じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
3-1 新しい武器
3-1 新しい武器
オリハルコンだって?どっかで聞いたことあるような……
「なんだっけ、それ?」
「オリハルコン。紅色の輝きを放つマナメタルさ。強い魔力を秘めながらも、他の魔力に反発せずに同調する特性を持つ石だ。ここでも滅多に産出しない貴重な代物だぜ……」
若いドワーフは、またもほぅ、と惚れ惚れするようなため息をついた……冗談を言っているわけでは、ないみたいだが……
「えっと……それ、間違いないのか?だってその、オリハルコン?それって、赤く輝いてるんだろ?でもその石は、どう見ても……」
「これはまだ未精錬だからさ。一度完全に溶かす必要があるけど、そうすりゃ本来の輝きを取り戻すはずだ」
へぇ、そういうものなのか。てことは、本当に本物ってことなんだな。うわー、まさかあんときの石ころが、金の卵に化けるだなんて。あのインチキ魔術師、これを聞いたらどんな顔をするだろうな?くくくっ。
「……うん、決めた。なあ、ちょっと相談があるんだけど」
ずっとオリハルコン鉱石を見つめていたドワーフは、何かを決意したようにうんとうなずくと、俺へと視線を上げた。
「あんたさっきさ、剣を修理したいって言ってたよな?それ、俺にやらせてくれないか?コイツを使ってさ」
「え?コイツって……そのオリハルコンを?」
「ああ。こいつを使えば、この世に二つとない武器が作れると思うんだ。あんた、剣を新しくするのは嫌なんだろ?これっぽっちの鉱石じゃ、一から新しい武器は作れねえ。だからあえて、修理に使ってみようってわけさ」
なるほど……確かに、オリハルコン製の武器だなんて、心が躍るワードだ。だけど……俺は仲間たちの方へ振り返った。
「……どう思う?」
俺の問い掛けに、みんなはそろってうーんと首をひねった。
「要するに、剣を取るか、その鉱石を取るかってことだよね」とフラン。
フランの言う通り、これは二者択一の問題だ。剣が直ればもちろん嬉しい。ただ、俺はエラゼムと違って、そもそも剣をそこまで重用しない。その上に、その鉱石がとても貴重なものだと来ると……
「……あの鉱石、売ったらどれくらいになるんでしょうね?ひょっとすると、すごい大金になるんじゃ……」
ウィルはごくりと喉を鳴らして、オリハルコンを見つめた。そうなのだ。万年金欠の我が軍勢にとって、一攫千金のチャンスは非常に貴重だ。みすみす逃すようなマネはしたくない。
「吾輩としては、桜下殿が強力な武器を持たれることには賛成なのですが……」
逆にエラゼムは、剣の修理に賛成してくれた。彼は騎士だし、自分の剣というものに、思うところがあるのだろう。俺だって、かっこいい剣の一つや二つは欲しいさ。ホントはな。
「う~~~ん……」
どちらにも利はあるし、惹かれもする。これは、悩むなぁ……
「……」
俺はその時ふと、若いドワーフが固唾をのんで、こちらの様子をうかがっていることに気付いた。俺たちに断られやしないかと、冷や冷やしているみたいだ……
(ああ、そういや……まだ一度も武器に触らせてもらえないって、言ってたっけか)
これは彼にとって、またとないチャンスなんだ。だからあんなに必死そうにして……
「……うん、それなら。決めた。それじゃあ、剣の修理を頼むことにしようかな」
「……!」
若いドワーフの顔が、はじけるように明るくなった。
「ほ、ほんとか!よっしゃ、そうこなくっちゃ!安心しろよ、絶対いい武器に仕上げて見せるからさ!」
「あはは、期待してるよ。よろしく頼むぜ」
「もちろんだ。お前、話の分かる奴だな!人間のくせに!」
若いドワーフはにこにこ笑って、バシバシ俺の肩を叩いた。いまいち褒めているんだか分かりづらいな……
「桜下さん、あの石は売らないことにしたんですね?」
ウィルがこっそりと耳打ちしてくる。俺はようやくドワーフから離れると、ひそひそと返した。
「ああ。正直どっちでも良かったんだけどさ。あのドワーフが、あんまりやりたそうにしてたからな」
「まあ、そういう理由だったんですか?桜下さんらしいというか……分かりました、それなら何も言いません」
「へへへ。それにさ、せっかく貴重な鉱石が手に入ったのに、それをカネにしちまうだなんて、ロマンがないだろ?」
「あら、桜下さんってロマンチストだったんですか?」
「おうとも。そうじゃなきゃ、勇者やめて第三勢力なんて目指さないさ」
「うふふ、それもそうですね」
若いドワーフに工期を訊ねたところ、エラゼムの剣の修理までには間に合わせるとの回答を貰った。
「お前らは旅人なんだろ?だったら、出発を遅らせるような野暮なことはしねえよ。きっちり間に合わせてやるさ」
「そうしてくれると助かるよ。俺たち人間には、ずっと地下はしんどいから」
「へー。地上なんて、ろくなことがないと思うけどなぁ……ま、そういうことだから。楽しみに待っててくれよな!」
若いドワーフはそう息巻くと、すぐに自分の鉄床の前まで駆け出そうとした。おっと、俺はその背中を呼び止める。
「あ、ちょっと待ってくれ!なああんた、名前は何て言うんだ?」
「んぁ?ああそいや、まだ名乗ってなかったな。俺はレググってんだ!よろしくな!」
レググは言うが早いか、鉄床の前に座って、金づちをカンカンやり始めた。なるほど、ドワーフは未練を抱きやすいっていう、ファルマナの言葉が分かる気がした。あれだけ熱中する種族なら、その分思い入れも強いんだろう。
彼の邪魔をしないよう、俺たちはそっと鍛冶場を後にした。
鍛冶場を出て、前も泊まった粘土細工みたいな宿に戻ってくる。アラガネのじいさんの宿も広くはなかったけど、ここを改めて見ると、あそこは十分人間サイズだったんだって思うよな。
荷物を降ろすと、俺は一人立ち上がった。行きたいところがあったのだ。
「ちょっとだけ、出かけてくるな」
俺がそう言うと、すぐにフランが「一緒に行く」と言いたそうな顔をするので、先手を打っておく。
「すぐそこだから、一人で平気だよ。いい歳して迷子にはならないさ。なんかあったら、アニを通じて呼ぶな」
そう言われては、フランも二の句が継げないようだ。しゅんとして、ふいっとそっぽを向いてしまった。うぅ、ちょっと胸が痛いな……けどあそこには、できれば一人で行きたかったんだ。
「それじゃ、行ってくるな」
宿を出て、ドワーフの町を歩く。以前も一度行った場所だから、道はおぼろげに覚えている。丸っこい、ごみごみした家々の合間を抜け、やがて俺はとある一角へとやって来た。そこには特にめぼしい建物はないが、通りの地面にぽつんと、マンホールのような蓋が一つはまっていた。お目当ては、そこだ。
「よっ……と」
ふらつきながらも重い蓋を持ち上げると、ぽっかりとした縦穴が口を開けた。俺は臆することなく穴に身を滑り込ませる……ちょっとだけウソだ。何度来ても、この入り口は怖い。骸骨を床一面に敷き詰めるセンスなんて、逆立ちしたって理解できないぜ……
「……やあ。また来てくれたんだね」
穴倉を一番奥まで進むと、やがて緑色の明かりが見えてくる。そこにひょいと顔をのぞかせると、この前とほとんど同じ格好をしたファルマナが、レンズの奥の瞳で俺を見据えていた。今、俺が顔を出す前に声が聞こえてきたような……気のせいだよな?
「よう、ファルマナ。今さっき、ここに戻ってきたんだ」
「そうかい。まあ、座りなよ」
ファルマナに勧められた緑のクッションに腰を下ろす。クッションには複雑な刺繍で模様が描かれていたが、何を描いているのかさっぱりわからない。何かの形にも見えるし、何も考えずに針を動かしたようにも見える。
「戻って来たということは、もうじきここを発つんだね」
「ああ……あと二、三日で、ここに来た用事は済みそうだ」
「いいことだよ。目的は果たされるためにあるのだから……それで、どうしてまたここに来たんだい?」
ファルマナは緑の瞳をすっと細めた。こう訊いてはいるが、実際の所、全部わかっているんじゃないか?という気にさせられる。
「ファルマナ。あんたの言ってた、死霊術師の覚悟についてだよ。いちおう、俺なりの答えが見つかったんだ」
「ほう……興味深いね。ぜひ聞かせてもらえるかな」
「ああ。ていっても、ほんとに単純なことなんだけど……俺、あいつらの“主”になるって決めたんだ」
「あるじ……」
ファルマナはきょとんと繰り返すと、急にふき出した。
「あっはははは!そうかい、主か。あははは」
これは……どう受け取ったらいいんだろう。ファルマナがこんなに表情を崩したのは初めてだから、いまいち反応に困るな。ファルマナはひとしきり笑うと、ずれた眼鏡をついっと掛けなおした。
「いや、すまなかったね。正解だよ、桜下」
「……それ、ウソじゃないよな?」
「もちろん。笑ったことを気にしているのなら、あれはあげつらったわけではないよ。実に君らしい答えで、嬉しくなってしまったのさ」
嬉しい、ねえ。やっぱりこのドワーフのセンスは、どうにも分かりづらい。
「主の自覚。それはすなわち、死霊の魂を背負う覚悟のことだ。死霊術とは、単に死霊を操るだけの能力じゃない。それは、魂の交感なのさ。この覚悟のない術者は、死霊たちと真の意味で交わることはできない。魂が通わなければ、例えどんなに素晴らしい技術であっても、輝きは燻るものだよ」
相変わらず、抽象的な話だ。けど俺は、こくりとうなずいた。前と違って、何となく意味が分かる気がする。
「あんたが言ってた枷ってのは、このことだったんだな。みんなを仲間だと思うだけでは、俺は自分の役目を果たせなかったんだ」
「そうだね。けど、君は間違えていたわけではないよ。君と彼らは、魂の深い部分で繋がっていた。きっといずれは、君自身で答えを見つけることができていただろうさ」
「そう、なのかな」
「そうとも。僕が要らないおせっかいを焼いただけの事さ……だけどこれで、君は死霊術という道を、また一歩進んだことになるね」
「そうかな……そうだといいけれど」
「間違いないよ。そこで、前に僕が言った警告、覚えているかい?」
警告?ファルマナが言っていたこと……あれ?ええと。
「……」
「……その顔は、覚えていないね?やれやれ。僕は、こうも言ったんだ。死霊に近づくということは、同時に死にも近づくということなんだと」
「あ!そういえば、そんなことも言ってたな。それ相応に危険も伴うんだって」
「その通り。君が自覚をした以上、君の魂はますます彼らに近づいていくだろう。その先に、死霊術の新たな可能性がある……だけど、自分の魂を見失ってはいけない」
「自分の、魂を……」
「術者と死霊、魂が重なることはあっても、混じり合ってはいけない。そこを履き違えると、さいあく、君は還ってこれなくなるからね」
「はぁ……」
ファルマナの警告は、いかんせんふんわりしていて、真意を汲み取りにくい。ようは、あまりアンデッドの側に行きすぎちゃダメだってことなんだろうか?
「……けど、わかった。忘れないでおく。あんたのアドバイスは、結局ぜんぶ役に立ったしな。改めて礼を言うよ」
「たまたま、偶然さ。死霊術というのは、この足下に広がる宇宙のように、深く、不可思議なものだからね……僕も、人間のまともな術師に会えてよかった。いい経験になったよ。見送りには行けないけど、君たちの旅の無事を祈ろう」
「あれ、忙しいのか?」
「言っただろう、ここで過ごすことは少ないって。しばらくは戻らないだろうから、ここでさよならを言っておこう」
「そっか。いろいろありがとな」
「僕も楽しかったよ。またこの町に来ることがあれば、ぜひ立ち寄っておくれ」
ファルマナは、眼鏡の奥で薄く微笑んだ。彼からは、色々なことを学んだ気がする。なんだろう……いうなれば、ネクロマンサーとしての師匠ができた気分だ。ずっと独学でやってきた俺だけど、同じ力を持つ人(ドワーフだけど)に出会えたことは、同志ができたみたいで、嬉しかった。
(死霊術の可能性、か……)
神秘的な穴倉を後にしながら、彼の言葉を振り返る。俺の能力は、大岩を砕けるわけでも、千の大軍を一瞬で灰燼と化せるわけでもない。およそ前衛向きではないこの力では、仲間たちのような活躍は期待できないと思っていたが……
「俺にもまだ、伸びしろがあるってことだよな……!」
あくまでも、可能性だが。今は、その可能性を信じていたい。帰り道の俺の足取りは、自然と早歩きになっていた。
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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オリハルコンだって?どっかで聞いたことあるような……
「なんだっけ、それ?」
「オリハルコン。紅色の輝きを放つマナメタルさ。強い魔力を秘めながらも、他の魔力に反発せずに同調する特性を持つ石だ。ここでも滅多に産出しない貴重な代物だぜ……」
若いドワーフは、またもほぅ、と惚れ惚れするようなため息をついた……冗談を言っているわけでは、ないみたいだが……
「えっと……それ、間違いないのか?だってその、オリハルコン?それって、赤く輝いてるんだろ?でもその石は、どう見ても……」
「これはまだ未精錬だからさ。一度完全に溶かす必要があるけど、そうすりゃ本来の輝きを取り戻すはずだ」
へぇ、そういうものなのか。てことは、本当に本物ってことなんだな。うわー、まさかあんときの石ころが、金の卵に化けるだなんて。あのインチキ魔術師、これを聞いたらどんな顔をするだろうな?くくくっ。
「……うん、決めた。なあ、ちょっと相談があるんだけど」
ずっとオリハルコン鉱石を見つめていたドワーフは、何かを決意したようにうんとうなずくと、俺へと視線を上げた。
「あんたさっきさ、剣を修理したいって言ってたよな?それ、俺にやらせてくれないか?コイツを使ってさ」
「え?コイツって……そのオリハルコンを?」
「ああ。こいつを使えば、この世に二つとない武器が作れると思うんだ。あんた、剣を新しくするのは嫌なんだろ?これっぽっちの鉱石じゃ、一から新しい武器は作れねえ。だからあえて、修理に使ってみようってわけさ」
なるほど……確かに、オリハルコン製の武器だなんて、心が躍るワードだ。だけど……俺は仲間たちの方へ振り返った。
「……どう思う?」
俺の問い掛けに、みんなはそろってうーんと首をひねった。
「要するに、剣を取るか、その鉱石を取るかってことだよね」とフラン。
フランの言う通り、これは二者択一の問題だ。剣が直ればもちろん嬉しい。ただ、俺はエラゼムと違って、そもそも剣をそこまで重用しない。その上に、その鉱石がとても貴重なものだと来ると……
「……あの鉱石、売ったらどれくらいになるんでしょうね?ひょっとすると、すごい大金になるんじゃ……」
ウィルはごくりと喉を鳴らして、オリハルコンを見つめた。そうなのだ。万年金欠の我が軍勢にとって、一攫千金のチャンスは非常に貴重だ。みすみす逃すようなマネはしたくない。
「吾輩としては、桜下殿が強力な武器を持たれることには賛成なのですが……」
逆にエラゼムは、剣の修理に賛成してくれた。彼は騎士だし、自分の剣というものに、思うところがあるのだろう。俺だって、かっこいい剣の一つや二つは欲しいさ。ホントはな。
「う~~~ん……」
どちらにも利はあるし、惹かれもする。これは、悩むなぁ……
「……」
俺はその時ふと、若いドワーフが固唾をのんで、こちらの様子をうかがっていることに気付いた。俺たちに断られやしないかと、冷や冷やしているみたいだ……
(ああ、そういや……まだ一度も武器に触らせてもらえないって、言ってたっけか)
これは彼にとって、またとないチャンスなんだ。だからあんなに必死そうにして……
「……うん、それなら。決めた。それじゃあ、剣の修理を頼むことにしようかな」
「……!」
若いドワーフの顔が、はじけるように明るくなった。
「ほ、ほんとか!よっしゃ、そうこなくっちゃ!安心しろよ、絶対いい武器に仕上げて見せるからさ!」
「あはは、期待してるよ。よろしく頼むぜ」
「もちろんだ。お前、話の分かる奴だな!人間のくせに!」
若いドワーフはにこにこ笑って、バシバシ俺の肩を叩いた。いまいち褒めているんだか分かりづらいな……
「桜下さん、あの石は売らないことにしたんですね?」
ウィルがこっそりと耳打ちしてくる。俺はようやくドワーフから離れると、ひそひそと返した。
「ああ。正直どっちでも良かったんだけどさ。あのドワーフが、あんまりやりたそうにしてたからな」
「まあ、そういう理由だったんですか?桜下さんらしいというか……分かりました、それなら何も言いません」
「へへへ。それにさ、せっかく貴重な鉱石が手に入ったのに、それをカネにしちまうだなんて、ロマンがないだろ?」
「あら、桜下さんってロマンチストだったんですか?」
「おうとも。そうじゃなきゃ、勇者やめて第三勢力なんて目指さないさ」
「うふふ、それもそうですね」
若いドワーフに工期を訊ねたところ、エラゼムの剣の修理までには間に合わせるとの回答を貰った。
「お前らは旅人なんだろ?だったら、出発を遅らせるような野暮なことはしねえよ。きっちり間に合わせてやるさ」
「そうしてくれると助かるよ。俺たち人間には、ずっと地下はしんどいから」
「へー。地上なんて、ろくなことがないと思うけどなぁ……ま、そういうことだから。楽しみに待っててくれよな!」
若いドワーフはそう息巻くと、すぐに自分の鉄床の前まで駆け出そうとした。おっと、俺はその背中を呼び止める。
「あ、ちょっと待ってくれ!なああんた、名前は何て言うんだ?」
「んぁ?ああそいや、まだ名乗ってなかったな。俺はレググってんだ!よろしくな!」
レググは言うが早いか、鉄床の前に座って、金づちをカンカンやり始めた。なるほど、ドワーフは未練を抱きやすいっていう、ファルマナの言葉が分かる気がした。あれだけ熱中する種族なら、その分思い入れも強いんだろう。
彼の邪魔をしないよう、俺たちはそっと鍛冶場を後にした。
鍛冶場を出て、前も泊まった粘土細工みたいな宿に戻ってくる。アラガネのじいさんの宿も広くはなかったけど、ここを改めて見ると、あそこは十分人間サイズだったんだって思うよな。
荷物を降ろすと、俺は一人立ち上がった。行きたいところがあったのだ。
「ちょっとだけ、出かけてくるな」
俺がそう言うと、すぐにフランが「一緒に行く」と言いたそうな顔をするので、先手を打っておく。
「すぐそこだから、一人で平気だよ。いい歳して迷子にはならないさ。なんかあったら、アニを通じて呼ぶな」
そう言われては、フランも二の句が継げないようだ。しゅんとして、ふいっとそっぽを向いてしまった。うぅ、ちょっと胸が痛いな……けどあそこには、できれば一人で行きたかったんだ。
「それじゃ、行ってくるな」
宿を出て、ドワーフの町を歩く。以前も一度行った場所だから、道はおぼろげに覚えている。丸っこい、ごみごみした家々の合間を抜け、やがて俺はとある一角へとやって来た。そこには特にめぼしい建物はないが、通りの地面にぽつんと、マンホールのような蓋が一つはまっていた。お目当ては、そこだ。
「よっ……と」
ふらつきながらも重い蓋を持ち上げると、ぽっかりとした縦穴が口を開けた。俺は臆することなく穴に身を滑り込ませる……ちょっとだけウソだ。何度来ても、この入り口は怖い。骸骨を床一面に敷き詰めるセンスなんて、逆立ちしたって理解できないぜ……
「……やあ。また来てくれたんだね」
穴倉を一番奥まで進むと、やがて緑色の明かりが見えてくる。そこにひょいと顔をのぞかせると、この前とほとんど同じ格好をしたファルマナが、レンズの奥の瞳で俺を見据えていた。今、俺が顔を出す前に声が聞こえてきたような……気のせいだよな?
「よう、ファルマナ。今さっき、ここに戻ってきたんだ」
「そうかい。まあ、座りなよ」
ファルマナに勧められた緑のクッションに腰を下ろす。クッションには複雑な刺繍で模様が描かれていたが、何を描いているのかさっぱりわからない。何かの形にも見えるし、何も考えずに針を動かしたようにも見える。
「戻って来たということは、もうじきここを発つんだね」
「ああ……あと二、三日で、ここに来た用事は済みそうだ」
「いいことだよ。目的は果たされるためにあるのだから……それで、どうしてまたここに来たんだい?」
ファルマナは緑の瞳をすっと細めた。こう訊いてはいるが、実際の所、全部わかっているんじゃないか?という気にさせられる。
「ファルマナ。あんたの言ってた、死霊術師の覚悟についてだよ。いちおう、俺なりの答えが見つかったんだ」
「ほう……興味深いね。ぜひ聞かせてもらえるかな」
「ああ。ていっても、ほんとに単純なことなんだけど……俺、あいつらの“主”になるって決めたんだ」
「あるじ……」
ファルマナはきょとんと繰り返すと、急にふき出した。
「あっはははは!そうかい、主か。あははは」
これは……どう受け取ったらいいんだろう。ファルマナがこんなに表情を崩したのは初めてだから、いまいち反応に困るな。ファルマナはひとしきり笑うと、ずれた眼鏡をついっと掛けなおした。
「いや、すまなかったね。正解だよ、桜下」
「……それ、ウソじゃないよな?」
「もちろん。笑ったことを気にしているのなら、あれはあげつらったわけではないよ。実に君らしい答えで、嬉しくなってしまったのさ」
嬉しい、ねえ。やっぱりこのドワーフのセンスは、どうにも分かりづらい。
「主の自覚。それはすなわち、死霊の魂を背負う覚悟のことだ。死霊術とは、単に死霊を操るだけの能力じゃない。それは、魂の交感なのさ。この覚悟のない術者は、死霊たちと真の意味で交わることはできない。魂が通わなければ、例えどんなに素晴らしい技術であっても、輝きは燻るものだよ」
相変わらず、抽象的な話だ。けど俺は、こくりとうなずいた。前と違って、何となく意味が分かる気がする。
「あんたが言ってた枷ってのは、このことだったんだな。みんなを仲間だと思うだけでは、俺は自分の役目を果たせなかったんだ」
「そうだね。けど、君は間違えていたわけではないよ。君と彼らは、魂の深い部分で繋がっていた。きっといずれは、君自身で答えを見つけることができていただろうさ」
「そう、なのかな」
「そうとも。僕が要らないおせっかいを焼いただけの事さ……だけどこれで、君は死霊術という道を、また一歩進んだことになるね」
「そうかな……そうだといいけれど」
「間違いないよ。そこで、前に僕が言った警告、覚えているかい?」
警告?ファルマナが言っていたこと……あれ?ええと。
「……」
「……その顔は、覚えていないね?やれやれ。僕は、こうも言ったんだ。死霊に近づくということは、同時に死にも近づくということなんだと」
「あ!そういえば、そんなことも言ってたな。それ相応に危険も伴うんだって」
「その通り。君が自覚をした以上、君の魂はますます彼らに近づいていくだろう。その先に、死霊術の新たな可能性がある……だけど、自分の魂を見失ってはいけない」
「自分の、魂を……」
「術者と死霊、魂が重なることはあっても、混じり合ってはいけない。そこを履き違えると、さいあく、君は還ってこれなくなるからね」
「はぁ……」
ファルマナの警告は、いかんせんふんわりしていて、真意を汲み取りにくい。ようは、あまりアンデッドの側に行きすぎちゃダメだってことなんだろうか?
「……けど、わかった。忘れないでおく。あんたのアドバイスは、結局ぜんぶ役に立ったしな。改めて礼を言うよ」
「たまたま、偶然さ。死霊術というのは、この足下に広がる宇宙のように、深く、不可思議なものだからね……僕も、人間のまともな術師に会えてよかった。いい経験になったよ。見送りには行けないけど、君たちの旅の無事を祈ろう」
「あれ、忙しいのか?」
「言っただろう、ここで過ごすことは少ないって。しばらくは戻らないだろうから、ここでさよならを言っておこう」
「そっか。いろいろありがとな」
「僕も楽しかったよ。またこの町に来ることがあれば、ぜひ立ち寄っておくれ」
ファルマナは、眼鏡の奥で薄く微笑んだ。彼からは、色々なことを学んだ気がする。なんだろう……いうなれば、ネクロマンサーとしての師匠ができた気分だ。ずっと独学でやってきた俺だけど、同じ力を持つ人(ドワーフだけど)に出会えたことは、同志ができたみたいで、嬉しかった。
(死霊術の可能性、か……)
神秘的な穴倉を後にしながら、彼の言葉を振り返る。俺の能力は、大岩を砕けるわけでも、千の大軍を一瞬で灰燼と化せるわけでもない。およそ前衛向きではないこの力では、仲間たちのような活躍は期待できないと思っていたが……
「俺にもまだ、伸びしろがあるってことだよな……!」
あくまでも、可能性だが。今は、その可能性を信じていたい。帰り道の俺の足取りは、自然と早歩きになっていた。
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