じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

1-1 勇者たちの思惑

1-1 勇者たちの思惑

「せいや!はあぁぁ!」

「ふんっ。どうした、腕が下がってきているぞ」

長身の女性が、槍を握りしめながらにやりと笑う。その眼には眼帯。隻眼の女武人、アドリアだ。

「くそ……まだまだ!」

挑発ともとれる笑みを見て、金髪碧眼の少年は、ぎゅっと剣を握りなおした。一の国の勇者、クラークだ。クラークは気合を入れて、再び剣を振りかざす。

「やあっ!」

「甘いな。単調すぎだ」

言葉通り、アドリアはすぐさま槍を斜めに構えて、防御の姿勢を取った。剣をはじいた瞬間、カウンターで突きを繰り出す、アドリアの得意技だった。アドリアは、勝ちを確信した。
だがその時、クラークが予想外の動きを取った。剣が槍の柄にぶつかる寸前、強引に腰をひねり、剣を引っ込めたのだ。それどころか、引いた勢いを利用して、ぐるんと逆回転する。

「くっ……!」

体をひねった拍子にマントが広がり、アドリアの片目から一瞬、クラークの姿が隠れた。

「せやあああ!」

剣先を地面すれすれまで下げて、クラークは渾身の切り上げを繰り出した。死角となる足元からの攻撃に、アドリアの反応が遅れる。鋭い一撃は、彼女のむき出しの腹を真っ二つにし……なかった。

「はぁ、はぁ……どうだ!」

「……まいった。これは、一本取られたな」

槍を地面に落とし、両手を上げたアドリアを見て、クラークは満足そうににこりと笑った。肌すれすれで止めていた剣を引くと、額の汗をぬぐう。

「ふぅー。やっと一本取ることができたよ。さすがだね、アドリア」

「まあ、これでも元傭兵だからな。意地だよ。とはいえ、身体強化の魔法を使われたら、とても太刀打ちできんが」

「あはは、そしたらアドリアは、こうして接近戦に持ち込みすらしないだろう?得意の弓で、遠距離攻撃に徹底するはずだね」

「なんだ、よくわかっているじゃないか」

アドリアはにやりと笑うと、落とした槍を拾い上げた。

「しかし、とうとう負けたか。さすがは勇者様と言うべきか」

「いや、けどだいぶ無茶をしたよ。相当強引な動きをしたから、あれを空振りしたら、今度は僕が危なかった」

それもそうだろうと、アドリアはうなずいた。あんな動き、真似しようとしてもできないし、仮にできたとしても、腰が砕けるだろう。それを顔色一つ変えずにやってのけるとは……アドリアは素直に感心した。
するとそこに、少女のニヤついた声が飛んでくる。

「なぁにアドリア。とうとうクラークに負けたのね。ぷぷ、あなた、腕がなまったんじゃないの?」

「む……」

茶々を飛ばしてきたのは、二人の組み手を傍らで見物していたコルルだ。真っ赤な髪に魔女風の帽子をかぶり、花壇のふちのレンガに腰かけ、膝に肘をついてニヤニヤと笑っている。

「それにしても、さすがクラークね。とうとう師範すら超えたじゃない」

「あはは、ありがとうコルル」

爽やかに笑うクラーク。アドリアはピクッとまぶたをふるわせると、拳を口元に当てて、思案するポーズをした。

「ふむ、そうだな……時にクラーク。気が付かないか?」

「え?何に?」

「見てみろ」

アドリアは槍の柄で、コルルの足の間のあたりを指した。

「下着が丸見えだ」

「ぶっ」

「ウソ!?」

「嘘だ」

アドリアは素早く槍を動かして、目が釘付けになっているクラークの足を、いともたやすく払った。どしーん。

「あいたっ。何するんだよ!」

「ちょっとアドリア!適当なこと言わないでよ!」

「ふふん。そんなんでは、師範超えはまだまだだな。コルルはすぐに騙され過ぎだし、クラーク。お前は相変わらず女に弱いな」

「うっ……」

もののみごとにしてやられた。二人は悔しそうに歯噛みするが、得意げな顔のアドリアに言い返す言葉を持っていなかった。

「ああ、あとそれと」

「……?」

「紫は似合わんぞ。やめておけ」

「嘘じゃないじゃないのよっ!!」

クラークたちが今いるのは、白い石のタイルが敷かれた、こぎれいな中庭だ。ここは、ライカニール帝国の首都、キミテズリ。その王宮の一角にある中庭で、彼らは日々の鍛錬を行っていた。そこへパタパタと、小走りで近づく人影が一つ。

「あの、みなさん。ちょっといいですか……」

修道服を着た小柄な少女、ミカエルは、旅の仲間に声をかけようとして、はたと立ち止まった。

「あのぅ……お取込み中、でしたか?」

中庭ではなぜかコルルが、アドリアにボカボカと殴り掛かっている。それなりに体重が乗っているパンチにも見えるが、アドリアの六つに割れた腹筋は、その程度ではびくともしないようだった。

「あはは……何でもないよ、ミカエル。それより、どうかしたの?なにか言いかけていたけど」

「あ、クラーク様……」

「おいおい、様はよしてくれって、何度も言ってるじゃないか。僕たちは仲間、対等だろう?」

「あっ、す、すみません……」

「ははは、別にいいよ。それで、何かな?」

「あ、はい。それが、私“たち”あてのお手紙を預かったと、王宮の方に言われまして……」

「手紙だって?」

クラークが目を丸くする。その声につられて、コルルとアドリアも小競り合いをやめた。

「これが、そのお手紙なんですけど……」

コルルが差し出した封筒には、確かに“勇者クラーク御一行さまへ”としたためられていた。

「誰か個人ならわかるけど、僕たちあてって言うのは、どういう意味かな?」

「それがさっぱり……手紙を持ってきてくださった方も、首をかしげていました」

「う~ん。とりあえず、中を見てみようか」

クラークは剣を抜くと、切っ先で封を開けた。その様子を見て、アドリアが茶化す。

「ひょっとすると、ファンレターかもしれんな。勇者クラーク殿への」

「なっ……」

息をのんだのは、なぜかコルルだった。

「ま、まさか。ファンだなんて」

「はたまた、情熱的なラブレターか……」

「ラブッ……じょ、冗談じゃないわ!クラーク、いったい何が書いてあるのよ!」

コルルはクラークの手元を覗き込もうと、ずいっと顔を近づける。だがクラークの口元は、真一文字に硬く引き結ばれていた。少なくとも、でれでれとニヤけてはいない。

「クラーク……?本当に、何が書いてあるの?」

「コルル。なんと言ったらいいのかな……これは、どうやら挑戦状らしい」

「挑戦状……?」

二人の様子がおかしいことに気づいたのか、アドリアも二人に近づく。

「どういうことだ。勇者に対して挑戦とは」

「うん……この手紙には、とある一行の行先が、事細かに書かれているんだ。それこそ、本人たちしか知り得ないようなことまで、ね」

「とある一行だと?勿体ぶるな、誰なんだそいつらは」

「それは……二の国の勇者だよ」

コルルとミカエルが息を飲んだ。あの勇者の事など、忘れるはずもない。

「どういうことよ?あの勇者たちが、自分たちの旅程を知らせてきたってこと?」

「それか、相当近しい人物が、だね。ここまで詳しいとなると」

「でも、なんでそんな事を、あたしたちに?」

「それは、この一文に尽きると思うよ」

クラークはそう言って、手紙の一番下の行を指さした。そこには流暢な文字で、こう綴られている。

“何方が竜なりや―――?”

「どちらが竜なりや?どういう意味かしら?」

「遠回しな言い方だけど……竜、つまりドラゴンは、全ての生物の頂点に君臨するモンスターだ。この手紙の主はきっと、僕と二の国の勇者、どちらが竜にふさわしいかを尋ねているんだと思う」

「それって……どっちが強いかってこと?」

「そうさ。だから、挑戦状なんだよ」

クラークはぐしゃりと、手紙を握りつぶした。

「この差出人は……知っているんだ。僕とやつとが、一度相まみえていることを。そして、その決着がついていないことまで」

「え……ど、どういうことよ。あの現場を見ていた人は、誰もいないはずでしょう?」

「そうだと、僕も思っていた。今、この時まではね」

皆の顔が曇っていく。アドリアは、固い声で言った。

「どうやら、その手紙の主は、相当曲者らしいな」

「ああ……僕も、そう思う」

「となると、それ自体が怪しくなってくる。あからさまな挑発だ。何か思惑があることは間違いないだろう」

「そうだね。そしてそれは、十中八九、正しい事じゃない」

クラークの目の中に、稲妻がほとばしった。さっきまで、女の子の下着にうつつを抜かしていた少年はどこにもいない。悪の存在を感知するとき、クラークはどんな時よりも、勇者としての本能をむき出しにする。

「行くのか?」

「うん。僕は、あの勇者をまだ許してはいない」

「で、でも!」

と、なおも心配げなコルル。

「その手紙、どう考えても怪しいわよ。罠があるかもしれないわ。それに、あの勇者は、二の国の危機を救ったんでしょ?別に、放っておいてもいいんじゃない?」

「いいや。コルル、覚えていないかい。僕たちが小さな村に立ち寄った時、聞いた話を」

「ああ……その村の女の子が、乱暴されたっていう話ね。覚えてるわ……」

「そうだ……あの勇者は、結果として国を救ったのかもしれない。けど、だからといって!過去に犯した罪が消えるわけじゃ、ない!」

バチバチッ!クラークの周りに、比喩じゃなしに火花が散った。ミカエルがびくりと肩をすくめる。

「あの勇者は、償うべき罪を償わず、受けるべき罰を受けていない。そんなこと、許されていいはずがない……たとえ、どんな罠が待ち受けていようと、僕は行く!!」

クラークはきっぱりと言い切った。こうなった彼を止めるすべはないと、仲間たちは知っていた。でなければ、正義の雷などという大仰な肩書がつくものか。クラークの悪への憎悪は、病的なほどだった。普段は年相応な少年に見えるが、この時だけは、がちがちに頭が固まった老戦士と相違ない。

「待っていろ、二の国の勇者!」

快晴の空を、一閃の霹靂が走った……



つづく
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