じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
10-1 三つの試練 その2
10-1 三つの試練 その2
「え。え?」
「やった!開いたぞ!」
ライラは何が起こったのかまったく飲み込めていなかったが、思惑通りになった俺は、ぐっとガッツポーズをした。
「いったい、何がどうなって……あら?」
ウィルが、何かに気付いたように、はっと口元を触った。
「……やっぱり!元に戻ってますよ!口が勝手に動きません!」
ウィルが興奮気味にそう言うと、みんなも次々に口を開いて確認する。
「リンゴは青色。夜に昇るのは太陽。ヴァンパイアは品行方正……「ちょっと!」……うん、ほんとみたい」
「おお、誠でございますな。やれやれ、普通に話せることが、これほど楽なものだとは」
ホントだぜ。みんないつも以上に気を張っていたから、こっちまで疲れちまった。けど、ようやく元に戻れたな。眉間にしわの寄っていたみんなの顔が、にわかに明るくなった。
「ね、ねえ!それより、何がどうなってるの?」
ライラに腕を引っ張られて、俺は説明をしていなかったことを思い出した。
「おっと、そうだったな。ええっと、とりあえず扉が開いたってことは、この部屋の仕掛けを解けたってことだ」
「うん。でも、どうして?さっき、ライラと桜下が話してる時、嘘なんか言ってたっけ?」
「いや、嘘は言っていない。というか、俺たちの解釈が少し間違っていたのかもしれないな。“真実を偽りと為せ”っていうのは、正しい事を偽れ、つまり嘘をつけって意味じゃなくて、たとえ偽りだとしても、それを真実だと思って信じてみろってことだったんじゃないか」
「……?よくわかんない」
「うぅんと……説明が難しいな。つまりだな、さっきの俺とライラの会話でだ。ライラは、自分が世界一の魔法使いだって言っただろ。たぶんあれが、仕掛けを解くキーだったんだ」
「どういうこと?」
「あー、ちょっと言いにくいんだけど……つまり、ライラは自分が世界一だって、信じて疑わなかった。だからこそ、それを口にすることができた。けど、それは正確じゃなかったっていうか……まだ未達成だった、ていうか」
「……」
ライラは眉根を寄せたまま黙り込み、たっぷり十秒は考えこんだ。そして腕を組み、ぶすっとした半目を開くと、俺を見上げる。
「……桜下。ライラのこと、だましたの」
「ぐぅっ」
そう言われると、心が痛い。騙したは言い過ぎだとしても、利用する形になったことは事実だし。
「いや、何もかも嘘っぱちだったわけじゃないぞ?むしろ、ほとんどは本心だったんだ。ただ、少しおだてはしたけど」
「ほら!ライラのこと、バカにしてたんでしょ!もぉー、怒ったんだから!」
「ご、ごめんって」
ライラは頬を膨らませると、ぷいっとそっぽを向いてしまった。まいったな、どうすりゃいいんだ。あわあわする俺を見て、ウィルがくすりと笑った。
「もう、しょうがないですね、桜下さんは。せっかく仕掛けが解けたのに、なんでも素直に話しちゃうんですから」
「うぃ、ウィル。だって」
「はいはい。ほら、ライラさん。そんなに拗ねないでください」
ウィルはふわりとライラの隣に行くと、その頭をあやすように撫でた。
「おねーちゃん。だって……」
「ライラさんも、桜下さんがそんな人じゃないのは分かっているでしょう?この部屋の仕掛けを解くためには、仕方なかったんです」
「う……うん」
「ね?それに、忘れちゃったんですか?私や桜下さんが、ライラさんはすごい魔術師だって言っても、扉は開きませんでした。つまり、それはウソじゃなかったってことですよね?」
「あ……そっか」
「世界一はまだ少し遠くても、素質は十分にあるってことですよ。腐らないでください。ほら、手を繋いであげますから」
「ん……うん。わかった」
うーむ、あっぱれだな。ウィルは見事に、ライラの機嫌を直してみせた。それも、俺みたいに過度におだてるんじゃなくて、ごく自然に。こういう時は、ウィルがお姉さんなんだって実感するよ。ウィルはなおも、ライラと手を繋いで、あれこれ話している。後で礼を言っておかないと。
「ふう、助かった。口下手が、舌先三寸を披露するもんじゃないな。ロクなことにならない」
こりごりだと俺が肩を落とすと、エラゼムが小さく笑った。
「ふふふ。しかし、この部屋の仕掛けは実に厄介でしたな」
「ああ。頭ん中がだだ洩れだなんてな」
「ええ、そこもあります。しかし、それを解くための鍵もまた、非常に難しいものだと思うのです」
「鍵も?」
「そう思いませぬか。この部屋を脱するための鍵は、そうですな。“揺るぎない信念”とでも言えましょうか。それも、不確かなものと知りながら、それでもなお、一片の疑いも持たずに信じているもの……そのような信念は、なかなか持てるものではないでしょう」
「ああ……確かにそうだ。俺は世界一だ!とか、地上で最強なんだ!とか。口にするのは簡単だけど、それを本気で信じるってのは、あんがい大変だよな」
世界一、地上最強。そんな事を町中で言いふらしたら、間違いなく疑いの目を向けられるだろうさ。けれど、それを一番に疑うのって、意外と自分なのかもしれない。だって、自分のことは一番、自分が知っているもんな。それに見合う才能があるのか、努力はしてきたのか、自分より上はいないのか……考え出したらキリがない。
「ほんと、ライラがいてくれてよかったよ。騙したみたいになっちゃったけど、あいつのそういうところは、素直に尊敬するな」
「まったくですな。強すぎる自信は、時にその者を自惚れさせ、堕落させるものですが。その点ライラ嬢は、自分を見失うことがない……吾輩としては、そこで一役買っているのが、桜下殿の存在だと思うのですが」
「あはは、だったら嬉しいよ」
まあとにかく、無事に第一の試練を突破したわけだ。残る試練はあと二つ。疲労で頭の回転が鈍る前に、次もこの調子でいきたいところだ。
「さあ、先に進もうぜ」
今度こそ、扉は俺たちを通してくれるはずだ。だが用心深いフランの案によって、先にフランが扉をくぐり、安全を確認したのち、残りの仲間たちが俺を囲む形で通る事になった。国の要人にでもなった気分だな。
扉の先は、またしても螺旋階段になっていた。俺はうんざりしたが、幸いにしてそこまでの長さはなかった。体感で、建物一、二階ぶんくらい上がったところで、次のフロアが姿を見せた。
「ここは……?」
この部屋も、下と似たような造りだ。群青色のメタリックな素材で壁も床も作られている。広さは一回りほど広くなったように感じるな。この建物は逆三角形の形をしているから、上に行くほど広くなるのはうなずける。
ただし、下とは違って、この部屋は殺風景ではなかった。部屋の中央を横切るように、なにかがぶら下がっているのが見える。ここから見た限り、無数の赤い紐が、天井からカーテンのように伸びているようだが……
「あれが、次の試練かな」
「慎重に行くよ。あれも何かの罠かもしれない」
確かに前の試練を考えると、何があっても不思議じゃない。俺たちはじりじりと、その赤い紐のカーテンににじり寄っていった。
「……なんですかね、これ」
ウィルが、天井付近に浮かびながら、床を眺めて言った。
「ウィル、上から見るとどんな感じなんだ?」
「そうですね……まず、この赤い紐。これは天井を突き抜けて、どこかに繋がってるみたいです。それと、向かい側にも、同じような紐が見えますね」
あ、ほんとだ。十メートルくらい離れた向かい側にも、同じような紐のカーテンがある。部屋が三つに仕切られているみたいだ。
紐はかなり長い。手を伸ばせば届きそうなくらいまで垂れ下がっている。
「あと、これが気になるんですけど。紐と紐の間の床に、何か模様みたいなのが書かれてます」
模様?俺は床に目をやった。おお、確かに。紐で区切られた間の床には、様々な絵が描かれた大きなタイルが敷き詰められていた。一つ一つが畳一畳くらいはありそうだな。絵柄はとくに決まっていないみたいで、鳥、蝶、犬、太陽……などがランダムに配置されている。
「これは……ただのお飾りってことは、ありえないよな」
「ですね……たぶん、これが」
第二の試練だ。
「でもこれ、どういう意味なんだろ。これだけじゃ、なんにも分かんないよな」
「桜下殿、こちらに文字がございます」
お、エラゼムがヒントを見つけたようだ。見てみると、エラゼムの足下の床に、さっきと似たような象形文字が彫りつけられていた。例にもよって、アニがそれを読み取る。
『正しき縁を手繰れ。さすれば道が開かれん』
よすがを、手繰れ?それをすりゃ、道が開く……
「つまり……縁ってのは、この紐のこと言ってるのか?それを手繰れば、道が開く、と」
「え……でも、それって」
ウィルが、嘘でしょう、という顔をした。俺も似たようなもんだろう。なにせ、ぶら下がっている紐は、ゆうに百本以上はありそうだ。
「こん中から、正しい一本を見つけ出すのが、次の試練みたいだな……」
また、なかなか骨の折れそうな試練だな。百本を一つ一つ調べるだけでも大変そうだが、そもそも気軽に引いていいのかも怪しいところだ。よくあるだろ、怪しい紐を引っ張ったら、天井が落ちて来るとか、大岩が転がって来るとか。
「ふーん。次のやつはずいぶん簡単ね」
え?アルルカが、すたすたと一本の紐に近づいていく。そして何食わぬ顔で、それをぐいと引いた。
「うおおぉぉぉい!」
「なによ、うるさいわね」
「バッカ、お前!罠があるかもしれないのに……」
しかし。俺の心配とは裏腹に、部屋はしんと静まり返り、なんにも起こる気配はなかった。
「あ、あれ?」
「ほーら、ごらんなさい。あんたは、いちいち小難しく考えすぎなのよ。こんなもん、馬鹿正直に悩んでやる必要ないわ」
「む。じゃあ、どうするってんだよ?片っ端から引きまくるのか?」
「そうねえ、それもメンドくさいわね。あ、そうじゃない!飛んでいけばいいんだわ」
「飛ぶ?」
「こういうのはおおかた、このいかにも怪しげな床が抜ける仕組みになってんのよ。けどあたしには翼があるから、んなもんカンケーないわ」
ぬぅ……悔しいが、アルルカの言っていることも一理ある。あのタイルの敷かれた床は、どう見ても怪しい。けど、それを踏まなければ、トラップなんてないようなものだ。俺が言い返せないのを見ると、アルルカは得意満面に翼を広げた。あー、腹立つ!
「さあて、それじゃお先に失礼しようかしら」
バサリ。アルルカは軽やかに舞い上がると、紐のカーテンをくぐって、悠々とタイルの上を飛んでいく。ちょっと釈然としないけど、まあクリアできるならそれでいいか。そうやって納得しようとした、その時だ。
バタン。何かが開くような音。何の音だ……?
「あ!」
何枚かのタイルがめくれて、その下に開いた暗闇から、でっかい板切れみたいなものが飛び出してきた!それの形を見た時、俺は直感的にこう思った。
(巨大ハエ叩き)
「え?ぶぎゃ!」
バッチーン!アルルカは飛び出してきたハエ叩きにしこたま強打された。後方にぶっ飛ばされた彼女は、俺たちの背後の壁に、漫画みたいにべちっと打ち付けられた。
「……どうやら、ズルはできないみたいだな」
「……そんにゃ、バカにゃ……」
ぽとり。うわごとみたいな呻きを残して、アルルカは力なく床に落っこちた。
つづく
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続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「やった!開いたぞ!」
ライラは何が起こったのかまったく飲み込めていなかったが、思惑通りになった俺は、ぐっとガッツポーズをした。
「いったい、何がどうなって……あら?」
ウィルが、何かに気付いたように、はっと口元を触った。
「……やっぱり!元に戻ってますよ!口が勝手に動きません!」
ウィルが興奮気味にそう言うと、みんなも次々に口を開いて確認する。
「リンゴは青色。夜に昇るのは太陽。ヴァンパイアは品行方正……「ちょっと!」……うん、ほんとみたい」
「おお、誠でございますな。やれやれ、普通に話せることが、これほど楽なものだとは」
ホントだぜ。みんないつも以上に気を張っていたから、こっちまで疲れちまった。けど、ようやく元に戻れたな。眉間にしわの寄っていたみんなの顔が、にわかに明るくなった。
「ね、ねえ!それより、何がどうなってるの?」
ライラに腕を引っ張られて、俺は説明をしていなかったことを思い出した。
「おっと、そうだったな。ええっと、とりあえず扉が開いたってことは、この部屋の仕掛けを解けたってことだ」
「うん。でも、どうして?さっき、ライラと桜下が話してる時、嘘なんか言ってたっけ?」
「いや、嘘は言っていない。というか、俺たちの解釈が少し間違っていたのかもしれないな。“真実を偽りと為せ”っていうのは、正しい事を偽れ、つまり嘘をつけって意味じゃなくて、たとえ偽りだとしても、それを真実だと思って信じてみろってことだったんじゃないか」
「……?よくわかんない」
「うぅんと……説明が難しいな。つまりだな、さっきの俺とライラの会話でだ。ライラは、自分が世界一の魔法使いだって言っただろ。たぶんあれが、仕掛けを解くキーだったんだ」
「どういうこと?」
「あー、ちょっと言いにくいんだけど……つまり、ライラは自分が世界一だって、信じて疑わなかった。だからこそ、それを口にすることができた。けど、それは正確じゃなかったっていうか……まだ未達成だった、ていうか」
「……」
ライラは眉根を寄せたまま黙り込み、たっぷり十秒は考えこんだ。そして腕を組み、ぶすっとした半目を開くと、俺を見上げる。
「……桜下。ライラのこと、だましたの」
「ぐぅっ」
そう言われると、心が痛い。騙したは言い過ぎだとしても、利用する形になったことは事実だし。
「いや、何もかも嘘っぱちだったわけじゃないぞ?むしろ、ほとんどは本心だったんだ。ただ、少しおだてはしたけど」
「ほら!ライラのこと、バカにしてたんでしょ!もぉー、怒ったんだから!」
「ご、ごめんって」
ライラは頬を膨らませると、ぷいっとそっぽを向いてしまった。まいったな、どうすりゃいいんだ。あわあわする俺を見て、ウィルがくすりと笑った。
「もう、しょうがないですね、桜下さんは。せっかく仕掛けが解けたのに、なんでも素直に話しちゃうんですから」
「うぃ、ウィル。だって」
「はいはい。ほら、ライラさん。そんなに拗ねないでください」
ウィルはふわりとライラの隣に行くと、その頭をあやすように撫でた。
「おねーちゃん。だって……」
「ライラさんも、桜下さんがそんな人じゃないのは分かっているでしょう?この部屋の仕掛けを解くためには、仕方なかったんです」
「う……うん」
「ね?それに、忘れちゃったんですか?私や桜下さんが、ライラさんはすごい魔術師だって言っても、扉は開きませんでした。つまり、それはウソじゃなかったってことですよね?」
「あ……そっか」
「世界一はまだ少し遠くても、素質は十分にあるってことですよ。腐らないでください。ほら、手を繋いであげますから」
「ん……うん。わかった」
うーむ、あっぱれだな。ウィルは見事に、ライラの機嫌を直してみせた。それも、俺みたいに過度におだてるんじゃなくて、ごく自然に。こういう時は、ウィルがお姉さんなんだって実感するよ。ウィルはなおも、ライラと手を繋いで、あれこれ話している。後で礼を言っておかないと。
「ふう、助かった。口下手が、舌先三寸を披露するもんじゃないな。ロクなことにならない」
こりごりだと俺が肩を落とすと、エラゼムが小さく笑った。
「ふふふ。しかし、この部屋の仕掛けは実に厄介でしたな」
「ああ。頭ん中がだだ洩れだなんてな」
「ええ、そこもあります。しかし、それを解くための鍵もまた、非常に難しいものだと思うのです」
「鍵も?」
「そう思いませぬか。この部屋を脱するための鍵は、そうですな。“揺るぎない信念”とでも言えましょうか。それも、不確かなものと知りながら、それでもなお、一片の疑いも持たずに信じているもの……そのような信念は、なかなか持てるものではないでしょう」
「ああ……確かにそうだ。俺は世界一だ!とか、地上で最強なんだ!とか。口にするのは簡単だけど、それを本気で信じるってのは、あんがい大変だよな」
世界一、地上最強。そんな事を町中で言いふらしたら、間違いなく疑いの目を向けられるだろうさ。けれど、それを一番に疑うのって、意外と自分なのかもしれない。だって、自分のことは一番、自分が知っているもんな。それに見合う才能があるのか、努力はしてきたのか、自分より上はいないのか……考え出したらキリがない。
「ほんと、ライラがいてくれてよかったよ。騙したみたいになっちゃったけど、あいつのそういうところは、素直に尊敬するな」
「まったくですな。強すぎる自信は、時にその者を自惚れさせ、堕落させるものですが。その点ライラ嬢は、自分を見失うことがない……吾輩としては、そこで一役買っているのが、桜下殿の存在だと思うのですが」
「あはは、だったら嬉しいよ」
まあとにかく、無事に第一の試練を突破したわけだ。残る試練はあと二つ。疲労で頭の回転が鈍る前に、次もこの調子でいきたいところだ。
「さあ、先に進もうぜ」
今度こそ、扉は俺たちを通してくれるはずだ。だが用心深いフランの案によって、先にフランが扉をくぐり、安全を確認したのち、残りの仲間たちが俺を囲む形で通る事になった。国の要人にでもなった気分だな。
扉の先は、またしても螺旋階段になっていた。俺はうんざりしたが、幸いにしてそこまでの長さはなかった。体感で、建物一、二階ぶんくらい上がったところで、次のフロアが姿を見せた。
「ここは……?」
この部屋も、下と似たような造りだ。群青色のメタリックな素材で壁も床も作られている。広さは一回りほど広くなったように感じるな。この建物は逆三角形の形をしているから、上に行くほど広くなるのはうなずける。
ただし、下とは違って、この部屋は殺風景ではなかった。部屋の中央を横切るように、なにかがぶら下がっているのが見える。ここから見た限り、無数の赤い紐が、天井からカーテンのように伸びているようだが……
「あれが、次の試練かな」
「慎重に行くよ。あれも何かの罠かもしれない」
確かに前の試練を考えると、何があっても不思議じゃない。俺たちはじりじりと、その赤い紐のカーテンににじり寄っていった。
「……なんですかね、これ」
ウィルが、天井付近に浮かびながら、床を眺めて言った。
「ウィル、上から見るとどんな感じなんだ?」
「そうですね……まず、この赤い紐。これは天井を突き抜けて、どこかに繋がってるみたいです。それと、向かい側にも、同じような紐が見えますね」
あ、ほんとだ。十メートルくらい離れた向かい側にも、同じような紐のカーテンがある。部屋が三つに仕切られているみたいだ。
紐はかなり長い。手を伸ばせば届きそうなくらいまで垂れ下がっている。
「あと、これが気になるんですけど。紐と紐の間の床に、何か模様みたいなのが書かれてます」
模様?俺は床に目をやった。おお、確かに。紐で区切られた間の床には、様々な絵が描かれた大きなタイルが敷き詰められていた。一つ一つが畳一畳くらいはありそうだな。絵柄はとくに決まっていないみたいで、鳥、蝶、犬、太陽……などがランダムに配置されている。
「これは……ただのお飾りってことは、ありえないよな」
「ですね……たぶん、これが」
第二の試練だ。
「でもこれ、どういう意味なんだろ。これだけじゃ、なんにも分かんないよな」
「桜下殿、こちらに文字がございます」
お、エラゼムがヒントを見つけたようだ。見てみると、エラゼムの足下の床に、さっきと似たような象形文字が彫りつけられていた。例にもよって、アニがそれを読み取る。
『正しき縁を手繰れ。さすれば道が開かれん』
よすがを、手繰れ?それをすりゃ、道が開く……
「つまり……縁ってのは、この紐のこと言ってるのか?それを手繰れば、道が開く、と」
「え……でも、それって」
ウィルが、嘘でしょう、という顔をした。俺も似たようなもんだろう。なにせ、ぶら下がっている紐は、ゆうに百本以上はありそうだ。
「こん中から、正しい一本を見つけ出すのが、次の試練みたいだな……」
また、なかなか骨の折れそうな試練だな。百本を一つ一つ調べるだけでも大変そうだが、そもそも気軽に引いていいのかも怪しいところだ。よくあるだろ、怪しい紐を引っ張ったら、天井が落ちて来るとか、大岩が転がって来るとか。
「ふーん。次のやつはずいぶん簡単ね」
え?アルルカが、すたすたと一本の紐に近づいていく。そして何食わぬ顔で、それをぐいと引いた。
「うおおぉぉぉい!」
「なによ、うるさいわね」
「バッカ、お前!罠があるかもしれないのに……」
しかし。俺の心配とは裏腹に、部屋はしんと静まり返り、なんにも起こる気配はなかった。
「あ、あれ?」
「ほーら、ごらんなさい。あんたは、いちいち小難しく考えすぎなのよ。こんなもん、馬鹿正直に悩んでやる必要ないわ」
「む。じゃあ、どうするってんだよ?片っ端から引きまくるのか?」
「そうねえ、それもメンドくさいわね。あ、そうじゃない!飛んでいけばいいんだわ」
「飛ぶ?」
「こういうのはおおかた、このいかにも怪しげな床が抜ける仕組みになってんのよ。けどあたしには翼があるから、んなもんカンケーないわ」
ぬぅ……悔しいが、アルルカの言っていることも一理ある。あのタイルの敷かれた床は、どう見ても怪しい。けど、それを踏まなければ、トラップなんてないようなものだ。俺が言い返せないのを見ると、アルルカは得意満面に翼を広げた。あー、腹立つ!
「さあて、それじゃお先に失礼しようかしら」
バサリ。アルルカは軽やかに舞い上がると、紐のカーテンをくぐって、悠々とタイルの上を飛んでいく。ちょっと釈然としないけど、まあクリアできるならそれでいいか。そうやって納得しようとした、その時だ。
バタン。何かが開くような音。何の音だ……?
「あ!」
何枚かのタイルがめくれて、その下に開いた暗闇から、でっかい板切れみたいなものが飛び出してきた!それの形を見た時、俺は直感的にこう思った。
(巨大ハエ叩き)
「え?ぶぎゃ!」
バッチーン!アルルカは飛び出してきたハエ叩きにしこたま強打された。後方にぶっ飛ばされた彼女は、俺たちの背後の壁に、漫画みたいにべちっと打ち付けられた。
「……どうやら、ズルはできないみたいだな」
「……そんにゃ、バカにゃ……」
ぽとり。うわごとみたいな呻きを残して、アルルカは力なく床に落っこちた。
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