じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

12-1 最後の部屋

12-1 最後の部屋

「お、おいおい……いったいそりゃ、何の冗談だ?」

桜下は、ふぅっと肩の力を抜くと、にやりと笑った。事件の真相を聞く心構えでいたのに、とんだ的外れな推理を聞かされて、拍子抜けしてしまったのだ。
そんな彼の様子を見ても、フランは笑いも、手を下ろしもしなかった。

「……冗談じゃないよ。わたしは、本気でそう思ってる」

「……」

桜下は、困ったなという顔で頭をかく。そのしぐさは、彼そのものだった。とても偽物には見えない。

「ふ、フラン嬢。そうおっしゃられるということは、きちんとした理由があるのですな?」

エラゼムが珍しく、動揺して上ずった声で訊ねる。桜下もうなずいた。

「うん、そうだな。とりあえず、理由を聞こうか」

「……わかった。さっきも話した通り、偽物を区別するための証拠は、始めから存在していた。誰かが質問をしたりして、消えてしまった事柄は、証拠にならない」

「それは、さっきも聞いたな。それで?」

「つまり、“誰も質問をしていないのに、前と明らかに違っている事”。それに唯一該当するのが、桜下だったんだよ」

「はぁ……なんだろうなぁ?思い返してみても、よくわかんないんだけど。エラゼム、何か俺、変かな?」

「い、いえ。吾輩には……」

そう訊ねられたエラゼムは、たじたじになってしまった。彼にとって、自らが仕える主を偽物呼ばわりするなど、到底考えられないことだった。

「なあ、フラン。それ、たぶん勘違いだと思うぜ?だって俺、偽物じゃないもん」

「……」

フランの心に、一瞬の迷いが生じる。目の前の少年は、本当に偽物なのだろうか?見た目だけでは、区別は全くつかない。もしも、この自分の考えが間違いだったら?自分が初めて想いを寄せた彼に、こんなことを言ってしまっていいのか。もしこれで嫌われでもしたら、自分はどうなってしまうのか……

「フランさん。大丈夫です」

名前を呼ばれて、フランはハッとした。ウィルが、今にも泣きだしそうな、だが強い決意が籠った視線で、こちらを見つめていた。

「私も、覚悟を決めました。自分の気持ちを信じます。もし間違っていても、フランさん一人のせいにはさせません」

「ウィル……」

フランの胸に、暖かな勇気と、一抹の後悔が浮かんだ。わたしは、この娘を出し抜いて……

「あー、そっか。ウィルも、フランと同じ考えなんだっけ?」

桜下の呆れたような声。その声に、ウィルは覚悟を決めて向き合った。

「はい……そうです。私も、桜下さんが……いいえ。あなたが、偽物だと思っています」

「マジか……うーん。面と向かってそう言われると、ちょっと傷つくな……」

桜下がポリポリと頬をかく。ウィルは思わず涙腺が緩みそうになったが、歯を食いしばって堪えた。この胸が潰れそうな悲しみは、後で文句を言ってやろう。本物の彼に。

「桜下さん……本当に、気付きませんか?私は、あなた自身も気付いていないように見えています。でも、前のあなたと、明らかに違っている点がありますよね?」

「だから、わかんないってば。俺はずーっとこのままだし、そもそも自分が偽物だって思ってないしな。まいったな、どう言ったら信じてもらえるんだ」

「たぶん、今は何を聞いても無理だと思います……」

桜下とウィルのやり取りを黙って聞いていた、ライラ、エラゼム、そしてアルルカ。彼ら彼女らは、二人と違ってピンと来てはいなかったが、ウィルの言葉を聞いて、過去を振り返ってみた。

「……ん?あれ……?あ!」

「……ああ。そういうことね」

「……おぉ。なんと、まさか」

三人は、ほとんど同時に、顔色をさっと変えた。思い当たる節が、あったのだ。

「おいおいおい。まさか、みんなも俺が偽物だって言うのか?かんべんしてくれよ……」

桜下はそんな仲間たちを見て、いよいよ眉間のしわを深くした。

「なあ。いったい、何が変だって言うんだ?はっきり言ってくれよ!」

「……そうだね。そろそろ、決着を付けよう」

せめて、引導はわたしが渡そう。フランは、桜下と改めて向き合った。

「正直、あなたは何もかも、桜下にそっくりだった。声も、容姿も、言動も。さいしょから、あなたを偽物だと思っていたわけじゃない」

「だろうな。偽物じゃないんだから」

「でも……時間が経つうちに。違和感に気付き始めた。どれだけ時間が経っても、あなたはずっと変わらなかった。いつまでも、普段のあなたのままだった」

「はぁ?そんなの、当たり前だろ。時間が経てば、化けの皮がはがれるとでも思ったのか?」

「そうじゃない。普通なのが、おかしいんだよ」

「お前……俺が、普通じゃないって言いたいのか?」

「そうだよ。ここに来るまで、あなたは普通だった?前の試練を突破した時、あなたはどうだった?今みたいに、しゃんとして、しっかり立ってた?違うでしょ。さっきまでのあなたは、フラフラで、今にも倒れそうだった」

フランはそこで、すう、はあと深呼吸をした。ゾンビに呼吸は必要ないが、長年染み付いた癖で、そうしていた。そして、続きを口にする。

「あなたは、元気すぎるんだよ。最初から、今に至るまで。それが、あなたが偽物である証拠なんだ」

それが、フランの出した結論だった。それを聞いた、桜下は……

「あ……」

ぐにゃりと、輪郭が歪む。まるで、泥人形が水に溶けるように。桜下の体は、一瞬で崩れ去った。フランは強い吐き気を覚えた。
ガシャーン!けたたましい音。ガラスが砕け、床が割れる……



「おい!しっかりしろ!」

「……ぅ」

ぴくりと、長いまつ毛が震える。目を覚ましたか?

「フラン。俺が分かるか?」

「……お、うか?」

「おう。あ、いちおう付け加えておくと。本物の、な」

フランは、ぱちりと目を開けた。赤い瞳を見開いて、俺の顔をまじまじと見つめる。

「ほんもの……?」

「ああ。ほら、アニも持ってるだろ?あ、ちなみにお前の靴も戻ってるぞ」

「…………」

「……まあ、なんというか。大変だったな」

フランはまだ、現状が把握しきれていないみたいだ。俺は焦らずに、彼女が落ち着くのを待った。

「……ここは?」

「まだ遺跡の中だ。フランたちは、場所を移動したわけじゃないんだよ。いうなれば、幻を見せられていたって感じか?」

ここは、逆ピラミッドの内部、その第三フロア。俺たちが小一時間ほど前に足を踏み入れ、そして霧に飲み込まれた場所と、全く同じだ。今は霧が晴れ、気を失った仲間たちが床にばらばらと倒れている。

「びっくりしたよ。目が覚めたら、みんな死んだように動かなくなってるもんだからさ。あ、まあ死んではいるんだけど……」

「……」

フランは、俺のつまらない冗談ににこりともしなかった。す、すべった……

「っ」

「わっ。ふ、フラン?」

がばっ。急に床から体を起こしたフランは、そのまま俺のへそあたりに顔をうずめた。腰の後ろにぎゅっと手が回される。

「フラン……お疲れさん。見事な推理だったな」

「……」

「まあ、あんまり気持ちのいい役割じゃないか。でも、おかげでこうして戻ってこれたんだ。よくやった、すごいよ」

「…………」

俺は、彼女の銀色の髪をさらさらと撫でた。腰に回された腕が、ぎゅうと強くなったのを感じた。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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