じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
9-1 リベンジその2
9-1 リベンジその2
それからしばらく見守ったのち、俺はライラたちの現場を離れた。俺はヘイズに頼んで、悪い虫がライラにたからないよう念を押しておいた。魔術師たちの勧誘魂が、またいつ再燃するかもわからない。
「さてと、次はフランたちのとこだな」
フランとエラゼムは、資材運搬などの力仕事が担当だ。確か今日は、この前の戦いで焼け落ちてしまった家の撤去だとかで、町の一角に派遣されていたはずだ。
「たしか、こっちの方……」
慣れない王都に若干迷いそうになりながらも、俺はフランたちが働いている現場にたどり着いた。そこは、ライラたちとはまた別の城門の近くだった。城門付近は特に戦闘が激しかったそうで、その立地が故に、戦渦に巻き込まれてしまったようだ。真っ黒に焼け落ち、焼け跡と基礎が残るだけとなっている家々が、墓標のように続いている。現場の土方たちは、燃え残った残骸の撤去を行っているようだった。
現場に男たちは大勢いたが、俺はすぐエラゼムを見つけることができた。ガシャガシャ騒がしく音がするし、なにより汚れた格好の野郎たちの中でも、全身鎧は目立つ。
「よっ、エラゼム」
大きな木材(焼け落ちた柱か?)を肩に担いでいたエラゼムは、俺に気付くと、柱を降ろして会釈をした。
「おお、桜下殿。このような所までご足労いただき、申し訳ございませぬ」
「ああ、いいよいいよ。続けてくれ、邪魔しちゃ悪い」
「邪魔などとは……ですが、それならお言葉に甘えさせていただきます」
エラゼムは再び柱を担ぐと、それをゆっくりと運び始めた。俺もその隣に並ぶ。
「今は、燃えた家の撤去作業か?」
「そうです。一度更地にし、また家を建てるのだとか」
「そうだよな。家を無くした人は、きっと困ってるだろうし」
「ええ。此度の戦の被害については、王宮も手厚い支援を行っているそうです」
「じゃあこれは、復興活動の一環なんだな。まぁあの戦いには、王宮もめちゃくちゃ関係してるし、知らんぷりはできないか」
「そういうことでしょう。ところで桜下殿、ライラ嬢の現場は無事に終わったので?」
「ん、ああ。見せてやりたかったぜ。すごい迫力だったんだ」
「左様でございますか。それは、喜ばしい限りですな」
「ああ、ほっとしたよ。そうだ、こっちの調子は?順調か?」
「ええ、これといって特には。さすがに、昨日の今日ですので、吾輩も重々に自重しておりました……」
エラゼムの声は、どんどん尻すぼみになっていった。あはは、まだ引きずっているな。ところで、もう一人の姿が見えない。俺はきょろきょろとあたりを見回した。
「あれ、フランはどうしたんだ?」
「フラン嬢でしたら、今は廃材を積んだ荷車を引いて、集積場に行っております。馬二頭で引く荷車を、彼女は一人で引けますので」
「あー、なるほど。適材適所だな」
山盛りの廃材を積んだ荷車を軽々と引くフランの姿が、容易に想像できた。フランなら、間違いなく二馬力以上の活躍ができるだろう。馬も顔負けだ。
「フラン嬢は……彼女は、立派ですな」
「うん?なんだよ、急に」
エラゼムはしみじみと、そうこぼした。フランの馬鹿力を褒めた、というわけじゃないだろう。
「いえ、昨日の続きになってしまうのですが。昨日吾輩は、実に情けないことに、現場の和を乱すようなことを……」
「もー、わかったって。そう落ち込むなよ」
「はい……ですが、そこで思ったのです。あの場で、おそらく一番腹を立てていたのは、フラン嬢のはずだと。あぁ、誤解のなきよう聞いていただきたいのですが、吾輩は決して、フラン嬢を貶めたいわけではございません」
慌てて弁明するエラゼムに、俺は無言でうなずいて、続きを促す。
「吾輩と皆さまが、まだ出会ったばかりのころを思い出します。桜下殿がご就寝の間、吾輩たちは互いについて話す機会がありました」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「ええ。その時の印象を正直に申せば、フラン嬢に抱いた印象の一つに、幼いというものがありました」
「幼い?」
「はい。もちろん、彼女の年齢を考えれば、決しておかしなことではありません。むしろ彼女は、同年代に比べれば、むしろ大人びている方だと思います」
「だよな、同感だ。じゃあ、どうして?」
「彼女は大人びているがゆえに、自分の心を隠すのが上手い。しかし、隠せたからと言って、胸の奥底に巣食う感情が消えてなくなるわけではありません。彼女の本当の心は、年相応に幼く、純真です。そして純真だからこそ、そこに宿る憎悪もまた、深い」
憎悪……フランと出会った夜を思い出す。あの月夜の晩、彼女は語っていた。自分の命が尽きゆくのとは反対に、胸の内にふつふつと湧き上がる感情があったと……
「純真だからこそ、憎しみが深い、か。俺、そんな風に考えたこともなかったよ。もしかしたらフランは、ずっと憎しみを隠してたのかな……」
「いえ、それはないかと存じます。もちろん、ただの憶測にすぎませぬが」
「それは、なんでだよ?」
「それは、桜下殿。貴殿の存在ゆえ、です」
「俺?」
「ええ。フラン嬢は、本当に桜下殿を信頼しておられます。ここだけは、吾輩も自信をもって断言できますな」
えぇ~?エラゼムは本当に自信がある様子だったが、どうにも鵜呑みにできない。
「そう、なのかな。そりゃもちろん、最初の時よか仲良くなれたとは思ってるけどさ」
「過ごした時間の長さもありましょう。ですが、それを差し引いても、彼女の忠誠の深さは並々ならぬものです。昨日の出来事で、それを痛感しました」
「ああ、そういやそういう話だった」
「ええ。昨日、彼女はきっと、はらわたが煮えくり返る思いだったはず。吾輩が言えたことではありませぬが、強い憎しみを抱えていると、心のタガが外れやすくなるものです。それでも彼女は、最後まで事を荒立てることはしなかった。吾輩はそこに、フラン嬢と桜下殿の絆を見たのです」
「それは……俺のために、ってことか?その方が、俺が喜ぶだろうから?」
「と、吾輩は考えております。己の憎しみよりも、桜下殿への忠誠が勝ったのでありましょう。それほどまでに桜下殿に尽くせる彼女を、吾輩は仲間としても、仕える主を持つ騎士としても、尊敬しているのです」
ふーむ。フランがそれほどまでに、ねぇ。もちろん嬉しいんだけど、すぐには信じられそうもなかった。フランやエラゼムを疑いたいんじゃなくて、俺自身が、そんなに誰かに信用されたことがないんだよな。そんな俺を、誰かがそこまで想ってくれている……悲しいことに、俺はそこが、一番信じられないのだ。
「……エラゼムの言うとおりだったら、嬉しいんだけどな。ちょっとまだ、実感がわかないや」
「左様ですか。出過ぎたことを申したようなら、申し訳ございません」
「いや。エラゼムの言ったことがホントじゃなかったとしても、それをホントにしていきたいって思うよ。みんなのためにも、な」
「ふふふ。桜下殿らしい答えですな」
エラゼムが足を止める。いつの間にか、俺たちはひっそりとした、廃材を山積みにした一角へ赴いていた。エラゼムが肩の柱をドサリと、山の中に投げ込む。
「フラン嬢の話ではありましたが、ウィル嬢も、ライラ嬢も、そして吾輩もまた、桜下殿に信頼を寄せております。これだけは真実として、胸にとどめていただければ幸いです」
「な、なんだよ急に……」
「はっはっは。さて、長話につき合わせてしまいましたな。もし桜下殿がよろしければ、ぜひフラン嬢にもお会いになってください。桜下殿が来られるのを、心待ちにしておりましたから」
「そ、そっか。それなら、探してみようかな」
「ええ。もうじき戻ってくるはずです。今頃は、この近くに来ているかと」
「わかった、行ってみるよ。じゃあエラゼム、頑張ってな」
「はい」
エラゼムは律儀に礼をして、また現場へ戻っていった。うぅむ、ああも素直に褒められると、調子が狂うな。
けど、そこまで言われちゃ、フランに会わないわけにはいかない。俺は火災の跡地を離れて、なるべく広い通りを見つけると、そこをぶらぶらと歩いた。フランが荷車を引いているのなら、狭い道は通らないだろう。
はたして、俺の予想は的中した。前方の緩やかな下り坂を、フランがガラガラと荷車を引いて下りてくる。
「おっ。おーい、フラン」
俺が手を振ると、向こうも俺に気付いたようだ。フランの足が、気持ち小走り気味になった。
「よう。やってる、な……」
俺の声は、次第に小さくなっていった。てっきり、フランが引く荷車は一台だと思っていたんだけど。どうにも、彼女をなめていた。鎖で連結された荷車は、全部で三台編成だった。馬よりも馬らしい気がしてきた。
「……なんていうか、さすがだな」
「褒めてるの、それ」
じとーっと、半目で俺を睨むフラン。
「も、もちろんだって」
「ふーん……まあいいや。それより、ほんとに来たんだね」
「まあな。さっきエラゼムにも会ったよ。順調みたいで何よりだけど、俺はいなくてもよかったかもな」
俺が自嘲気味に笑うと、フランはゆるゆると首を横に振った。
「そんなことないよ。少なくとも、わたしは」
「あ、そう?」
「うん」
フランは、たぶん俺じゃなきゃ気づかないくらいだけど、ほんのわずかに微笑んだ。
う、うわ。なんだ、これ。今まで気づかなかったけど、フランって……こんなに、可愛かったっけ?
「……」
「どうしたの?」
「い、いや。なんでもない」
ど、どうしよう。フランの顔が、直視できない……こんなこと、はじめてだ。
「……なんで、顔を背けるの」
「いや、ほんとに何でもないんだって」
「何でもないなら、こっち見て。……なんか顔赤くない?」
「いや、普通、これが普通だから。いやぁー、なんだか今日は暑いなー!」
「言ってること食い違ってない?」
いつもはそんなことない癖に、この時のフランは、妙にしつこく食い下がってきた。おかげで俺は必死に顔を隠して逃げ回り、フランはなんとかそれをのぞき込もうとするという、はたから見るとかなりマヌケな鬼ごっこをするハメになったのだった。
「しつっこいって!もう勘弁してくれよ!」
「嫌」
「お前、わざとやってるだろ!?ひょっとして、普段の仕返しのつもりか!?」
「今頃気付いたの?」
「ぐああぁぁぁ!」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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それからしばらく見守ったのち、俺はライラたちの現場を離れた。俺はヘイズに頼んで、悪い虫がライラにたからないよう念を押しておいた。魔術師たちの勧誘魂が、またいつ再燃するかもわからない。
「さてと、次はフランたちのとこだな」
フランとエラゼムは、資材運搬などの力仕事が担当だ。確か今日は、この前の戦いで焼け落ちてしまった家の撤去だとかで、町の一角に派遣されていたはずだ。
「たしか、こっちの方……」
慣れない王都に若干迷いそうになりながらも、俺はフランたちが働いている現場にたどり着いた。そこは、ライラたちとはまた別の城門の近くだった。城門付近は特に戦闘が激しかったそうで、その立地が故に、戦渦に巻き込まれてしまったようだ。真っ黒に焼け落ち、焼け跡と基礎が残るだけとなっている家々が、墓標のように続いている。現場の土方たちは、燃え残った残骸の撤去を行っているようだった。
現場に男たちは大勢いたが、俺はすぐエラゼムを見つけることができた。ガシャガシャ騒がしく音がするし、なにより汚れた格好の野郎たちの中でも、全身鎧は目立つ。
「よっ、エラゼム」
大きな木材(焼け落ちた柱か?)を肩に担いでいたエラゼムは、俺に気付くと、柱を降ろして会釈をした。
「おお、桜下殿。このような所までご足労いただき、申し訳ございませぬ」
「ああ、いいよいいよ。続けてくれ、邪魔しちゃ悪い」
「邪魔などとは……ですが、それならお言葉に甘えさせていただきます」
エラゼムは再び柱を担ぐと、それをゆっくりと運び始めた。俺もその隣に並ぶ。
「今は、燃えた家の撤去作業か?」
「そうです。一度更地にし、また家を建てるのだとか」
「そうだよな。家を無くした人は、きっと困ってるだろうし」
「ええ。此度の戦の被害については、王宮も手厚い支援を行っているそうです」
「じゃあこれは、復興活動の一環なんだな。まぁあの戦いには、王宮もめちゃくちゃ関係してるし、知らんぷりはできないか」
「そういうことでしょう。ところで桜下殿、ライラ嬢の現場は無事に終わったので?」
「ん、ああ。見せてやりたかったぜ。すごい迫力だったんだ」
「左様でございますか。それは、喜ばしい限りですな」
「ああ、ほっとしたよ。そうだ、こっちの調子は?順調か?」
「ええ、これといって特には。さすがに、昨日の今日ですので、吾輩も重々に自重しておりました……」
エラゼムの声は、どんどん尻すぼみになっていった。あはは、まだ引きずっているな。ところで、もう一人の姿が見えない。俺はきょろきょろとあたりを見回した。
「あれ、フランはどうしたんだ?」
「フラン嬢でしたら、今は廃材を積んだ荷車を引いて、集積場に行っております。馬二頭で引く荷車を、彼女は一人で引けますので」
「あー、なるほど。適材適所だな」
山盛りの廃材を積んだ荷車を軽々と引くフランの姿が、容易に想像できた。フランなら、間違いなく二馬力以上の活躍ができるだろう。馬も顔負けだ。
「フラン嬢は……彼女は、立派ですな」
「うん?なんだよ、急に」
エラゼムはしみじみと、そうこぼした。フランの馬鹿力を褒めた、というわけじゃないだろう。
「いえ、昨日の続きになってしまうのですが。昨日吾輩は、実に情けないことに、現場の和を乱すようなことを……」
「もー、わかったって。そう落ち込むなよ」
「はい……ですが、そこで思ったのです。あの場で、おそらく一番腹を立てていたのは、フラン嬢のはずだと。あぁ、誤解のなきよう聞いていただきたいのですが、吾輩は決して、フラン嬢を貶めたいわけではございません」
慌てて弁明するエラゼムに、俺は無言でうなずいて、続きを促す。
「吾輩と皆さまが、まだ出会ったばかりのころを思い出します。桜下殿がご就寝の間、吾輩たちは互いについて話す機会がありました」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「ええ。その時の印象を正直に申せば、フラン嬢に抱いた印象の一つに、幼いというものがありました」
「幼い?」
「はい。もちろん、彼女の年齢を考えれば、決しておかしなことではありません。むしろ彼女は、同年代に比べれば、むしろ大人びている方だと思います」
「だよな、同感だ。じゃあ、どうして?」
「彼女は大人びているがゆえに、自分の心を隠すのが上手い。しかし、隠せたからと言って、胸の奥底に巣食う感情が消えてなくなるわけではありません。彼女の本当の心は、年相応に幼く、純真です。そして純真だからこそ、そこに宿る憎悪もまた、深い」
憎悪……フランと出会った夜を思い出す。あの月夜の晩、彼女は語っていた。自分の命が尽きゆくのとは反対に、胸の内にふつふつと湧き上がる感情があったと……
「純真だからこそ、憎しみが深い、か。俺、そんな風に考えたこともなかったよ。もしかしたらフランは、ずっと憎しみを隠してたのかな……」
「いえ、それはないかと存じます。もちろん、ただの憶測にすぎませぬが」
「それは、なんでだよ?」
「それは、桜下殿。貴殿の存在ゆえ、です」
「俺?」
「ええ。フラン嬢は、本当に桜下殿を信頼しておられます。ここだけは、吾輩も自信をもって断言できますな」
えぇ~?エラゼムは本当に自信がある様子だったが、どうにも鵜呑みにできない。
「そう、なのかな。そりゃもちろん、最初の時よか仲良くなれたとは思ってるけどさ」
「過ごした時間の長さもありましょう。ですが、それを差し引いても、彼女の忠誠の深さは並々ならぬものです。昨日の出来事で、それを痛感しました」
「ああ、そういやそういう話だった」
「ええ。昨日、彼女はきっと、はらわたが煮えくり返る思いだったはず。吾輩が言えたことではありませぬが、強い憎しみを抱えていると、心のタガが外れやすくなるものです。それでも彼女は、最後まで事を荒立てることはしなかった。吾輩はそこに、フラン嬢と桜下殿の絆を見たのです」
「それは……俺のために、ってことか?その方が、俺が喜ぶだろうから?」
「と、吾輩は考えております。己の憎しみよりも、桜下殿への忠誠が勝ったのでありましょう。それほどまでに桜下殿に尽くせる彼女を、吾輩は仲間としても、仕える主を持つ騎士としても、尊敬しているのです」
ふーむ。フランがそれほどまでに、ねぇ。もちろん嬉しいんだけど、すぐには信じられそうもなかった。フランやエラゼムを疑いたいんじゃなくて、俺自身が、そんなに誰かに信用されたことがないんだよな。そんな俺を、誰かがそこまで想ってくれている……悲しいことに、俺はそこが、一番信じられないのだ。
「……エラゼムの言うとおりだったら、嬉しいんだけどな。ちょっとまだ、実感がわかないや」
「左様ですか。出過ぎたことを申したようなら、申し訳ございません」
「いや。エラゼムの言ったことがホントじゃなかったとしても、それをホントにしていきたいって思うよ。みんなのためにも、な」
「ふふふ。桜下殿らしい答えですな」
エラゼムが足を止める。いつの間にか、俺たちはひっそりとした、廃材を山積みにした一角へ赴いていた。エラゼムが肩の柱をドサリと、山の中に投げ込む。
「フラン嬢の話ではありましたが、ウィル嬢も、ライラ嬢も、そして吾輩もまた、桜下殿に信頼を寄せております。これだけは真実として、胸にとどめていただければ幸いです」
「な、なんだよ急に……」
「はっはっは。さて、長話につき合わせてしまいましたな。もし桜下殿がよろしければ、ぜひフラン嬢にもお会いになってください。桜下殿が来られるのを、心待ちにしておりましたから」
「そ、そっか。それなら、探してみようかな」
「ええ。もうじき戻ってくるはずです。今頃は、この近くに来ているかと」
「わかった、行ってみるよ。じゃあエラゼム、頑張ってな」
「はい」
エラゼムは律儀に礼をして、また現場へ戻っていった。うぅむ、ああも素直に褒められると、調子が狂うな。
けど、そこまで言われちゃ、フランに会わないわけにはいかない。俺は火災の跡地を離れて、なるべく広い通りを見つけると、そこをぶらぶらと歩いた。フランが荷車を引いているのなら、狭い道は通らないだろう。
はたして、俺の予想は的中した。前方の緩やかな下り坂を、フランがガラガラと荷車を引いて下りてくる。
「おっ。おーい、フラン」
俺が手を振ると、向こうも俺に気付いたようだ。フランの足が、気持ち小走り気味になった。
「よう。やってる、な……」
俺の声は、次第に小さくなっていった。てっきり、フランが引く荷車は一台だと思っていたんだけど。どうにも、彼女をなめていた。鎖で連結された荷車は、全部で三台編成だった。馬よりも馬らしい気がしてきた。
「……なんていうか、さすがだな」
「褒めてるの、それ」
じとーっと、半目で俺を睨むフラン。
「も、もちろんだって」
「ふーん……まあいいや。それより、ほんとに来たんだね」
「まあな。さっきエラゼムにも会ったよ。順調みたいで何よりだけど、俺はいなくてもよかったかもな」
俺が自嘲気味に笑うと、フランはゆるゆると首を横に振った。
「そんなことないよ。少なくとも、わたしは」
「あ、そう?」
「うん」
フランは、たぶん俺じゃなきゃ気づかないくらいだけど、ほんのわずかに微笑んだ。
う、うわ。なんだ、これ。今まで気づかなかったけど、フランって……こんなに、可愛かったっけ?
「……」
「どうしたの?」
「い、いや。なんでもない」
ど、どうしよう。フランの顔が、直視できない……こんなこと、はじめてだ。
「……なんで、顔を背けるの」
「いや、ほんとに何でもないんだって」
「何でもないなら、こっち見て。……なんか顔赤くない?」
「いや、普通、これが普通だから。いやぁー、なんだか今日は暑いなー!」
「言ってること食い違ってない?」
いつもはそんなことない癖に、この時のフランは、妙にしつこく食い下がってきた。おかげで俺は必死に顔を隠して逃げ回り、フランはなんとかそれをのぞき込もうとするという、はたから見るとかなりマヌケな鬼ごっこをするハメになったのだった。
「しつっこいって!もう勘弁してくれよ!」
「嫌」
「お前、わざとやってるだろ!?ひょっとして、普段の仕返しのつもりか!?」
「今頃気付いたの?」
「ぐああぁぁぁ!」
つづく
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