じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
10-3
10-3
ドガターン。ロアとエドガーが同時に立ち上がり、椅子が二つそろってひっくり返った。
「なっ、なっ、なっ。なんだとぉ!?」
「どっ、どっ、どっ。どういうことだ!」
「お、俺だってわかんないよ。ただ町を歩いてたら、いきなり王宮に連れ込まれたんだ」
ガタン。ロアが机に両手をついて、髪が皿に垂れるのもお構いなしにうなだれる。
「お、おわった……今度こそおしまいだ……」
「ま、待ってくれ!ばれたけど、まだ完全にばれたわけじゃないっていうか……」
「なに……?」
「つまりだな。俺は、シリス大公に約束してもらったんだ。俺が元勇者であることを秘密にする代わりに、三の国に巣食うヴァンパイアを退治するってことでさ」
「なんだと?……つまり、お前が勇者として三の国で活躍したのは……お前の正体を、大公に黙っていさせるためだったと?」
こくりとうなずく。ロアはいくらか落ち着きを取り戻したようで、その時になって自分の髪がコーンフレークまみれになっていることに気付き、顔をしかめた。
エドガーは青ざめた顔をグイッとぬぐうと、ふうぅーと大きなため息をついた。
「お前のような勇者崩れのような奴が、他国で張り切って活躍するのは不思議だと思っていたが……よもや、そんな理由があったとは……」
「お、俺だってびっくりしたんだぞ!けど、あんたたちが困るだろうから、どうにかしてシリス大公に黙ってもらうようにだな」
「なぁにおぅ!だいたい、お前がきちんと気を付けていれば……」
「もうよい、エドガー。過ぎたことだ」
ロアは乱れた髪を手櫛で整えると、倒した椅子を起こして座りなおした。
「どうやら、また首の皮一枚つながったようだな。大公がそうすると言ったのならば、しばらくは大丈夫だろう」
「しかし」と、エドガーがなおも不安そうに口を開く。
「ロア様。そんなもの、ただの口約束ではないですか?」
「いや、三の国の連中は平気で人をだまくらかすが、契約に関してだけは律儀なところがあるからな。魔術において契約は、必ず履行されなければならないとかなんとかで」
「ですが、大公がそれをネタにゆすってきたりとか……」
「そのときはシラを切ればいい。おい桜下、お前三の国において、大公以外に自分が勇者だと言いふらすような真似はしなかっただろうな?」
「あたりまえだろ、気を使ったよ。最終的には俺は死んで、その代わりに“二の国の勇者”がヴァンパイアを倒したことになってる」
「よし。なら、筋は通せるな」
(……なんちゃって)
ほんとは、ローズにはばれているんだけど。これは言わないでおこうっと……
「ならば、あとは知らぬ存ぜぬで通せばいい。我が国にいるのは、ヴァンパイアを退治した、“謎の仮面の勇者”ただ一人だ。勇者をやめた不良男など知らん」
「不良……」
事実なんだけど……なんか、複雑な気分だな……
「ですが、ロア様?それは、三の国の大公とて承知の事実ではないですか?」
「いいや。あくまで三の国が“公的に発表した”情報では、“二の国の勇者”が化け物退治をした、となっていた。それを後から撤回して、実はそいつが勇者を辞めたお尋ね者でしたーとは言えんだろう。一度国が公表した情報は、そう簡単に引っ込められはしない」
「た、たしかに……」
エドガーはようやく肩の力を抜き、そして思い出したように椅子を起こした。
「それにだな、エドガー。そう悪い事ばかりでもないぞ。今回に関しては、我が国にとってプラスなこともある」
エドガーが椅子に落ち着くのを待ってから、ロアが不敵に笑う。
「勇者の名声が上がれば、我が国の評判も上がる。我が国の権威は、すなわち私の権威だ。ふははは、私の発言力も強くなるぞ」
そうかしら?とウィルが小首をかしげる傍ら、ロアはにやりと笑うと、俺に意味深な視線を投げかけた。
「どうだ?桜下よ。これからも各地で、勇者として活動してくれても構わんのだぞ?貴様も浴びただろう、邪悪な怪物を退治したことを称賛する喝さいを。村の乙女たちは、うっとりとした目で貴様を見つめていたのではないか?救国の英雄は、どこに行ってももてはやされるからな」
「けっ、冗談じゃない。俺が称賛を浴びたのは、ゾンビとして蘇らせたあんたたちの仲間からくらいだ。あんなの、もうこりごりだぜ」
「ふむ、そうか?では、こう考えてみろ。お前は三の国の大公と手を組んだわけだが、奴はなかなか曲者だぞ。あんな奴よりかは、まだ私の方がマシだろう。いろんな意味でも、そなたと私は相性がいいと思わないか?」
ロアは、その口元に妖艶な笑みを浮かべた。
さすが、幼少期から汚い政治の世界で生きてきただけのことはある。自分の魅せ方が上手いというか、「女」の出し方が上手いというか……俺が何も知らない男だったら、きっとコロっとやられていただろう。そう思わせるくらいには、ロアは蠱惑的だった。
しかーし!
「しらじらしいぞ、ロア。ちっ、王様にこき使われても、ロクなことにならないからな。俺がそれを知らないわけないだろ」
俺がぶっきらぼうに言い返すと、ロアは意外そうに目を丸くした。ぶしつけな物言いに、エドガーが眉を吊り上げる。しかしロアは、声を上げて笑うと、それを制した。
「あっはっはっは!ま、お前ならそう言うだろうな。いい、いい、エドガー。座れ。ほんの戯れだ、本気でこやつを懐柔しようなどとは思っていない。本当に、この勇者崩れときたら、憎たらしいことこの上ないな」
「どうも。お褒めにあずかりまして……」
「ふふふ。しかしだな、今回のように他国の王の依頼を、そうほいほい受けてもらっては敵わんぞ。私のメンツが保てなくなる」
「つったって、他にどうしようもなかっただろ?あの状況じゃ、選択肢はなかったんだ」
「うぅむ……せめて文のやりとりでもできればいいのだが。お前たちがどこをほっつき歩いているのか、こちらはさっぱり分からんしな……」
ロアがぶつぶつ言っていると、外から、十二時のときよりも小さ目の鐘がゴーンと聞こえてきた。
「ぬぁ!ロア様、もう一時ですぞ!」
エドガーが慌てて立ち上がった。この小さな鐘は、一時の鐘らしい。
「もうさすがに戻りませんと!今からでも、会議の終盤には間に合います!」
「まだ言ってるのか?ここまでさぼったのだぞ?今更同じだろう……」
「だとしても、せめてお顔だけでも出してください!それも大事なメンツです!」
エドガーにせかされて、ロアはしぶしぶ腰を上げた。
「ち、わかった、わかった。まったく、お前も一度見てみればいいのだ。あいつらなぞ、淡々と自分のセリフを読み上げているだけだぞ?およそ話し合いなどではない。でくの坊の集まりか、烏合の衆か……」
「ロア様!城の長たちになんてことを!」
エドガーが悲鳴を上げる。が、ロアはそんな声も聞こえていないのか、なぜかその場で立ち止まり、ぶつぶつと何かをつぶやいている。
「烏合の衆……カラス……それだ!」
え?ロアはパチンと手を打つと、ぽかんとしているエドガーにずいと詰め寄った。
「エドガー。お前の伝書鳥だ!“羽”をもっているだろう?」
「え。は、はい。ありますが……まさか、それをこやつらに?」
「そうだ。それならば、少なくともこちらから連絡を付けることはできる」
な、何のこと言っているんだろう。俺はよくわかっていなかったが、エドガーはしぶしぶと言った様子で、腰のポーチから真っ黒な羽を一枚取り出し、それを俺に差し出した。
「なんだ、これ?昨日の夕飯の残りか?」
「馬鹿者!それは、吾輩のヤタガラスの羽だ。それを持っていれば、羽を目印にして、カラスがお前たちを見つけることができるのだ」
カラスの羽か、これ。俺は羽を受け取ると、指でつまんでくるくる回し見た。大きいな、俺の顔くらいの長さがありそうだ。羽は光を受ける角度によって、黒、群青、紫、臙脂と、鮮やかに色を変えた。
「これがあると、いつでもあんたらに見つかっちまうのか?」
「そうだ。何も問題あるまい?お前たちは、問題を起こす気などないのだからな?ん?」
にこやかな笑みを浮かべて、エドガーは拳をバキバキと鳴らした。顔と言動が一致してないぜ、まったく。
「はぁ。わーったよ。いちおう、もらっとく」
「それでいい」と満足げに微笑むロア。
「なにか動きがあれば、こちらから文を届けさせよう。お前たちとしても、マスカレードの動向は気になろう?」
まあ、それは確かに。俺たちはやたらと襲われているから、あいつの居場所がわかれば旅もしやすくなるな。
「では、私はそろそろ行く。邪魔したな」
ロアはカツカツとヒールを鳴らして、今度こそ扉に向かった。だが戸口に立ったところで、ロアは思い出したようにこちらを振り返った。
「あ。そういえば、お前たちはどうして王都に戻ってきたのだ?この話をするためか?」
「いや、ほんとは北の坑道に行くつもりだったんだ。ただ、金が足りなくて……」
「北の坑道?カムロ坑道か?あそこは遠いが、そこまで旅費がかさむこともないはずだが……」
ロアが首をかしげると、エドガーが「こやつの仲間の、剣の修理費だそうです」と付け加えた。
「ああ、そういう……金ぐらい、言ってくれれば、王家で工面してやれんこともないぞ?」
ロアは誘うような目でこちらをじっと見つめる。ありがたい誘いだが、俺は肩を落とした。
「遠慮しとくよ。あんたに借りを作るのは怖いからな」
「ふっ、あはは。本当に憎たらしいやつだ、まったく。カムロ坑道に行くのは構わんが、あまり無茶をするなよ。あそこのドワーフどもは気難しいからな」
「わかった。あ、それと俺からも聞きたいんだけど。前の反乱で逮捕された人たち、今どうなった?」
「ああ……反乱軍の連中か。お前の希望通り、まだ処刑はしておらぬ。奴らもどうせ死刑だとばかり思っていたようで、こちらが態度次第で懲役刑に留めると伝えたら、とたんに態度を改めてな。このままいけば、ほとんどの罪人は極刑を免れるであろう」
「そっか……よかったよ」
「私としては、微妙な心境だが……今のところはそんな感じだ。もういいか?ではまたな、桜下」
「ああ」
ロアとエドガーは、今度こそ部屋から出て行った。
「よかったな、殺されずに済みそうで」
ロアから話を聞いて、俺はほっと一安心した。元反乱軍がいつまでも敵対的だったら、さすがにロアも厳しく対処せざるを得なかったろうから。反乱鎮圧の片棒を担いだ身としては、それじゃ後味が悪い。
「……」
「あれ?ウィル?」
いちおう、ウィルに話しかけたつもりだったんだけど。そのウィルからは、いつまで待っても返事が返ってこなかった。
「……あの人」と、ぼそりとつぶやくウィル。
「え?」
「あの王女様、いつから桜下さんのこと、名前で呼ぶようになったんでしょう」
「名前?あー、そういえば……全然気づかなかった」
「王女様も、ずいぶん雰囲気が変わってましたね。柔らかくなったというか」
「そうだな。もしかすると、あれが本来のロアなのかも」
「それでも、一国の王女様ですよ?私みたいな平民とは、住む世界が違います。そんな人が、まるで友達みたいに、桜下さんを訪ねてくるなんて……」
「いやぁ、友達はないだろ。せいぜい、むかつく隣人くらいじゃないか?」
「だとしても、すごいですよ。今まで気づいてなかったですけど、桜下さんって、けっこうすごい人だったんですね……」
「はぁ?俺が?あははは、俺がすごい人なら、この世の中は神様だらけになっちまうぜ。はは、それじゃシスターが何人いても足りないな」
ウィルはにこりとも笑わなかった。冗談がスベった俺は凹んだ。
「……まぁ、つまりだな。俺は元勇者だから、ロアと話す機会が多いし、俺は作法とかマナーとかさっぱりわからないから、なんとなく気さくに見えるけど。けど、それだけだよ」
「……そう、かもしれないですね」
どう見ても納得していない様子だったが、ウィルは無理やりうなずいて、飲み込むことにしたみたいだ。
「……さて!桜下さん。午後になったから、また皆さんのところに行ったほうがいいんじゃないですか?」
「ん、ああ。そうだな」
「ええ。ではまた。いってらっしゃい」
ウィルに見送られて、俺は部屋を後にした。バタンと扉が閉まり、誰もいない廊下に出る。
「……へんだった、よなぁ」
ウィルのやつ、どうしたんだろう?最後の方にはいつも通りに戻っていたけど……それともこれも、ウィルのよく言う、オトメゴコロってやつなんだろうか?
(……難しいな。どうしたもんか、わかんないよ)
俺は帽子越しに頭をゴシゴシかきながら、みんなの待つ現場へと向かった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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ドガターン。ロアとエドガーが同時に立ち上がり、椅子が二つそろってひっくり返った。
「なっ、なっ、なっ。なんだとぉ!?」
「どっ、どっ、どっ。どういうことだ!」
「お、俺だってわかんないよ。ただ町を歩いてたら、いきなり王宮に連れ込まれたんだ」
ガタン。ロアが机に両手をついて、髪が皿に垂れるのもお構いなしにうなだれる。
「お、おわった……今度こそおしまいだ……」
「ま、待ってくれ!ばれたけど、まだ完全にばれたわけじゃないっていうか……」
「なに……?」
「つまりだな。俺は、シリス大公に約束してもらったんだ。俺が元勇者であることを秘密にする代わりに、三の国に巣食うヴァンパイアを退治するってことでさ」
「なんだと?……つまり、お前が勇者として三の国で活躍したのは……お前の正体を、大公に黙っていさせるためだったと?」
こくりとうなずく。ロアはいくらか落ち着きを取り戻したようで、その時になって自分の髪がコーンフレークまみれになっていることに気付き、顔をしかめた。
エドガーは青ざめた顔をグイッとぬぐうと、ふうぅーと大きなため息をついた。
「お前のような勇者崩れのような奴が、他国で張り切って活躍するのは不思議だと思っていたが……よもや、そんな理由があったとは……」
「お、俺だってびっくりしたんだぞ!けど、あんたたちが困るだろうから、どうにかしてシリス大公に黙ってもらうようにだな」
「なぁにおぅ!だいたい、お前がきちんと気を付けていれば……」
「もうよい、エドガー。過ぎたことだ」
ロアは乱れた髪を手櫛で整えると、倒した椅子を起こして座りなおした。
「どうやら、また首の皮一枚つながったようだな。大公がそうすると言ったのならば、しばらくは大丈夫だろう」
「しかし」と、エドガーがなおも不安そうに口を開く。
「ロア様。そんなもの、ただの口約束ではないですか?」
「いや、三の国の連中は平気で人をだまくらかすが、契約に関してだけは律儀なところがあるからな。魔術において契約は、必ず履行されなければならないとかなんとかで」
「ですが、大公がそれをネタにゆすってきたりとか……」
「そのときはシラを切ればいい。おい桜下、お前三の国において、大公以外に自分が勇者だと言いふらすような真似はしなかっただろうな?」
「あたりまえだろ、気を使ったよ。最終的には俺は死んで、その代わりに“二の国の勇者”がヴァンパイアを倒したことになってる」
「よし。なら、筋は通せるな」
(……なんちゃって)
ほんとは、ローズにはばれているんだけど。これは言わないでおこうっと……
「ならば、あとは知らぬ存ぜぬで通せばいい。我が国にいるのは、ヴァンパイアを退治した、“謎の仮面の勇者”ただ一人だ。勇者をやめた不良男など知らん」
「不良……」
事実なんだけど……なんか、複雑な気分だな……
「ですが、ロア様?それは、三の国の大公とて承知の事実ではないですか?」
「いいや。あくまで三の国が“公的に発表した”情報では、“二の国の勇者”が化け物退治をした、となっていた。それを後から撤回して、実はそいつが勇者を辞めたお尋ね者でしたーとは言えんだろう。一度国が公表した情報は、そう簡単に引っ込められはしない」
「た、たしかに……」
エドガーはようやく肩の力を抜き、そして思い出したように椅子を起こした。
「それにだな、エドガー。そう悪い事ばかりでもないぞ。今回に関しては、我が国にとってプラスなこともある」
エドガーが椅子に落ち着くのを待ってから、ロアが不敵に笑う。
「勇者の名声が上がれば、我が国の評判も上がる。我が国の権威は、すなわち私の権威だ。ふははは、私の発言力も強くなるぞ」
そうかしら?とウィルが小首をかしげる傍ら、ロアはにやりと笑うと、俺に意味深な視線を投げかけた。
「どうだ?桜下よ。これからも各地で、勇者として活動してくれても構わんのだぞ?貴様も浴びただろう、邪悪な怪物を退治したことを称賛する喝さいを。村の乙女たちは、うっとりとした目で貴様を見つめていたのではないか?救国の英雄は、どこに行ってももてはやされるからな」
「けっ、冗談じゃない。俺が称賛を浴びたのは、ゾンビとして蘇らせたあんたたちの仲間からくらいだ。あんなの、もうこりごりだぜ」
「ふむ、そうか?では、こう考えてみろ。お前は三の国の大公と手を組んだわけだが、奴はなかなか曲者だぞ。あんな奴よりかは、まだ私の方がマシだろう。いろんな意味でも、そなたと私は相性がいいと思わないか?」
ロアは、その口元に妖艶な笑みを浮かべた。
さすが、幼少期から汚い政治の世界で生きてきただけのことはある。自分の魅せ方が上手いというか、「女」の出し方が上手いというか……俺が何も知らない男だったら、きっとコロっとやられていただろう。そう思わせるくらいには、ロアは蠱惑的だった。
しかーし!
「しらじらしいぞ、ロア。ちっ、王様にこき使われても、ロクなことにならないからな。俺がそれを知らないわけないだろ」
俺がぶっきらぼうに言い返すと、ロアは意外そうに目を丸くした。ぶしつけな物言いに、エドガーが眉を吊り上げる。しかしロアは、声を上げて笑うと、それを制した。
「あっはっはっは!ま、お前ならそう言うだろうな。いい、いい、エドガー。座れ。ほんの戯れだ、本気でこやつを懐柔しようなどとは思っていない。本当に、この勇者崩れときたら、憎たらしいことこの上ないな」
「どうも。お褒めにあずかりまして……」
「ふふふ。しかしだな、今回のように他国の王の依頼を、そうほいほい受けてもらっては敵わんぞ。私のメンツが保てなくなる」
「つったって、他にどうしようもなかっただろ?あの状況じゃ、選択肢はなかったんだ」
「うぅむ……せめて文のやりとりでもできればいいのだが。お前たちがどこをほっつき歩いているのか、こちらはさっぱり分からんしな……」
ロアがぶつぶつ言っていると、外から、十二時のときよりも小さ目の鐘がゴーンと聞こえてきた。
「ぬぁ!ロア様、もう一時ですぞ!」
エドガーが慌てて立ち上がった。この小さな鐘は、一時の鐘らしい。
「もうさすがに戻りませんと!今からでも、会議の終盤には間に合います!」
「まだ言ってるのか?ここまでさぼったのだぞ?今更同じだろう……」
「だとしても、せめてお顔だけでも出してください!それも大事なメンツです!」
エドガーにせかされて、ロアはしぶしぶ腰を上げた。
「ち、わかった、わかった。まったく、お前も一度見てみればいいのだ。あいつらなぞ、淡々と自分のセリフを読み上げているだけだぞ?およそ話し合いなどではない。でくの坊の集まりか、烏合の衆か……」
「ロア様!城の長たちになんてことを!」
エドガーが悲鳴を上げる。が、ロアはそんな声も聞こえていないのか、なぜかその場で立ち止まり、ぶつぶつと何かをつぶやいている。
「烏合の衆……カラス……それだ!」
え?ロアはパチンと手を打つと、ぽかんとしているエドガーにずいと詰め寄った。
「エドガー。お前の伝書鳥だ!“羽”をもっているだろう?」
「え。は、はい。ありますが……まさか、それをこやつらに?」
「そうだ。それならば、少なくともこちらから連絡を付けることはできる」
な、何のこと言っているんだろう。俺はよくわかっていなかったが、エドガーはしぶしぶと言った様子で、腰のポーチから真っ黒な羽を一枚取り出し、それを俺に差し出した。
「なんだ、これ?昨日の夕飯の残りか?」
「馬鹿者!それは、吾輩のヤタガラスの羽だ。それを持っていれば、羽を目印にして、カラスがお前たちを見つけることができるのだ」
カラスの羽か、これ。俺は羽を受け取ると、指でつまんでくるくる回し見た。大きいな、俺の顔くらいの長さがありそうだ。羽は光を受ける角度によって、黒、群青、紫、臙脂と、鮮やかに色を変えた。
「これがあると、いつでもあんたらに見つかっちまうのか?」
「そうだ。何も問題あるまい?お前たちは、問題を起こす気などないのだからな?ん?」
にこやかな笑みを浮かべて、エドガーは拳をバキバキと鳴らした。顔と言動が一致してないぜ、まったく。
「はぁ。わーったよ。いちおう、もらっとく」
「それでいい」と満足げに微笑むロア。
「なにか動きがあれば、こちらから文を届けさせよう。お前たちとしても、マスカレードの動向は気になろう?」
まあ、それは確かに。俺たちはやたらと襲われているから、あいつの居場所がわかれば旅もしやすくなるな。
「では、私はそろそろ行く。邪魔したな」
ロアはカツカツとヒールを鳴らして、今度こそ扉に向かった。だが戸口に立ったところで、ロアは思い出したようにこちらを振り返った。
「あ。そういえば、お前たちはどうして王都に戻ってきたのだ?この話をするためか?」
「いや、ほんとは北の坑道に行くつもりだったんだ。ただ、金が足りなくて……」
「北の坑道?カムロ坑道か?あそこは遠いが、そこまで旅費がかさむこともないはずだが……」
ロアが首をかしげると、エドガーが「こやつの仲間の、剣の修理費だそうです」と付け加えた。
「ああ、そういう……金ぐらい、言ってくれれば、王家で工面してやれんこともないぞ?」
ロアは誘うような目でこちらをじっと見つめる。ありがたい誘いだが、俺は肩を落とした。
「遠慮しとくよ。あんたに借りを作るのは怖いからな」
「ふっ、あはは。本当に憎たらしいやつだ、まったく。カムロ坑道に行くのは構わんが、あまり無茶をするなよ。あそこのドワーフどもは気難しいからな」
「わかった。あ、それと俺からも聞きたいんだけど。前の反乱で逮捕された人たち、今どうなった?」
「ああ……反乱軍の連中か。お前の希望通り、まだ処刑はしておらぬ。奴らもどうせ死刑だとばかり思っていたようで、こちらが態度次第で懲役刑に留めると伝えたら、とたんに態度を改めてな。このままいけば、ほとんどの罪人は極刑を免れるであろう」
「そっか……よかったよ」
「私としては、微妙な心境だが……今のところはそんな感じだ。もういいか?ではまたな、桜下」
「ああ」
ロアとエドガーは、今度こそ部屋から出て行った。
「よかったな、殺されずに済みそうで」
ロアから話を聞いて、俺はほっと一安心した。元反乱軍がいつまでも敵対的だったら、さすがにロアも厳しく対処せざるを得なかったろうから。反乱鎮圧の片棒を担いだ身としては、それじゃ後味が悪い。
「……」
「あれ?ウィル?」
いちおう、ウィルに話しかけたつもりだったんだけど。そのウィルからは、いつまで待っても返事が返ってこなかった。
「……あの人」と、ぼそりとつぶやくウィル。
「え?」
「あの王女様、いつから桜下さんのこと、名前で呼ぶようになったんでしょう」
「名前?あー、そういえば……全然気づかなかった」
「王女様も、ずいぶん雰囲気が変わってましたね。柔らかくなったというか」
「そうだな。もしかすると、あれが本来のロアなのかも」
「それでも、一国の王女様ですよ?私みたいな平民とは、住む世界が違います。そんな人が、まるで友達みたいに、桜下さんを訪ねてくるなんて……」
「いやぁ、友達はないだろ。せいぜい、むかつく隣人くらいじゃないか?」
「だとしても、すごいですよ。今まで気づいてなかったですけど、桜下さんって、けっこうすごい人だったんですね……」
「はぁ?俺が?あははは、俺がすごい人なら、この世の中は神様だらけになっちまうぜ。はは、それじゃシスターが何人いても足りないな」
ウィルはにこりとも笑わなかった。冗談がスベった俺は凹んだ。
「……まぁ、つまりだな。俺は元勇者だから、ロアと話す機会が多いし、俺は作法とかマナーとかさっぱりわからないから、なんとなく気さくに見えるけど。けど、それだけだよ」
「……そう、かもしれないですね」
どう見ても納得していない様子だったが、ウィルは無理やりうなずいて、飲み込むことにしたみたいだ。
「……さて!桜下さん。午後になったから、また皆さんのところに行ったほうがいいんじゃないですか?」
「ん、ああ。そうだな」
「ええ。ではまた。いってらっしゃい」
ウィルに見送られて、俺は部屋を後にした。バタンと扉が閉まり、誰もいない廊下に出る。
「……へんだった、よなぁ」
ウィルのやつ、どうしたんだろう?最後の方にはいつも通りに戻っていたけど……それともこれも、ウィルのよく言う、オトメゴコロってやつなんだろうか?
(……難しいな。どうしたもんか、わかんないよ)
俺は帽子越しに頭をゴシゴシかきながら、みんなの待つ現場へと向かった。
つづく
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