じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

5-1 聖女と双剣

5-1 聖女と双剣

俺たちがノロのいた部屋を出ると、驚いたことにターバン男が待っていた。こいつ、部屋に入った時からずーっと待っていたのか?

「皇帝閣下とのご歓談はお済みになりましたでしょうか。宿舎までご案内させていただきます」

ふむ、確かに案内が居なければ、この広い宮殿を抜けられそうにない。ありがたいが、その為だけに廊下で待ち続けるとは……まあいい、それが彼の仕事なんだろう。
男の案内のおかげで、レストハウスまで簡単に戻ってくることができた。気疲れしたから、すぐにでも寝てしまいたい気分だ。だが、玄関ホールに入ると、俺たちは後ろから呼び止められた。

「あん?おい、お前たち。戻ってきたか」

「へ?」

振り返ると、ヘイズがソファに腰かけていた。

「待ってたぞ。お前らが王宮のもんの案内で出てったって聞いたからな」

「ああ……そういや、兵士が何人かいたな」

「そういう事だ。まあ座れ。そんでもって聞かせろ。その様子を見るに、ロクなことはなかったんだろ?」

「ちぇ。改めて言われると癪だな……」

俺はソファにどかっと腰かけると、ヘイズに今しがたあったことを話して聞かせた。

「なるほど……ちっ、あの女帝め。やっぱり仕掛けてきたか」

「やっぱりって……あの人、どういう人なんだ?最初は気前いいひとだと思ったんだけど」

「気前いいか。まあ、間違っちゃいねえ。ただ、じゃあいい人なんだなんて思うんじゃねえぞ。あの女帝は太っ腹だが、与えたもんの倍はふんだくってくるような女だからな」

「え……じ、じゃあ今回は?」

「さてな、まだ何も言われちゃいないが……だが、無償でということは絶対にない。神に誓ってもいいな。ひょっとすると、お前を呼びつけたのも、何か関わってくるのかもしれん」

ぞぞぞ。俺、あの女帝の事をなんつった?気前がいい、話が分かるなんて、とんだ間違いだ。恩を倍にして返せだなんて、やり方がヤクザだぞ……

「冗談じゃないぞ。どーすんだよ、なにかとんでもない事を要求してきたら!」

「オレに言うな。こっちが借りを作ることは間違いないんだし、できる限り希望に沿うしかねえだろ。せいぜいできることと言ったら、向こうの動向に気を配るくらいだな。今後はなるべくオレのそばに居ろ。今夜みたいなことがまたあるかもしれねえ」

「……ちくしょう」

行動の自由すらなくなってしまった。今更だけど、とんでもない事を引き受けたもんだ。
部屋に戻ると、俺はばったりベッドに倒れこんだ。隣がぎしっときしんで、ライラも俺の横に寝そべる。

「なんだか面倒なことになりそうだね?」

「ああ……悪いな、ライラ。すぐに戻れるかどうか、怪しくなってきちまった」

「ううん。三つ編みちゃんのことは気になるけど……でも、桜下だって大事だもん。だから無理しないでね?」

「ら、ライラ……」

優しさがジーンとしみる。手を伸ばしてライラの髪をくしゃくしゃに撫でると、くすぐったそうにキャッキャッと笑った。

「なんにせよ、明日を乗り切ればこっちのもんだ。エドガーが治っちまえば、憂いはないんだからな」

明日、あの白いガラスの神殿で、エドガーの解呪が行われる……呪いを解く、か。どんな風にするんだろう?あの老婆は、見るからによぼよぼで、立つ事すらおぼつかなさそうだったが……う、こんな時なのに、少しわくわくしてしまうなんて。好奇心は恐ろしいな。



翌朝。まだ朝の早い時間に、俺は叩き起こされた。

「んだよ、るせーな……」

「んんん、もうあさぁ?」

「ほらお二人とも、出発するそうですよ。起きてください!さっきから扉が壊れそうなんです!」

けたたましいノックの音に顔をしかめながら部屋を出て、ホールに向かうと、兵士たちが全員勢ぞろいしていた。ターバンの臣下の姿も見えたので、俺は仮面で顔を隠した。

「皆様、お揃いでしょうか。それではこれより、“光の聖女”様の下へ向かいたいと思います」

ホールの端には、エドガーが乗った担架があった。エドガーと俺たちは再び庭を横切り、あの白い建物に向かう。まだ日は高くない時間帯だが、月の神殿チャンドラマハルはきらきらと輝いて見えた。
神殿に入ると、昨日と同じ扉の前で、臣下の男が扉をノックする。

「キサカ様。よろしいでしょうか」

「はい」

あん?聞こえてきた返事は、若い女の人の声だ。おつきの女給だろうか?臣下の男は返事を聞くと、扉をそっと開いた。
円形の部屋の中には、相変わらずベッド以外は何も置かれていない。ガラスの天井を通して、朝日がキラキラと差し込んでいる。その光に照らされて、一人の女性……いや、もっと若い。一人の少女が、ベッドの枕元にもたれて座っていた。

「こちらが、光の聖女。キサカ様でございます」

えぇ!あの少女が?いや、昨日見た時には、しわしわのおばあちゃんじゃなかったか……?
そのキサカという少女は、金色の長い髪をしていた。黄色と言ってもいいかもしれない。さらさらの髪は絹糸の束のようで、ベッドに広がると、そこだけ菜の花畑のようだった。そして、その瞳の色。青色と、緑色。オッドアイだ。

(と、とても昨日の老婆と同一人物とは……)

見間違い?いや、そんな馬鹿な!だけど、だけど……部屋には昨日も今日も、一人しかいなかった。家具もほとんどないこの部屋には、人が隠れられる場所もない……
驚愕しているのは、俺だけではなかった。仲間たちに兵士たち、二の国からやってきた連中は全員唖然としている。臣下の男はそんな俺たちを見て、神経質に咳払いをした。

「んんっ。皆様、聖女様にご挨拶いただけませんでしょうか」

ヘイズがはっとする。

「も、申し訳ございません。光の聖女殿、ご無礼をお許しください」

すると、少女……光の聖女、キサカ様とやらは、朗らかに微笑んだ。

「いいえ、無礼だなんて。むしろ驚かせてしまってみたいで、ごめんなさい」

「と、とんでもございません。あの、少し困惑しただけと申しますか……」

「そうでしょう。あなた方は、私の“終点”をご覧になったんですね」

「はい……?」

終点?確かにあの老婆は、人生の終点に差し掛かってはいそうだったが……?

「ごめんなさい、ああなると、ほとんど意識がなくって。人が来たことにもほとんど気付けないんです。ただ、もう転生はすんたので。もう大丈夫です」

「て、転生……?」

ヘイズはうろたえっぱなしだ。すると臣下の男が、またも咳払いをした。

「キサカ様。あまりご自身の事を話されますと、万が一がございます」

「え?ええ、そうですね。でも、これくらいのことは、一の国の人ならだれでも知っているじゃありませんか。それなら構わないでしょう?」

臣下の男はなおも何か言いたそうだったが、キサカはかまわず口を開いた。

「私は、人よりずっと早く歳を取るんです。そして老い、人生の終わりに着くと、もう一度初めに戻るんです。厳密には、十七歳の姿まで、ですけど」

「人生を、初めから……?もしや、光の魔力の持ち主ですか?それにその瞳は、覚者エンライトメイトの?」

「まあ、よくご存じなんですね」

光の魔力だって……?ちょっと前に、エラゼムの口から聞いた言葉だ。彼の城主も、同じ魔力を宿していた。確か、奇跡を可能にする魔法が使えるとかなんとか……じゃあ、それで老婆から若返ったってことか?

(し、信じられない……)

そんなことが、あり得るのかよ?だけどヘイズは、納得したようにうなずいた。

「合点がいきました。てっきり高名なプリースティス様かと思っていましたが、奇跡の力をお持ちなのですね」

「はい。この力を使えば、どんな呪いでも打ち破ることができます。話はだいたい聞いています。たしか、ひどい呪いに掛かっている人がいらっしゃるんですよね?」

ヘイズはうなずくと、担架を運ぶ兵士に指示をし、前に来させた。どす黒い顔のエドガーを見て、キサカが顔を曇らせる。

「まあ……ひどい状態ですね。すぐに始めましょう。その人を私の隣へ」

兵士たちは、担架をキサカのベッドの脇まで運んだ。キサカはベッドから身を乗り出すように、エドガーの上に手をかざす。

「……強い呪い。禁断の果実に口を付けたんですね……」

するとキサカの口から、ささやくような声が漏れ始めた。これは、呪文の詠唱……?だが、今まで聞いたどの詠唱とも違う、不思議な音だ。しいて例えるなら……聖歌、だろうか。

「ライフライブラ」

パァー!キサカの手から、まばゆい虹色の光が放たれた。光はガラスの壁や床に反射し、部屋全体が虹色に輝いているようだ。まぶしさに目が眩むが、なぜだが目をつぶろうとは思えない。むしろ、ずっとこの光を浴びていたい……暖かい光。

「終わりました」

キサカの声で、はっと我に返った。いつの間にか虹色の光は消えていた。

「終わった……?じゃあ、エドガーは……?」

ヘイズが大慌てで担架に駆け寄る。

「隊長!しっかりしてください!それとも、まだ起きれないですか?」

エドガーが何かをうめいたが、言葉にはなっていなかった。キサカが静かに首を振る。

「治療はしましたが、すぐには起きられないと思います。体力も相当減っているでしょうから」

「あ、ああ。そうですよね……」

「ええ。でもゆっくり休めば、じき起き上がれるようになりますよ。本当はそれもお手伝いしたいんですけど、あまりこの力を使いすぎるのはよくないので……ごめんなさい」

キサカはすまなそうに眉を下げた。ヘイズはぶんぶんと首を振る。

「とんでもない。呪いの解呪だけで十分です。あれだけ強力な怨念を払うことができただなんて、まさに奇跡としか言いようがありません。福音をもたらしていただけたことに感謝いたします、光の聖女殿」

ヘイズがひざまずくと、担架持ちの兵士以外も一斉に膝をついた。うわわ、俺もしゃがまないと。いた!くうぅ、膝をぶつけちまった……

「そんな、やめてくださいっ。私は、ただできることをしたまでですから……」

大勢にひざまずかれたキサカは、顔を赤くして手を振っている。こっちがびっくりするくらい腰が低いな。聖女と言われるだけあって、性格も穏やかなのか……いやいや、見た目に惑わされちゃいけない。ノロみたいな女もいるんだからな。
治療が済むと、臣下の男が部屋の扉を開け、退出を促す。

「キサカ様は、そのお力をお使いになられて、お疲れになっていらっしゃいます。大変失礼ですが、施術が済みましたら、速やかにお引き取りいただきますよう」

ふむ、まあ目的は済んだしな。俺たちはぞろぞろと出口に向かう。

「あ!ちょっと待ってくださいな!」

あん?キサカが前のめりになって、俺たちの背中に声を掛けてきた。まだ何かあるのか?

「そこの、仮面をかぶっている方。もしかして、勇者さんじゃありませんか?」

え?俺か?この部屋で仮面を付けているのなんて俺しかいないから、間違いなくそうだろう。

「えぇっと……はい、そうですが」

「やっぱりそうですか。近々二の国の勇者の方が来ると小耳にはさんだものですから。あの、もしよろしければ、少しお話でも……」

「へ?」

お、お話?俺が、聖女様と?どういうつもりだろう。それと、フランは睨むのをやめてくれ。こんな神聖な場所で……

「いけません、キサカ様」

俺がオロオロしていると、臣下の男が首を横に振った。

「本日は、ご自身のお体をいたわり下さいませ。無理をされてはいけません」

「ええ?そんな、一人くらい診ただけではなんともないですけど……うぅ、わかりました」

キサカはしょんぼりうなだれると、諦めが混じった笑みを浮かべた。

「そういう事みたいです。残念ですけど……けど、また後日でしたら、少しお時間をいただけませんか?ほかの国の勇者さんがここを訪れる事なんて、滅多にないんですもの」

「は、はあ……まあ、俺でよければ、構いませんけど」

するとキサカは、安心したように顔をほころばせた。うーん、裏があるようには見えないけど……何かの意図があるんだろうか?だがこちとら、エドガーを治してもらったばっかりなんだ、ノーとは言えないだろ。

「では、また後日。詳しい事は、お手伝いさんに伝えてもらいますね」

キサカはにこりとほほ笑むと、控えめに手を振った。こちらとしては、気が気じゃないんだけどな……



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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