じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

6-2

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「びず、ぐずっ……うっう」

「ウィル、いい加減泣き止めよ」

「だっでぇ……えぐっ」

まったく、こりゃしばらく駄目そうだな。壊れた蛇口のように涙をこぼし続けるウィルを見て、俺はため息をついた。
俺たちは今、王都から出発した馬車の中でガタゴト揺られている。大きな馬車だ。俺たち六人がまとめて乗れるくらいの広さがある。ただ、いまいち速さが出ないのが欠点だな。
馬車は俺たちの以外にも、あと七、八台はあった気がする。大所帯にはそれぞれ兵士たちや外交官らしき人、それに食料だとか、大きな木箱(俺の見立てでは土産物だ)だとかを山ほど積んでいるので、スピードが出せないんだ。それに、忘れちゃいけないけど、病人もいるしな。
ところで、ウィルはさっきのライラと三つ編みちゃんの別れが、涙腺のツボに入ってしまったらしい。そりゃ、俺だって目が潤んだけど、隣であまりにも号泣されるもんだから、涙が引っ込んでしまった。

「ライラは、もう大丈夫か?」

「うん……」

ライラは俺の隣に、ぴったりと引っ付いている。三つ編みちゃんがいなくなったすき間を、埋めようとしているのかもしれないな。ライラ自身は泣き止んではいるものの、やっぱりまだ元気がなかった。

「あー……まあ、無理はすんなよ。こういう時は、無理して元気にならなくてもいいから」

「……元気出せって、言わないの?」

「え?いや、元気になってほしくないわけじゃないぞ。ただ、なんていうか。今は、しんどいだろ?沈み過ぎるのも良くないと思うけど、こういう時に疲れるのは、もっと良くないと思うから」

「ふーん……そっか」

「まあ後は、そうだな。こう言うと、変な風に思われるかもしれないけど。俺は、少し嬉しかったよ」

「うれ、しい?」

「ああ。ライラは、たくさん悲しんで、たくさん泣いただろ。それは、それだけ別れた人の事を想えたってことじゃないかな。別れの寂しさが大きいってことは、それだけその人と親しくなれた証だと、俺は思うんだ」

「……ライラ、今とっても、胸の奥が痛いの。それに、すごく悲しい……これって、いい事なの?それだけ三つ編みちゃんと、仲良くなれたってことなのかな」

「ああ。別れが悲しいってのは、きちんとその人と仲良くなれた証だ。そんな人との別れが、辛くないわけないじゃないか。だから、今ライラの胸が痛いのは、とてもいい事だと、俺は思う」

「そっか……」

ライラは胸のあたりを握り締めて、その奥の痛みを感じるように瞳を閉じた。
実際、さっきのライラはとても偉かったと思う。俺たちじゃどうすることもできなかった、泣き叫ぶ三つ編みちゃんを、きちんと慰めたのだから。俺が十歳だったころ、あんなことができた気がしない。

(なんか、ちょっと感慨深いな)

出会ったばかりのころは、どこであろうと平気で魔法をぶっ放して、他人の迷惑なんて考えもしなかったライラが……彼女の成長に、俺がほんの少しでも加担できていればいんだけど。

「そっか……ライラが弱いから、痛いんじゃないんだね。これって、いい事なんだ」

ライラは目を開けると、俺へと顔を向ける。

「ねえ。桜下は、もしもライラとお別れするってなったら、寂しい?泣く?」

「え?ああ、そりゃもちろん。たぶん三日三晩は泣き続けるよ」

「えへへ、うれしい。けど、居なくならないでね?」

「おう」

ライラは少しだが、笑顔を見せた。よかった、ちょっとは気が晴れたみたいで。

「……それで、どうしてお前はもっと泣くんだよ」

「だっで、だっでぇぇぇ。おぶだりども、なんがいいごどいうがらぁぁぁぁ」

ウィルが泣き止んだのは、結局それから数十分後の事だった。



「よう。少しいいか?」

夜になって、街道わきの小さな森のなかで野営をすることになった。俺たちが他の兵士たちから離れたところで夕飯を食べていると、一人の兵士が声を掛けてきた。

「んぐ?もぐ、ごくん。あれ、あんたは」

「ヘイズだ。城門の修繕以来だな」

やって来たのは、切れ長の目の、若い兵士。エドガーの部下の、ヘイズだった。ヘイズは俺たちのそばに来ると、しきりに何もない所に目をやっている。はは、幽霊恐怖症は、まだ治っていないみたいだ。

「ああ、久しぶり。あんたも来てたのか」

「当然だ。オレはエドガー隊長の直属だからな。まさか、あの人があんな風になるだなんて……」

ヘイズは悔しそうに唇を噛む。エドガーのあんな姿を見ちゃ、そうもなるだろう。

「それに、お前が同行を承諾したと聞いて、驚いたぜ。お前と隊長は、犬猿の仲だと思ってたけどな?」

「あっちが一方的に噛みついてくるんだよ。けどまあ、それで死なれたら、化けて出てきそうで困るからな」

「はは、ネクロマンサーのお前が?おかしな話だぜ」

ヘイズはくくっと笑う。ところで、何をしに来たのだろう?俺がそう訊ねる前に、ヘイズが本題を口にした。

「それでだ。食事中に悪いんだが、少し付き合ってくれないか?すぐそこまでだ」

「はあ。いいけど、どこ行くんだ?」

「実は今、隊長が目を覚ましたんだ。お前たちの話をしたら、話がしたいって言うんでな」

エドガーが?ロアに聞いた話では、エドガーが起きている時間は日に日に短くなっていっているという。だったら、かなり貴重な機会ってことだな。俺はスープの皿を置いた。

「わかった。行こう」

「よし。こっちだ」

俺たちは立ちあがると、ヘイズの案内の下、一台の馬車の前まで行った。病室?に大勢で行くのも何なので、中に入るのは俺とヘイズだけにしておく。ウィルやライラに、あの姿のエドガーを何度も見せるのも酷だしな。

「隊長。あの不良勇者を連れてきましたよ」

ヘイズは一声かけてから、馬車の扉を開けた。ったく、失礼な紹介だ。
馬車の中は、王城の医務室と同じ、粉薬のような苦い匂いで満ちていた。たぶん、薬草か何かの匂いなんだろう。藁づくりの簡易的なベッドがしつらえられ、そこにエドガーが寝ていた。

「ぉお……来たか、ネクロマンサー……」

かろうじてそう聞き取れるかすれた声で、エドガーが挨拶した。あれだけやかましかったダミ声が、見る影もない。俺がベッドサイドに立っても、エドガーはほとんど目を開けなかった。開けたくても開けられないのかもしれない。

「よう、エドガー。元気そうだな」

「ふ、ふ……そうだろう。これまでで、一番……」

エドガーは続けようとしたが、そこから先はひゅーひゅーという音しか出てこなかった。少し間をおき、息を整えてから、再び口を開く。

「まったく……何たるざまだ。貴様のくだらん冗談にも返せんとは……」

「……あんまり、無理してしゃべるなよ。あんたはただでさえやかましいんだ、少しくらい静かにしても、バチは当たらないと思うぜ」

「うるさいわい……しかし、お前が同行したと聞いて驚いたぞ。どういう風の……ゴホ」

「……ロアに頼まれたんだよ。ずいぶん気を揉んだみたいだぜ」

「ロア、様が……私のこの呪いは、自業自得だというのに。放っておいてくだされば……ごほ、ゴホゴホ!」

そこまで言うと、エドガーは激しく咳き込んだ。ヘイズが見ちゃいられないというように、ずれた毛布を掛けなおす。

「隊長。もうこれ以上は。お体に障りますよ」

「そうだぜ。あんたはおとなしく寝てな。元気になった後で、話ならいくらでも聞いてやるよ」

俺たち二人に言い含められると、さすがにエドガーも根負けした。ぜいぜいと荒い息をしながら、ぐったりとベッドに沈み込む。

「すまん……手間をかけるな」

「ま、これで王都での借りはちゃらだからな。それじゃ、ゆっくり休めよ」

病人の下に長居もよくない。俺は話を切り上げると、エドガーの馬車から出た。

「はぁ……相当弱っているみたいだな。あいつに謝られる日が来るなんて、夢にも思わなかったぜ」

俺の言葉に、ヘイズも苦々し気にうなずいた。

「ああ……治癒術師ヒーラーの診断では、あと一か月もたないらしい。だから、何としてでも、この遠征を成功させなきゃならねえ」

う、責任重大だな……しゃあなし、人の命が掛かっているんだ。重くもなるさ。
エドガーの馬車から離れながら、ヘイズが思い出したように話を振ってきた。

「ああ、そういや。これを話しておかないとと思っていたんだ」

「うん?まだなんかあるのか?」

「お前たち、この前ロア様に、七つの魔境がどうとかって話をしたらしいな」

おお、そう言えば。謎多き女旅人、ペトラから聞いた話を、ロアにもしていたんだった。確かロアは、マスカレードの奴が現れるかもしれないから、警備を敷くって言っていたっけか……

「なにか、わかったのか?」

「ああ。近くの村から目撃情報が上がった。お前たちも知っているだろ、モンロービルの村だ」

モンロービル!俺とフランが、同時に目を見開く。モンロービル村は、フランの故郷だ。それに、魔境の一つである瘴気の森も近い。

「その、目撃情報って?」

「黒い服の女。そしてもう一人、正体不明の人物だ。女の方がお前の言っていた旅人なのだとしたら、おのずともう一人も絞り込めてくる」

「……奴か?マスカレード?」

「と、オレたちは睨んでいる。そして、その女とマスカレードがグルではない可能性も出てきた」

「えっ、そうなのか?まぁもともと、仲間じゃないとは思ってたけど……何か証拠が?」

「ああ。村人によると、その日村はずれの森で、何者かが戦闘をしていたらしい。かなり激しい戦いだったみたいだ。村人たちが不安がって様子を見に行ったところ、先の二人が目撃されたってわけだ」

てことは、ペトラとマスカレードが戦闘を……?あの二人が戦ったら、どんなことになるんだろう。見たいような、見たくないような。

「そうだったのか……やっぱりマスカレードは、七つの魔境に現れたんだな。あいつ、いったい何が目的なんだ?竜の骨なんか、なんに使うんだろう」

「それについては、オレたちもまだ分かっちゃいねえよ。とりあえず、今つかめている情報は以上だ。ロア様も気にしちゃいたが、そればっかりにかまけてもいられない立場だからな」

「それもそうだ。あれから王都はどうなった?」

「ああ。おかげさんで、復興作業も順調だ。あの門が直ったのはでかかったな」

自分の功績を褒められ、ライラがふふんと、誇らしげに無い胸を張った。

「あとは、まあ特に何も……あ、そいや。最近不審者がよく出るって聞いたな」

「へ?不審者?」

「ああ。なに、大した奴じゃないんだ。道行く女に、片っ端から声をかけまくってる男がいるって噂になってんだよ。ま、不審者というか、たちの悪いナンパみたいな感じだ」

「へー……けど、王都は広いじゃないか。ナンパの一人二人くらい、珍しくもないんじゃないのか?」

「いや、それがそいつ、妙な点が多いんだ。まず、そいつに声を掛けられたって女性は、やたらと金髪の人が多いんだ。それに全体的に歳が若くて、かつスタイルのいい人に被害が集中してる」

うん……?俺の脳裏に、嫌な予感がよぎった。若くて、金髪で、スタイルがいい……たぶんこの場合、より正確には、胸が大きいと言ったほうがいいだろう。その条件に当てはまる女性の一人、ウィルもまた、何か思い当たる節があるみたいだ。なんだろう、例えて言うなら、家にゴキブリが出た時みたいな顔をしている。

「ここまでの特徴は、単にそのナンパ師の好みともとれるだろ?けどもう一つ、傑作な特徴があってだな……」

「……まさか、自分は聖職者だって名乗ってる?」

「あ?なんだ、知ってたのか?」

「いや、まぁたまたまというか……」

間違いない。その変質者とは、この前王都で出会った自称ウィルの恋人、ウィルいわく女好きのどうしようもないやつ。ブラザー・デュアンの事だろう。あいつ、まだ王都にいるのか。ウィルが、頭が痛いというように額を押さえている。

「はは……その変質者、まさか法に触れるような事はしてないよな?」

「そうらしい。あくまでしつこく声を掛けるだけなんだとさ。つっても、それだけでも迷惑な話だし、やめてもらいたいもんだが」

「そうだなぁ……」

デュアンの目的は、ウィルを探すこと。だが彼は、ウィルが幽霊になってしまったことは知らないんだ。そのせいで、こんな頭が痛い事になっているのだが……早く諦めてくれることを祈るしかないな。
もと居た場所まで戻ってきて、俺たちとヘイズは別れた。おかしな話を聞いてすっかり食欲の失せてしまった俺は、食い残しをさっさとかきこんで、自分たちの馬車へ戻るのだった。


つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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