じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

3-1 一と二の間

3-1 一と二の間

翌朝。切り立った山の上には濃い霧がまとわりつき、地面をすっかり覆い隠してしまった。これじゃ、雲の上を歩いているのと変わらないな。兵士たちは悪戦苦闘しながらも、怯える馬をなだめ、霧をハルバードで振り払いながら馬車を進め始めた。
朝になっても、フランの機嫌は悪いままだった。一人馬車の上にのぼったまま降りてこない。対処法が分からない俺は、ため息をついてほっとくしかなかった。
やがて陽が高くなってくると、霧も少しずつ薄れ始めた。ようやく険しい街道の全貌が見え始める。崖にわずかにできた平坦な段差に道が作られ、くねくねと這うように続いている。昨日も見たつり橋もある。石柱と石柱の間に渡された橋は、コケやつたに覆われて緑色だ。さらに遠くには、崖のすき間から白糸のように流れ落ちる滝や、石柱の上にできた水たまりのような湖なんかも見えた。

「すごい光景だな……雲の上の世界って、こういうのを言うんだな」

まるで仙人でも住んでいそうな山々を、馬車はゆっくり、ガタゴトと進んでいく。暗い洞窟を抜けたから、もうモンスターの襲撃に怯える必要もない。打って変わって気楽な旅になったな。

「ん、そうだ。エラゼム、アルルカ。今のうちに、お前たちを治しちゃおう」

俺は右手をぶんぶん回しながら言った。前回の“ファズ”の使用から相当日をあけた。もうそろそろ大丈夫だろう……たぶん。

「桜下殿……よろしいので?」

エラゼムは遠慮がちだが、あちこちボコボコ凹んでいる鎧は見るに堪えない。アルルカの方はまだましだが、それでもマントがボロ雑巾みたいだし。

「なーに、前は腹ペコで元気がなかっただけだって。大丈夫大丈夫」

こういう時じゃなきゃ、俺の力は役に立たないからな。それに、今は都合よくフランもいない。鬼の居ぬ間に、ってやつだ。
なおも遠慮しようとするエラゼムを無視して、半ば無理やり、鎧に手をつける。

「ディストーションハンド・ファズ!」

ヴン。くおっ……やはり右手が輪郭を失い、引っ張り込まれそうになる。俺は全身に力をこめて、右手を鎧から引っこ抜いた。

「よ、よし……はぁはぁ、ほら、なんともなかったろ」

「桜下殿……しかし……」

「さあ、次はアルルカだ!おらおら、胸を出せ」

「お、桜下さんっ!言い方!」

ウィルに小言を二、三ほどチクチク言われた後、アルルカの胸にも手を置く。仲間たち、特にエラゼムがはらはらと見守る中、二度目の呪文を唱えた。すると。

「ぬおっ……!」

や、ヤバイ!さっきの比じゃない!俺は両足を踏ん張ったが、それでも右手は手首を越え、肘の近くまでのめり込んでいる。ぜ、全身が引き込まれる……!俺が冷や汗を垂らした瞬間、バチン!と音がして、気付いたら俺は後ろに吹っ飛ばされていた。

「うわっ!」

そのまま馬車の壁に激突……するかと思いきや、その感覚が来ない。なぜなら、俺の体はするりと壁をすり抜けていたからだ。

「ぎゃあー!桜下さーん!」

ウィルが壮絶な悲鳴を上げる。うわぁ、またこれだ!馬車の中はにわかに大騒ぎとなった。ガタガタ揺れる馬車を不審に感じたのか、窓からフランが顔をのぞかせる。

「なっ……!」

「あ。やべ……」

フランの可愛らしい顔が、みるみる般若のように……おお、神よ。
幸いにして、それから数分で、やっぱり俺の体は元に戻った。だが二度目となる今回は、さすがに向けられる目はより厳しいものとなった……

「絶対に、ダメ!」

「い、いや、気を付ければ平気だって。今回は無理しすぎたから……」

「もし使おうとしたら、ぶん殴ってでも止めてやる……!」

う、うわ。フランの眼が、マジだ……

「桜下さん……こればっかりは、擁護できません。フランさんが正しいと思います」

「うぃ、ウィルまで?」

「しょうがないですよ。頻繁に霊体化するなんて、体にいいはずがありません。原因が分かるまで、能力は使わないことにしましょう?」

そ、そんな……俺の唯一のアイデンティティが……

「別にいいじゃない。もとから頻繁に使うもんでも……もがが」

アルルカの言葉は、途中でエラゼムによって遮られた。

「いい気分ではないでしょうけど、分かってください。桜下さんのためです」

「はい……」

かくして俺の能力は、当面のあいだ使用禁止となってしまった。俺はもう、ネクロマンサーの看板をたたんだほうがいいのかもしれない……



夕方になると、雲海は茜色に染まった。馬車の一行は、大きな浮遊する山(比喩じゃなく、本当に浮いている。どういう原理だろう……)に差し掛かったところだ。その山は、これまでのものとは少し雰囲気が違った。あちこちに水をたたえた池があるし、ちらほらとだが畑のようなものも見える。畑?こんなところにも人が……?

「うわ……驚いたな。こんなところに村があるなんて」

街道が山の中腹あたりに差し掛かったころ、前方に小さな集落が見えてきた。こんな辺鄙なところに、ほんとに人が暮らしているなんて……人間ってのは、どこでも生きていけるもんだな。
集落の建物は細長い植物を編んで作られている。竹にも似ていて、どことなくオリエンタルな雰囲気だ。馬車隊はその村へと入っていって、止まった。

「お、止まったな。エラゼムの言った通り、ここで補給をするのかな」

「そうですな。ずいぶん小さな村のようですが……」

俺は馬車の外に出てみた。馬車は村の広場に停まっていた。竹篭のような形の家の玄関からは、日に焼けた村人たちが、遠巻きにこちらの様子を伺っている。家の軒先には丸い形の篭がぶら下がっていて、その中からほのかな明かりが放たれていた。

「んー……お。ヘイズだ」

広場の端で、ヘイズと数名の兵士が、一人の村人と話している。村人は白くて長い髭を垂らしていて、いかにも長老って感じの見た目だ。俺がしばらく様子を見ていると、どうやら話はまとまったらしい。ヘイズが兵士たちに何かを指示すると、兵士たちは馬車へと走っていく。そして積んであった大きな箱を運んでいくと、長老っぽい人の前にドスンと下ろした。長老は箱の中を確かめて、満足げにうなずいている。

「なにやってんだろ?」

あの箱は、たしか荷馬車にたくさん積まれていた物の一つだったと思うけど。俺はてっきり、一の国の皇帝様への手土産か何かだと思っていたんだけどな……ま、どう使おうが知ったこっちゃないか。俺のものでもないんだし。

「さて……おーい。フラン」

俺はヘイズたちから目を逸らすと、馬車の屋根へと声を掛けた。

「……」

「おーいってば。……なんだ、まだ拗ねてるのか?」

「……別に、そういうわけじゃない」

ようやく返事が返って来て、フランが屋根から下りてきた。俺は肩をすくめた。まだぶすっとした顔をしていたからな。

「いい加減、機嫌直してくれよ」

「……あなたに怒ってるわけじゃない」

「じゃあ、アルルカにか?」

「違う。わたしは……最近、どうかしちゃったみたい。あなたのことになると、自分が抑えられなくなる時があるんだ」

う。それは、どう言えばいいんだ?

「あー……そう、なのか」

「うん。そんな自分にも腹が立つし……ごめん、上手く言えない」

「いや……しかし、それに関しちゃ、俺じゃ役に立てそうにないなぁ」

なんてアドバイスすりゃいいんだ?その手の知識はないんだってば。俺は頬をポリポリかく。

「俺じゃダメとなると、ウィルなんかいいんじゃないかな。ほら、あいつはそういうの、結構詳しそうじゃないか。あくまで耳年増だけどさ」

「ウィル……」

するとフランは、なにか思いつめたような表情になった。うん?どういう感情だろう。

「……そうだね。一度、きちんと話し合ったほうがいいのかもしれない……」

それだけ言うと、フランはふらふらした足取りで、どこかへ行ってしまった。

「どうしたんだ……?」

ウィルとフランは、仲良しだと思っていたのに。喧嘩でもしているのだろうか?その後の夕食の時間に、そこはかとなく二人の様子を伺ってみたけど、特段ギスギスした感じは見受けられなかった。俺の気にしすぎ……ならいいんだけど。
余談だが、その日の晩飯はひさびさに豪勢だった。パンの他に、おかずが二品もついたのだ。やっぱりさっきの長老とのやりとりは、食料品の補給関連だったらしい。

「……ん?なんだありゃ」

メシを食べ終わって馬車に戻る途中、俺は村の一角に、大きな石像が立っているのを見つけた。剣を掲げ、マントをなびかせる姿は、物語に出てくる勇者のようだが……立派な像だな。けど立派過ぎて、この村の雰囲気には合っていない。
ちょうどそのタイミングで、ヘイズが近くの馬車から出てきた。

「お。ヘイズ」

「ん、ああ。お前か……」

「どうしたんだよ。元気ないな?」

「まあな……エドガー隊長の調子が、よくないんだ」

おっと……今ヘイズが出てきたのは、エドガーの馬車か。

「そうか……あの、あんまりこういうことを訊くのもあれだけど……間に合うよな?」

「ああ。ヤバくなったら、俺が担いででも一の国まで引きずっていってやる。必ず間に合わせるさ」

はは……まあでも、割と冗談抜きに考えないとな。ライラのストームスティードなら、のろのろとしか進めない馬車よりよっぽど早く移動ができる。ただ、それは最後の手段だ。弱った病人を、びゅうびゅう風の吹きつける早馬で運ぶのは、できれば避けたい。

「……ま、あれだ。暗い話をしてもしょうがねえ。お前はメシくったか?くったならとっとと寝ろよ。明日も早いぞ」

「おう。あ、そうだ。ちょっと聞きたいんだけど、あれって何か知ってるか?」

「あれ?……ああ、あの勇者像か。ちっ」

ヘイズは勇者像とやらを見て舌打ちした。はて、ヘイズはこんなに勇者嫌いだっただろうか?

「あの像、何かあんのか?」

「いいや。むしろ、立派な人物だろう。あの像は、かつての三十三年戦争の英雄、伝説の勇者ファーストの像だ」

ファースト……かつての戦争で召喚され、破竹の勢いで魔王軍を蹴散らしたという、あの勇者か。

「ファーストかぁ。その人って確か、一の国が召喚したんだよな?その像があるってことは、ここはもう一の国なのか?」

「いや、まだだ。といっても、国境スレスレで、ほとんど一の国みたいなもんだがな。ここの村の先祖も、大半が一の国から来た流れもんだ」

「へー……一の国じゃ、やっぱりファーストは人気あるんだな」

「そういうこった。そして、俺たち二の国の連中は、決まってばかにされるのさ。ぺっ!」

「え?どうし……あっ。そっか、そういや……」

前にロアから聞いた話だ。戦争も終局という時、ファーストはあろうことか、味方に背中を刺されてしまう。その、彼を刺した味方というのが……

「二の国のセカンドが、ファーストを殺したんだったな……」

「そういうことだ。一の国の連中は、未だに俺たちのことを、英雄殺しの片棒担ぎとして見てきやがる。この村の連中もそうだ。あのじじぃときたら、足もと見やがって……ここはまだ二の国だぞ!ちっ」

なるほどな……セカンドの悪名は、国境を越えて轟いているというわけか。

「さっきのじいさんは、この村の長老か?」

「そんなところだ。食料の備蓄を分けてくれって言ったら、一番古くてしなびたものをよこしやがった。いけ好かねえ古だぬきめ……」

「は、は、は……」

笑うしかない。そうか、これから俺たちがいく所は、地続きとは言え別の文化、別の思想を持つ人たちのいるところなんだよな……初めて三の国へ行った時のことを思い出す。あの時も随分衝撃を受けたもんだけど、今回もまた、そんなようなことが起こりそうだな。ひゅーう、今から心積もりをしておくか。

そして翌日。俺たちは村を離れると、雲のすき間を抜けて、地上へと降りた。待っていたのは、一の国との国さかい。そしてその先には、一の国の国土が広がっていた……


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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