じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

3-2

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地下のドワーフの町に来て、数日が過ぎた。数日と言っても、ドワーフ換算だから、正確ではないだろうけど、とにかくそれくらいの時間が経った。
寝ても覚めても穴の中の生活に、ライラはだいぶまいっていた。やっぱり過去のトラウマを思い出して、しんどいのだと言う。そんな彼女に寄り添ったのは、意外なことに、三つ編みちゃんだった。

「……アクエ、ダレ」

「……え?くれるの?」

俺の肩にもたれてぐったりするライラに、水の入ったコップを差し出したのが、三つ編みちゃんのファーストアプローチだった。俺たちみんなが目を点にする中、三つ編みちゃんはこくんとうなずき、ライラがコップを受け取るのを見届けた。あんなに、誰にも懐かなかったのに……けど考えてみれば、三つ編みちゃんに一番歳が近いのはライラだ。自分と同じくらいの子どもがしんどそうにしていれば、心配もするだろう。俺は驚きながらも納得した。
それからは、三つ編みちゃんはちょくちょくライラを気に掛けるそぶりを見せるようになった。初めは彼女を嫌っていたライラも、そんな彼女の気遣いに徐々に態度をやわらげていき、今では同じベッドで一緒に寝るくらい仲良くなった。ところで、この宿にはベッドが一つしかないんだけど……俺は毛布を巻いて床で寝ることとなった。

「あたしが膝まくらしてあげてもいいわよ?」

「ノーサンキューだ、アルルカ。いいから、じっとしてろ。服を脱ごうとするな!何で脱ぐんだ、膝まくらで!」

「……」

「まったく……あれ?フラン、どうして膝を叩いてるんだ?」

とまあ、そうこうしているうちに、ようやくホムラの鍛冶場のドワーフから連絡が来た。ついに、エラゼムの剣の修理が完了したのだ。

「いよいよだな、エラゼム!」

「え、ええ……」

鍛冶場に向かう途中、エラゼムは緊張した面持ちだった。あはは、直してもらった剣を受け取りに行くだけなのにな。感動の再会ってやつだ。長い事ご主人から離されて、剣のほうもさぞ寂しがっていることだろう。
ホムラの鍛冶場に着くと、入り口でレググが、今か今かと待ち構えていた。前に会ったときには無かった、濃いクマを目の下に作っている。どうやら、ほとんど寝ずに作業していたようだ。

「お、来たな!待ちくたびれるところだったぜ。来いよ、まずはあの大剣から渡そう」

寝不足でハイテンションなレググに連れられて行った先は、例の小部屋だ。部屋の中には山のようなガラクタが積みあがっており、その中に埋もれて、髭もじゃのオヤジさんが佇んでいた。

「オヤジ!来たぜ」

「……」

レググが話しかけても、オヤジさんは一言も発さない。これも前と同じだな。ただ、前回と違う点が一つある。ガラクタの山に立て掛けるようにして、白く輝く大剣が置かれていたのだ。

「どうだ?ばっちり直ってるだろ?」

レググの得意げな声も、耳に入ってこない。うわあ……あれが、エラゼムの大剣なのか?同じ剣とは思えないほど、ピカピカに磨き上げられている。百年の間にどうしてもくすんでしまった輝きを、取り戻したかのような美しさだった。

「……」

エラゼムも言葉を失っていたが、ゆっくりと一歩を踏み出した。彼が手を伸ばすと、大剣は自ら主人の下に戻るかのように、ぐらりと傾いて彼の手の中に収まった。
刀身は鏡のように滑らかで、エラゼムの姿を反射している。傷跡なんて、最初からなかったかのようだった。

「……感無量です。オヤジ殿、感謝いたします」

エラゼムが深々と礼をすると、オヤジさんは照れ臭そうに、つぶらな目をふいっとそらした。

「どうよ、すげーだろ?オヤジの腕前はさ」

何も言わないオヤジの代わりに、レググが誇らしげに胸を張る。いや、実に見事だ。最初にこの部屋を見たときはどうなる事かと思ったが、今は素直にうなずくしかないな。

「ほんとだな。俺からも礼を言うよ。ありがとう」

「へへ、いいってことよ。さ、受け取りは済んだな。じゃ、次はこっちに来てくれ」

レググは待ちきれないとばかりに、俺の手をつかんでぐいぐい引っ張っていく。次ってことは、残るは俺の剣か。

「実はさ、オヤジ含め、鍛冶場のみんなには内緒で修理してたんだ……」

え?ああでも、そういやレググは、まだ武器に触らせてもらえないんだっけ?今更だが、勝手に依頼をしてしまってよかったんだろうか。
レググは、俺を工場こうばのすみっこに連れて行った。そこには何年も使われていないような、古ぼけたかまどが置かれている。だけど窯の中は、つい最近火がたかれたように煤けていた。

「……よし、ここまでくればいいだろ。今出すからな……」

ごくり……いよいよか。レググはかまどの中に手を突っ込むと、灰の中から布の包みを取り出した。手で灰を払うと、そっと布を外す。中から現れたのは、朱色の刀身を持つ短剣だった。

「うわ。これ……」

「実は、ちょっと失敗しちまったんだ。だから剣というか、ダガーになっちまったんだけど……」

レググはきまり悪そうに苦笑いしたが、俺は構わずにその短剣を手に持った。刀身は、根元は普通の鋼だが、刃の部分だけ緋色の金属に置き換わっている。燃える夕日のような赤色だ……エラゼムの剣のような眩さはないが、こちらもまた美しい。例えるなら、向こうが昇った月で、こちらが沈む太陽だろうか。

「レググ、これ十分きれいだよ!この赤いのがオリハルコンなのか?」

「あ、ああ。全部を作ることはできなかったから、刃の部分だけをそいつにしたんだ。オリハルコンは丈夫だし、強い魔力を持つから、それだけでもかなり違うはずだぜ」

俺が上機嫌だからか、レググもだんだん調子が上がってきた。

「刀身とのバランスにはかなり気を付けたんだ。重すぎると、オリハルコンの堅さに耐えられずに鋼がやられちまう。それに、剣としても使いづらくなるしな。この比重をつかむまで、結構試行錯誤したんだぜ」

「へえ。オリハルコンって魔力を持つんだろ?やっぱり、普通の鉄とは違うのか?」

「ああ。魔力同士が反発するから、マナメタルでできた鎧なんかには効果を発揮するはずだ。それと、もう一つ大きな特徴があるんだけど。オリハルコンは、強い魔力を持つのと同時に、魔力との親和性も高いんだ」

「親和性?」

「簡単に言うと、魔力とよくなじむ。お前の魔力と同調して、それと同じ属性になることができるんだ」

同じ属性に……俺の魔力は、死霊術の源であるやみ属性だ。てことは、この剣もそれと同じで、アンデッドキラーになれるのか?

「それって、どうやればいいんだ?」

「簡単さ。柄を握って、魔力を流し込めばいい。柄の芯に魔力の伝導性の高い金属を埋め込んでおいたから、それでうまくいく……はず」

「はず?」

「まだ試しちゃいないんだ……俺、魔法はからっきしだから。けど、あんたはすごい術師なんだろ?だったら大丈夫だろ、きっと」

アバウトだなぁ。試すにしても、俺のやみ属性魔法は、アンデッド以外には全く効果がない。仲間を試し切りするわけにもいかないから、それを試すのはもっと先になりそうだ。

「うん、でもいい感じだよ。赤くてかっこいいし」

「だろ!?いやぁ、我ながらなかなかいい感じに仕上がったと思ってたんだ、ハハハ。あんたも見る目があるな」

へへ、調子いいぜ。剣としてはだいぶ短くなってしまったけど、もともと護身用だったから、問題はないだろ。軽くなった分、取り回しはしやすそうだ。

「あ、じゃあ代金を払わないとな。あーっと、もしかしてこれも高くつくのか?もうだいぶ財布が軽いんだけど……」

エラゼムの剣の修理費で、我らが資金はほとんど消し飛んでしまった。ちょっとこすい気もするけど、何とかして値下げしてもらおうか、などと考えていると、レググが首を横に振った。

「いいや。金は受け取れねえよ」

「え?でも、それはさすがに……」

「もともと、俺が勝手に受けた仕事だからな。正式な依頼じゃないし、金は貰わねえ。それに、もう十分すぎるほどのモンを貰ったしな」

「うん?なんかあげたっけか……?」

「ああ。この剣の修理を任せてもらったこと。その機会をくれただけで十分だ。おかげでスゲー楽しかったし、いろんな勉強にもなったよ。ありがとな」

レググは報酬を要求するどころか、逆に頭を下げて礼をした。
さっきまで値引き交渉を考えていたのに、いきなりタダとなると、逆に申し訳なく感じてしまうな。でもそれを口にするのは、たぶん野暮ってやつなんだろう。

「……わかった。それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうよ」

「へへへ、そうこなくっちゃな。待ってろ、今にオヤジくらいの名匠になって、今度は俺が仕事を受けてやらあ。そん時はふんだくってやるからな!」

「ぷっ、あはは。それじゃあ、エラゼムにはまた剣を壊してもらわないとな」

「お、桜下殿!」

俺たちは声を上げて笑い、エラゼムは縁起でもないと目を白黒させた。


つづく
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