じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
13-5
13-5
『主様……くれぐれも、慎重にしてください。今の彼女は、危険です』
「ああ。わかってる……」
けど正直、予想外だった。まさかここまで、ウィルの中の闇が大きくなっていたなんて。何がここまで、彼女を追い詰めたんだろう……
俺はなるべく静かに雑草をかき分けると、扉の外れた玄関から廃屋の中へと滑り込んだ。中はがらんどうで、砂ぼこりが積もってジャリジャリしている。上へと続く階段は、壁のすみにひっそりと佇んでいた。
「よし……」
階段をどんどん上っていく。二階、三階……屋根へと出る天窓には、ぼろぼろになった梯子が掛けられていた。軋むそれを慎重に、一段ずつ上ると、ついに屋根の上へと出た。目の前には王都の町灯りが、見渡す限り続いている。屋根のへりに腰掛けるようにして、ウィルがぽつんと座っていた。
俺は息を吸い込むと、その後ろ姿に声をかけた。
「……よう、ウィル」
「……え?桜下さん?」
ウィルがこちらに、ゆっくりと振り向いた。その瞳を見て、俺はぞっとした。普段のウィルの瞳は、蜂蜜のような黄金色だが……今は、真っ黒に見える。もはや眼球が消え、虚な穴が二つ、顔に空いているみたいだった。
「……どうして、ここにいるんですか?」
「お前を、迎えに来たんだよ。いつまでも戻ってこないから」
「そうだったんですか。でも、ほっといてくれてもよかったのに」
「そうはいかないだろ。みんな心配してたんだぜ」
「心配……」
「ああ。特にライラはな。さ、帰ろうぜ」
「……」
ウィルは、動こうとしない。俺から視線を外すと、再び街並みを眺める。
「……せっかく来てもらって悪いんですけど、私、もう少しここにいることにします」
「え?どうして……」
「一人になりたいんです。考え事をしていて、それが終わったら戻りますから」
キッパリと言い切る口調には、はっきりと拒絶の意思が感じられた。ウィルに拒絶されるなんて……ショックではあるが、ここですごすご引き下がるわけにはいかない。俺は屋根瓦を踏みしめて、一歩、ウィルへと近づいた。
「ウィル……」
「こないで」
ぴたっ。たった四文字で、俺の足は根が生えたように固まってしまった。なにも、ウィルの言葉を素直に飲み込んだわけじゃない。前方から見えない突風が吹きつけているみたいだ……俺に背を向けたウィルから、すさまじいプレッシャーを感じるのだ。周囲の闇が濃くなった気がする。さっきまであった町明かりはどこに行ったんだ?
「帰ってください。今の私を、桜下さんに見られたくありません」
「……今、自分がどうなってるのか、わかってるのか?」
「だから言ってるんです。迷惑かけたくありませんから」
くそ、自分が悪霊になりかかってるって、わかって言っているってことか?だとしたら、答えは一つ。ふざけるな、だ。
「ばかやろう!こんなんで、ほっとけるわけないだろ!」
怒鳴りながら、俺はまた一歩踏み出した。
「来ないでって、言ってるんです!」
くおっ……今度は、ほんとうに体がよろめいた。ウィルから放たれているプレッシャーは、フランやエラゼムに匹敵していた。
(強くなってるのか……?)
ネクロマンスの効力が薄らいだとしても、アンデッドとしての本質が変わることはないはずだ。だとしたら、ウィルの中の何かが変化して、それが力の増大に繋がっているんだ。さっきアニが言っていたことを思い出す。
(狂気……ウィルの中の、負の感情が溢れ出ている)
全身に感じる禍々しいオーラは、きっとそれが原因だ。けど、それの理由がわからない。何が彼女を、ここまで追い詰めた?
(それを、確かめないと)
何とかして、ウィルの口から悩みを吐き出させないといけない。だがウィルは、全身の針を逆立てたヤマアラシのように、俺を拒む。
「帰って!ほうっておいて!」
ウィルが叫ぶたびに、俺の体はじりじりと押し戻される。言葉の一つ一つが、実体をもって俺を押しのけているようだ。だけど……
「フランに、頼まれたんだ!お前を連れ戻すって、なぁ!」
一か八かだ!俺は滑りやすい屋根の上を、勢いよく駆けだした。ガチャガチャという音に、ウィルが驚いて振り向く。虚を突かれてか、プレッシャーが一瞬緩んだ。今がチャンスだ!
「ウィル!お前の魂を、俺に見せてみろ!」
口を割らないなら、魂に直接聞くまでだ!俺はほとんど無自覚の内に、右手を高く掲げていた。そして、方法を最初から知っていたかのように、右手をウィルの胸の中心……すなわち、魂の上に重ねた。アニがまばゆい光を放つ。
パァー!
…………
「……どこだ、ここ」
気が付くと俺は、真っ暗な空間にいた。右も左も、そして驚くことに下にも何も見えない。まっすぐ立っているから、地面はあるんだろうけど……唯一、はるか頭上にだけは、小さな丸窓のような夜空がぽつんと浮かんでいた。星がまたたく丸い空を見上げていると、巨大な壺の中に閉じ込められたような気分になる。
「アニ?これは、お前がやったのか?」
たずねても、ガラスの鈴はリンとも鳴らなかった。どういうことなんだろう、アニが返事をしないなんて、今まで一度もなかったのに……
「……あれ?」
真っ暗な空間には俺しかいなかったはずなのに、どこからか声が聞こえてきた。声を頼りに歩いていくと(見えないが、床は確かにあるようだ)、それは少女のすすり泣きだということに気付いた。やがて、膝を抱えたまま宙に浮かぶ、女の子の姿が見えてきた。
「……ウィル?なのか?」
その子の恰好には、見覚えがある。見慣れた、ウィルの修道服だ。けど、背格好は、俺の知っているウィルよりだいぶ小さい。ライラと同じか、もっと下かも……
俺が名前を呼ぶと、女の子は膝から顔を上げた。
「……お兄さん、誰ですか?」
かすれた鼻声で、少女がたずねる。俺のことがわからないのか……?けど、声を聞いて確信した。今より少し高いけど、やっぱりこの声はウィルだ。なんで小っちゃくなってるのかはわからないけど……
(ここは、ウィルの心の中なのかな)
漠然とではあるが、俺はそう認識していた。方法はさっぱりだが、どうやら俺は、ウィルの精神の深い部分に潜り込んでいるらしい。そして、この小さなウィルは、彼女の心そのものなんじゃないか。なら、この子に話を聞ければ……
「えーっと。俺は、君の知り合いなんだ。あ、でも今はまだ会ってないのか。未来で知り合うというか……」
「え?」
「あいや、何でもないんだ。とにかく、なんで君は、こんなところで泣いてるんだ?」
「それは……」
小さなウィルは、うつむいてまばたきを一つした。その拍子に、瞳から涙がつぅとこぼれる。
「……わたしは、要らない子だから」
「え?それは、どういう……」
「わたしは、捨てられた子どもだから。わたしの居場所は、どこにもないんです」
それは……ウィルが、幼いころに神殿の前に捨てられたことを言ってるのか。
「神殿や、村のみんなは、優しくしてくれるけど。けど、ほんとうの家族じゃない。またいつ、捨てられるかもわかんない……だから、いっぱい頑張った。嫌だったけど、神殿のお仕事もお手伝いした。魔法の修行だってちゃんとしたんです」
……そう、だったのか。ウィルは、発言こそ不真面目な割に、きちんとシスターとしての修行はこなしていた。あれには、そういう理由があったんだ……
「けど……わたしは、知らなかった。自分よりも、ずっと優れた人たちが、この世界にはたくさんいるんだってことを」
ん?それは……何のことを言ってるんだ?
「村を離れてから、色々な人に出会って……すごい人たちが、たくさんいて。わたしなんて、その人たちの足元にも及ばないんだって、気付いたんです」
村を離れてから?それは、つまり……俺たちと出会ってからのことじゃないか。
(このウィルには、最近の記憶もあるのか?)
けど、そうか。見た目こそ幼いウィルだが、彼女がウィルの心なのだとしたら、俺たちとの記憶があってもおかしくはない。
「わたしには、すごい力も、魔術の才能も、何もない。わたし、なんにもできない。なんにも……」
とうとう幼いウィルは、ひっくひっくと、しゃくり上げだしてしまった。
「こ、こわいよぅ。わたし、また一人になっちゃう。こんな使えない子、要らないって、捨てられちゃう。もうわたしには、どこにも居場所がないのに……」
ぽたり、ぽたりと、ぬぐい切れない涙が、真っ黒な空間に落ちる。
(劣等感……)
俺はようやく、ここ最近のウィルの様子がおかしかった理由を、理解した。
ウィルには、フランやエラゼムのような特別な力や、ライラのようなずば抜けた才能はない。俺からすれば、ウィルも十分能力を持っているとは思うが、ウィル自身はそう思っていなかったんだろう。そして、王城での仕事によって、それが浮き彫りになってしまった。フランやライラが華々しく活躍する裏で、ウィルは一人で地味な作業に打ち込み続けていた。俺が他の仲間ばかりにかまけたせいで、ウィルの孤独感はさらに増してしまったんだ。
(何が、ウィルはほっといても安心、だ!)
俺は、自分の軽率さを恥じた。俺と二人でいるとき、ウィルは何度も話しかけようとしてたじゃないか。一人は寂しいって、言っていたじゃないか。あいつの過去を、知っていたじゃないか。気づけるポイントは、いくつもあった。それを俺は、すべて見過ごしていたんだ!
「ウィル……ごめん。ごめんな」
「ぐすっ。あ、謝らないでください。悪いのは、ぜんぶわたしなんです。わたしが、かってに……」
幼いウィルは、ふるふると頭を振った。いつか、エラゼムと話したことを思い出す。
(大人びているがゆえに、本心を隠すのがうまい……か)
ウィルもそうだったんだろう。それに、彼女は優しい。きっと今も、俺を、仲間たちを恨んでいるんじゃない。弱い自分を、才能のない自分を、変われない自分を嘆いて、泣いているんだ。
(どうすれば……)
どうすれば、彼女の心に届けられるのか。俺たちが、ウィルを、心から好いているんだということを。絶対に見捨てるわけないと、どうやったら伝えられるんだろうか……
「……ウィル」
俺は、涙をぬぐうウィルの小さな手を、そっと握った。もう、これしか思いつかない。
「なんですか……?」
「ウィル。俺たち、家族になれないかな」
つづく
====================
読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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『主様……くれぐれも、慎重にしてください。今の彼女は、危険です』
「ああ。わかってる……」
けど正直、予想外だった。まさかここまで、ウィルの中の闇が大きくなっていたなんて。何がここまで、彼女を追い詰めたんだろう……
俺はなるべく静かに雑草をかき分けると、扉の外れた玄関から廃屋の中へと滑り込んだ。中はがらんどうで、砂ぼこりが積もってジャリジャリしている。上へと続く階段は、壁のすみにひっそりと佇んでいた。
「よし……」
階段をどんどん上っていく。二階、三階……屋根へと出る天窓には、ぼろぼろになった梯子が掛けられていた。軋むそれを慎重に、一段ずつ上ると、ついに屋根の上へと出た。目の前には王都の町灯りが、見渡す限り続いている。屋根のへりに腰掛けるようにして、ウィルがぽつんと座っていた。
俺は息を吸い込むと、その後ろ姿に声をかけた。
「……よう、ウィル」
「……え?桜下さん?」
ウィルがこちらに、ゆっくりと振り向いた。その瞳を見て、俺はぞっとした。普段のウィルの瞳は、蜂蜜のような黄金色だが……今は、真っ黒に見える。もはや眼球が消え、虚な穴が二つ、顔に空いているみたいだった。
「……どうして、ここにいるんですか?」
「お前を、迎えに来たんだよ。いつまでも戻ってこないから」
「そうだったんですか。でも、ほっといてくれてもよかったのに」
「そうはいかないだろ。みんな心配してたんだぜ」
「心配……」
「ああ。特にライラはな。さ、帰ろうぜ」
「……」
ウィルは、動こうとしない。俺から視線を外すと、再び街並みを眺める。
「……せっかく来てもらって悪いんですけど、私、もう少しここにいることにします」
「え?どうして……」
「一人になりたいんです。考え事をしていて、それが終わったら戻りますから」
キッパリと言い切る口調には、はっきりと拒絶の意思が感じられた。ウィルに拒絶されるなんて……ショックではあるが、ここですごすご引き下がるわけにはいかない。俺は屋根瓦を踏みしめて、一歩、ウィルへと近づいた。
「ウィル……」
「こないで」
ぴたっ。たった四文字で、俺の足は根が生えたように固まってしまった。なにも、ウィルの言葉を素直に飲み込んだわけじゃない。前方から見えない突風が吹きつけているみたいだ……俺に背を向けたウィルから、すさまじいプレッシャーを感じるのだ。周囲の闇が濃くなった気がする。さっきまであった町明かりはどこに行ったんだ?
「帰ってください。今の私を、桜下さんに見られたくありません」
「……今、自分がどうなってるのか、わかってるのか?」
「だから言ってるんです。迷惑かけたくありませんから」
くそ、自分が悪霊になりかかってるって、わかって言っているってことか?だとしたら、答えは一つ。ふざけるな、だ。
「ばかやろう!こんなんで、ほっとけるわけないだろ!」
怒鳴りながら、俺はまた一歩踏み出した。
「来ないでって、言ってるんです!」
くおっ……今度は、ほんとうに体がよろめいた。ウィルから放たれているプレッシャーは、フランやエラゼムに匹敵していた。
(強くなってるのか……?)
ネクロマンスの効力が薄らいだとしても、アンデッドとしての本質が変わることはないはずだ。だとしたら、ウィルの中の何かが変化して、それが力の増大に繋がっているんだ。さっきアニが言っていたことを思い出す。
(狂気……ウィルの中の、負の感情が溢れ出ている)
全身に感じる禍々しいオーラは、きっとそれが原因だ。けど、それの理由がわからない。何が彼女を、ここまで追い詰めた?
(それを、確かめないと)
何とかして、ウィルの口から悩みを吐き出させないといけない。だがウィルは、全身の針を逆立てたヤマアラシのように、俺を拒む。
「帰って!ほうっておいて!」
ウィルが叫ぶたびに、俺の体はじりじりと押し戻される。言葉の一つ一つが、実体をもって俺を押しのけているようだ。だけど……
「フランに、頼まれたんだ!お前を連れ戻すって、なぁ!」
一か八かだ!俺は滑りやすい屋根の上を、勢いよく駆けだした。ガチャガチャという音に、ウィルが驚いて振り向く。虚を突かれてか、プレッシャーが一瞬緩んだ。今がチャンスだ!
「ウィル!お前の魂を、俺に見せてみろ!」
口を割らないなら、魂に直接聞くまでだ!俺はほとんど無自覚の内に、右手を高く掲げていた。そして、方法を最初から知っていたかのように、右手をウィルの胸の中心……すなわち、魂の上に重ねた。アニがまばゆい光を放つ。
パァー!
…………
「……どこだ、ここ」
気が付くと俺は、真っ暗な空間にいた。右も左も、そして驚くことに下にも何も見えない。まっすぐ立っているから、地面はあるんだろうけど……唯一、はるか頭上にだけは、小さな丸窓のような夜空がぽつんと浮かんでいた。星がまたたく丸い空を見上げていると、巨大な壺の中に閉じ込められたような気分になる。
「アニ?これは、お前がやったのか?」
たずねても、ガラスの鈴はリンとも鳴らなかった。どういうことなんだろう、アニが返事をしないなんて、今まで一度もなかったのに……
「……あれ?」
真っ暗な空間には俺しかいなかったはずなのに、どこからか声が聞こえてきた。声を頼りに歩いていくと(見えないが、床は確かにあるようだ)、それは少女のすすり泣きだということに気付いた。やがて、膝を抱えたまま宙に浮かぶ、女の子の姿が見えてきた。
「……ウィル?なのか?」
その子の恰好には、見覚えがある。見慣れた、ウィルの修道服だ。けど、背格好は、俺の知っているウィルよりだいぶ小さい。ライラと同じか、もっと下かも……
俺が名前を呼ぶと、女の子は膝から顔を上げた。
「……お兄さん、誰ですか?」
かすれた鼻声で、少女がたずねる。俺のことがわからないのか……?けど、声を聞いて確信した。今より少し高いけど、やっぱりこの声はウィルだ。なんで小っちゃくなってるのかはわからないけど……
(ここは、ウィルの心の中なのかな)
漠然とではあるが、俺はそう認識していた。方法はさっぱりだが、どうやら俺は、ウィルの精神の深い部分に潜り込んでいるらしい。そして、この小さなウィルは、彼女の心そのものなんじゃないか。なら、この子に話を聞ければ……
「えーっと。俺は、君の知り合いなんだ。あ、でも今はまだ会ってないのか。未来で知り合うというか……」
「え?」
「あいや、何でもないんだ。とにかく、なんで君は、こんなところで泣いてるんだ?」
「それは……」
小さなウィルは、うつむいてまばたきを一つした。その拍子に、瞳から涙がつぅとこぼれる。
「……わたしは、要らない子だから」
「え?それは、どういう……」
「わたしは、捨てられた子どもだから。わたしの居場所は、どこにもないんです」
それは……ウィルが、幼いころに神殿の前に捨てられたことを言ってるのか。
「神殿や、村のみんなは、優しくしてくれるけど。けど、ほんとうの家族じゃない。またいつ、捨てられるかもわかんない……だから、いっぱい頑張った。嫌だったけど、神殿のお仕事もお手伝いした。魔法の修行だってちゃんとしたんです」
……そう、だったのか。ウィルは、発言こそ不真面目な割に、きちんとシスターとしての修行はこなしていた。あれには、そういう理由があったんだ……
「けど……わたしは、知らなかった。自分よりも、ずっと優れた人たちが、この世界にはたくさんいるんだってことを」
ん?それは……何のことを言ってるんだ?
「村を離れてから、色々な人に出会って……すごい人たちが、たくさんいて。わたしなんて、その人たちの足元にも及ばないんだって、気付いたんです」
村を離れてから?それは、つまり……俺たちと出会ってからのことじゃないか。
(このウィルには、最近の記憶もあるのか?)
けど、そうか。見た目こそ幼いウィルだが、彼女がウィルの心なのだとしたら、俺たちとの記憶があってもおかしくはない。
「わたしには、すごい力も、魔術の才能も、何もない。わたし、なんにもできない。なんにも……」
とうとう幼いウィルは、ひっくひっくと、しゃくり上げだしてしまった。
「こ、こわいよぅ。わたし、また一人になっちゃう。こんな使えない子、要らないって、捨てられちゃう。もうわたしには、どこにも居場所がないのに……」
ぽたり、ぽたりと、ぬぐい切れない涙が、真っ黒な空間に落ちる。
(劣等感……)
俺はようやく、ここ最近のウィルの様子がおかしかった理由を、理解した。
ウィルには、フランやエラゼムのような特別な力や、ライラのようなずば抜けた才能はない。俺からすれば、ウィルも十分能力を持っているとは思うが、ウィル自身はそう思っていなかったんだろう。そして、王城での仕事によって、それが浮き彫りになってしまった。フランやライラが華々しく活躍する裏で、ウィルは一人で地味な作業に打ち込み続けていた。俺が他の仲間ばかりにかまけたせいで、ウィルの孤独感はさらに増してしまったんだ。
(何が、ウィルはほっといても安心、だ!)
俺は、自分の軽率さを恥じた。俺と二人でいるとき、ウィルは何度も話しかけようとしてたじゃないか。一人は寂しいって、言っていたじゃないか。あいつの過去を、知っていたじゃないか。気づけるポイントは、いくつもあった。それを俺は、すべて見過ごしていたんだ!
「ウィル……ごめん。ごめんな」
「ぐすっ。あ、謝らないでください。悪いのは、ぜんぶわたしなんです。わたしが、かってに……」
幼いウィルは、ふるふると頭を振った。いつか、エラゼムと話したことを思い出す。
(大人びているがゆえに、本心を隠すのがうまい……か)
ウィルもそうだったんだろう。それに、彼女は優しい。きっと今も、俺を、仲間たちを恨んでいるんじゃない。弱い自分を、才能のない自分を、変われない自分を嘆いて、泣いているんだ。
(どうすれば……)
どうすれば、彼女の心に届けられるのか。俺たちが、ウィルを、心から好いているんだということを。絶対に見捨てるわけないと、どうやったら伝えられるんだろうか……
「……ウィル」
俺は、涙をぬぐうウィルの小さな手を、そっと握った。もう、これしか思いつかない。
「なんですか……?」
「ウィル。俺たち、家族になれないかな」
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