じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

8-2

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ひえぇ……言っちゃったよ。フランの言葉は相変わらず鋭く、容赦がない。俺たちは慣れているけれど、キサカは……
キサカは、フランの視線を、ただ静かに受け止めていた。

「ええ、そうね。フランセスさん、あなたの言う通りだわ。私は、あなたたちを自分の贖罪に利用しようとしていた。ごめんなさい」

キサカは頭を下げた。素直に謝られて、面食らったのはフランの方だ。むすっとした顔で口を開く。

「……謝られても、あなたの望むようにするつもりはないけど」

えっと、どうするべきかな。とりあえず、そろそろ間に入るか。このままだと喧嘩になるかもしれない。

「フラン、その辺にしといてくれ。それと、悪いなキサカ」

フランはむっとして眉を吊り上げ、反対にキサカは眉を下げて首を振った。

「けどさ、正直フランの意見には賛成だ。俺は口下手だから、あんたを上手に慰めるなんてできそうもないよ。ごめんな」

「謝らないで。彼女が言ったことは、すべて正しいわ。私が悪かったのよ」

「そう、か?まあ、あんたがそう言うなら……」

会話はそこで途切れた。気まずい沈黙があたりを包む。午後の陽ざしは少しずつ弱まりつつあり、部屋全体が薄暗くなったように感じた。

「……でも、それが彼女の真意なんでしょうか」

ふいに口を開いたのは、ウィルだった。

「エラゼムさんが言っていたように、シスターみたいな回復術師ヒーラーは、戦場においてはとても重宝されると聞いています。いくら融通が利かないと言っても、キサカさんは強い魔力の持ち主なんですよね。そんな人を、軍国主義の一の国が放っておくと思えますか?」

む、言われてみれば確かに。キサカの手前、返事はできないので、ウィルは一人で喋り続ける。

「フランさんが言ったとおり、この人にやる気がなかっただけかもしれませんが。今までの会話を聞く限り、あまりそういう人には思えないというか……なにか、他の事情があるんじゃないですか?それを聞いてみたほうがいいんじゃ……」

なるほど、一理あるな。やる気がないという理由で、“あの”ノロが、戦線から離れることを許可するだろうか?ないだろ、絶対。俺は小さくうなずいて見せると、キサカに問いかける。

「なあ、キサカ。ひょっとして、何か事情があるんじゃないのか?」

「え?」

「あんたにもやむを得ない事情があったから、前線に立てなかったんじゃないかなって。いろいろ言っちゃった後だけど、あんたのことは何も知らないからさ」

「……」

キサカは押し黙ると、うつむいて、お腹の上で組んだ指を見つめた。西日が彼女の横顔を照らしている。口をまっすぐに引き結んで、何か思案しているみたいだが……

「……そう、ね。何を言っても、言い訳にしかならないと思うけれど。それでも良かったら、聞いてくれるかしら」

「ああ。こっちから聞いたんだから」

「ふぅ……本当に、あなたたちには驚かされるわ。私の内側を、ばすばす言い当ててくるんだもの。ほんと、先輩形無しね」

「内側?」

「かくしごと。桜下くんは自分を口下手だって言ったけれど、私も大概だわ。いろいろ伏せたまま話を進めようとするから、おかしなことになっちゃって……桜下くんが言ったことも、フランセスさんが言ったことも、どちらも正しいわ。ただ、少しだけ訂正するなら、私はやる気がないから前線に立たなかったわけではないの」

「何か、事情があるんだな?」

「事情というか……結局、私の力が弱いからなんだけれど。私の魔法はどんな怪我や病気でも治せるけど、無条件で何でもかんでも治せるわけではないの。必ず、代償が必要になるのよ」

俺は、ごくりとつばを飲み込んだ。

「代償……?」

「ええ。例えば、昨日の兵士さんを治した、『ライフライブラ』の魔法。あれは治した分が、どこかから引かれることになっているのよ」

治した分だけ引かれる……?キサカは意図的に主語を言わないでいる。だが、文脈から察するに……キサカは困ったように笑うと、するするとベッドのシーツをまくった。

「あまり、見ていて気持ちのいいものじゃないと思うけど……」

シーツの下から、出てきたキサカの足……灰色。彼女の右足の、くるぶしから先は、石のように冷たく、固まっていた。俺たちは息をのむ。

「これって……!」

「これが、代償よ。あの兵士さんが落とすはずだった命。その分の寿命が私から引かれて、その結果がこれ」

キサカはシーツを元に戻した。俺は急に、この部屋の光景が別のものに見え始めた。異様なまでに物が少ない部屋、真っ白で清潔なベッド……ここは、病室だ。

「ど、どうして……!いやそれより、大丈夫なのかよ!?」

「うぅんと。まあ、あまり大丈夫じゃないわね。今はつま先だけだけど、全身が石になったら、私は間違いなく死んでしまうから」

「死ぬって……」

「でも、安心して。あなたたちも見たでしょう?私が、老人から若返って見せたのを」

あ、ああ。そういえば、キサカは転生する能力を持っているんだった。けど、それも今聞くと……

「……なあ。ひょっとして、あの転生にも、なにかリスクがあるんじゃないのか……?」

「うふふ。本当に鋭い子ね……あの魔法は、『トランスミグレイション・アズ・ア・ヴァーゴ』と言うの。人に言わせれば、究極の魔法だそうよ。あの魔法は、例えどれだけ老いさらばえていようと、一日で若さを取り戻すことができる。どれだけ呪いを受けていようと、体がどれだけ朽ち果てていようと、手も足も内臓のほとんども無くなっていようと、すべてをなかったことにして、またやり直せるの。なんてずるいんだって思わない?」

「……」

俺はふと、嫌なことを考えてしまった。今キサカが言ったこと……手も、足も無くなるってのは、ただの例えだろうか?それとも……

「私はこの魔法があるから、実質なんの制限もなく光の魔法を使えるのよ。どれだけ高い代償でも、踏み倒してしまえばタダになるわけね」

「……まだ、その“究極の魔法”の代償を聞いてないぜ」

「うん?」

「今の話を聞く限り……光の魔法には、何の代償もないなんてことはないはずだ。だったら今頃、この一の国で死ぬ人はゼロ人になってるはずだからな」

「……」

キサカはゆっくりとまばたきをすると、諦めたように微笑んだ。

「……思い出よ」

「おも、いで?」

「そう。あの魔法は、使用するたび、過去の思い出が消えていくの。少しずつ、少しずつ。そうやって私は、自分が何者だったのかを忘れていくのよ」

絶句した。そんな……過去を失ったら、人はどうなるんだ。俺は俺であるのは、過去の俺がいるからだ。積み重ねてきた記憶が、今の俺を形作っている。それを失うということは……

「キサカ……あんたは……」

「ええ。いずれ、私はすべての記憶を……いいえ、それよりもう少し早いかしらね。自我が保てなくなるほどの記憶を失った時、私という人間は死ぬことになるでしょう」

死ぬ……人間性の喪失だ。すべての記憶、すべての過去、すべての思い出を失った時……そこに残るのは、人の形をした、抜け殻だ。

「もう、私は家族の顔を思い出せない。通っていた学校の事を思い出せない。好きだった人の名前も思い出せない……これが、私が前線を離れることになった理由。当時の皇帝さまは、私を短期間で使い潰すよりも、長期的に使い続けるほうが国益になると考えたのよ」

「使うって……!そんな、あんたは……道具なんかじゃ、ないだろ……」

俺がつぶやくように溢した言葉には、キサカはあいまいに笑うだけで返事をしなかった。

「……ごめんなさい」

唐突にフランが、キサカに向けて頭を下げた。

「わたし、なんにも知らずに……ひどいこと言った」

「そんな!本当に、あなたは正しい事を言ったのよ。私があなたたちを利用しようとしたのは事実だから。だから、お願いだから謝らないで」

「でも……」

「いいの。どんな理由であれ、私は戦いから退くことになった。こうして安全なところに匿われて、ぬくぬくと暮らし続けている……本当は私、あなたたちに負い目を感じていたのよ」

「負い目?」

どうしてキサカが、俺たちに負い目を感じる必要があるんだ。彼女は自分を犠牲にしてまで、人々を助けようとしているのに!

「だって、そうでしょう。あなたたち、とくに勇者である桜下くんは、毎日危険にさらされながら過ごしているのに。私は毎日楽をして、ずるいわよね。幻滅したでしょう。当然だわ……」

「え?ま、待ってくれ。いまいち噛み合わないんだけど。どうして俺が、あんたに幻滅するんだ。あんたのやってることは立派だよ。ふらふらしてる俺より、よっぽど」

「え?でも、桜下くんは勇者よね?だったら当然、魔物との戦いを強いられているんじゃ……?」

「普通の勇者なら、そうだろうけど。実は俺、勇者は落第させられたんだ。今はもうやめてる、元勇者なんだよ」

「え?え?ど、どういうことなの?勇者はやめようと思ってやめられるものじゃ……」

「まあ、そうなんだけどな……」

俺はかいつまんで、俺が勇者をやめることになった経緯を話した。話し終えると、キサカはぽかんと口を開けて固まった。

「まさか……そんな取引で、自分の自由を保障しただなんて……それで正体を隠していたのね……」

「まあ、そういうことなんだ。今の俺は、ただの気楽な旅人。今回は事情が事情だから、勇者のふりをしてるけどさ。だから、俺なんかに気を遣わないでくれよ」

「……ぷっ」

え?キサカは急に破顔すると、口元を抑えて笑い始めた。

「ぷふ。うふふふ。まさか、勇者をやめようだなんて思う子がいるだなんて……あはは」

「あぁ~っと……まあ、そういう感じになるよな」

「あ、ごめんなさい。馬鹿にしたわけじゃないの。そんなに柔軟に物事を考えられるんだなって。私じゃ絶対に無理だもの」

そりゃそうだろうな。自分を犠牲にしてまで人を助けようとする人が、俺みたいな不良勇者の思考を分かるはずないだろ。

「ああ、でもよかった。安心したわ」

「安心?」

「桜下くんが、勇者の宿命のせいで辛い目にあっていなくて。もちろん、何もかも辛くないだなんて、思ってはないけど……今日あなたたちを呼んだのは、私が引け目を感じていたこともあるけどね。純粋に心配だったのもあるのよ」

心配……確かにキサカは、いやに親身だった。

「その心配ってのは、勇者としての仕事で苦労してないかって、そういう事か?そりゃ確かに、魔王と戦えだなんて荷が重そうだけど……けど俺が知る限り、勇者ってそこまで辛い目にはあわなくないか?」

俺はすぐに王城を逃げ出してしまったが、ロア曰く、本来なら壮大な送迎式が開かれていたとか。勇者の下には腕利きの冒険者(しかも美形ばかり)が集まり、仲間にしてくれとせがむ。城からはたっぷり小遣いももらえる。これだけ聞くと、いい事ばっかりに思えないか?

「ほら、あいつ。クラークだって、そんなにしんどい目にあってる風には見えなかったぜ?勇者はすっげえ強いんだし、戦いも楽勝だ。だから、そんなに自分を卑下しなくてもいいって言うか……」

「……そうね。今は、そうかもしれないわね」

……含みのある言い方だな。まるで、いつかはそうじゃなくなるみたいだ。

「キサカさんは、なにか知ってるのか?」

「……知っているわ。いいえ、ただ見てきたと言ったほうが正しいわね。この世界に来て四十年が経ったと言ったでしょう。その頃って、三十三年戦争が始まって間もないころだったの。今より戦略も技術も未熟で、手探りで戦っていたころよ」

四十年前……確か、初めて勇者が召喚されてから五十年くらいだってことだから、キサカはかなり早い段階で召喚されていたんだな。

「あの頃は勇者の力も弱くて、戦いで苦戦することも多かったの。そんな時期がしばらく続いたわ……流れが変わったのは、ファーストくんが来てから」

「そうか……ん?てことは、ファーストより前の勇者たちは……」

「……」

キサカは悲しそうに目を伏せる。けど、そんなの答えを聞くまでもない。この世界では、基本的に勇者は一国につき一人だけ。キサカという例外はいるが、それ以外に特例はないはずだ。それなら……俺の脳裏に、今までの記憶がフラッシュバックした。かつてアニから聞いた、ドラゴンの犠牲になった勇者。三の国の慰霊碑にあった名前。

「そうか……勇者と言えど、無敵ではないってことなんだな」

「その通りよ。最初はみんな、好奇心が勝るの。物珍しい世界に、新しい力。まるで魔法にかかったみたいにね。けれど、戦いを続けるうちに、いつか気付くの。自分たちがしていることは、紛れもない命のやり取りなんだって。そうなると……解けた魔法は、もう二度と掛からない」

「……分かる気がするよ」

俺の魔法は、かなり早い段階で解かれたから。

「みんな最初は、きらきらした目をしているのよ。けれどだんだん、目から光がなくなっていって……本当に、見ていられなかったわ」

「そいつらは、俺みたいに逃げ出さなかったのか?」

「ほとんどは、そうよ。昔は今より、うんと監視が厳しかったの。それでも、たまに逃げようとした子はいたけれど……でも、どうしようもないわ。この世界のことは、みんな何一つ分からないのよ。逃げる場所も、生きていくすべも、なにも……」

「それもそうか……」

「今は、戦争は硬直状態だから、戦いって聞いてもピンとこないかもしれないわね。けど、そういう事が確かにあったのよ。私はずっと、その子たちが亡くなったという報せを、ただただ聞き続けてきた……だからせめて、もうこれ以上そんな子を出さないようにしたいって、そう思ったの」

「それで、俺をここに呼んだのか」

「ええ……けど、フランセスさんには見透かされてしまったわ。これがただの自己満足だって。結局私にできることは、ほとんどない……」

そんなことはない、と言いかけて、やめた。言ったらきっと、キサカはもっと落ち込むだろう。

「……この話、あいつにはしたのか?クラークには」

「ええ。でもあの子は、全く取り合おうとしてくれなかったわ。自分には正義を執行する義務があるんだって、頑なにね」

「ちっ。ホントにあいつは、カチカチ頭野郎なんだから」

「けど、最近はそんな子ばかりなの。いつからか、戸惑ったり、戦いを恐れる子がほとんどいなくなってしまって……私の話をしっかり聞いてくれたのは、あなたが初めてよ」

えぇ?先代の勇者たちは、みんなクラークみたいな連中だったのか?

「でも、本当に良かった。勇者をやめれたのなら、桜下くんはもう、戦いに巻き込まれずにすむはずよね。ううん、そうなってもらわないと。せめて、あなただけでも……」

キサカの言葉は、まるで別れの際の遺言のようだった。そのぞっとする響きに、思わず叫ぶ。

「キサカ……あんたは……あんたはどうなんだ?あんただって、一人の人間だろ!ここで力を使い続ければ、いずれあんたは……!」

キサカは瞳を伏せると、ゆるゆると首を振った。

「ありがとう。でも、私にできることは、これだけなのよ。他にできることはないし、居場所もない……今日はありがとう。なんだか、救われた気がするわ……」

そう言ってキサカは、弱弱しく、だがほっとしたように、笑った。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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