じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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「おま、どうして……いいのかよ、出歩いたりしても」

「まあ、あまり良くはないだろうが……居ても立ってもいられんでな」

あん?なんのことだ?よくわからなかったけど、病み上がりの病人をいつまでも突っ立たせているわけにもいくまい。俺は慌てて身を引いて、エドガーを中に招いた。エドガーは一瞬眉をひそめたが、すぐにおとなしく部屋の中へと入ってきた。すぐにエラゼムが椅子を持ってきてくれる。

「ぬぅ。そんな気遣いをせんでもよいというのに……」

「だったらとっとと元気になれよ。そんなふらふらしながら言っても、一滴も信用できないぜ」

ぐうの音も出ないようで、エドガーは鼻をふがふがさせながら椅子に座った。お礼を言ったつもりか?はじめから素直にありがとうと言えばいいのに……まったく。

「で、なんだ?居ても立ってもいられなかったって?」

「ああ。お前たちも聞いたのだろう。三冠の宴のことだ」

「え。なんでそれを……」

「知っておるわ。これでも騎士団長なのだぞ?そしてお前が鼻息荒く歩いとるのを見かけて、おそらくロア様を困らせる返事をしたのだろうということもな」

「……見てたのか」

「ふん、大方の予想はついておったわ。お前のような跳ねっ返りが、素直にロア様の言うことを聞くわけもあるまい」

こ、こいつ……泣いて頭を下げてたあんたの顔を写真に撮って、目の前に付きつけてやりたいぜ。

「んで、なにか?あんたも俺を説得に来たって?」

「まあ、そんなところだ。お前は断るだろうとも思ったが、それではロア様が非常に困ることになるからだ」

え?初耳だな。そりゃまあ、一の国の要請を断ることにはなるんだけれど……

「俺が行かないんだったら、なんとかの宴ってのは開かれないんじゃないのか?」

「三冠の宴だ。いいや、たとえ勇者が不在でも、宴は開かれる。さすがに勇者が全員不在ならば見送りもあり得るだろうが、お前が来ずとも一と三の勇者はいるだろうからな」

「あん?じゃあなおのこと、俺が行かなくてもいいじゃないか。ロア一人になって、多少かっこはつかないかもしれないけど、んなこと俺は知らないぜ」

「そうではないから、こうして来てるのだ!多少恰好がつかないと言ったがな、事はそんなに簡単じゃないのだぞ」

ぬう……そう言われちゃ、軽はずみなことは言えないな。現に俺たちは、その三冠の宴とやらについて何も知らない。

「……なんだよ。ロアが赤っ恥をかくことでもあるっていうのか?」

「その通りだ。宴にはそれぞれの国の勇者が集まると言ったが、単に勇者が同行するという意味ではない。いわば、他国に勇者をお披露目する場なのだ、三冠の宴とは」

お披露目って……ちっ。それじゃまるで、自分とこの最新兵器をひけらかすようなもんじゃないか。一の国でキサカに聞いたことを思い出して、俺は顔をしかめた。ようは、お飾りだ。

「で?キラキラした宝石やアクセサリーみたいに、俺もロアの首からぶら下がれってか?」

「そういう場面も、あるかもしれん」

はぁ?皮肉で言っているのかと思いきや、エドガーの表情は大まじめだ。フランが呆れた顔をしている。

「あのな、ふざけてるんなら」

「ふざけていない。本当にそうなるかもしれないのだ。普通は女が男の首に手を掛けるものだがな」

……???いよいよわけが分からなくなってきた。するとアルルカだけが、何かに気付いた様子でぽつりとこぼした。

「ダンスね」

「え?ダンス?」

うむ、とうなずくエドガー。

「その通りだ。舞踏会なのだ、三冠の宴は」

「あ、そういやそんなことをロアも……」

「宴の始まりにはかならず、その国の王と勇者がペアになってワルツを踊る習わしがある。そこでお前がおらんかったら、どうなるか想像してみろ……」

「え。まさか、ロア一人でワルツを……?」

「なるか!いや、むしろその方がいいまであるやもしれん……もしお前が来なかったら、ロア様は別の男と踊ることになる。その相手とは……」

「相手とは……?」

エドガーが声を潜めるので、俺も自然と前のめりになる。仲間たちまで、息をひそめて続きを待った。エドガーは吐き捨てるように、こうつぶやく。

「この私だ」

「……んぶふぉっはっはっはハハハハハ!」

俺は堪えきれずに盛大に噴き出し、アルルカはすでに腹を抱えてげらげら笑い転げていた。普段あまり大声で笑わないエラゼムでさえ、空の鎧を震わせて笑っている。

「はっはっは!それはそれは、お似合いのペアではござらぬか」

「そうだぜ、うははは。実にお似合いだ、でへへへ!」

「きゃははは!王女様と踊れるなんて、よかったじゃん!」

俺とライラがもたれ合いながら爆笑していると、顔どころか首まで真っ赤にしたエドガーが喚き散らした。

「どこがよいものか!こんな枯れ枝と嫁入り前の娘が踊るなど、あってはならん!ましてや、一国の王女ともなれば、なおのこと駄目だ!」

「あはは、はあ、はあ。いいじゃないか。親子のダンスに見えて、感動的かもしれないぜ?」

「ふざけるのもいい加減にしないか!こんなじじいと踊ったなど、ロア様の一生の恥になるに決まっているわ!」

「そうかぁ?でもそんなに嫌なら、適当に代役でも立てりゃいいだろ。ヘイズなら若いし」

「私とて、そうできるならそうするわい……決まりがあるのだ。勇者が居なければ夫か妻。それもいなければ父か母。それもいなければ兄弟姉妹。それでもいないならば、騎士団の長がその役目を務めることになっているのだ」

「ははぁ。ロアにはことごとく代役のあてがいないから、お鉢があんたまで回ってきちまうのか」

「そういうことだ。分かったか?お前が来ないと、大変なことになるんだぞ……!」

「ちぇ。大変ってったって、あんたが嫌なことを俺に押し付けてるだけじゃないか?」

「話を聞いとったのか!私ではなく、ロア様が恥をかくのだ!私が恥をかいて済むのなら、いくらでもかき捨てる。それどころか、王女と踊るなど、騎士としては最高の名誉だ。だがロア様がそれを望まない以上、私は名誉なぞつばをかけて捨ててやる!」

ふーん。なかなかどうして、譲らないな。なんでエドガーは、こんなにもロアが恥をかくと決めつけるんだろう?

「なあ、それ、ちゃんとロアに聞いたのか?正直、ロアなら俺なんかより、あんたと踊る方を選びそうだけど」

ロアからしたら、言うことを聞かない不良勇者と、忠実な家臣だったら、迷わず後者を取りそうなもんじゃないか。しかしエドガーは、頑固に首を横に振る。

「私とて、ロア様を非情なお方だと思っているわけではない。この命を救っていただいた恩人に対して、そんなことは……しかし、だ。ダンスホールで輝くのは、忠臣や恩義ではない。華だ。私はダンスの相手に相応しくない。それに……」

「……それに?」

「……三冠の宴と言ったら、各国が贅のかぎりをつくす、大陸でもっともきらびやかな宴とさえ言われているのだ。ロア様も王女と言えど、まだ若干二十歳。そんな若き日の思い出に、踊った相手が歳のいったおやじなどでは……あんまりではないか」

そうだろうか?エドガーは老けていると言っても、まだ四十代だろう。歳の差はあるが、王女と騎士。悪くはない組み合わせな気もするけど……こっちの世界では、歳の差カップルは受け入れられていないのかな。

「でもさぁ。それだと、どうしたってロアは嫌な目に遭うぜ。だって、俺が相手だとしても、ロアが喜ぶわけないだろ?」

「ぬう。それもそうだが、そんなこともないかもしれんぞ。お前の方がまだ歳は近いし、ロア様もお前ならまんざらでは……」

えぇ?エドガーまで、今朝のフランみたいなことを言いだしたぞ?だがその本人であるフランは、エドガーの提案に激しくノー!と顔全体で抗議している。

「とにかく!お前が来ないと、ロア様は大変恥をかく。ロア様の恥は、すなわちギネンベルナ全体の恥。国の恥は国の憂いだ。わかったか?わかったなら、今すぐにでもロア様のもとへ行き、ぜひ出席させてくださいと頼むんだ!」

「だーから、嫌だって言ってんだろ!おとなしく踊れよ」

「だから、それができんと言っておるのだ!」

完全に平行線だな。俺は片手を上げて、エラゼムを呼んだ。

「エラゼム!」

「はい、桜下殿」

「悪いけど、お客人を部屋まで送ってってくれないか。病人をあんまり疲れさせちゃいけないから、そろそろ休ませてあげないと」

「承知いたしました」

エラゼムはかしゃりとうなずくと、丁重なしぐさでエドガーを肩に担ぎあげた。

「んなあ!?お、おろせ!」

「隊長殿。もう今日は遅い。病み上がりのそなたには、十分な休養が必要だ」

「な、なにを……おい、こら!」

エドガーはじたばた暴れていたが、健康な時ならまだしも、今の彼じゃエラゼムの小指一本剥がせないだろう。エラゼムが廊下に消えて言っても、しばらくはエドガーの罵声が聞こえていた。騒がしいやつだ。病気の時のおとなしかったあいつが恋しくなってきたぜ?



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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