貰おうかな。前と同じやつ」

「はい、かしこまりました。少々お待ちください」

クリスはぺこりとお辞儀をして、去り際にエラゼムへ熱っぽい視線を向けてから、厨房へと小走りで去っていった。ふふふ、相変わらずエラゼムに懐いているみたいだな。ウィルがほほえましく後姿を見つめている。

「ところでクレア、付き合ってくれって、もしかして酒か?だったら悪いけども」

「ああ、心配しないで。無理に飲ませようってわけじゃないから。ただ一緒にご飯食べましょって意味よ」

「それなら、まあ、構わないけど」

にしても、唐突な気もするけどな。店を空けてこっちに来ていることもそうだし、急に食事に誘うのもそうだし。ひょっとして、何かあったのかな?
すぐにクリスが、注文の品を持って戻ってきた。

「お待たせしました!ミートパイと、お姉ちゃんのリクエスト」

「わーい、ありがとー。大好きよ~」

クレアが唇をタコみたいにして迫ったので、クリスはさっと逃げてしまった。開ける前からもう酔っているらしいな?クレアが頼んだのは、ワインのようだ。線をすぽんと抜くと、グラスに赤い液体をなみなみとそそぐ。

「ねえ、桜下は飲まないでしょうけれど、他の方たちも飲まないの?せっかくだから、いっしょに飲んでくれると嬉しいんだけど」

クレアは主に、エラゼムの方を見ながらしゃべっている。確かにエラゼムが最年長ではあるんだけど、彼がワインを飲んだところで、鎧のすき間からボタボタ滴り落ちるだけだ。

「うーん、そういう事なら……アルルカ。お前確か、いける口だったよな?」

「ええー、あたし?」

俺が振ると、アルルカは面倒くさそうな顔をした。だが、俺は覚えているぞ。こいつはウィルといい勝負の、かなりの酒好きだ。めっちゃ弱いけど。

「ま、そう言わず付き合ってやれよ……クレアもなんか、話したいことがあるみたいだしな」

俺は椅子から立ち上がると、アルルカの後ろに回って、マスクに触れた。かちゃりと音を立てて、金具が外れる。マスクを持って席に戻ると、クレアが驚いた様な顔でこちらを見ていた。

「ああ、このマスクか?まあこいつには、色々と事情があってだな……」

「いえ、そっちじゃなくて。あたし、話したいことがあるなんて言ったかしら?」

「え?それこそ、そんなに驚くことか?なんかあったんだなくらい、わかるよ」

「あら、そう?ちょっと露骨過ぎたかしら」

クレアはちろりと舌を覗かせると、空いていたグラスにワインをそそいだ。要は、ヤなことがあったから酒を飲んで忘れたいってことなんだろ。わざわざ実家に帰ってきたのも、そういう理由だろう。

「でもそれなら、お言葉に甘えようかしら。今夜は騒ぐわよー!」

クレアはグラスを高々と掲げて宣言した。やれやれ、長い夜になりそうだぞ。


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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