じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

4-1 思いもよらぬ戦い

4-1 思いもよらぬ戦い

「……」

くそ、汗が目ににじむ。俺はまぶたに溜まった汗をぬぐった。
勘違いしないでほしいんだけど、今俺たちがいるのは寒さ厳しいコバルト山脈で、あたりは一面の銀世界だ。突然南国に移動したわけじゃない。じゃあどうして俺がダラダラ汗をかいているのかというと、さっきから熱すぎるほどの視線に射抜かれまくっているからだ。緊張して冷や汗が止まらない。

「……動こうとしませんね」

ウィルが固い声でつぶやく。ウィルは俺たちの頭上に浮かんで、前方を鋭く監視していた。
俺たちの目の前には、切り立った崖がそびえている。かといって十歩も後ろに下がれば、壁から真っ逆さまに落っこちてしまうだろう。俺たちは崖と絶壁の間にできた、わずかな段差に作られた道を歩いていた。断層かなにかによって、こんな地形ができたのだろうか?この地形の大きな問題点は、逃げ場が非常に少ないという所だ。

「吾輩たちの出方をうかがっているのでしょうな。あちらの方が高所ですから、後出しで対処できると考えているのでしょう」

エラゼムが崖の上を睨みながら分析する。そう、俺たちは今、とある集団に狙われているのだ。
最初に異変に気付いたのはフランだった。

「止まって。何かに見られてる」

断層の道を慎重に進んでいると、突然フランが俺たちを制した。フランの五感の良さを知っている俺たちは、すぐさま警戒態勢に入り、あたりを見渡した。が、何の姿も見えない。

「……ぱっと見は、何もいないな?」

「……ううん、間違いない。足音と、息遣いが聞こえる」

「あっ!皆さん、上です!」

ウィルが崖の上を指さす。顔をそちらに向けると、あ!一瞬だけ、崖の上に巨大な背中が見えた。真っ白な毛に覆われ、人の倍はありそうな背丈の巨人。あれは……

「まさか、イエティか!?」

以前、北の町へ向かうときに、俺たちが一戦交えたモンスターだ。最後は崖の底に落ちていったが、おんなじヤツだろうか?だとしたら、恐ろしく頑丈ってことだな……

「どういうつもりだろう。まさか、リベンジに来たのか?」

「……どうやら、そのつもりみたいだね」

フランが歯を剥いて唸る。イエティはそのまま襲い掛かってくるかと思いきや、崖の上から下りてくる気配はない。どういうつもりだと、俺が首をかしげたその時、ウィルが押し殺した悲鳴を上げた。

「ひっ……」

「ウィル?どうした?」

「み、み、みなさん。いっぱい、いっぱいいます。一匹じゃありません。左右に……」

なんだって?俺たちは慌てて、最初にイエティが見えたところ以外の、崖の左右に目を見張った。

「うわ。マジじゃんかよ……」

雪に溶け込んでいて見つけづらいが、少なくとも五体のイエティが、崖の上に集まっている。どいつもこいつも、他に引け劣らないほど大柄だ。

「ちっ。なるほどな、ただのリベンジじゃないってわけだ。奴ら、確実に勝ちに来てるぞ……」

かくして、俺たちは五体のイエティと睨みあったまま、今に至るわけだ。徒党を組んで、自分たちが有利な場所で待ち伏せるなんて。気持ち悪いくらい戦略的だ、ちくちょう!

「あいつら、ひょっとしてずっと降りてこないつもりかな。つまり、俺たちが疲れ果てるまで……」

疑り過ぎか?いや、連中ならやりかねないぞ。だとしたら、このままじっとしていてはじり貧だ。だが、エラゼムは首を横に振る。

「ですが、ここはうかつに動くには危険すぎます。道は前後にしか逃げられず、散開もままなりません。走り出したところに岩でも落とされたら、ひとたまりもありませぬぞ。ここは、我慢の時です」

くうぅ。まだこの時間が続くのかと思うと、緊張でどうにかなりそうだ。さっき休憩しておいて、本当に良かった。じゃなかったら、今頃とっくに音を上げているはずだ。俺はライラと三つ編みちゃんの様子をうかがった。二人とも怯え、緊張している様子だが、足元はしゃんとしている。ライラは三つ編みちゃんを守るように、ぎゅっと彼女と手を繋いでいた。

「桜下、ライラが魔法で攻撃してみる?崖の上ごと、まとめて吹っ飛ばせるよ」

「うーん……いや、それは危ないんじゃないか。崖崩れだとか、雪崩なんかが起こった日には、俺たちまでオダブツだぜ」

「そっか……」

ライラの高火力も、この地形じゃ役に立たない。くそ、イエティのやつ、本当に用意周到だな。前回の戦闘では、フランが前線を張り、ウィルがそれをサポートした。が、今回は崖のせいで、フランは文字通り手も足もでない。ウィルの魔法だけでは威力が足りないし、ライラも力を発揮できない。徹底的に俺たちに不利なフィールドで待ち構えていたわけだ。こんな状況じゃなかったら、その研究熱意に拍手を送りたいぐらいだぜ。

「さぁて、どうしたもんか。あいつらが勇み足になって突っ込んできてくれれば、そこをカウンターできるんだがな」

けど、自分で言っておいてあれだが、そんな都合よくはならない気がした。今この状況で、イエティたちが降りてくるメリットは何もない。恐ろしく知恵の働くやつらなら、それを当然理解しているだろう。

「何か一発、あいつらに叩き込めたらいいんだけど……」

奴らが優位に立って油断しているところで、出鼻をくじければなぁ!フランが崖を登る?無理だ、最初の一歩の段階で警戒されてしまうだろう。威力を抑えて、ライラが魔法を撃つ?駄目だ、そもそも標的が見えないんじゃ、小規模な魔法では攻撃のしようがない。同じ理由で、ウィルもダメだ。

「うーん……むむむ……」

「……はぁ。しょーがないわねぇ」

え?俺は声のした方に振り返った。俺だけじゃない、仲間たちの誰もが、その声の主を見て目を丸くした。だって、まさかこういう状況で、一番非協力的だったお前が?

「いいわ。あたしが一肌脱いであげる」

そう言ってアルルカは、手にした杖をぐるりと回した。



「あ、アルルカ?その、言葉の意味としては……?」

「そのまんまよ。だぁーれも手出しできないんでしょう?情けないあんたたちに代わって、あたしが動いてあげるっつってんのよ」

口は悪いが、紛れもなく協力を申し出ている。あの、どんな状況でも自分に害がない限りは、自ら戦おうとしなかったアルルカが……

「ど、どういう風の吹き回しだ?」

「あんたねぇ……素直にありがとうございますって言えないわけ?いいのよ、別に知らんぷりしてあげても」

「ああいやいや、そうしてくれたら助かるって。けど、あまりに意外だったから……」

「しょうがないでしょ。これくらいの崖の高さをものともせずに、複数の相手に遠距離から不意打ちできる存在。そんなの、あたし以外いないじゃない」

え?い、言われてみればそのとおりだ……アルルカは空を飛べるし、氷の弾丸を打ち出す狙撃魔法の名手だ。この状況を打破するために必要な要素がすべて詰まっているじゃないか。

「確かに……アルルカが適任だ」

「でしょ?ま、あたしの雇用料は高くつくけどね?そうねぇ、まずは差し当たって……」

ぎく。まさか、俺に血をよこせだとか言い出すんじゃ……だがアルルカは、なぜかフランの方を向いた。フランも意外そうに眼を見開いている。

「あんた」

「……な、なに?」

「あたしに、お願いしなさい。頭下げて」

「は?」

なに?そんなことか?ていうか、どうしてフラン?

「アルルカ、なんでフランなんだ?」

「だって、こいつが一番あたしを敬ってないでしょ?いい機会だから、わからせてあげようと思って」

そ、そんなくだらない理由で……案の定、フランは白い顔を上気させた。

「ど、どうしてわたしが、そんなことっ」

「じゃ、いいわよ。その代わり、あたしは動いてあげないけど」

「っ……!」

「ほらほら。あんたたちはともかく、人間はこの状況が続くのは辛いんじゃなくって?誰かさんが苦しんでいくのに、あんたは何にも感じないのかしら?」

「こ、この……!」

フランは拳を握り締めて、わなわなと震えさせている。見ちゃいられないな。

「アルルカ、代わりに俺が頼むから。なんだったら土下座でもなんでもしてやるよ。それでいいだろ?」

「ダ、メ、よ!あんたはすぐ頭を下げるから、いじめがいがないわ。こういう鼻っ柱が強そなコをへし折るのが楽しいんじゃない」

こ、こいつ……性根が腐ってやがる。協力する気があるのかないのか、さっぱり分からなくなってきた。こうなったらしょうがない、気が進まないけど、血を引き合いに出して……

「……かった。……ねがい、します……」

うわ。マジかよ!俺が口を開きかけたその時、フランが絞り出すように、本当にか細く、アルルカにお願いの言葉を発した。信じられない、あのフランが……だが案の定、アルルカはそんなのでは満足しない。

「あん?聞こえないわねえ」

「……お願い、します。あいつらを、倒して、くだ、さい……」

フランは全身ぶるぶる震えながらも、そう言い切って頭を下げた。う、わ……あと少しでもつついたら、ドカンと爆発しそうだ。俺はひやひやしながら、フランとアルルカの様子を見守る。

「くすくす。最初からそうしてればいいのよ。変な意地張ったりしないで」

「…………」

アルルカ、頼むから……それ以上刺激しないでくれ……!

「ま、及第点ってことにしといてあげるわ。それじゃ、やってやりましょうかしらね」

アルルカはばさりと翼を広げると、ふわりと空に舞い上がった。ふぅ、助かった。女同士のケンカって、こんなに怖いもんなんだな……俺はちらりとフランの顔をみる。うわぁ……見るんじゃなかった。

「……王都に着いたら、いっぱい髪洗ってやるからな」

慰めになるかわからないが、とりあえずそう言っておく。

「……次の町に着いたらにして」

俺は黙ってうなずくしかなかった。


つづく
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