じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

11-3

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みんなが、大事にしていた物を失った。言い換えれば、みんながみな、不完全な状態になったとも言える。

「所持品での偽者特定は困難になったな……」

こうなっては、後はもう質問を重ねていくしかないだろう。俺はみんなを見た。

「みんな、直近のことは覚えてるよな?それの照らし合わせをしてみよう。フラン、俺たちは何のために、どこに向かっていた?」

「そんなこと、忘れるわけない。わたしたちは……」

フランは口を半開きにしたまま、固まってしまった。おい、嘘だろ……?

「……答え、られないのか?」

「………………」

痛ましい沈黙が、何よりの肯定だった。そんな、馬鹿な。エドガーを助けるっていう、一番大事な目的をどうやったら忘れられるんだ?

「おいおいおい……ウィル、同じ質問をしよう。どうだ?」

「え、ええ。エドガーさんに掛けられた呪いを解くために、一の国へ向かっているところでしたよね……?」

「ああ、その通りだよ」

ウィルは、正しい記憶を持っていた。今度は、逆にウィルが質問をしてくる。

「あの、では桜下さん。ここに落っこちる前に戦っていたモンスターのことは、覚えていますよね?」

「ああ、あれだろ。ほら……」

……あれ?な、なんだっけ?確かに、モンスターと戦闘になった記憶はあるのに。

「お、思い出せない」

「うそ……ラミアですよ。あんなにたくさんの蛇が、襲ってきたじゃないですか」

ラミア?そんなやついたっけか?改めて聞いても、さっぱり思い出せないぞ……

「……妙ですな」

エラゼムが、低い声でつぶやく。

「旅の目的、直近の戦闘。どちらも、そうそう忘れる事柄ではありませぬ。それを、こうも都合のいい場面で忘れてしまうなど」

「え、エラゼム。俺たちが怪しいって言いたいのか!?」

「ああいえ、そうではありません。ではなく、何者かが、我々の記憶に干渉しているのではないか、と思ったのです」

記憶に、干渉?もういよいよ何でもありだな。

「誰かが……っていうか、ここの仕掛けが、俺たちの記憶を消してるってことか?」

「はい。おそらく失せ物と同じで、攪乱が目的かと」

「ふーむ……」

頭の中にまで干渉されるなんて。くそ、気持ち悪りぃな……

「あ。ねえ、ライラいっこ気付いたかも」

するとライラが、ポンと手を打った。

「今さ、桜下がフランに質問したら、フランが答えられなくなったでしょ。その次のウィルおねーちゃんが、桜下に質問したときも。これって、質問すると、その事を忘れちゃうんじゃないの?」

なんだって?確かに、何かを忘れていることに気付いたのは、質問の直後だが……

「でも、ウィルは旅の目的は覚えてたぞ?」

「あ、そっか……あれぇ?違うのかな」

「……いや、そうでもないかもよ」

そうつぶやいたのは、フランだ。

「わたしも、ラミアのことは覚えてたんだ。ウィルの質問によって消えた記憶は、あなたのものだけなんだよ」

「え、てことは……質問一つに付き、消える記憶は一人分だけ?」

「それもあるし、わたしは、同じ記憶は消えないんじゃないかって思ってる」

なるほど……そう言われれば、法則性があるような気もしてくる。するとウィルが、あっと声を上げた。

「それなら、最初のエラゼムさんのことも、そうなんじゃないですか?エラゼムさん、霧に飲まれてからの記憶があやふやだって言ってましたよね?それって、その直前にフランさんが質問したからなんじゃ。ほら、目が覚めてからのことを話してっていう」

「あ、確かに!」

みんなが同じ記憶を失くさないのだとしたら、エラゼムだけが思い出せなかったことにも納得ができる。

「そうか、その理屈で行くと、アルルカがウィルのロッドがないって指摘したから、みんなの大事なものが失くなったのか。あれは、大事なものに関する質問と捉えられたんだな」

「ああ、そうかもしれません。消えるのは記憶というより、質問の答え、ということですか。大事なものは、みんなそれぞれ違いますし……仕掛けによって隠されたのなら、いつの間にかなくなっているのも納得です」

なんだ、一気に謎解きが進んだぞ!俺はワクワクしてきた。これは、解決も近いんじゃ……と、いうところで。とたんに現実に戻る。

「でもさ、それが分かったところで、偽物の究明には何の役にも立たないな……」

がっくりと肩を落とす。分かったことは、質問をしても意味がないということ。それの答えが消えてしまうのなら、質問なんか時間の無駄だ。これじゃあ、より一層難しくなっただけじゃないか。

「……なんかまた、解ける気がしないように感じてきたな。まさか、また偽物なんていないって落ちじゃないだろうな?」

俺は帽子越しに頭をかきむしると、半ばやけくそで口走った。ん、けどこれ、あながち間違いじゃないのでは?

「みんな、今この時点で、誰が怪しいって目星はあるか?」

みんなはお互いの顔を見合わせると、さっと目を逸らす。

「いえ、とくには、まだ……」

「だよな。それってつまり、怪しいやつはいないってことだろ。じゃあやっぱり、偽物はいないんじゃないか!」

俺は再びテンションが上がってくるのを感じた。これ、意外と当たっているぞ。

「だってさ、質問すると答えが消えるこのシステムも、おかしいだろ?そんなんじゃ、本物かどうか確かめようがない。この仕組み自体、俺たちを混乱させて、疑心暗鬼にさせるための罠なんだよ。本当はみんな本人なのに、偽物っぽく見せかけるためのさ!」

みんなは黙って、俺の説を聞いている。反対意見は特に出てこなかった。

「どうだ?それとも、別の見解があるかな」

「……大きな矛盾点は、ないと思いますけど……」

ウィルが、おずおずと口を開く。

「でもそれなら、どうやってここを抜けだしたらいいんでしょう?」

「そうだな……おーい!俺たちの答えは、偽物はいない、だー!」

俺は天に向かって、大声で叫んでみた。……うーん、何も起こらないか。

「ダメなのか?くそ!せめて間違ってるのかだけでも教えてほしいもんだな。これじゃあどっちなのか分かんないぜ」

「……あの、桜下さん?」

「ん?なんだ、ウィル?」

ウィルは、気遣うような、不安そうな目で、こっちを見ている。

「あの、大丈夫なんですか?」

「へ?何が?ここの仕掛けに関しては、平気だと思うけど。回答件に限りとか、ないよな?」

「あ、いえ……ううん、それならいいんです。なんでもありません」

はぁ……何だったんだろう?気になる事なら言ってほしいけど、うかつに質問をすると記憶を失いかねないしな。厄介な仕掛けだ。

その後も俺は、色々と言葉を変えて、偽物ゼロ人説を訴えてみた。だが、試練は一向に終わらない。くっそー、やっぱり間違っているのか?いい線行っていると思ったのに……

「はぁー、だめか!やっぱり、これが答えじゃないのかもな」

語彙力が完全に尽きた俺は、ぐんにゃりと頭を垂れてうつむいた。

「そうなると、もうわかんねーな……みんな、なにか他に案はあるか?」

仲間たちは、うーんと首をひねるばかりだ。まあ、そうそう出てきはしないか……
ん?けど、そうでもないやつもいる。フランだけは、思いつめた表情で自分の足下を見つめている。それに、ウィルも。ウィルは、そんなフランの様子をチラチラ窺っているみたいだ。

「フラン……?」

「……」

フランは、ぎゅっと目をつぶった。そして小さくうなずくと、覚悟を決めた表情で顔を上げた。

「わたし。分かったかもしれない。だれが、偽物なのか」

「え!?」

なんだって。俺はさっぱり見当もつかないが……

「だ、誰なんだ?今までの中で、はっきりわかる証拠があったってこと?」

「ううん。正直、全然自信はないよ。あなたも、みんなも分かってると思うけど。ここに居る全員、本物としか思えない」

だ、よな……だからこそ、議論は暗礁に乗り上げていたわけだし。

「ただ、一つだけ。ほんの小さな違和感だけど、気付いたんだ。このまま答えが出ないくらいだったら……それを、信じてみる」

違和感……なんだろう。そりゃ、違和感はあるさ。みんなが物や、記憶を失っているんだから。けどそれは、全員に共通している……一人に特定はできないはずでは……

「たぶん、ウィルも気付いているんじゃない?その様子なら」

フランに話を振られて、ウィルはびくりと肩を揺らした。ウィルも……?

「……フランさん。そういうこと、なんですか?」

「……たぶん。違うかもしれないけど……でも、言うよ」

な、なんだなんだ。二人だけで会話しないでくれ。

「フラン、もったいぶらないでくれよ」

「うん……」

フランは大きく息を吸うと、粛々と語りだした。

「わたしも、こういう謎解きには慣れてないから。順番に話させて……まず、状況の整理から。ここの仕掛けを解くには、わたしたちの中に紛れた偽物を突き止めなきゃいけない。少なくとも、このガラスに書かれた文字を見る限り、そういう風に読み取れる」

「うん。そうだな」

「そして、この仕掛けは必ず解けるようになっている。どうあがいても先に進めないってことはない。謎を解くためのヒントも、フェアに開示されているはず」

うん。今までの仕掛けもそうだった。

「この二つから、偽物は必ず分かるようになっている……まあ、もしくはあなたの案みたいに、代替案が導き出せるようになっている、はず。ここまでは、いい?」

「ああ……」

「わかった。それじゃあ……次に、ここの仕掛けについて。この部屋っていうか、この空間では、誰かに質問をすると、それの答えに当たるモノが消えてしまう。記憶だったり、物だったり。消える条件についてはまだあいまいだけど……ここでは、それは重要じゃない。大事なのは、質問では、偽物の絞り込みが不可能だってこと」

うん、その通りだ。答えが消えてしまうのだから、質問という行為そのものが成り立たない。仮に偽物が持っていないモノがあったとしても、それが始めから無かったのか、質問で消えたのか、確かめようがないからな。

「ここで、さっきの必ず謎が解けるっていう条件を持ってくる。それを考えると、質問は謎ときには関係して来ないはず。質問でしか偽物が分からないのなら、アンフェアになっちゃうから」

「そうだな。でも……フランと、ウィルもか?二人は、何かに気付いたんだよな?それって、一体……?」

「うん。さっきのことから考えると、偽物を区別するための証拠は、質問に関係なく存在している。逆に考えれば、わたしたちが質問し合って消えていったものは、証拠にはならない」

「ああ……」

「と、いうことは。証拠は、最初から存在していたことになる。わたしたちが話し合うよりも、合流するよりも、さらに前。たぶん、みんなが目覚めた時から」

それは……つまり……

「はじめっから、おかしかった奴がいるってことか?」

フランは、こくりとうなずいた。

「いる。この中に、一人だけ。その条件に合う人が」

なんだって……?いったい、誰が?フラン自身ってことはないだろう。おそらく、ウィルも違う。となると、ライラ、アルルカ、エラゼム……駄目だ。全員、ここで合流した時から、変わった様子は見られなかった。言動、態度、ちょっとしたしぐさ。どれをとっても、違和感はなかったはずだ。

「……いったい、誰なんだ。フランは、誰が偽物だと思ってるんだ?」

もう、答えを訊ねるしかない。俺ははやる気持ちを押さえて、ゆっくりと問いかけた。

「それは……」

フランの右手が、ゆっくりと動く。ガントレットのはまった手が、その人物を指摘するために上げられていく。俺にはまるで、その光景がスローモーションのように見えた。
ぴたり。フランの腕が、止まった。フランが示した、偽物の正体。彼女の手の、先には……

「それは……



……あなただよ。桜下」

「……は?」

フランの手は、まっすぐ俺に向けられていた。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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