じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
4-2
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「それじゃあわたし、この人を送り届けてくるから」
騒動が収まった後、フランはミカエルを送り届けるために、再び夜の闇へ踏み出した。吹雪は少しだけ勢いを弱め、フランの足取りも心なしか軽かった。ライラが召喚した光の犬が先導をしてくれるので、道に迷う心配もない。
フランがとーんと跳躍したタイミングで、ミカエルがそろりと口を開いた。
「……約束、守ってくれるんですね」
フランは、抱きかかえたミカエルをちらりと見下ろすと、彼女が話しやすいよう、少しジャンプの高度を下げた。これなら着地の衝撃で舌を噛むこともないだろう。
「そう言ったでしょ。それとも、破った方が期待通りだった?」
「そういう事では、ないですけれど……少し、あなたたちを誤解していたのかもしれないな、と思いまして」
「……別にいいよ。慣れてるし」
フランの返答は、色々な感情を含んでいるようにミカエルには思えた。失礼な発言だったかとも思ったが、フランはそこまで気分を害した様子ではなかった。ミカエルはこの機に、ずっと気になっていたことも聞いてしまおうと決めた。
「あの……一つ、聞きたいのですが。彼について、です。彼は、この国の勇者であり、つまり……あなたたちの、主であるんですよね」
「そう」
短い返答に、ミカエルはちらりとフランの顔色をうかがってから、話をつづけた。
「彼は、ネクロマンサーですよね。その術で、あなたたちを従えている……そうですよね?」
「……何が言いたいの」
今度のフランの声には、少しだけ角があった。ミカエルは途端に自信を失ったが、ここまで聞いた以上、最後まで言わない方が余計な誤解を与えそうだと思った。
「え、ええっとですね……つまり私は、と言うか私たちは、こう考えていたんです。彼は、あなた達を無理やり従えて、仲間にしているんじゃないか……と」
「……まあ、それがネクロマンサーの能力だものね」
「は、はい……とくにクラーク様は、その点を強く気にされていたようで……死者を配下として蘇生できるというのは、とても強力な能力です。つまり、死を介せば、どんな相手だって自分のものにできるわけですから……」
「確かに、そう」
フランはミカエルの言葉に、怒るどころか、逆に深く納得した。冷静に考えてみれば、桜下の能力はかなりデタラメだ。死霊術の一点特化だとは言え、その術の強さが半端じゃない。アンデッドの王とされるヴァンパイアですら配下に従えてしまうのだから、あの支配から逃れられる死霊はいないだろう。もしも桜下が血も涙もない人間だったならば、高名な魔術師や凄腕の剣士を片っ端から殺して回り、彼らを使ってさらに人を殺し、それがさらに殺し、殺し、殺し……ネズミ算式に、桜下の軍勢は増えていく。兵隊は眠らず、食事を必要とせず、忠実で、そして死なない。
総括するとつまり、理論上は、桜下は地上のあらゆる人間を支配することが可能なことになる。
「ですが」と、ミカエル。
「先ほどのあなたたちを見て、私は考えを改めたほうがよいのでは、と思いました。だって、あなたたちは……心の底から、彼を心配しているように見えたから」
「……」
少なくとも、あの場で桜下を心配していなかった仲間はいないだろうと、フランは思った。
「フランさん、でしたよね……あなたにとって、彼は一体なんなのですか。彼は、あなたたちと、どのような関係を築いているのでしょう」
フランは、ミカエルの言葉を、ゆっくりと咀嚼した。それについては、フラン自身も何度か考えたことがある。フランにとって、桜下とは。桜下にとって、フランとは……
「……一言で言うとね。あの人は、バカなんだよ」
「え?」
予想外の言葉に、ミカエルは目を丸くした。
「バカもばか、大馬鹿。さっきあなたが言ったような大それたことなんか、ちっとも思いつかないくらい。自分の能力を、ちょっと変わってるけど便利な力くらいにしか考えてないんだ」
「そう、なんですか?」
「そう。お人好しで、能天気で、おせっかいで……今回だって、仲間のアンデッドをかばったせいでああなったんだから。自分は生身の人間なんだから、むしろわたしたちを盾に使えばいいのに。そんなこと、少しも考えたことないんだよ、きっと」
さっきまでと打って変わって饒舌なフランを見て、ミカエルは堪えきれずにぷっと笑った。
「あ、ごめんなさい。フランさんたちを笑ったわけではなくて……お顔が、とても優しかったものですから。フランさんは、本当に彼のことが好きなんだなぁって」
フランは眉をひそめた。そんな顔をしていたつもりはないのだけれど。
「好き、だなんて……」
「あれ、違うんですか?」
「……わからない。わたしのこの気持ちは、そんなに綺麗なものじゃないと思う。あの人のことは、大事。あの人は、わたしに一緒にいて欲しいって言ってくれた、たった一人の人間だから。けど、だからこそ……もしあの人がわたしを捨てようとしたら、わたしはあの人を八つ裂きにすると思う」
ミカエルは、怯えたようにひっと息をのんだ。
「いかれてるでしょ?いいよ、自分でもそう思うから。だから、わたしのあの人への感情は、そんなに素敵なものじゃないんだよ。妄執とか、依存とか、そんな風に言うほうが正しいと思う」
「……なんだか、大変なんですね」
「アンデッドなんて、みんなそんなもんだよ」
ミカエルはそれ以上、何も言えなかった。
しばらく雪原を駆けると、先導をしていた光の犬が、ワンと一声鳴いた。どうやら、クラークが近いらしい。
「あの、もうここまでで十分です。ここからは、自分で戻りますから」
ミカエルの声を聞き、フランは足を止めた。
「いいの?」
「はい。今、クラーク様とフランさんが顔を合わせたら、きっと戦いになってしまいます。彼には私から言っておきますから」
「……わかった。そうする」
フランは、ミカエルをそっと雪の上におろした。
「……助かった。ありがとう」
「いえ。結局大したことは、何もしていませんし……」
「それでも。信じてくれて、嬉しかった。……それじゃ」
それだけ言い残すと、フランはくるりと踵を返した。
「……あの!」
その背中に、ミカエルは大声で呼びかける。
「好きって言う感情は、そんなに綺麗なモノじゃないと思います!」
フランの足が、ぴたりと止まった。
「欲深で、面倒臭くて、嫉妬して……好きには、そう言う側面もあると思うんです。私自身、そんなに詳しくはないですけれど……けどそこに、人間とアンデッドの違いって、ないんじゃないでしょうか?」
「……」
フランは何も言わない。ミカエル自身、どうしてこんなこと言ったのかと戸惑っていた。初めてまともな対話をしたアンデッドに興味がわいたのか、クラークとコルルという身近な間柄に思う所があったのか。
「……そんなの」
フランの呟きは、吹雪にかき消されそうなほど弱々しかった。
「そんなの、分かんないよ」
それだけ言い残すと、フランはたたたっと駆け出した。そして三歩目で大きくジャンプし、するりと夜の闇の中へ消えていった。
「……普通の女の子、みたいなのになぁ」
ミカエルは、フランの消えた闇に一言だけつぶやくと、ローブのそばに寄ってきた光の犬の頭を撫でてから、仲間の下へと歩き出した。
ミカエルが無事にクラークたちと再会すると、仲間たちは半狂乱になった。
「ミ゛ガエ゛ル゛ぅぅぅぅぅ~~!ごめんね、ごべんねぇぇぇぇ~~~!」
コルルは顔の至る所から水をこぼして、ミカエルを力いっぱい抱きしめた。ミカエルは首筋がべしょっとなるのを感じたが、それでもコルルを抱きしめ返した。
「ミカエル……ほんとうにごめん。あの時、僕が君を見失わなければ……」
「そんな、クラーク様のせいじゃ……それに、こうして迎えに来てくれたじゃないですか」
クラークたちは、一度全員で合流してから、吹雪の中を捜索し続けていた。そこにミカエルが出くわす形になったのだ。
「当たり前だよ。仲間を見捨てるなんて、できるものか。でも、本当に、無事でよかった……ひどい目にあわされなかったかい?」
「はい。なんともありません」
すると、珍しく優し気な微笑を浮かべていたアドリアが、不思議そうに首をかしげた。
「ミカエル、お前が無事で私も嬉しい。だが、それだとあのアンデッドは、どうしてお前をさらったんだ?」
それもそうだと、クラークもうなずく。ミカエルを吹雪の中で見失ったときは、もう二度と会えないかもしれないと考えたほどだったのに。
「はい。そのことなんですけど……私たちは、少し誤解をしていたのかもしれません」
「誤解、だと?」
「ええ……少し、長い話になりそうですが」
ミカエルは、雪の舞う闇夜をちらりと振り返ってから、少しずつ語りだした。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「それじゃあわたし、この人を送り届けてくるから」
騒動が収まった後、フランはミカエルを送り届けるために、再び夜の闇へ踏み出した。吹雪は少しだけ勢いを弱め、フランの足取りも心なしか軽かった。ライラが召喚した光の犬が先導をしてくれるので、道に迷う心配もない。
フランがとーんと跳躍したタイミングで、ミカエルがそろりと口を開いた。
「……約束、守ってくれるんですね」
フランは、抱きかかえたミカエルをちらりと見下ろすと、彼女が話しやすいよう、少しジャンプの高度を下げた。これなら着地の衝撃で舌を噛むこともないだろう。
「そう言ったでしょ。それとも、破った方が期待通りだった?」
「そういう事では、ないですけれど……少し、あなたたちを誤解していたのかもしれないな、と思いまして」
「……別にいいよ。慣れてるし」
フランの返答は、色々な感情を含んでいるようにミカエルには思えた。失礼な発言だったかとも思ったが、フランはそこまで気分を害した様子ではなかった。ミカエルはこの機に、ずっと気になっていたことも聞いてしまおうと決めた。
「あの……一つ、聞きたいのですが。彼について、です。彼は、この国の勇者であり、つまり……あなたたちの、主であるんですよね」
「そう」
短い返答に、ミカエルはちらりとフランの顔色をうかがってから、話をつづけた。
「彼は、ネクロマンサーですよね。その術で、あなたたちを従えている……そうですよね?」
「……何が言いたいの」
今度のフランの声には、少しだけ角があった。ミカエルは途端に自信を失ったが、ここまで聞いた以上、最後まで言わない方が余計な誤解を与えそうだと思った。
「え、ええっとですね……つまり私は、と言うか私たちは、こう考えていたんです。彼は、あなた達を無理やり従えて、仲間にしているんじゃないか……と」
「……まあ、それがネクロマンサーの能力だものね」
「は、はい……とくにクラーク様は、その点を強く気にされていたようで……死者を配下として蘇生できるというのは、とても強力な能力です。つまり、死を介せば、どんな相手だって自分のものにできるわけですから……」
「確かに、そう」
フランはミカエルの言葉に、怒るどころか、逆に深く納得した。冷静に考えてみれば、桜下の能力はかなりデタラメだ。死霊術の一点特化だとは言え、その術の強さが半端じゃない。アンデッドの王とされるヴァンパイアですら配下に従えてしまうのだから、あの支配から逃れられる死霊はいないだろう。もしも桜下が血も涙もない人間だったならば、高名な魔術師や凄腕の剣士を片っ端から殺して回り、彼らを使ってさらに人を殺し、それがさらに殺し、殺し、殺し……ネズミ算式に、桜下の軍勢は増えていく。兵隊は眠らず、食事を必要とせず、忠実で、そして死なない。
総括するとつまり、理論上は、桜下は地上のあらゆる人間を支配することが可能なことになる。
「ですが」と、ミカエル。
「先ほどのあなたたちを見て、私は考えを改めたほうがよいのでは、と思いました。だって、あなたたちは……心の底から、彼を心配しているように見えたから」
「……」
少なくとも、あの場で桜下を心配していなかった仲間はいないだろうと、フランは思った。
「フランさん、でしたよね……あなたにとって、彼は一体なんなのですか。彼は、あなたたちと、どのような関係を築いているのでしょう」
フランは、ミカエルの言葉を、ゆっくりと咀嚼した。それについては、フラン自身も何度か考えたことがある。フランにとって、桜下とは。桜下にとって、フランとは……
「……一言で言うとね。あの人は、バカなんだよ」
「え?」
予想外の言葉に、ミカエルは目を丸くした。
「バカもばか、大馬鹿。さっきあなたが言ったような大それたことなんか、ちっとも思いつかないくらい。自分の能力を、ちょっと変わってるけど便利な力くらいにしか考えてないんだ」
「そう、なんですか?」
「そう。お人好しで、能天気で、おせっかいで……今回だって、仲間のアンデッドをかばったせいでああなったんだから。自分は生身の人間なんだから、むしろわたしたちを盾に使えばいいのに。そんなこと、少しも考えたことないんだよ、きっと」
さっきまでと打って変わって饒舌なフランを見て、ミカエルは堪えきれずにぷっと笑った。
「あ、ごめんなさい。フランさんたちを笑ったわけではなくて……お顔が、とても優しかったものですから。フランさんは、本当に彼のことが好きなんだなぁって」
フランは眉をひそめた。そんな顔をしていたつもりはないのだけれど。
「好き、だなんて……」
「あれ、違うんですか?」
「……わからない。わたしのこの気持ちは、そんなに綺麗なものじゃないと思う。あの人のことは、大事。あの人は、わたしに一緒にいて欲しいって言ってくれた、たった一人の人間だから。けど、だからこそ……もしあの人がわたしを捨てようとしたら、わたしはあの人を八つ裂きにすると思う」
ミカエルは、怯えたようにひっと息をのんだ。
「いかれてるでしょ?いいよ、自分でもそう思うから。だから、わたしのあの人への感情は、そんなに素敵なものじゃないんだよ。妄執とか、依存とか、そんな風に言うほうが正しいと思う」
「……なんだか、大変なんですね」
「アンデッドなんて、みんなそんなもんだよ」
ミカエルはそれ以上、何も言えなかった。
しばらく雪原を駆けると、先導をしていた光の犬が、ワンと一声鳴いた。どうやら、クラークが近いらしい。
「あの、もうここまでで十分です。ここからは、自分で戻りますから」
ミカエルの声を聞き、フランは足を止めた。
「いいの?」
「はい。今、クラーク様とフランさんが顔を合わせたら、きっと戦いになってしまいます。彼には私から言っておきますから」
「……わかった。そうする」
フランは、ミカエルをそっと雪の上におろした。
「……助かった。ありがとう」
「いえ。結局大したことは、何もしていませんし……」
「それでも。信じてくれて、嬉しかった。……それじゃ」
それだけ言い残すと、フランはくるりと踵を返した。
「……あの!」
その背中に、ミカエルは大声で呼びかける。
「好きって言う感情は、そんなに綺麗なモノじゃないと思います!」
フランの足が、ぴたりと止まった。
「欲深で、面倒臭くて、嫉妬して……好きには、そう言う側面もあると思うんです。私自身、そんなに詳しくはないですけれど……けどそこに、人間とアンデッドの違いって、ないんじゃないでしょうか?」
「……」
フランは何も言わない。ミカエル自身、どうしてこんなこと言ったのかと戸惑っていた。初めてまともな対話をしたアンデッドに興味がわいたのか、クラークとコルルという身近な間柄に思う所があったのか。
「……そんなの」
フランの呟きは、吹雪にかき消されそうなほど弱々しかった。
「そんなの、分かんないよ」
それだけ言い残すと、フランはたたたっと駆け出した。そして三歩目で大きくジャンプし、するりと夜の闇の中へ消えていった。
「……普通の女の子、みたいなのになぁ」
ミカエルは、フランの消えた闇に一言だけつぶやくと、ローブのそばに寄ってきた光の犬の頭を撫でてから、仲間の下へと歩き出した。
ミカエルが無事にクラークたちと再会すると、仲間たちは半狂乱になった。
「ミ゛ガエ゛ル゛ぅぅぅぅぅ~~!ごめんね、ごべんねぇぇぇぇ~~~!」
コルルは顔の至る所から水をこぼして、ミカエルを力いっぱい抱きしめた。ミカエルは首筋がべしょっとなるのを感じたが、それでもコルルを抱きしめ返した。
「ミカエル……ほんとうにごめん。あの時、僕が君を見失わなければ……」
「そんな、クラーク様のせいじゃ……それに、こうして迎えに来てくれたじゃないですか」
クラークたちは、一度全員で合流してから、吹雪の中を捜索し続けていた。そこにミカエルが出くわす形になったのだ。
「当たり前だよ。仲間を見捨てるなんて、できるものか。でも、本当に、無事でよかった……ひどい目にあわされなかったかい?」
「はい。なんともありません」
すると、珍しく優し気な微笑を浮かべていたアドリアが、不思議そうに首をかしげた。
「ミカエル、お前が無事で私も嬉しい。だが、それだとあのアンデッドは、どうしてお前をさらったんだ?」
それもそうだと、クラークもうなずく。ミカエルを吹雪の中で見失ったときは、もう二度と会えないかもしれないと考えたほどだったのに。
「はい。そのことなんですけど……私たちは、少し誤解をしていたのかもしれません」
「誤解、だと?」
「ええ……少し、長い話になりそうですが」
ミカエルは、雪の舞う闇夜をちらりと振り返ってから、少しずつ語りだした。
つづく
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