じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

8-1 リベンジその1

8-1 リベンジその1

食堂には、鎧を脱いでラフな格好になった兵士たちがひしめいていた。配膳は各自行っているようで、端のほうにトレイを持った列ができている。俺もその後ろに加わった。
食堂には長テーブルが置かれ、みんな横並びで食事をするスタイルになっている。俺は親しげに食事をする兵士たちをしり目に、一番端っこの席にぽつんと座った。うぅ、明日はみんなにも下りてきてもらおう。いたたまれないったらありゃしない。

消化に悪そうな食事を終えると、俺は兵士たちの中に、エドガーがいるのを見つけた。彼もここで夕飯を取っていたようで、食器を片付け、ちょうど食堂から出ていくところだった。いいタイミングだ、さっき決めたことを話してしまおう。俺は慌ててトレイを下げると、急いで彼の後を追った。
エドガーは、ちょうど二階への階段を上るところだった。慌ててその背中を呼び止める。

「あ、おい!エドガー隊長!ちょっと話があるんだ!」

俺が呼び止めると、エドガーは怪訝そうな顔でこちらを振り向く。声の主が俺だとわかると、エドガーは眉根を少しよせ、それから階段を下りてきた。

「外に出るか。こんなところでする話でもあるまい」

「わかった」

エドガーに続いて、営舎の外に出る。空には星がまたたいていたが、城壁の上で焚かれた松明のせいで、お互いを打ち消しあっている。どちらも明かりには違いないのに、かえって見えづらくなるのは不思議な話だ。
玄関のそばの壁には、ひっくり返った木桶がいくつも立てかけられていた。その内の一つに、エドガーが腰かけた。俺は立ったまま、彼と正面に向かい合う。

「さて、それでは聞こうか。おぬしらの返事を」

「ああ。残ることに決めたよ、俺たちは」

俺が端的に答えると、エドガーは目を点にした。

「……なんだよ、そのリアクション」

「いや……てっきり、ここを去るものだと思っていたのでな」

「まあな。正直、それも十分あり得た……けど、ライラが、逃げたくないっていうもんだから」

「そうか……」

一度言葉を区切ると、エドガーは膝に体重を乗せて、前かがみになった。

「また、似たようなことが起きんとも限らんぞ。先ほども言ったが、私は誰かの味方はできん。それを承知の上での答えだな?」

「ああ。心配すんなよ。あんな事、二度とさせないさ」

「ふん!生意気な小僧が、生意気なことを言いよるわ」

エドガーは憎まれ口をたたくが、その顔は驚くほど穏やかだった。声色にも毒気がない。彼がそんなもんだから、俺も肩の力が抜けてしまった。

「……その、さっきは悪かったな」

「うん?何のことだ。お前の失礼など、掘り起こせばいくらでも出てくるぞ」

「ちぇっ、それはお互い様だろ。……そうじゃなくて、さっき、怒鳴っちまったことだよ。あんたは悪くないのに、八つ当たりみたいになっちまって」

ライラの涙を見て、俺はついカッとなってしまった。監督者であるエドガーにも責任はあるかもしれないが、真に悪いのは、直接手を出してきたやつだったはずだ。

「ああ、そんなことか。いい、いい。むしろ、怒って当然だ」

「え?」

俺がエドガーを見つめると、エドガーはふいっと視線をそらした。

「仲間を傷つけられて、平然としている主がどこにいる。私とて、ロア様や部下を侮辱するものがあれば、たとえ誰であろうと怒鳴り散らかすわ」

「あ、そう……かも、な?」

まさか肯定されるとは思っていなかったので、あいまいな返事しかできない。

「それにな……こちら側の質が低い事も事実だ。あんな連中、私とていい気はせん」

「え。それって、大丈夫なのか?ほら、言ってたじゃないか。城には機密がいっぱいあるから、信用できる人間じゃないと雇えないって」

「ああ。あれでも一応、連中は王家と長い付き合いのある大工、もしくは建築士ギルドの一員ではあるんだが……」

「だから、信用できるって?」

「……そう言えたらいいんだが。この前の戦いの後、王都の民は、ロア様を改めて王として認めた。しかし、戦乱の直後は、民心は荒みやすい。そこが気掛かりだ」

「ふーん……だったらいっそ、別の町からも募集を集めたらどうだ?田舎の人なら、戦いの事もよく知らないだろ」

「いや、それはできん。王都以外の人間を雇った場合、城の機密を遠方へ持ち去られてしまう恐れがある。万が一があった場合でも、王都の範囲内なら、対応も余裕だ」

ああ、なるほど……ん?待てよ。それはつまり、王都なら常に目を光らせておけるって事か?もしも秘密を漏らそうとしても、王都の人間なら速やかに始末することはできるから……?

「……なんだか、すごく物騒な話に聞こえてきたんだけど」

「はっ。綺麗事だけで回せるほど、王国というものは軽くないのだ、元勇者よ?」

エドガーは、馬鹿にしたようににやりと笑った。ちぇ、コイツは俺たちの“殺しはしない”という意向を、ある程度知っているからな。安い挑発だぜ。

「まあ、話を戻すとだな。あの場でお前が怒るのは、正しいことだ。正しい行動に対して、謝罪は必要ない」

「……そう、か」

「そうだ。主を守るのはしもべの務めだが、しもべを守れるのは主だけだ。そのことを忘れるなよ、ネクロマンサー」

エドガーはそれだけ言うと、腰を上げて、一人さっさと営舎に戻ってしまった。後にはぽつんと、俺だけが残される。

「激励してくれた……のかな?」

まさか、あのおっさんから励まされる日が来るなんて。明日になったら、王都に雪が降るかもしれないな。俺は手のひらをかかげたが、よく晴れた夜空からは、雨粒の一滴も落ちてくることはなかった。



翌朝。起床ラッパの音で、俺はパチリと目が覚めた。昨日は相当気張っていたから、眠りが浅かったのかもしれない。
俺がベッドから起き上がると、すでにライラも起きていた。仲間たちから少し離れ、一人窓のそばに立って、空を見上げている。俺に気づいたのか、彼女が振り返ると、朝日に照らされた赤毛がふわりと舞った。

「桜下、起きた?おはよ」

「おう。ずいぶん早いんだな。眠れなかったのか?」

「うーん……少し、かな。なんだか目が冴えちゃって」

そうか……ライラもまた、緊張しているのかもしれない。昨日の今日のことだからな。

「行けそうか?」

「うん。行こう!」

営舎の外に出ると、昨日と同じように、大勢が整列していた。俺たちも昨日と同じく、端っこに並ぶ。昨日はやじが飛んできたが、今日はそれはなく、代わりにじろじろと視線を多く感じた。昨日の俺たちの騒ぎは、すでに広まっているようだ。

「それでは、昨日と同様、これから班分けを発表してゆく!」

前に立ったエドガーが大声を張り上げると、作業員たちは各自の班へ移動を開始した。例にもよって、俺たちの班分けはエドガーが伝えに来る。

「おぬしらの持ち場は、昨日と同じだ。一応、他の班員は変えておいたが」

「わかった。それと、一つ了承してもらいたいんだけど。俺だけは、みんなの持ち場を見て回りたいんだ」

「なに?様子見をして回る、ということか?」

「そういうこと。もし万が一、昨日みたいなことになっても、俺ならすぐに止められるからさ」

「ふむ、なるほど。それは願ったり叶ったりだが。そうすると、お前に割り振った仕事はできないということだな?」

「ああいや、そっちもするつもりだよ。最初と最後だけは、営舎にいるつもりだから」

「はぁ?それだけの時間で、できるものなどあるか」

「あはは、まぁそこは、どうにかするよ。やり方は企業秘密な」

「……ちっ、まあいい。勝手にしろ。成果が上げられるのなら、私は何も言わん」

「サンキュー」

エドガーは半信半疑と言った様子だったが、許可が取れればこっちのもんだ。俺は仲間たちに振り返ると、みんなの顔を見回した。

「そういうわけだ。適当な時間で顔を出すから、もしなんかあったら俺に言ってくれ。できる限りのことはしてみる」

「こっちにも来るの?」とフラン。

「余裕があれば、行くつもりだよ。ライラたちのとこでひと段落付いたらだけどな。それとも、必要ないか?」

「別に、そういうわけじゃないけど」

「じゃあ、そういうことで。俺は先に営舎に顔出してくるから。みんな、頑張ってな」

エラゼムとフランは黙ってうなずき、ライラは気合を入れて拳を握り、アルルカは面倒くささそうに鼻を鳴らした。
みんなを見送ると、俺とウィルは営舎に向かう。

「悪いなウィル、一人にしちゃうけど」

「構いませんよ。こっちではたぶん、何も起こらないでしょうし。皆さんのこと、頼みますね」

「おう!」

自分たちの部屋で、侍女からポプリの材料を受け取れば、後はウィルにバトンタッチだ。侍女たちは朝と夕方以外は、俺たちの部屋へやってくることはない。ウィルがせっせと作業を続けても、ひとりでに出来上がるポプリを見られることはないはずだ。俺はそーっと扉を開けると、抜き足差し足、見つからないように営舎を抜け出した。

「ふぅ、よし。まずは、ライラたちのとこだな」

ライラとアルルカは、王都外郭の城門の修繕に当たっている。ひー、結構遠いな。ここ王城は、王都のほぼど真ん中。外郭へ向かうとなると、かなりの距離で……

「……走ってくか!」

この二本の足よりも、頼りになる乗り物などない!
俺は堀を渡る跳ね橋を目指して、王城の中庭を走り抜けた。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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