じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

5-2

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「さって……五十枚の金貨か」

改めて口にすると、ずっしり重い金額だぜ。エラゼムが遠慮がちに口を開く。

「……桜下殿、やはり」

「おっと!やっぱりやめようとか言うのは無しだぜ。せっかく仕事も見つかって、みんなもやる気なんだ。水差すなよな」

俺がきっぱりと言うと、エラゼムは無言で頭を垂れた。

「……かたじけない」

「おう。けど、五十枚ってのも微妙なラインだよな。親方を疑うわけじゃないけど、もしものことを考えて、もう少しくらい用意しておいた方がいいかもしれない」

「そうですな。もう一回りくらい多めのほうが、安心はできるでしょう」

「もう一回り……一.五倍くらいかな。七十五枚かぁ。結局百枚近くは稼がないといけないってことになるんだな」

「うぅむ……七十五枚ともなれば、相当な大金。もうぐちぐちと管は巻きませぬが、一昼夜で集まる金額ではありません。長期戦は覚悟せねばなりませぬな」

「そうだな。それに加えて、賠償金のぶんもあるし……」

まあ、これは自分が蒔いた種だからしょうがない。それに、親方にも言ったように、あとはひたすら走るしかないんだ。

「ま、どうにかなるさ。悩んでもしょうがないし、気楽にいこうぜ。とりあえず、飯でもくってこうか」

あたりはすっかり暗くなってきていた。ぼつぼつ夜店が開き始めるだろう。俺たちは専門街を抜け、人通りの多い道へと足を運んだ。予想通り、様々な料理を出す屋台があちこちに並んでいる。ここの通りは専門街とつながっているから、そこから家に帰る労働者をターゲットに、飯屋が軒を連ねているんだろう。
俺は、大きな肉団子入りのスープを売っている屋台(通りに直に椅子とテーブルを並べている)を選んで、夕飯をとることにした。

「よろしいのですか?それだけのお食事で……」

エラゼムが、スープの椀をのぞき込んで言う。

「大丈夫だよ、案外だんごのボリュームがあるからさ。十分だ」

それに加えて、そこまで豪遊もできないしな。エラゼムが心配するから言わないけど。
俺とエラゼムは屋外の席に座りながら、通りを行く人を眺めて夕飯をとった。本当に王都はいろんな人がいる。仕事帰りのくたびれた顔のおっさん、逆にこれから仕事なのか、大量の食材を抱えてのしのし歩くおばさん。宿を探す旅人に、血相変えて走っていく子どもは、門限ギリギリで慌てているのだろうか。そんな一行を眺めて、最後のスープの一滴を飲み干した時だった。ふと、通りの向こうから歩いてきた若い男が、俺たちに声をかけてきた。

「もし、そこのお方々。もしや、旅の人ですか?」

「へ?そうだけど……」

そいつは、ウィルの服に似た色合いの、青いローブをまとっていた。胸元には、これまたウィルのとそっくりな金属のプレートを付けている。聖職者だろうか?明るい茶色の髪に、顔にはそばかすが散っている。目はたれ目がちだが、整えられた眉のせいで、どこかキザな印象を受けた。

「突然失礼。僕はゲデン教のブラザーです。じつは、お聞きしたいことがありまして……」

あ、やっぱり聖職者なのか。それより、聞きたい事?

「なんだろう?」

「実は、人を探しているのです。女性なのですが……」

「あー、人探しかぁ。俺たち旅してるから、王都の人については全然詳しくないぜ?」

「かまいません。むしろ、各地を渡り歩いている方のほうが都合がいいので、あなた方に声をかけたのですから」

「そう、なのか?」

「ええ。その女性は、いわゆる行方知れずというやつでして……この王都にいるかどうかも、定かではありません」

行方知れず……エラゼムはいたく胸を打たれたようだ。彼もまた、行方の分からない女君主を探している身だ。共感するところがあるのかも知れない。

「なるほど、事情は分かったぜ。俺たちで知ってることなら教えるよ」

「おお、ありがたい。神のお導きに感謝……」

男は大げさに夜空を見上げると、勝手に椅子を引きずってきて、俺たちのテーブルに座った。

「申し遅れました。僕はデュアンといいます」

「デュアンさんか。俺は桜下だ。それで、デュアンさん。その女の人の特徴とかは?」

「ええ。何を隠そう、その人は僕の恋人なのです」

「恋人!それはそれは……」

「はい。その人は僕と同じ神殿にて、神に仕えていたのですが。ある日突然、忽然と姿を消してしまったのです。ただ、旅に出るという書置きだけを残して……」

「ははぁ……」

……ん?聖職者って、恋人を作ってもいいのか?いや、ダメってことはないだろうけども……しかし、聖職者同士のカップルなんてあるのか?しかも同じ神殿内で?

「僕には、彼女が僕のもとを去る理由がどうしても理解できなかった。それどころか、神殿のプリースティスにすら何も告げず……」

デュアンは俺の疑いなど露も気にせず、熱く語り続ける。

「せめて、僕はその真意が知りたい!無理に引き戻すだとか、彼女の決意を踏みにじるようなことはしない。ただ、何が彼女をそうさせてしまったのか。それが知りたいのです!」

「わ、わかった。それで、その人はどんな人なんだ?」

俺が若干引き気味にたずねると、デュアンははっとして語りを中断した。

「おっと、そうでした。そうですねえ……その人は、まるで真夏に咲くひまわりのように可憐な方です」

「可憐な……」

「ええ。髪は豊かに実った小麦畑のような金色、瞳もまた朝焼けの曙光のような金……そして女性らしさの象徴でもある胸元は、聖母のそれのごとくたわわでして……」

「うん、うん……は?」

最後の部分で、思わず俺は口をぽかんと開けた。デュアンがきょとんとする。

「おや、伝わりにくかったですか?つまりですね、金髪金眼、そしておっぱいの大きい女性だってことです」

「……………………」

ぎぃーーー。何の音かと思ったら、エラゼムがよろめいた体を支えようと、手をついたテーブルがきしむ音だった。そうなる気持ちもわかるよ、エラゼム……

「……なあ、あんた。ほんと~~~に、聖職者なのか?」

「え?ええ、もちろん。ほら、ココにゲデン教のプレートを付けているでしょう?」

デュアンは当然だろうとでもいうように、胸元のプレートを指で引っ張った。確かに、ウィルのとそっくりだ。本物だろう……てことは、やっぱり聖職者で間違いないのか……

「デュアンは、その。その人と付き合ってて、問題はなかったのか……?」

「問題とは?ああ、エッチなことですね。もちろんないですよ、あくまで清い交際です」

「あ、そう……」

「でも、おっぱいは揉みましたけどね。彼女ですから」

「…………」

頭が痛くなってきたな……

「胸は豊かさの象徴ですよ。古代の芸術家たちも、女性のあふれる母性を、豊かな胸という形で表現してきました。僕はそんな偉大な先人たちの、熱い魂を受け継いだと思っているんです」

「そ、そっか……」

「その点、僕の恋人は実に素晴らしい女性でした。麗しい眼、美しい髪、思わず口づけたくなる唇……あと胸……」

俺とエラゼムは、デュアンの熱い語りをげんなりしながら聞いていた。とんでもないやつに捕まったもんだ……
しかしふと、俺の中で、コロンと小さな音が鳴った。何かが引っ掛かるぞ……金髪・金眼・シスター。書置きを残して失踪していて、あと、その……胸が大きい。その条件にぴったり一致する人を、俺たちはよく知っているじゃないか。俺とエラゼムは、思わず顔を見合わせた。

「……その、デュアン?その人の名前って、なんていうんだ?」

べらべらしゃべっていたデュアンは、俺の問いかけにはたと口を止めた。

「うん?ああ、そういえばまだ名前を言ってなかったですね……僕の恋人は、ウィルっていうんです」

……!!ぎぃーーー。テーブルが再度きしんだ。今度はエラゼムと俺が同時に身を乗り出したからだ。

「ウィル……」

「え?まさか、知ってるんですか!?」

「いや、知ってるというか……」

ここまで一致するのは、ただの偶然にしてはできすぎだろう。デュアンの言っている恋人は、限りなくウィルに近いと思う……ただ、ウィルに恋人がいたなんて初耳だ。ウィルの故郷のコマース村にいた時も、そんな話聞いたことなかったし……なにより、仮にそれが本当だったとしても。ウィルは失踪したことになっているが、それは彼女がゴーストになってしまった事実を隠すための嘘なのだ。彼女のことを、村の人たちが忘れないように……ウィルが最期に望んだ、切ない願いだった。

「……ごめん、やっぱりわかんないや。わるいな」

「そうですか……」

デュアンは落ち込んだ様子で椅子にもたれた。少し胸が痛むが……しかし、幽霊となったウィルと会せることなんてできないし。そもそもウィルと、デュアンの恋人のウィルさんが本当に同一人物かどうかも、まだ若干怪しい。

「では、一つ頼まれてくれませんか。もしもあなたたちが、旅先でシスター・ウィルに出会うことがあれば、伝えてほしいのです。あなたの恋人、ブラザー・デュアンがあなたを探していると。僕だけじゃない、プリースティスも、村のみんなも……いつでも、帰ってきてほしいと願っている、と」

「……ああ。わかった、伝えるよ」

嘘だった……俺はとても、この言葉をウィルに伝える気にはなれない。そしたらあいつ、きっと泣いちまうから。

「感謝します。それでは、僕はもう行きます。あなた方に神の祝福があらんことを」

デュアンは席を立つと、最後に聖職者らしく手を合わせてから、人波の中に消えていった。

「……いったい何者だ、あいつ?」

俺は背もたれにずるりと寄りかかった。なんだか緊張して、疲れてしまった。

「話だけを聞く限り、ウィル嬢のことを言っているようにしか思えませんでしたが……」

エラゼムも不可解そうに腕を組んでいる。俺は頭をぶんぶん振った。

「そ~~だけど、でもあいつがウィルの彼氏には、とても見えないんだよなぁ。それとも実は、ああいうタイプが好きなのかなぁ?」

「一度営舎に戻って、ウィル嬢に直接聞いてみますか?」

「そーだな。でもさ、さっきデュアンから聞いたことは、極力内緒にしてくれないか。ほら、みんなが帰りを待ってるってやつ。いまさらそんなこと聞かされても、たぶんウィルを悲しませるだけだからさ……」

「……そうですな。承知しました」

エラゼムはこくんとうなずいた。営舎にもどったら、それとなくウィルに聞いてみよう。ただ、もしも本当にデュアンがウィルの恋人だったら、その時はどうしたもんだろうか。正直に言ったほうが、やっぱりいいのかな……

「……ええい。とりあえず、いったん戻ろう。まずはそれからだ」

俺たちは席を立つと、みんなの待つ営舎までの帰路を早歩きで戻った。



つづく
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