じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

8-2

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死者の都……その遺跡群は、文字通りがらんどうの町だった。立ち並んでいる家々は、一切の生活感を感じさせない。中は空っぽ、家具の一つも無く、それどころか汚れすらも見当たらない。完成した当時のまま、使うことなく放置されているみたいだ。

「この家って、誰かが住んでたのかな」

『いいえ、これらはあくまで、儀礼用の建物です。居住用としての用途はないので、おそらく人は住んでいないでしょう』

「へーえ。誰もいないのに、死者の都なのか?」

『この場合の死者とは、王族の人間の事を指します。なのでより正確に言えば、死者のための都と呼べるでしょうね。死後も広大な領土を治めているのだという、権力の誇示の目的があるのだろうと考えられています』

なるほどなぁ。王様のために、これほどでっかい町を作ってみせるとは……元の世界にも、古墳だとかピラミッドだとか、似たようなものがあったけど。こっちでも似たようなことをしているんだな。
誰もいない町を静かに歩く。物音は、俺の足音以外は何も聞こえない……動く者は俺以外にはなく、地上でなら吹いているはずの風もないので、空気すら停滞している。ただただ、重苦しい静寂。それなのに、耳の奥でキーンと音がしている気がする……本当なら、警戒して歩くべきなのだろうけど。この沈黙に耐え切れずに、俺は口を開いた。

「なあ、アニ」

『はい?あまり油断しないでくださいよ。さっきの布切れが、また襲ってこないとも……』

「まあ、固いこと言うなって。いちおう気を付けてるよ……それでさ。この前、馬車の中で俺たちが魔法について話してたこと、覚えてるか?」

『はい。確か、魔術の詠唱についてと、その成り立ちについて、でしたか』

「そうそう。どうして魔法の名前を言わなきゃならないのか、その名前は誰が決めたのか……ずっと不思議に思ってたんだよな」

『魔法の仕組みが、ですか?』

「そうとも言えるけど……俺の能力も、広義的には魔法の一種なんだろ?てことは、俺は知らず知らずのうちに、ライラが説明したことをやっていたわけなんだよな。詠唱を決めて、魔法に名前を付ける……てことをさ」

『そう、なりますね』

「けどそれって、すごい謎じゃないか?だって俺、産まれてこの方、つい最近になるまで、魔法のまの字も知らなかったんだぜ。それなのに、どうして熟練の魔法使いがするみたいな、新しい魔法の創造なんてできたんだろうって」

『それは……』

アニは悩むように言いよどんだ。珍しいな。このガラスの鈴は、歯に衣着せぬというか、なんでもズバズバ言う節があるのに。

『……知りたいですか?主様は、その事について』

「ん?ああ、まあな。異世界から召喚された特権だ、で片づけるにしちゃ、ちょっと不可思議すぎるだろ」

『まあ……そうですね。主様も、そろそろ勇者について、もう少し知ったほうが良いのかもしれません』

ほう。勇者について、ときたか。思えば確かに、俺は勇者について、かなり偏った知識しか持っていない気がする。俺がいきなり王城を飛び出したもんだから、本来の勇者がどんなものか、全然知らないんだよな。

『では、お話ししましょう。まず、主様の言っていた、なぜ魔法が使えるのかという疑問について。それは端的に言えば、私がいるからということになります』

「アニが?」

『はい。私たちは自我字引エゴバイブル。私たちは、勇者のナビゲート役だけでなく、能力の行使の補助役としての役割も持つのです。私たちの内には、膨大な魔術の知識が刻印されています。それを身に着けた主様は、私たちの知識を利用する形で、魔術が行使できているのです』

「へぇ、そういう仕組みだったのか。あれ、じゃあもしかして、俺たちの能力も本来は、アニたちが持っている力ってことなのか?」

『いいえ、それは違います。あくまで能力は、主様たちが元来持っていた力です。エゴバイブルは、それを引き出す手伝いをしているにすぎません』

「うん?元来持ってたって、どういうことだ?だって俺、前の世界じゃ何の能力もなかったぜ」

『いいえ。この力は、主様が今までの人生の中で、魂に刻み込んできたものです。こちらとあちらとでは世界の仕組みが違うので、能力という形で発現はしていませんでしたが、それ自体はずっと主様が持っていたものに他なりません』

俺はぽかんと口を開けた。この能力を、ずっと持っていた?じゃあ気付いていなかっただけで、俺は前の世界でもネクロマンサーだったのか?

「……いや、そんな。ありえないだろ。たとえ天地がひっくり返ったとしても、俺が元の世界で勇者になれたなんてことは……あ、確か、世界の仕組みが違うとか言ったか?それのせいで、例えば俺の才能の一部が、ネクロマンスとして覚醒した、みたいな感じなのか?」

それなら、まだ納得だ。それかいっそのこと、ゲームか何かみたいに、こっちに来た瞬間にスキルとして付与されたとか……神様の気まぐれなら、俺の理解の範疇を越えているからな。しかし、アニの答えは、そのどちらでもなかった。

『いいえ。それもまた、違います。勇者の能力は、才覚などではありません。それは、主様のいた世界でも、一つの能力として認識できていたでしょう?』

「まあ……足が速いとか、頭がいいとか、な」

『そうです。ですが、勇者の能力は、先ほども言った通り、魂に由来するのです。それは主様の世界では知覚できませんが、こちらの世界に来た折に、“力”として覚醒します……』

「……それって、一体何なんだ?」

アニは一呼吸分ほど置くと、おごそかに告げた。

『それは、魂に刻まれた、消えない傷跡……主様たちが、“業”と呼ぶものです』



業、だって?それは、あれだろ。いわゆる、カルマってやつ……俺も詳しいわけじゃないけど、その言葉には、あまりいい印象はない。業が深い、とか言うじゃないか。

「えっと……それ、どういう意味なんだ?」

『そのままの意味です。主様たちが元の世界で積み重ねてきた業に従って、勇者の能力は決定します。偶然ではないのです、その力は。必然なのです、その力に選ばれた理由は』

アニは独特な言い回しをした。業……じゃあ、俺がネクロマンサーになった理由も、前の世界でしてきたことに関係しているってことなんだろうか。

(って言われてもな……)

前の世界の俺は、お世辞にもいい人間とは言えなかっただろう。学校にもろくに行かず、友達もおらず……かといって、極端に逸脱した生活をしていたかと言われれば、たぶんノーだ。つまり、もっと悪い事を……人を殺すだとか、金を奪うだとか、凶悪な犯罪にはさすがに手を染めていない。そういう尺度で見れば、俺は普通の子どもだった。にもかかわらず、俺はこの世界に、勇者として召喚された。俺のネクロマンサーとしての力は、他と比べて随分強いものらしいし。ボウエブや、ファルマナの話からも明らかだ。

(……なんでだろう)

どうして、俺は強い力を得ることができたのだろう。最初は、ただの偶然だと思っていた。けど、俺が勇者に選ばれたことには、何か理由があるのか……?

『っ!主様!』

アニの鋭い声に、俺はハッとして、意識を思考の底から浮上させる。また、さっきの包帯が出たのか?俺は暗い町並みを睨みつけたが、白い布切れは見当たらないぞ……

『何者かが動く気配がありました。油断しないでください』

おっと。緩みかけた気持ちを引き締める。この町には、俺たち以外には誰もいないはずだ。てことは、動く者は全員敵だということになる。特に、ここは王家の墓なわけだからな……

「墓守の一体や二体、居てもおかしくないか。くそ、来るなら来てみろってんだ……」

アンデッドモンスターなら、こてんぱんにしてやるぜ。けど、それ以外だったら、申し訳ないが回れ右をさせていただこう。さあ、いつ来るか。今か、いまか……
カサッ!
っ!小さな音だったが、緊張していた俺は飛び上がりそうになった。聞こえたぞ、何かが擦れるような音だ。俺は瞬時に、音のした方へ目をやる。そこにあるのは、一軒の家だった。当然中は空っぽで、誰も何もない……いや、待て。あの建物にだけ、何か居やしないか?ぼんやりとだが、戸口に人影のようなものが見える気がする……

「……っ。だ、誰だ!そこでコソコソしてる奴は!わかってるんだぞ!」

間違いない。あの家の中に、誰かいる!シルエットは人に近いが、果たして言葉は通じるだろうか。人型ってことは、やっぱりアンデッド?それとも、人型になれるタイプのモンスターか……
俺が身構えていると、その人影が動いた。俺は油断せずに、そいつの一挙手一投足を見つめる。そいつは、ゆっくりと歩いて、建物の中から出てきた。そして出てすぐに、足を止めた。それ以外は何もしない。

(なんだ……?油断させる気か)

あいにく、その手は食わないぞ。俺は注意深く、アニの明かりをそいつへと向けた。青白い明りに照らし出されたのは、全身を包帯で巻かれた、異様な人間の姿だった。顔には鳥を模したような仮面をかぶっている。

「ミイラ……?」

そいつの姿を見て、とっさに出てきたのはそれだった。古代エジプトの墓に埋葬されていそうな、ミイラ人間。もちろん、俺の知るミイラは、自分の足で歩いたりはしないが……

「お、お前……一体、なんなんだ」

ミイラは俺の声に反応して、ぴくりと体を動かした。やっぱり、言葉は通じるらしい。さっきから襲ってきていた包帯の正体は、コイツなのだろうか。
ミイラは仮面に開いた二つの穴から、まじまじと俺を見つめている……くそ、気味が悪いな。少しでも怪しいそぶりを見せてみろ。ソウルカノンをお見舞いしてやるぞ……

「……どうか……」

え?かさかさに掠れた声。百年間水を飲んでいない人みたいな声だ。今の、ミイラが喋ったのか?
俺が我が耳を疑う中、ミイラは突然膝を折って、両手を地面についた。うわ!なんだ、何かの攻撃か!?だが次に聞こえてきた言葉は、俺をぽかんと呆けさせた。 

「どうか、我々を助けて下され!」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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