じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

5-3

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扉を開けると、真っ先に出迎えたのはウィルだった。

「あ、おかえりなさい、お二人とも」

「あ。お、おう。ウィル、たでいま」

しまった、めちゃくちゃ噛んでしまった。ウィルがこちらを不思議そうに見つめている。

「桜下、おかえり!」

焦っていたところに、たっぷり昼寝して元気になったライラが駆け寄ってきた。助かった、ちょうどいいタイミング。ライラは俺の手を取ると、ベッドに引っ張って座らせた。

「ねぇ、鍛冶屋さんに行ったんでしょ?どうだった?」

「ああ、うん。概算は出せたよ」

俺はみんなに、親方から聞いた修理費について話した。

「金貨五十枚……」

ウィルがほけーっとした顔でつぶやく。あまりに大きい額に、いまいちイメージが掴めていないらしい。

「それは、最低限って思ったほうがいい。もう一回り用意しといた方がいいってのには、わたしも賛成」

フランは、俺とエラゼムが話していた、七十五枚案に賛成のようだ。

「それじゃあ、明日から頑張らないとね……!」

ライラはぎゅっと握りこぶしを作って息巻いた。だがすぐにはっとすると、エラゼムにびしっと指を突きつけた。

「で、でも!お前のために頑張るんじゃないんだから!」

「ええ。ご迷惑をおかけしますが、よろしく頼みます」

エラゼムが素直に頭を下げたので、ライラはきまり悪そうに指をひっこめた。

「……」

「お前もだからな、アルルカ」

部屋のすみで気配を殺しているアルルカにも忘れず声をかけると、アルルカは心底悔しそうに眉をしかめた。こいつを一人で残すと、何をしでかすか分からない。仕事場に連れて行った方が、まだ監視の目が届くだろう。

「さて……」

大方話が付いた所で、俺はすっと立ち上がると、部屋の隅っこで手招きした。

「あー、ウィル?ちょっといいかな」

「へ?ええ……どうしたんですか?」

ウィルはきょとんと首をかしげて、すすすっと寄ってくる。さっきの、デュアンから聞いた話を確かめないといけない。俺はストレートな物言いならないよう、なるべく慎重に言葉を選んだ。

「その……ウィルって、誰かと付き合ったことある?」

「はぁ!?」

わっ、ウィルがものすごい声を出した。しまった、これじゃ結局直球じゃないか。みんなが何事かとこちらを向く。

「あ、あはは……ただ、なんとなく気になったっていうか……」

「な、なんですかそれ。別に、どうでもいいでしょう。私が誰と付き合ってても……」

「え!いたのか、彼氏!?」

まさか、デュアンの言っていたことは本当だったのか!?俺が思わず詰め寄ると、ウィルは目を白黒させた。

「なっ、なんでそんなに食いつくんですか……」

「大事なことなんだよ。ウィルに恋人がいたとなると……」

「え……?」

俺が言いよどむと、さっきまで困惑していたウィルは、青白い顔をぽっと桜色に染めた。

「な、な、なんで……私に恋人がいたら、桜下さんが困るんですか……?」

ウィルはもじもじ、自分の髪を指にくるくる巻き付けている。この反応……もしや、本当に……?俺は最後の確認のため、デュアンの言っていたもう一つの証言を、重々しくたずねた。

「ウィル。まさか……」

「は、はい……?」

「……胸とか、揉まれてないよな?」

ドガッ!

「いってぇ!」

け、ケツを何者かに蹴っ飛ばされた。なんか、前もこんなことがあったような……俺が尻をさすりながら振り返ると、恐ろしく冷たい目をしたフランが、仁王立ちしていた。

「………………」

「な、なにするんだフラン。別に今のは……」

「……今のは、なに?」

う、うわ。こんなフランの声は、今まで聞いたことがないぞ。声に温度があるとしたら、間違いなく氷点下、いや絶対零度……

「事と、次第によっては……」

「ち、ちがう。ただウィルが、ほんとにあいつの探し人かどうかを確かめようとだな……」

「……探し人?」

フランの剣幕がようやく薄らいだ。一方、ウィルは顔を真っ赤にして、両腕で自分を抱いたままカチコチになっていた。

「お、桜下さん……どうしちゃったんです?そういう話がしたいんですか?桜下さんもお年頃ですし、分からなくもないですけど……」

「ち、ちがくて。ごめん、俺の聞き方が悪かった。実はさっき町で、恋人のシスターを探しているって人に会ったんだ」

「恋人の、シスター?あ、それで付き合ったことはあるかとか……」

「そうなんだよ。その人が言う恋人が、ウィルに似てたから。一応確認しておこうと思って」

「あ、なんだ。そういうこと……」

ウィルは胸に手を当てると、ふぅーと特大のため息をついた。うーん、全然遠まわしに聞けなかった気がする……

「……だとしたら、その人の探している恋人は、私ではありませんよ。私は、その……彼氏とか、いたこと、ないですから……」

ウィルはがっくりと肩を落とした。なんだ、やっぱり違ったのか。

「あ、あくまでも!神殿では色恋沙汰にうつつを抜かしている場合ではないという、職業柄の都合があるからですよ!けっして、私がモテないというわけでは……」

「わ、わかってるよ」

ウィルは聞いてもないのにまくしたて始めた。そんなに必死にならなくてもいいのに。

「だいたいですね、シスターの恋人なんて、ありえないですよ。もう少し年を重ねた方ならともかく、私くらいの年齢で恋人なんか作ったら、神殿を追い出されちゃいます」

「ああ、やっぱりそうなんだ。俺もそうじゃないかとは思ったんだよな。戒律ってやつだろ?」

「まあ、それもありますけど。結局は、自制心の問題ですかね。やりたい盛りが付き合っちゃったら、我慢なんてできな、い、から……」

ウィルの声は尻すぼみに小さくなっていった。その顔には「しまった」とはっきり書いてある。久々に出たな、ウィルの破廉恥シスターなところが……男と付き合ったこともないくせに、耳年増なんだから。

「……あー。うん、ウィルの言いたいことはわかった。けど、それだと不思議だな。そいつ、ずいぶん若い男だったんだけど。それに、自分はブラザーだって言ってたし」

「ご、ごほん。だとしたら、それはすっごく怪しいですね。きっと、なにか適当な嘘をついてたんだと思いますよ」

なるほど、ウィルのいう通りかもしれない。どことなく怪しいというか、ちゃらんぽらんな感じはしていたしな。

「そっか。なんにせよ、ウィルのことじゃないならいいんだ。もしかしたら知り合いかもって思っただけだからさ」

「ええ、きっと人違いです。それに、今さら知り合いに会いに来られても、困っちゃいますしね」

あはは、とウィルは寂しげに笑った……やっぱり、みなまで話さなくて正解だった。今のウィルにとって、故郷の話はただ胸を痛めるだけなんだろう。

「あーあ。けっきょく俺の蹴られ損かぁ」

俺が横目でちらりとフランを見ると、フランはぷいっとそっぽを向いてしまった。こいつ……

「ねーおねーちゃん。やりたい盛りってなに?」

「うぇ!?」

一方ウィルは、ライラに自分の失言のツケの清算を迫られていた。ウィルが助けを求めるようにこちらを見るが、俺は天井を見つめて目をそらした。あ、エラゼムですら、まったく足音を立てずにそろそろと後ろに下がっている。ウィルが恨みがましい視線をぶつけてくるが、あの状況に手を差し伸べる勇気ある男は、この場にいなかった。

「ねーおねーちゃん」

「えぇえっと、それはですね……」

弱り果てるウィルを尻目に、俺はそそくさとベッドにもぐりこんだ。明日からは労働が待ち受けている。修理費を稼ぐためにも、ここは頑張らないとな。俺は、ウィルがライラに遠回しに、たどたどしく説明しているのをしばらく聞いていたが、ほどなくして夢の世界へと落ちていった。


つづく
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