じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

14-1 地上へ

14-1 地上へ

「……」

ロウランは、茫然としていた。目の前の現実が、受け入れられないといった風に。もう戦意は感じられないが、今までいくつもの隠し玉を披露してきた相手だ。俺は彼女の様子をうかがいながら、慎重に剣を棺から引き抜く。棺には、やっぱり傷はついていなかった。魔力でできた刃を刺しただけだからな。
俺はロウランから目を離さずに、顔を半分だけ振り向かせる。

「ライラ。こっちに来てくれるか」

「……!うん!」

たたたっと、がれきの影からライラが駆けだしてくる。ライラは俺の隣にやってくると、きゅっと腰元にすがり付いて、ロウランの様子を見やった。

「桜下、やっつけたの……?」

「いや、まだわかんねえ。さすがにもうネタ切れだと信じたいけど……いちおう、いつでも魔法が使えるよう、心構えだけしといてくれないか。あの錆の魔法なら、効き目もばっちりだろ」

ライラは「わかった」とうなずくと、俺から離れて、ロウランを注意深く見つめた。

「さて……ふ、ふわぁぁ」

でっかいあくびが出た。いかん、眠気がかなり……さっきまでは空腹が強かったが、いよいよ疲労の方が大きくなってきたらしい。がしがし目をこする俺に、エラゼムが心配そうに寄り添う。

「桜下殿、大丈夫ですか?」

「ああ……けど、とっととカタを付けたいな。とりあえず、みんなは無事か?」

かすんだ目で仲間たちを見る。フランは片腕を失ってボロボロだが、なまじアンデッドだから、見た目よりは重症じゃない。その後ろにいるアルルカも、まあ大丈夫そうだ。問題はウィルだな……

「ウィッ……悪い、エラゼム。ウィルを呼んでくれるか?大声がでないや」

「かしこまりました。ウィル嬢ー!ご無事ですかー!」

腹に力が入らず、大声すらも出せない俺に代わって、エラゼムがウィルの名前を叫ぶ。すると、離れたところに積もっているがれきの中から、弱弱しい声が聞こえてきた。

「……ぃま~す。ここにぃ……」

がれきの間からずるりと這い出てきたのは、すっかりバテた様子のウィルだった。

「ウィル嬢。大丈夫で……は、なさそうですな」

「はいぃ……ちょっと、疲れました……」

ウィルはだらりとした恰好で、半分床の下に埋まりながらこちらにやってきた。こんな彼女を、前にも見たことがあるな。

「ウィル、魔力切れか?」

「えぇ……情けない話ですけど、杖なしだったのもあって、慣れなくて……」

「そっか。お疲れさん、とりあえずはひと段落だ。ゆっくり休んでくれって言いたいところだけど……」

「分かってます……早く、ここから脱出しましょう」

ウィルの言う通りだ。俺は、未だ茫然とするロウランに声を掛ける。

「ロウラン、これで分かったろ。もう諦めてくれ」

「……」

ロウランは微動だにしない。聞いているのかな?

「さあ、あの扉を開けてくれ。まだ嫌だって言うんなら、多少乱暴な手段も辞さないぞ」

俺の剣……ソウルソードが効くと分かった以上、これもコケ脅しじゃないぞ。俺だって、命が掛かっているんだ。なりふり構っていられるか。

「さあ。ロウラン!」

「……して……ないの?」

「え?」

ロウランが、何かをぽつりとこぼした。小さすぎて聞き取れなかったが……

「なんだって?」

「……あなたも、アタシを愛して、くれないの?」

「おい……まだ言うのか?それはできないって、何度も言ったじゃないか」

「どうして……」

「どうしてって……理由は、さっきも」

「そうじゃない。だって、だって、おかしいの!ここに来てくれる人は、アタシのことを絶対愛してくれるって。その覚悟があるから、ここに来てくれたんだって、そう聞いてたの!」

え?今のは、どういう意味だ……?

「愛する覚悟がある、だって?」

「そう。それがなきゃ、試練は突破できないはずなの!ここで眠りにつくとき、そう教わったんだよ。次にアタシの目を覚ますのは、最愛の旦那様の口づけなんだって。ここに辿り着いた人を信じて、その人の事を想って夢を見なさいって……だから、アタシ、あたし……」

それは……どういうことだ?俺は首をひねったが、その時ふと、思い当たる節に引っかかった。ウィルの発言だ。ここの試練の内容が、結婚に関する事柄をなぞっているようだと……まるで、その者の愛を試しているようだ、と。

(もしかして……かもじゃなくて、本当にそうだったのか?)

第一の試練は、愛を心から誓えるかを。
第二の試練は、運命のよすがを信じられるかを。
そして、第三の試練は……あれはもしかしたら、真なる自分を見失わないかを試されていたのかな。最後の最後になって、自分がブレないか……愛を見失わないかを、試す試練だったんだ。
それら三つの試練を突破したほどの者なら、確かに愛してくれると思い込んでもおかしくないわけか。もともとここはそういう場所なんだし。もちろん現実には、俺たちみたいなのがいるわけなんだけど……

(そんなこと、ロウランは知らなかったんだ)

ミイラたちによれば、ロウランは生まれた時から、いずれ王の子を産む姫君として育てられてきたらしい。きっと、そう言い聞かせられてきたんだろう。外の様子も知らなかったくらいだしな……

「ねえ……本当は、アタシが好きなんでしょ?照れてるだけなんでしょ?嘘ついてるだけなんでしょ?アタシ、全然怒ってないよ。悪口言われても、乱暴されても、ぜんぜん気にしないの。全部忘れる。だから……ね?」

さっきまでの狂気じみた雰囲気から一転、ロウランは急におどおどした、子どものような顔になった。

(う……)

背景に気付いてしまうと、どうにもやりづらいな。心がチクチクするっていうか……しかし、さっきからフランが怖い顔でこちらを睨んでいるので、情にほだされている場合じゃない。

「ロウラン……ごめんな。その役目は、俺には無理だ」

「そんな……」

ロウランの声は、枯れ葉が擦れる音よりも小さく、かすれていた。

「あー……まあ、ほら。俺なんか、全然大した男じゃないからさ。俺よりいいやつなんて、この世にいくらでもいるって。そう気を落とすなよ」

せめてもの慰めは、ロウランの胸には全く刺さらなかったようだ。

「どうして……」

ロウランは自分の眠る棺の上で、深くうつむいている。その膝に、ぽたりと垂れるものが……ううぅ。チクチクするなぁ。

「どうして、誰も……アタシを愛して、くれないの?アタシは、ただ……愛してほしい、だけなのに」

まいったな。たとえさっきまで激闘を繰り広げていた相手でも、泣かれてしまうと弱い。けど、どうしようもないじゃないか。頭ではそう理解していても、俺はまごついて、なかなか彼女に背を向けることができなかった。業を煮やしたフランが、口を開こうとした、その時……

「待ってください。我々からも、どうか、お願いいたします」

え。だ、誰の声だ?聞きなれない声が、どこからか響いてくる。俺たちはきょろきょろとあたりを見回した。いや、ちょっと待て。この声、どこかで聞いた様な……かさつき、カラカラに乾いた様な声……

「お願いします……」「お願いします……」

その声は何人分にもなって、部屋のそこかしこから聞こえてくる。すると、ずずず。床の一部がスライドして、その下に穴が開いた。そこから出てきたのは……

「あっ。さっきのミイラじゃないか」

次々と床の下から這い出てきたのは、さっき死者の都で出会った、仮面をつけたミイラたちだった。

「お前たち、どうしてここに……?確か、ここの中のことは、お前たちも知らないって」

「申し訳ございません。我々共は、嘘をつきました。我らは、ここの試練も、そしてこの離宮の構造につきましても、熟知しておりました」

「なんだって……?」

「非礼をお許しください。試練については、口外してはいけない掟なのです。余計な入れ知恵をしては、その者の真なる心が試せなくなってしまいますので」

「それは……まあ、そうか」

俺はぶすっとしながらも納得した。試練としちゃ、それが正解だ。けど、もし教えてくれてりゃ、こんなに苦労せずに済んだのに……

「……それで?今更何しに来たんだ。お願いっつったっけ?」

「はい。どうか……どうか、ロウラン様を愛してはいただけませんか」

「それは、無理だ。下でも何度も言ったじゃないか。お前ら、それに納得してくれたんじゃなかったか?」

「はい……ですが、気付いたのです。我らは、確かにこの都から解放され、自由になりたかった。そのために、あなた様の出した案にも乗った……しかし、それは真なる願いではありませんでした」

「……自由になるより、大事な願いがあったってことかよ?」

「その通り。なぜなら、我らはロウラン様の副葬品……姫君の、もっともそばにお仕えする家臣なのです。我らが一番に願うのは、ロウラン様がお幸せになること。それだけなのです」

ミイラはきっぱりと言い切った。他のミイラたちも、同じ気持ちのようだ。ロウランは伏せていた顔を上げ、ぼんやりとした目でミイラたちを見つめる。

「我らは、確かに自由になりたい……しかし、仮にそのための方法があったとして、それによってロウラン様がお幸せになれないのだとしたら、何の意味もないのです。ロウラン様の願いが成就されなければ、我らはきっと、あの世でも未練に苛まれましょう」

「だから、俺にロウランと結婚しろって言うのか?それじゃ結局、元のふりだしじゃないか」

「はい……あなた様のお考えも、重々承知しているつもりです。ですがそれでも、我らは頭を下げるしかありません。どうか……」

ミイラたちはずらりと並んで、また土下座をした。

「頭を下げられてもなぁ……だいたい、どうしてそんなに、俺にこだわるんだ。もっといい人を探すんじゃダメなのか?」

自分で言っておいてあれだが、こりゃずいぶん無責任な発言だな。こんなとこに引きずり込まれる人が何人もいちゃ、大変だ。

「はい……今までも何人もの方が、この死者の都にやって来られました。しかし、すべての試練を突破できたのは、あなたの他にはいないのです」

「え、そうなのか?おい、じゃあ他の人たちは、まさか……」

「地上に帰ることは叶いませんでした。しかし、誤解しないでいただきたいのです。その方たちは、試練で命を落としたわけでも、我らが殺めたわけでもありません」

「じゃあ、どうして……」

「簡単なこと。諦めてしまったのです。こう言うのもなんですが、ここの試練は、そこまで難解なものではないと思いませんか?特別な力や、ずば抜けた才覚は必要でない。ちょっとしたひらめきさえあれば、突破はそこまで難しくないと」

「む。そう言われたら……」

試練の謎解きの内、二つは俺、一つはフランが解いた。フランはともかく、俺がずば抜けた天才かと言われたら……ないな、うん。

「三つの試練すべては、向き合うことを諦めさえしなければ、いずれは突破ができるものだったのです。当然でございましょう。誰も先に進めなければ、時期の王が誕生する影結かげむすびの儀が執り行えなくなってしまいますから」

「ああ、うん。それは俺たちも考えてたよ」

「はい。ですが……今まで、誰一人として、ロウラン様の下に辿り着けるものはいなかった。それよりも早く、生きることを諦めてしまう者ばかりでした。しかし、あなた様は違う。あなた様は、生への強い意志と、たゆまない思考力をお持ちだ。それだけでも、我らはあなた様がロウラン様に相応しいお方だと思えるのです」

「いや、買いかぶり過ぎだと思うけど……」

「それと、もう一つ。あなた様方は、とても強い力をお持ちだ。勘違いしないでいただきたいのですが、ロウラン様は何も、あなた様方を本気で害そうとしていたわけではありません」

え、そうなの?半信半疑……いや、八割ぐらいは疑の気持ちで、俺はロウランをちらりと見た。ロウランは未だに、うつろな目をミイラたちに向けている。

「ロウラン様は、眠りにつかれる際に聞かされた通り、ここへとたどり着いた者は試練を突破した者、すなわち愛の覚悟を持ったものだと思っていたのです。ですので、あなた様がここに留まれない旨を話した際にも、それが自分を試そうとする挑戦状なのだと勘違いされてしまったのです」

「……詳しいな。お前ら、全部見てたな……?」

「はい。一部始終余すことなく。あの激しい攻撃は、それだけあなた様の期待に応えようとする気持ちの表れだったのですよ」

それはないだろ、という顔をしたのは、俺も仲間たちも同じだった。片腕を持っていかれたフランは、んなもん信じられるかと顔全体で表している。そんな俺たちの表情を見てか、ミイラは必死に言葉を重ねた。

「ああ、これだけは、本当に。再三になりますが、ロウラン様を誤解しないでくださいませ。ロウラン様は、本当に……本当に、純真なお方です。将来、ここで結ばれるその日の為だけに、懸命な努力を重ね、それでも少しも腐ることのなかった、清らかな心根の持ち主なのです。我ら家臣や民草からも、非常に慕われておりました。誰もが、ロウラン様の幸せを願っておりました。それなのに……おぉ、それなのに!」

ミイラは、まるで自分のはらわたが引き裂かれているかのように、声を震わせた。

「ロウラン様が、生涯で望まれたことは、たった一つです!それだけのために、すべてを、その命さえも投げ打ったというのに!どうして、そのたった一つが、叶わないのか……!」

ミイラは慟哭した。乾いた体からは、涙はこぼれなかったが……

「どうか。どうか、お願いいたします。ロウラン様を……我らの姫君を、お救い下さいませ……!」

ミイラはまたしても、深々と頭を下げた。
困ったことになったな。まさかこれほどまで、このミイラたちが真剣だったなんて。俺はてっきり、本心では厄介な姫様に振り回されて、うんざりしているものだと思っていたのに。
こうも真摯に頼まれると、どうにかしてやりたくはなるが、方法がなぁ。俺が婿入りする以外で、どうにかする方法はないだろうか?俺が疲れた目をぐっと押さえて、考えようとした、その時だった。

「……いいの」

ぽつり。ロウランが、ほとんど唇を動かさずに、一言つぶやいた。

「もう、いいの」


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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