じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

5-1 ウィルの恋人?

5-1 ウィルの恋人?

「……」

「お、桜下殿……その、なんと申し上げたらよいやら……」

「いや、エラゼムのせいでは……」

エラゼムは実にいたたまれない様子で謝るが、彼は何一つ悪くない。というか、誰も悪くはないんだけど……
時は夕刻。外が茜色に染まりつつあるころ、俺たちは城下町の北西にある、工房が集まった一角へとやってきていた。俺はファンタジー感あふれる鍛冶屋を勝手に想像して、胸を弾ませながら足を運んだのだけれど……

「うん……誰も、悪くはないんだよ……まさか、こんなだなんて」

この王都では、派手な武器やカッコイイ鎧にはあまり需要がないのかもしれない。俺たちが訪れた鍛冶屋には、剣の一本も置いてはいなかった。代わりにあるのは、すきや鍬《くわ》、フライパンや馬車の車輪に蹄鉄。刃物もあるにはあるが、包丁やのこぎり、はてはナイフとフォークだった。うん、そらそうだよね。どっちのほうが使用頻度が高いって言ったら、そりゃ日用品になるわね……

「なんだボウズ。ウチの作品にケチつけようってのか?あぁん?」

うわっと。そばにいた、あごに砂鉄のような髭を生やした職人が、俺のぼやきを聞いてしまったようだ。あわてて取り繕う。

「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、もっと武器とかを作ってるのかと思ってたからさ」

「はっ、そりゃ残念だったな。ウチは武器の類は、国の要請でもない限りは打たねえのさ。親方の方針でな」

「あ、そうなんだ」

ちょっと意外かも。俺たちは、このあたりではひときわ大きい鍛冶屋に入ったからだ。巨大な煙突が何本も生えていて、一軒の鍛冶屋というよりは、一つの工場のようだった。それなら剣の一本二本くらい、隅っこで作っててもおかしくないだろ?

「でも、そっかぁ。実は俺たち、剣を直したらどれくらい掛かるかを知りたくて来たんだ」

「あん?なんだ、そうだったのか。けど安心しな、武器の修理リペアだったらウチでも受けてるからよ」

「いや、料金だけ知れればいいんだけど。たぶんここじゃ治せないだろうし」

俺に悪気はなかったのだけれど、ひげの職人は、それを悪口と捉えたらしい。

「あぁんだと?ボウズ、ウチの親方をなめんじゃねぇぞ!どんな剣だか知らねぇが、一捻りで直せらぁ!」

「え。いや、なめてるとかじゃなくて……」

「おーい!親方、ちょいといいですか!このなめたボウズをぎゃふんといわしてくださいよ!」

ひげの職人は俺の話も聞かずに、工房の奥へ向かって大声を張り上げた。
工房には焼けた鉄をトンテンカンテン打つ音や、炎や蒸気のシューシューいう音が鳴り響いていたが、男のどら声はしっかり奥まで聞こえてしまったようだ。一番奥で、真っ赤なかまどの火を睨んでいた爺さんが、タオルの巻かれた頭をこちらへのそりと向けた。彼が、ここの親方らしい。

「おら、いくぞボウズ!その剣とやらを見してみろ!」

「うわ、とと。わかったって」

ひげの職人に襟首をつかまれ、俺はずるずると奥へと連れていかれた。エラゼムも成り行きを見守りながらも、後をついてくる。

「親方!こいつですよ、なめたこと言ってるガキは!」

俺はぽいっと、その親方とやらの前に投げ出された。

「……んん?」

親方がこちらに半目を向ける。う、ちょっと怖い……
顔に刻まれたしわと、タオルからはみ出す白い髪からして、爺さんと呼ぶにふさわしい年齢であることは確かだろう。しかし、体つきはおよそ老人とは思えないほどたくましい。二の腕はがっしりと太く、タンクトップからのぞく胸筋はパツパツだ。さすが、金床かなどこを毎日たたく鍛冶職人だけある。

「あ、あのー……剣に、ヒビが入っちゃいまして。それを直せるかどうか、ってことなんですけど……」

「……見せてみな」

親方は手に持っていたでっかいハンマーを置いて、体をこちらに向けた。俺はエラゼムに目配せすると、大剣を親方の前に出してもらった。

「……白銀の刀身。普通の鉄じゃねぇな。アダマンタイトか?」

「そのとおりです」とエラゼム。

「なるほどな。こいつは、ウチじゃあ無理だ」

「ですよね!ほら見たか、親方に直せないものなんか……」

そこまで言って、ひげの職人があんぐりと口を開けて、親方の顔を見た。

「……え?親方、いまなんて?」

「アダマンタイトなんざ、トンカチでたたいてどうにかなる鉄じゃねえ。こんなもん、ドワーフじゃねぇと手出しできん」

「そ、そんなぁ……」

がっくりとひげの職人は肩を落とした。だから言ったのに……親方は顔の前にぴっと手を立てた。

「すまねぇな、お二人さん。ウチのバカがバカなもんで。勘弁してくれ」

「ああ、それは構わないけど……」

ひげの職人は、怒られてしょんぼりとしょげている。それはいいんだけど、肝心なのは費用感だ。

「なあ、親方さん。親方は、この剣の修理に、どれくらい掛かるかわかるのか?」

「あん?」

「俺たち、ドワーフに剣を直してもらうのは初めてなんだ。どれくらい金がかかるのか、よくわかんないんだよ」

「金か……そうさなあ……」

親方は考え込むように、エラゼムのひびの入った大剣を指でなぞった。

「……ふつう、剣にひびが入ったら、その剣はおしまいだ。刃こぼれならともかく、刀身に傷が入ったら、一から打ち直したほうが早い」

「え……そうなのか?」

「だが、この剣はアダマンタイト製だ。アダマンタイトは堅く、粘り強い金属だから、補修がきく。その技法は人間にはとてもマネできねぇ方法だっつうし、俺も知らねぇ」

なるほど……とりあえず、修理自体はできるわけだな。

「だから、正確な金額は俺にもわからん。だが、一から剣一本分の材料を用意するよりも、ひびを埋めるだけのほうが、安上がりにはなるんじゃないか?そうだな、金貨五十枚ってところか?」

「ごじゅ……」

かなりの大金だ。ひげの職人も、その高額さにビックリしている。

「俺がこの鋼を打てるとして、もしも依頼を受けるならそんくらいだな。何せアダマンタイトは堅いから、苦労もただの鉄とは段違いだ」

うーむ、やっぱりそれくらいにはなるか。安くはないとは思っていたけど、こうして聞くと、あらためて高いな……

「……ありがとう。値段が聞けてほっとしたよ」

「なに?諦めたじゃなくてか?」

「ああ。目標さえ決まれば、あとは突っ走るだけだからな。迷わないですむから安心だ」

俺がそう言うと、親方はふっと笑った。

「そうかい。ま、せいぜい頑張りな」

親方はそれだけ言うと、再び巨大なハンマーを握って、燃え盛るかまどを睨み始めた。俺とエラゼムとひげの職人は、ぺこりと会釈してから親方の元を離れた。

「なんてこった、親方にも打てねぇ剣がこの世にあるなんて……」

ひげの職人はがっくり肩を落としてしまった。よっぽど親方を信頼しているらしい。

「まあ、俺たちが例外なだけだよ。普通の剣だったら、きっと余裕なんだろ?」

「当たりめぇだ!親方は戦争の道具を作るのは気に食わねぇって、剣を打たないだけなんだからな。いいか、打“て”ないのと打“た”ないのは全然違ってだな……」

「あー、はいはい」

俺は適当に聞き流しながら、工房の出口へと向かう。ひげの職人は結局、店先まで見送ってくれた。

「じゃあな。今度は普通の剣を持って来いよ」

「あはは、そうするよ。ありがとな」

俺は手を振って、熱気あふれる工房を後にした。



つづく
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