じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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「女の子?」

ウィルは確かに、女の子が襲われていると言った。俺は思わずライラを見る。ライラは大騒ぎしているにもかかわらず、俺の隣ですやすや寝息を立てていた。ほ、とりあえずライラの事ではないみたいだ。けどじゃあ、いったいどういう状況なんだ……っと、聞くのは後回しにしよう。どうあれ、あまりのんびりしていられるシチュエーションではなさそうだ。

「とりあえず、行くか。話は向かいながら聞こう。フラン、付いてきてくれるか?エラゼムはライラを頼む」

「わかった」「承知しました」

「よし。ウィル、案内してくれ」

「はい!」

ウィルの先導の下、俺とフランはバタバタと廊下を走り抜け、宿の外へと出た。

「こっちです!」

ウィルは狭い路地へと飛び込んでいく。うぅ、外はひりつくほど寒い。暖かい部屋との温度差で縮み上がりそうだ。体温を上げるためにも、気合を入れて走りながら、俺はたずねた。

「それで、ウィル!どういう事の次第なんだ?」

「はい。あの、私も全容をきちんと把握しているのかは……」

「細かいのはいいから!日が昇るのを待つ気か?」

「わ、わかりましたよぅ。えっとですね、町をお散歩していたら、急に怒鳴り声が聞こえてきたんです。何だろうと見に行ったら、女の子が急に飛び出してきて。その後を、怖い顔した男の人たちが追いかけて……」

「そいつは、穏やかじゃないな。男たちの数は?」

「十人はいたと思います。下手したらもっとかも……私一人じゃ手に負えないと思って、すぐに戻ってきたんです」

「そういうことか。女の子の足は、速そうだったか?」

「え?どうだったかしら、いきなりだったので……コルトさんよりは、遅かった気もしますけど……」

「なら、あまり猶予はなさそうだな」

ミストルティンで出会った、コルトくらいの俊足ならともかく、普通の女の子が大の大人を撒くことは難しいだろう。

「乗って!」

状況がひっ迫していると見るや、フランが即座に腰をかがめた。こういうのももう何度目か。俺もすっかり慣れ、フランの背中に速やかにおぶさった。

「急ごう!跳ぶよ!」

フランが足に力を込めたのがわかる。次の瞬間、俺たちの体は宙に浮かび上がっていた。

「いいぞ!直線距離なら近いはずだ!」

寝静まった家々の屋根を乗り継いで、俺たちは現場へと急行した。



「止まってください!確か、この辺り……」

とある街角の一角に差し掛かった時、ウィルが俺たちを呼び止めた。

「ウィル、ここなのか?」

「そうです。でも、ずっと同じ場所にいるはずないから……」

女の子が捕まっていないのなら、まだ町を走り回っているだろう。何か物音は聞こえないかと、俺は耳を澄ました。

「……何か聞こえた」

異変を感知したのは、俺ではなくフランだった。相変わらず、五感の感度が凄まじい。

「フラン、何の音だ?」

「何かが倒れるような音と、叫び声。ここからそう遠くない」

「そいつは、かなり臭いな。よし、ならそっちに行ってみようぜ。けどここからは、なるべく静かに。連中には見つからないほうが、後々楽だろうから」

「わかった」

俺はフランの背中から下りると、彼女に続いて、なるべく足音をたてないように走り始めた。俺が競歩よろしく足をせかせか動かしていると、フランが一つの曲がり角の手前で、手をすっと上げた。俺とウィルは立ち止まる。

「……いる。この先だ」

フランの小声に、俺たちはごくりとつばを飲み込んだ。

「ど、どうしますか……?」

ウィルが俺の耳元で囁く。さて、どうしよう。不意打ちで倒してしまうか?けど、相手の正確な人数が分からないと危険だな。いっそ正面から行くか?

「……まずは、状況を確認してみよう」

俺たち三人は、曲がり角に身を寄せ合って、目だけを角からのぞかせた。
角の向こうは、袋小路になっていた。その一番奥に、何人かの男たちの姿が見える。何かを取り囲んでいるようだが……男たちの声が聞こえてきた。

「……てめえ!調子に乗ってんじゃねえぞガキ!」

「……ターチェ!」

「あぁ?なんつってるのかわかんねーな。ちゃんと人間の言葉を喋れや!」

バシッ!何かを叩くような音とともに、小柄な人影がどさりと地面に倒れた。男たちの足の間から、ライラくらいの歳の女の子の姿が見えた。

「へっへっへ。このクソガキが!いっぺん、自分の身分ってモンを分からせてやらねえといけないみたいだな。あぁん?」

男の一人が、倒れた女の子の上に馬乗りになった。女の子はジタバタと暴れて抵抗するが、男は気にも留めずに、女の子の服に手を掛けた。
それを見た瞬間、俺の横を何かがひゅっと通り抜けていった。俺たちが止める間もなく、フランが路地裏の男たちに向かって突撃を開始した。

「あぁ、おいっ!」

「桜下さん、追いかけますか!?」

「……いや。あっちはフラン一人で大丈夫だ。それより、俺たちは他に仲間がいないか気を付けよう」

こういう時こそ冷静に。今俺たちが前に出たところで、何もできないだろうしな。ウィルは俺の指示にうなずくと、少し上昇して周囲を警戒した。
幸い、フランの戦いはあっと言う間に終わった。不意打ちだったというのもあるけど、普通の人間じゃ、フランには歯が立たないだろう。殴られるか蹴飛ばされるかして、みんな気絶した。

「ぐぇっ……」

最後の一人の首根っこをつかむと、フランは片手でギリギリと首を絞め上げた。

「お前……この子に、何しようとした」

「う……ごぉ……」

男は口から泡を吐き、フランは赤い目をギラギラと滾らせている。あの目は、結構キレてる目だな。そろそろ止めに入った方がよさそうだ。

「フラン、そのへんにしとけ。死んじまうよ」

フランはちらりとこちらを見ると、パッと男を離した。男は尻から地面に落ち、喉を押さえてぜぇぜぇと荒い息をしている。こいつに聞きたいこともあるけれど、とりあえず女の子の無事を先に確認しよう。
くだんの女の子は、ケンカの最中に移動したのか、袋小路の壁に背中を張り付け、カッと目を見開いていた。いま目の前で起きたことが、いまだに信じられないといった表情だ。目立った怪我はないみたいだけど、一度話をした方が良さそうだな
俺は倒れた男たちの間を縫って、その女の子へと近寄った。髪の色はライラと同じく赤で、それを三つ編みにして、肩に垂らしている。服は麻袋に穴をあけたような粗末なもので、ところどことすり切れて傷んでいた。

「……!……!」

「えーっと。危ない所だったな。怪我はないか?」

女の子の前まで行くと、俺はかがんで目線を合わせた。唇が切れているな。男に殴られたときの傷だろうか?などと、その子の様子を見ていると……

「……っ!」

女の子はギリっと歯を食いしばると、思い切り足を振り上げ、ぼけーっとしていた俺の股間を強打した。

「!?!?!?」

目玉が飛び出るかと思った。いや、ちょっと出たんじゃないかな。漫画みたいに……

「っ!」

崩れ落ちた俺に振り向きもせず、女の子はだっと駆け出した。そのまま路地を抜けるかと思いきや、フランに腕をつかまれる。

「ちょっと!お礼ならともかく、どういうつもり!?」

「~~~!スパラーテ!」

「は?意味わかんないよ!」

フランが何を言っても、女の子は意味不明な返答しかしない。次第に二人とも頭に血が上ってきて、ほとんど口喧嘩みたいになっている。

「桜下さん、大丈夫ですか!?」

ウィルが隣に来て、冷たい手で背中をさすってくれた。ありがたいんだけど……

「ウィルぅ……俺、明日から女の子になってたらどうしよう……」

「え、縁起でもないこと言わないでくださいよ」



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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