じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

7-4

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「ええい、女は度胸です!やってやりますよ!」

ウィルは自分の頬をパチンと叩いて、覚悟を決めた。早速アニが、意味不明な呪文を早口で伝え始める。ウィルは、それこそ食らいつかんばかりの姿勢で、アニの言葉に耳を傾けていた。ぶっつけ本番で、新しい魔法を覚えようだなんて……無茶苦茶な気もしたが、それはウィル本人が一番わかっているだろう。なら俺は、彼女たちを信じるまでだ。
アルルカは翼を広げて、頭上へと舞い上がった。ライラも両手を合わせて、いつでも魔法が使えるように意識を集中させている。俺たちが作戦を決めていた短い間にも、戦局はどんどん不利になりつつある。アニの言う通り、モタモタしている暇はなさそうだ。

「ジャアアアア!」

っ!!一匹のラミアが、ついに兵士たちをかいくぐって、俺たちのいる馬車へと襲い掛かって来た。ラミアの体にはいくつか刺し傷があったが、どれも大したダメージにはなっていないようだ。黄色い瞳に爛々と殺意を滾らせて、体をくねらせながら這いよって来る。

「ふん、ちょうどよいわ。蘇った我が愛剣、貴様で試させてもらおう!」

エラゼムは畳んでいた大剣を展開すると、それを頭上で振り回した。ブゥーン!うわ、あんな重い剣で、あれだけの風切り音を出すなんて。その風圧に、ラミアも一瞬尻込みしたが、すぐに立ち直った。

「シャアアァ!」

ガパッと口を開け、ラミアがとびかかって来る!エラゼムは大剣を盾のように構えると、ラミアの牙を受け止めた。ガキィン!キリキリキリ。金属同士が擦れるような、甲高い音が響く。

「どうした。その程度で、我が鎧は貫けはせぬぞ!」

エラゼムがぐいと押し返すと、ラミアはぐらりと姿勢を崩した。隙だらけになったラミアの下あご目掛けて、エラゼムが強烈なアッパーカットを放つ。ガツッ!ラミアは舌を噛んで、後ろ向きにぶっ飛ばされた。

「まかせて!」

「応!」

息ぴったりだ!エラゼムが後ろに下がると同時に、フランが馬車から飛び降り、躍り出る。フランはラミアのしっぽをむんずと掴むと、渾身の力で投げ飛ばした。

「やああああ!」

ブゥン!ラミアは長い体をもみくちゃに回転させながら、闇の中へとぶっ飛んでいった。

『四十秒!シスター、いけますね!』

「は、は、はい!」

っと。アニとウィルの声で、俺は視線を戻した。もうそんなに経ったのか?はいと返事をしたウィルは、言葉とは裏腹に、真っ青な顔色をしていた。引き結んだ口の端は、小刻みに震えているようだ。

「ウィル、ほんとに大丈夫なのか……?」

「だ、大丈夫、です。原理は、お、覚えました。後は、トチらなければ、きっと……」

と、とても大丈夫には思えないが……かなり緊張しているな。

(そういえば……)

前にも、こんなことがあったっけ。王都での反乱を食い止めた時のことだ。似たような状況に立たされ、ウィルは緊張のあまり、魔法を使うことができなかった。

(でも……今回は、違うよな)

俺は、緊張でガチガチになっているウィルの背中を、バシッと叩いた。

「きゃ!」

「ウィル!大丈夫だ。お前はずっと、ライラと一緒に修行してきたじゃないか。お前なら、きっとやれる!」

俺は見てきた。あの日、魔法が使えなかったことを悔やみ、ずっと練習を続けてきたウィルの姿を。俺の言葉なんかには、大した意味はないさ。けど、そのことを、ウィル自身が思い出せばいいんだ。
ウィルは、潤んだ瞳で俺を見つめた。

「お、桜下さん……」

「おう」

「痛いですぅ……」

「えっ!ご、ごめん!まさか、そんなに強かったか!?」

うわー、台無しだ!俺は大慌てで、ウィルの背中をさすった。その背中が、ぷるぷると震えている。

「……ぷっ。くくく……」

「……?ウィル?」

「あはは。ごめんなさい、冗談です」

なっ!なんだ、からかわれていたのか。本気でやらかしたかと思ったぞ……

「けど、安心しました。もう、大丈夫です」

「そっか。よし!頼んだぞ、ウィル!」

「はい!」

ウィルはきりりと眉を引き絞ると、ふわりと浮かび上がった。頭上からアルルカの声が降って来る。

「あたしの合図で、連中の動きを止めなさい。聞き逃すんじゃないわよ」

「もちろんです。あなたこそ、しくじらないでくださいよ」

ウィルとアルルカは互いを睨みあうと、ぷいっと視線を外した。だ、大丈夫かな……
アルルカは目を細めて、戦場を広く見渡している。何を見極めているのか、俺には分からないが……おそらく、魔術師にしかわからないタイミング、みたいなものがあるのだろう。ライラの集中は、今や頂点に達しようとしていた。ぎゅっと目をつぶり、見えない何かを探るように、突き出した両手の指をせわしなく動かしている。それに呼応するように、アニから漏れる光もどんどん強くなっていった。四人の魔術師が、呼吸を合わせようとしている……俺には、そんな風に感じられた。
ライラが、かっと目を見開いた。それと同時に、頭上でアルルカが鋭く叫ぶ。

「今よ!」

俺はとっさに目をつぶった。次の瞬間、まぶた越しでも分かるくらい、まばゆい光が放たれる!

「フラッシュチック!」『フラッシュチック!』

シュパァー!
二人分の呪文がこだまする。薄目を開けると、俺の胸元と、そして頭上から、黄色い閃光が放たれているのがわかった。やった!ウィルのやつ、成功させたんだ!

「アメフラシ!」

続いて、ライラの魔法が続く。すると洞窟内に、通常あり得ないはずの、雨雲がむくむくと湧き上がった。雨雲はさらに細かくちぎれ、その下に超局所的な豪雨をもたらす。ザザァー!

「これでとどめよ!ゼロ・アベーテ!」

アルルカの声が高らかに響く。サアァァァ……あたり一面に、ぞくぞくするような冷気が広がった。ビシビシと、池の水が凍る時のような音がする。

「ジジジジ!?」

あ!さっきまで、あれほど暴れていたラミアたちが、とたんに動きを鈍らせた。奴らの鱗は、ライラの魔法によってぐっしょりと濡れている。そしてそれが、アルルカの魔法によって瞬く間に凍り付いていく。
ピシピシピシ……恐れをなして逃げ出そうとするラミアの動きは、まるでスローモーションの映像を見ているかのようだった。
パキン。
あがくように手を突き出した格好のまま、ラミアは一匹残らず、物言わぬ氷像と化した。
兵士たちは、突然目の前で固まったラミアたちを見て、唖然としている。俺は素早くあたりを見渡したが、巻き添えを食って氷漬けになった兵士は一人もいないようだった。ってことは。

「やったぜ!大成功だ!」

俺は喜び勇んで、ライラの肩を叩いた。ライラは疲れた表情をしながらも、嬉しそうに笑みを浮かべている。

「う、うおおおお!」

ようやく事態を飲み込んだ兵士たちも、遅れて勝鬨かちどきを上げる。よかった……なんとか、全滅っていう最悪の展開は避けられたようだな。被害状況はまだ分からないけど、この分だと怪我人は少なそうだ。

(それに、だ)

今回の作戦は、みんなが力を合わせた。真の意味で、俺たち全員が協力したのは、今回が初じゃないか?あのアルルカが、仲間と息を合わせるだなんて……うんうん、俺たちも軍勢っぽくなってきたじゃないか。うまくいって、本当に良かった。

「あ。おーい、ヘイズ!」

馬車の下にヘイズを見つけ、俺は大きく手を振った。

「ああ、お前か。いや、助かった。さっきの魔法、お前たちだろ?」

「おう。イカしてただろ?」

「まったくな。けど、大丈夫なんだろうな?かなり広範囲の氷結魔法だったみたいだが」

「兵士たちのことだろ。いちおう、そこも考慮してるよ。もしかしたら、霜焼けくらいはしてるかもしれないけど」

「そうか。どのみち、被害状況も確認しねえとな」

「俺も手伝おうか?長居は無用だ、早いとこ移動したほうがいいだろ」

「ああ、助かる。オレも同意見だ。さっきの戦闘の音を聞いて、別のモンスターがやって来るかもわからん」

そいつは、いただけないな。ラミアたちも、動きを止めただけで死んだわけじゃない。そうそう氷は溶けないだろうけど、急ぐに越したことはない。俺はうなずくと、馬車の屋根から飛び降りた。ストッ!



「つっかまえた♪」

ぞわわっ。耳元で、何かが擦れるような、乾いた音がする。また、あの声だ!俺はばっと顔を上げて、四方に視線をやった。やっぱり、何もいない……

「どうした?」

突然きょろきょろしだした俺を見て、ヘイズが驚いた顔をしている。

「いや、またあの声が……」

そう説明しようとした、その時。
ぴしり。俺は、両足が動かなくなっていることに気付いた。足が、まるで縫い付けられたかのように地面を離れない。俺は慌てて足元を見た。俺の足首に、細くて白い……包帯?……のようなものが巻き付いている。

「な、なんだこ……れぇ!?」

ぐらり。突然、足元が揺れた。地震か!?いや、違う。どうやら揺れているのは、俺の周りだけだ。見れば、硬い石でできているはずの遺跡の床が、めっこりと凹んできている。まるで、強い力で下に引っ張られているみたいに……ピシピシピシ!石に無数の細かな亀裂が走った時、俺の中の予感は確信に変わった。

「っ!ヘェェェイズ!俺から離れろ!いや、エドガーの馬車を動かせ!」

「なに!?」

「早くしろ!床が抜けるぞ!」

ヘイズは即座にうなずくと、馬車の御者席へと飛び乗った。いよいよ俺の足下は、すり鉢状に凹みつつある。亀裂は蜘蛛の巣のように、四方八方に張り巡らされていた。やばい、これ、ヤバイぞ!

「桜下!」

血相を変えて、フランが駆け寄ってきた。

「フラン!」

俺が必死に手を伸ばすと、フランはしっかりと俺の両腕を掴んだ。助かった!フランはそのまま引っ張り上げようとするが、足元の床は、ついにグラグラと怪しく震え始めた。とたんに、フランが体勢を崩す。くおぉ、安心したのもつかの間か!いくら怪力のフランでも、その足元が不安定なら、力を発揮することはできないんだ!

「くっ……!」

それでもフランは、何とかして俺を引き上げようともがく。俺も必死に逃れようと、足をぐいぐい引っ張るが、足首に巻き付いた包帯はびくともしない。鉄の鎖か何かに巻き付かれているみたいだ。信じられない……こいつ、ただの布切れじゃないぞ!

「桜下さん!」
「桜下殿!」

他の仲間たちも駆けつけてくる。だがその時、ついに床が限界を迎えた。ゴトリと、床の一部が抜け落ちる。するとそれが呼び水になったかのように、バランスを失った石片たちは、一斉にパーンとはじけた。へその下が冷えるような、ふわっとした一瞬の浮遊感。

「うわああああ!」

真っ黒な大穴に、俺たちは一瞬で飲み込まれてしまった……!



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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