じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

9-2

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俺は混乱を極める仲間たちに呼びかけた。

「みんな、ちょっと聞いてくれないか」

みんなは、黙って俺を振り返る(喋ると余計なことまで言ってしまうからな)。

「アニと話してたんだけど、どうやらこの現象は、この部屋に仕掛けられたギミックによるものっぽいんだ」

「ギミック?」

唯一影響の少ないライラが、首をかしげる。

「ああ。ようは、最初の試練ってことだ。それを解除するには、ここに書かれているコトを実行しないといけないんじゃないか?」

「それって、あれでしょ。真実がどうとか……」

「真実を偽りと為せ。たぶんこれをすれば、みんなももとに戻るはずだ。そして扉も開いて、次の階に向かえる、と」

ミイラたちは、確かに三つの試練が待ち構えていると言っていた。これがそうと見て間違いないだろう。

「で、肝心の、俺たちがしなきゃならないことなんだけど……」

みんなは、ごくりとつばを飲み込んで、俺の顔を見つめた。俺はみんなの顔を見回してから、重々しく口を開く。

「……さっぱりわからないんだよな、これが」

だはぁ。でっかいため息。しょうがないだろ、こんなもん。

「どうにも最初の試練は、謎解きみたいだな」

謎解き。ゲームとかではよく見るけど、実際に目の当たりにするとかなり厄介だな。なにせ、一切のヒントも救済措置もない、超ハードモードだ。おまけに俺には、疲労と空腹の限界というタイムリミットまである。

「さーて、と言ったところで、みんなにも考えてほしいんだけど……どう思う?」

あいにくと俺は、謎解きゲームも、推理小説も嗜んでいない。みんなの知恵を借りるしかないだろう。三人集まればなんとやら、とも言うし。俺たちは六人(プラス一個)だぞ!

「……」

全員無言だった。おい!

「なんだよ。みんな、何も思いつかないのか?」

「いえ、そうではなく……」

ウィルが気まずそうに、ぼそぼそと小声で喋る。

「うかつに、口を開きたくないっていうか……」

「ああ、そっか。くそ、厄介だな。これじゃ議論もままならないぞ」

この部屋の仕掛けは暗黙のうちに、俺たちに口を閉ざすように強いてきている。俺たちは仲間だし、それなりに仲もいいとは思うけど、だからって何でもかんでもあけすけなわけじゃない。親しき友にも礼儀あり、って言うだろ。仲間だからこそ気を遣うこともある。それができてはじめて、円滑なコミュニケーションが取れるんだ。

(けど今は、それが封じられている……)

この部屋の仕掛けの本質は、そこなのかもしれない。何もかも筒抜けの状態で、それでも議論をし、謎を解かなければならない……それができる絆を、試されているのかもしれないな。

「……たとえば」

お。フランが慎重に、それこそ数年ぶりに口を開くかのように、ゆっくりと喋り始めた。

「真実を、偽りと為す。それってつまり、嘘をつけってことじゃないの。合ってるかは、あんまり自信ないけど」

ふむ。ウソ、すなわち偽りだ。一理あるな。

「試してみようか。そうだな……ウィルの料理は、まずい」

シーン。特に変わった事は起こらない。ウィルが瞳を潤ませただけだ。

「桜下さん。まさか、本当にそう思ってるってことですか……?嘘って言ってください……」

「うそウソうそ!嘘だって!最初にそう言っただろ。ごめん、変なこと言った、謝ります。けど、なんにも起こらないな?」

あまりにも単純すぎただろうか。それとも、俺には最初から仕掛けが作動していないから、俺がやったんじゃ意味がないとか?

「俺じゃ駄目なのかな。ウィル、お前が試してみてくれよ」

「私、ですか?それじゃあ……」

ウィルは少し考えると、おもむろに口を開く。

「桜下さんは、女好き。てことはないですよね、たぶん。デュアンさんに比べたら、全然その気を見せないですし。むしろ、男性として大丈夫なのってくらい鈍感というか、もう少し女性を意識してもいいっていうか……あ!ご、ごめんなさい!」

「あはは、いいって。事実だし……」

当然、何も起こらない。結局俺たち二人が、無意味にお互いを殴り合っただけか。俺とウィルは、そろってため息をついた。

「……ん?まてよ。さっきのウィルは、最初だけで止めていれば嘘になってたんだ。けど、それを訂正したから、事実になっちまった……」

「え?そう……ですね。嘘を言ってるってことを、頭の中では思ってたから、それが口に出てしまって……あ!」

ウィルがはっと口を覆った。どうやら、気付いたみたいだ。

「ということは、ですよ。嘘を言おうとしても、それを嘘だと思っている時点で、勝手に訂正してしまう。これじゃあ、絶対に嘘をつけないですよ!」

「ああ……」

だんだん分かって来たな。この部屋に居る限りは、絶対に嘘がつけない。それなのに、扉は嘘をつかなきゃ開かない。この矛盾を何とかすることが、文字通り鍵になっているみたいだ。

「でも、どうすりゃいいんだぁ?」

とんちをやっている気分になって来た。いっそ、唾をこめかみにでもつけて考えてみようか?
俺たちは床に輪になって座り込み、議論を白熱させる。と言っても、白熱しているのは各々の頭の中だ。表面上は無言だが、みんなが火を吹きそうなほど頭を回転させていることは、その表情を見ればわかった。確かにこのままじゃ、まともに話もできないからな。一刻も早く仕掛けを解きたいのは、みんな同じなようだ。

「つまり、嘘を嘘だと思わずに、嘘をつけばいいってことでしょ。わけわかんない。そんな事できる人間っている?」

フランは自分で出した案を、自分で棄却している。しかし、正直同意見だな。嘘だと思わず嘘をつけなんて、どうやったらできるんだ?

「つまり、自分が言っていることを真実だと信じ込めばいいんですよね……よぅし」

ウィルは意気込むと、目をぎゅっとつぶって、もごもごと口を動かしている。自己暗示でもしているのか?

「……いきます!私は、世界一敬虔なシスターです!いや、それは言い過ぎかも。コマース村で一番くらいなら……いや、それでも無理ですね。世界でシスターが私一人とかなら、胸を張ってそう言えるんですけど……あぁ!やっぱりダメですぅ……」

だよな。自分をだますなんて、そうそうできるもんじゃない。考えないようにって意識すればするほど、かえって気になってきてしまうんだ。ちらりとでも脳裏にウソの二文字がよぎれば、この部屋にいる限りは、それを隠すことはできないわけで……うわぁ!頭が爆発しそうだ。

「ウィルおねーちゃんって、あんまり真面目なシスターじゃないの?」

「うひぇ!?そ、それは……」

そうライラに訊ねられて、ウィルはぎくりと肩を震わせた。うわ、ライラそれは、かなりのキラーパスだぞ。今は隠し事ができないんだから……

「私は、ほら……お酒は飲みましたし、口も悪いところもありますけど……戒律も、十個くらいは破りましたけど……でも、真面目なところもあったんですよ?不真面目なところと比べたら、ほんの少しですけど……」

かわいそうなウィル。自分で勝手に喋ってしまうのだから、どうしようもできない。ウィルは自分の口を無理やり押えて、強引に話を打ち切った。

「は、話を変えましょう!ライラさん、ライラさんは嘘つけませんか?」

「ライラ?そーだなぁ。じゃあ、ウィルおねーちゃんは真面目なシスターだ!でも、これって嘘なんだよね」

「ライラさぁん……」

うーむ。裏表のない性格のおかげで影響の少ないライラと言えど、嘘だと思っていてはダメみたいだ。

(例えば……みんなが信じていることの中に、実は嘘があるってことは、ないかな?)

もしもフランかライラあたりが、カラスは白い鳥なんだと心の底から信じていたなら、それを口にすれば条件を満たすことができる。本人が嘘だと思っていなければ、否定することもないんだからな。あれ?でも、それをどうやって訊ねればいいんだ?「サンタさんっていると思う?」って聞かれたら、それだけでサンタって本当はいないんじゃ?って疑っちまうよな。この部屋では、その疑いを持った時点でアウトだ。
本当に、心の底から、一片の疑いもなく、それを信じていなければ……

(つまり……自分が心の底から、信じていること。それに対して、わずかな疑いも持っていないこと……)

……まてよ。何も、嘘じゃなくてもいい。それが“未定の事柄”であれば、条件は満たせるのではないか……?
試す価値はありそうだ。少し心苦しいが……俺は、ライラを見据えた。

「ライラ。ちょっといいか」

「んぅ?なーに、桜下」

「いや、少し話がしたくってな。っていうのも、今までずっと、嘘ばっかり言いあってきただろ?ここらでそろそろ、ほんとのことも話してみたくなってな」

「ほんとのこと?例えば?」

「例えば、そうだな。ライラは、すごい魔術師だよな」

「え?へへ、なぁにとつぜん。まあ、ほんとのことだけどね」

「ああ。最近は当たり前に助けてもらってたけど、改めて考えると、本当に大したもんだなぁって。偉大な魔術師って言うのは、ライラみたいな人を指すんだろうな」

「へへぇ~?えへへへ」

俺が褒めそやかすものだから、ライラはニヤニヤしまりのない笑みを浮かべている。突然褒めちぎりだした俺を見て、他の仲間たちは思い切り怪訝そうな顔をした。が、ここは合わせてもらわないと。

「なぁ?ウィルもそう思うだろ?」

「え?私、ですか?」

俺はウィルの方を向いて、目をカッと見開いた。その眼力に負けたのか、はたまた日ごろからそう思っているのか、ウィルはおずおずとうなずいた。

「え、ええ。私なんかちっぽけな魔術師ですけど、それでもライラさんが格の違う魔法使いだってことは分かります」

「だよな!やっぱりライラは、偉大な魔法使いだ」

「んふふ。まあ、そうだね。ライラは偉大なまほーつかいだもん」

よし、いいぞ。ライラの調子は乗りに乗っている。もう一押しだ。

「ライラに敵う魔術師は、この国にはいないかもしれないな。王都の連中ですら、ライラに敵わないんだ。するとライラは、国一番の魔術師なわけだな」

「きゃはは、そーかもねぇ。そーかも!」

(まだ弱いか)

「いや、ひょっとすると、世界中探してもいないかもしれないぞ」

「うわぁ、ほんとにそうかもしれないよ!」

「その通り!いや、きっとそうだ!」

「じゃあ、ライラって……“世界一の、まほーつかいだ”!」

よし!その言葉を待っていた!
ライラが自信満々に、あごを高く上げながら、言い放ったその瞬間。
パァー!扉の横に刻まれた文字が、まばゆい光を放った。そしてその光が収まると同時に、扉はすぅっと、音もなく開かれたのだった。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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