じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
7-3
7-3
ずるずる、ずるずる。無数の蛇が地面をはいずる音。だがその頭部には、人間の女性の美しい上半身が付いている。ラミアたちは、身の毛もよだつほど妖艶な笑みを浮かべていた。
「ウフフフ……」
「キャハハハ」
「ホホホホ」
ホール中にこだましていた、ラミアの笑い声。あれは、反響していたんじゃなくて、大勢のラミアが発していた声だったんだ。
「くそったれ……ここは、ラミアの巣だったのか」
俺たちは、ラミアが広げた網の中に飛び込んじまったんだ。この広いホール全体が、ラミアの営巣地だったに違いない。
「っ!固まれ!」
ヘイズが大声で叫ぶ。前の方に出ていた弓兵たちが、大慌てで仲間の下へと戻って来た。
「一塊になって、全方位を警戒しろ!ハルバードで牽制するんだ!そうすれば、敵もうかつに近づいてこれない!」
ヘイズの指示によって、兵士たちは馬車を背にして、ぐるりとその周りを取り囲んだ。兵士たちはリーチの長いハルバードで武装している。ラミアはおぞましいモンスターだが、空を飛ぶわけでも、長い角を持つわけでもない。近づかせなきゃ、奴らもただの蛇だ。けど……
ラミアの大群は、するすると俺たちの周りを取り囲んでくる。無数の笑顔が、俺たちを見つめる。可愛い顔、整った顔、丸みを帯びた顔、シュッとした顔……くそ!どうしてどいつもこいつも、こんなに美しく感じるんだ!俺は気を抜くとまた骨抜きにされそうで、ラミアの顔を直視できなかった。やつら、男をたぶらかすフェロモンでも放っているんじゃないか。だが一方で、本能は奴らの正体を敏感に感じ取っている。心臓が早鐘のようだ。笑顔が、こんなに恐ろしく感じるだなんて……ラミアたちが近づくにつれて、鼻をつく悪臭も漂ってきた。動物園で嗅いだことのある匂い……蛇の匂いってやつか。
「ヒヒヒーン!」
馬たちが、恐怖のあまり暴れ始めた。調教師が必死になだめているが、その声すら震えている。いつの間にか、俺たちは完全に取り囲まれていた。三百六十度、どこを向いてもラミアの笑みだ。だがラミアたちも、ハルバードの刃先を恐れてか、むやみに飛び込んでくることはしない。戦況は現状、硬直状態だが……
「ライラ……いつでも、魔法を撃てるように準備していてくれ」
「うん……」
ライラは緊張した面持ちでうなずいた。ライラの魔法は強力だが、それゆえに味方が近くにいると、十分な威力を発揮できない。ましてや、ここは古い遺跡の中だ。爆発なんて起こした日にゃ、天井が抜け落ちてくるかもしれない。慎重に、慎重にだ……ああくそ。けど、おぞましい蛇の群れを見ていると、一発打ち込んでやれと言いたくなってくる。ダメだ、そんなやけっぱちじゃ。やるなら、確実に仕留められるタイミングで……
「ねえ……こっちに来て?」
ぞわわ。全身に鳥肌が立った。甘い声を発した人間は、この場にはいない。それを発したのは、人間を模した器官を持つ、蛇だ。
「ほら……一緒に遊びましょう?」「わたしを抱いて?」「どうして恐れるの?」「安心して」「怖がらないで」「大丈夫」「楽しいよ」「気持ちいいよ」
(こいつら……声だけじゃなくて、喋れもするのか……)
ラミアたちは、接近が困難だとわかると、今度は言葉で揺さぶりをかけてきた。うっとりするくらい、美しい声だ……俺はライラの手をぎゅうと握ることで、何とか心の平静を保っていた。情けないけど、こうでもしないと頭がおかしくなりそうだ。今までは視覚に気を付ければよかったが、聴覚も同時に攻められると……
「う……うわあああ!」
ああ!ついに一人の兵士が、恐れをなしてハルバードを手放してしまった。あ!あいつ、俺のことをさんざんからかってきた、意地悪な中年兵士じゃないか!あの野郎、偉そうなこと言っておきながら!
「馬鹿野郎!陣を崩すんじゃ……」
ヘイズが慌てて叫んだが、遅かった。壁に空いたわずかな穴を、ラミアは見逃さなかった。
「ジャアアアア!」
ラミアの美しい顔がバカッと割れ、中から本物の蛇の頭が現れる。本性をあらわにした化物は、一斉に襲い掛かって来た。
「くそったれ!」
あたりは、一瞬にして大混乱になった。悲鳴と怒声、蛇がシャーシャーと唸る音。
「お、桜下!これじゃ、まほーが撃てないよ!」
「ああ……くそ!」
俺は苦々し気に舌打ちした。ライラとは、遺嶺洞に入る前にある程度作戦を立てていた。多少威力は落ちても、洞窟自体にはダメージが入らないように、火力をセーブして魔法を使う戦法だ。洞窟は狭いので、敵も自由には動き回れない。だからそれでも、十分効果を発揮するだろうと思っていたんだけど……
(完っ全に想定外だ……)
よりにもよって、こんな広い場所で乱戦になるなんて。どうする……魔法が駄目なら、物理?いや、数が多すぎる。フランとエラゼムが馬車を離れては、エドガーを守れない。
兵士たちは、ハルバードで必死に牽制しつつも、明らかにラミアに押されていた。まだ動揺が抜けきっていないんだ。
「くそ、このままじゃ……」
「なら、あたしの案に乗ってみる?」
え?この声は、まさか。
「アル、ルカ?何か、策があるのか?」
「そうだって言ってんでしょ」
ふわりと馬車の屋根まで舞い上がったアルルカは、俺を見下ろしながらそう言い切った。
「で、乗るの?乗らないの?」
「え……いや、待て。その前に詳しく聞かせてくれ」
「あによ、まどろっこしいわね。あたしが信用できないって言うの?」
「できない」
俺が即答すると、アルルカは目をぱちくりした後、顔を真っ赤にした。
「なあ!?あんたねぇ!」
「できないけど、信じたいとは思ってるよ。だから、話が聞きたいんだ。頼む」
俺が再度頼むと、アルルカは渋い顔をした後、はぁとため息をついた。
「……ったく。ぁあったわよ。いい?あたしの魔法なら、広範囲の敵の動きを止めることができるわ。文字通り、氷漬けにしてね」
「けど、それだと兵士を巻き込むんじゃないか?」
「いいじゃないの。あんな臭いやつら、一人や二人くらい」
「あ、アルルカ!」
「冗談よ。あんたは嫌だって言うんでしょ?なら、しょうがないけど従うわ」
あ、ああ?なんだ、いつになく従順な態度だな。アルルカはそこで言葉を区切ると、俺の隣のライラへと目を向けた。
「こら、クソガキ。あんたも手ぇ貸しなさい」
「へ?ライラの?ていうか、ライラはクソガキじゃ」
「あんた、水属性魔法が使えるんでしょ?なら、あの蛇だけ濡らすこともできるわよね」
「きぃー!無視しないでよ!」
俺はプリプリ怒るライラをなだめて、アルルカに続きを促す。
「アルルカ、どういうことだ?ラミアを濡らすって?」
「ええ。エッチな意味じゃないわよ?」
「わ、わかってるよ!」
「そーお?くすくす。まあ、言葉通りよ。あたしの氷魔法を、水の力で増幅させるってこと。そうすれば、蛇だけをピンポイントで狙い撃ちできるわ。臭い連中は氷漬けにならずに済むってわけ」
な、なるほど……?つまり、あれか。水に濡れていると風が冷たいのと同じ原理で、ラミアだけを凍り付かせようってことかな。
「それ、ラミアは死なないか?」
「あんた、まだそんなこと言ってんの?呆れたわね……」
「ポリシーは大事なんだよ!」
『主様、そこは問題ないかと』
チリンと、アニが揺れる。
『ラミアは、爬虫類系のモンスターです。低気温に晒されれば、冬眠に近い状態になって活動を停止するものと思われます』
「そうか。じゃあ、氷魔法は相性抜群なんだな……よし」
俺はうなずくと、アルルカの目を見た。
「その案で行こう。アルルカ、頼むぜ」
「ふん。最初からそう言えばいいのよ」
「みんなも、手を貸してくれ!」
俺が仲間たちに呼びかけると、ライラはしぶしぶながらもうなずいた。
「ライラ、それで、できるのか?ラミアだけを水で濡らすって」
「できるよ!たぶん、アメフラシのまほーを使えば……でも……」
「でも?」
「……ちょっと、数が多いから。少しの間でも、動きが止められればいいんだけど」
それもそうだ。あれだけの大群の動きを止めるとなると……ラミアの気を引くとか、驚かせられるようなことが、何かあるだろうか?
「うーん……あ!じゃあ、こういうのはどうだ。アニ、お前確か、光を出す魔法が使えたよな?」
『はい?フラッシュチックのことですか?』
「そう、確かそれだ。それで、ラミアの目つぶしをすれば、動きも止まるんじゃないか?」
ラミアは、洞窟で暮らしていたモンスターだ。松明の明かりで目を慣らしていた俺たちとは違って、強い光には弱いんじゃないか。
『それは……可能かもしれませんが。しかし……』
「しかし?」
『私のみだと、威力が足りるかどうか。光の拡散を考えて、なるべく高所から撃ちたいところですが、私は主様を離れては魔法を使えません』
「そうなのか。ちっ、それなら……」
『ですが、そうですね。ならば、高所からも撃てる人員を確保するまで。幽霊シスター。来なさい』
アニが、手招きするように左右に揺れる。名前を呼ばれたウィルは、きょとんとしていた。
「私、ですか?あの、私、フラッシュチックの魔法は使えなくて……」
『問題ありません』
「え?」
『フラッシュチックは、きわめて単純な魔法です。マナ原理もファイアフライの応用みたいなものですので、そこまで理解は難しくないはず』
「え、え?あの……?」
『今からルーン語を教えますので、四十秒で覚えてください』
「え、えええぇぇ!?」
『死ぬ気でやればなんとかなります』
「私、もう死んでるんですけど……」
ウィルの哀願はすっぱり無視された。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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ずるずる、ずるずる。無数の蛇が地面をはいずる音。だがその頭部には、人間の女性の美しい上半身が付いている。ラミアたちは、身の毛もよだつほど妖艶な笑みを浮かべていた。
「ウフフフ……」
「キャハハハ」
「ホホホホ」
ホール中にこだましていた、ラミアの笑い声。あれは、反響していたんじゃなくて、大勢のラミアが発していた声だったんだ。
「くそったれ……ここは、ラミアの巣だったのか」
俺たちは、ラミアが広げた網の中に飛び込んじまったんだ。この広いホール全体が、ラミアの営巣地だったに違いない。
「っ!固まれ!」
ヘイズが大声で叫ぶ。前の方に出ていた弓兵たちが、大慌てで仲間の下へと戻って来た。
「一塊になって、全方位を警戒しろ!ハルバードで牽制するんだ!そうすれば、敵もうかつに近づいてこれない!」
ヘイズの指示によって、兵士たちは馬車を背にして、ぐるりとその周りを取り囲んだ。兵士たちはリーチの長いハルバードで武装している。ラミアはおぞましいモンスターだが、空を飛ぶわけでも、長い角を持つわけでもない。近づかせなきゃ、奴らもただの蛇だ。けど……
ラミアの大群は、するすると俺たちの周りを取り囲んでくる。無数の笑顔が、俺たちを見つめる。可愛い顔、整った顔、丸みを帯びた顔、シュッとした顔……くそ!どうしてどいつもこいつも、こんなに美しく感じるんだ!俺は気を抜くとまた骨抜きにされそうで、ラミアの顔を直視できなかった。やつら、男をたぶらかすフェロモンでも放っているんじゃないか。だが一方で、本能は奴らの正体を敏感に感じ取っている。心臓が早鐘のようだ。笑顔が、こんなに恐ろしく感じるだなんて……ラミアたちが近づくにつれて、鼻をつく悪臭も漂ってきた。動物園で嗅いだことのある匂い……蛇の匂いってやつか。
「ヒヒヒーン!」
馬たちが、恐怖のあまり暴れ始めた。調教師が必死になだめているが、その声すら震えている。いつの間にか、俺たちは完全に取り囲まれていた。三百六十度、どこを向いてもラミアの笑みだ。だがラミアたちも、ハルバードの刃先を恐れてか、むやみに飛び込んでくることはしない。戦況は現状、硬直状態だが……
「ライラ……いつでも、魔法を撃てるように準備していてくれ」
「うん……」
ライラは緊張した面持ちでうなずいた。ライラの魔法は強力だが、それゆえに味方が近くにいると、十分な威力を発揮できない。ましてや、ここは古い遺跡の中だ。爆発なんて起こした日にゃ、天井が抜け落ちてくるかもしれない。慎重に、慎重にだ……ああくそ。けど、おぞましい蛇の群れを見ていると、一発打ち込んでやれと言いたくなってくる。ダメだ、そんなやけっぱちじゃ。やるなら、確実に仕留められるタイミングで……
「ねえ……こっちに来て?」
ぞわわ。全身に鳥肌が立った。甘い声を発した人間は、この場にはいない。それを発したのは、人間を模した器官を持つ、蛇だ。
「ほら……一緒に遊びましょう?」「わたしを抱いて?」「どうして恐れるの?」「安心して」「怖がらないで」「大丈夫」「楽しいよ」「気持ちいいよ」
(こいつら……声だけじゃなくて、喋れもするのか……)
ラミアたちは、接近が困難だとわかると、今度は言葉で揺さぶりをかけてきた。うっとりするくらい、美しい声だ……俺はライラの手をぎゅうと握ることで、何とか心の平静を保っていた。情けないけど、こうでもしないと頭がおかしくなりそうだ。今までは視覚に気を付ければよかったが、聴覚も同時に攻められると……
「う……うわあああ!」
ああ!ついに一人の兵士が、恐れをなしてハルバードを手放してしまった。あ!あいつ、俺のことをさんざんからかってきた、意地悪な中年兵士じゃないか!あの野郎、偉そうなこと言っておきながら!
「馬鹿野郎!陣を崩すんじゃ……」
ヘイズが慌てて叫んだが、遅かった。壁に空いたわずかな穴を、ラミアは見逃さなかった。
「ジャアアアア!」
ラミアの美しい顔がバカッと割れ、中から本物の蛇の頭が現れる。本性をあらわにした化物は、一斉に襲い掛かって来た。
「くそったれ!」
あたりは、一瞬にして大混乱になった。悲鳴と怒声、蛇がシャーシャーと唸る音。
「お、桜下!これじゃ、まほーが撃てないよ!」
「ああ……くそ!」
俺は苦々し気に舌打ちした。ライラとは、遺嶺洞に入る前にある程度作戦を立てていた。多少威力は落ちても、洞窟自体にはダメージが入らないように、火力をセーブして魔法を使う戦法だ。洞窟は狭いので、敵も自由には動き回れない。だからそれでも、十分効果を発揮するだろうと思っていたんだけど……
(完っ全に想定外だ……)
よりにもよって、こんな広い場所で乱戦になるなんて。どうする……魔法が駄目なら、物理?いや、数が多すぎる。フランとエラゼムが馬車を離れては、エドガーを守れない。
兵士たちは、ハルバードで必死に牽制しつつも、明らかにラミアに押されていた。まだ動揺が抜けきっていないんだ。
「くそ、このままじゃ……」
「なら、あたしの案に乗ってみる?」
え?この声は、まさか。
「アル、ルカ?何か、策があるのか?」
「そうだって言ってんでしょ」
ふわりと馬車の屋根まで舞い上がったアルルカは、俺を見下ろしながらそう言い切った。
「で、乗るの?乗らないの?」
「え……いや、待て。その前に詳しく聞かせてくれ」
「あによ、まどろっこしいわね。あたしが信用できないって言うの?」
「できない」
俺が即答すると、アルルカは目をぱちくりした後、顔を真っ赤にした。
「なあ!?あんたねぇ!」
「できないけど、信じたいとは思ってるよ。だから、話が聞きたいんだ。頼む」
俺が再度頼むと、アルルカは渋い顔をした後、はぁとため息をついた。
「……ったく。ぁあったわよ。いい?あたしの魔法なら、広範囲の敵の動きを止めることができるわ。文字通り、氷漬けにしてね」
「けど、それだと兵士を巻き込むんじゃないか?」
「いいじゃないの。あんな臭いやつら、一人や二人くらい」
「あ、アルルカ!」
「冗談よ。あんたは嫌だって言うんでしょ?なら、しょうがないけど従うわ」
あ、ああ?なんだ、いつになく従順な態度だな。アルルカはそこで言葉を区切ると、俺の隣のライラへと目を向けた。
「こら、クソガキ。あんたも手ぇ貸しなさい」
「へ?ライラの?ていうか、ライラはクソガキじゃ」
「あんた、水属性魔法が使えるんでしょ?なら、あの蛇だけ濡らすこともできるわよね」
「きぃー!無視しないでよ!」
俺はプリプリ怒るライラをなだめて、アルルカに続きを促す。
「アルルカ、どういうことだ?ラミアを濡らすって?」
「ええ。エッチな意味じゃないわよ?」
「わ、わかってるよ!」
「そーお?くすくす。まあ、言葉通りよ。あたしの氷魔法を、水の力で増幅させるってこと。そうすれば、蛇だけをピンポイントで狙い撃ちできるわ。臭い連中は氷漬けにならずに済むってわけ」
な、なるほど……?つまり、あれか。水に濡れていると風が冷たいのと同じ原理で、ラミアだけを凍り付かせようってことかな。
「それ、ラミアは死なないか?」
「あんた、まだそんなこと言ってんの?呆れたわね……」
「ポリシーは大事なんだよ!」
『主様、そこは問題ないかと』
チリンと、アニが揺れる。
『ラミアは、爬虫類系のモンスターです。低気温に晒されれば、冬眠に近い状態になって活動を停止するものと思われます』
「そうか。じゃあ、氷魔法は相性抜群なんだな……よし」
俺はうなずくと、アルルカの目を見た。
「その案で行こう。アルルカ、頼むぜ」
「ふん。最初からそう言えばいいのよ」
「みんなも、手を貸してくれ!」
俺が仲間たちに呼びかけると、ライラはしぶしぶながらもうなずいた。
「ライラ、それで、できるのか?ラミアだけを水で濡らすって」
「できるよ!たぶん、アメフラシのまほーを使えば……でも……」
「でも?」
「……ちょっと、数が多いから。少しの間でも、動きが止められればいいんだけど」
それもそうだ。あれだけの大群の動きを止めるとなると……ラミアの気を引くとか、驚かせられるようなことが、何かあるだろうか?
「うーん……あ!じゃあ、こういうのはどうだ。アニ、お前確か、光を出す魔法が使えたよな?」
『はい?フラッシュチックのことですか?』
「そう、確かそれだ。それで、ラミアの目つぶしをすれば、動きも止まるんじゃないか?」
ラミアは、洞窟で暮らしていたモンスターだ。松明の明かりで目を慣らしていた俺たちとは違って、強い光には弱いんじゃないか。
『それは……可能かもしれませんが。しかし……』
「しかし?」
『私のみだと、威力が足りるかどうか。光の拡散を考えて、なるべく高所から撃ちたいところですが、私は主様を離れては魔法を使えません』
「そうなのか。ちっ、それなら……」
『ですが、そうですね。ならば、高所からも撃てる人員を確保するまで。幽霊シスター。来なさい』
アニが、手招きするように左右に揺れる。名前を呼ばれたウィルは、きょとんとしていた。
「私、ですか?あの、私、フラッシュチックの魔法は使えなくて……」
『問題ありません』
「え?」
『フラッシュチックは、きわめて単純な魔法です。マナ原理もファイアフライの応用みたいなものですので、そこまで理解は難しくないはず』
「え、え?あの……?」
『今からルーン語を教えますので、四十秒で覚えてください』
「え、えええぇぇ!?」
『死ぬ気でやればなんとかなります』
「私、もう死んでるんですけど……」
ウィルの哀願はすっぱり無視された。
つづく
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