じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
8-3
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「その傷のせいで、桜下はみんなにのけ者にされたの?」
ライラの声で、俺は現実に引き戻された。いけない。暗い記憶に、底の底まで浸かるところだった。
「ええっと……いや、そうじゃないな。原因はそれだけど、結局壁を作ったのは俺だ。今だからこそ言えるけど、もう少しうまくやる方法はあった……んだと思う」
「なんで?だって、桜下は何も悪くないじゃん。悪いのは、のけ者にしたそいつらだ!」
ライラは語尾を荒げた。どうしてこんなに感情的に……と考えてから、思い至った。ライラは今の話に、自分を重ねているんだ。ライラもまた、強い魔力を持つがゆえに、迫害を受けた過去があるから……
「ライラ、そういう奴は大っキライ!人と違う、みんなと同じじゃないからって、何でもかんでもすぐに悪いと決めつける奴ら!そんな奴らなんかに……?」
そこまで言って、ライラははっと目を見開いた。
「……ライラ?」
ライラの目は、せわしなく宙をさ迷っている。心なしか、顔色も悪い……いや、勘違いじゃない。ライラの顔からはみるみる血の気が引き、やがて真っ青になっていった。
「も、しか、して……ライラは、おんなじことをしたの」
震える声でライラが紡ぐ。唇が紫色だ。
「おんなじって……?」
「桜下の、帽子を取ろうとしたこと。ライラは、そいつらと同じことをしたんだ。だから、桜下は怒ったんだ……」
ライラは湯につかっているのに、両腕を抱えて、ガタガタと震え始めた。けど、それは誤解だ!
「ら、ライラ!ちがう、そうじゃない!俺は、怒ってなんかいないんだ!」
俺はとっさに、そう叫んだ。
「怒って、ない……?でも、桜下はあの時……!」
ライラは信じられないとばかりに首を振る。とっさに口から出た言葉だったが、俺はそれが、自分の本心だったのだと気づいた。
「ああ。確かに俺はあの時、昔を思い出して、ライラの手を叩いた」
「やっぱり……」
「けど、それは怒りのせいじゃない。俺は……怖かった。怖かったんだよ」
そうだ。今なら、はっきりとわかる。俺は恐怖心から、冷静さを失ってしまったんだ。俺はうつむいて、自分の中を探るように、一つ一つ言葉を選んだ。さっきは失敗してしまった。今度こそ、ちゃんとライラに伝えなければ。
「……けっきょく、同じじゃん。ライラのことを、怖いと思ったんでしょ?」
「いいや。怖かったのは、もっと別のこと……それよりももっと、俺が恐れていた事。それは、ライラが、俺から離れていくこと」
「はな、れる?ライラが?」
「そうだ。俺の周りにいた、大勢と同じように。俺の過去を知って、ライラやみんなが、俺から離れていくことが……また一人になることが、俺は怖かったんだ」
これだ。あの時感じた、恐怖心の正体は。だから俺は、あんなにも取り乱したんだ。
「昔の俺なら、こんなこと考えもしなかったろうな。けど、こっちに来て、フランに出会って、ウィルにエラゼムにライラ、ついでにアルルカに出会って……俺は、誰かと一緒にいることを知った。くだらないおしゃべりをしたり、一緒にメシを食ったり、力を合わせて戦ったり……楽しかったんだ」
俺は、心の中で付け加えた。
もう二度と、失いたくないほど。
「けど、俺はバカだから。結局、ライラを傷つけた。俺の身勝手な、わがままのせいで……ほんとに、成長してなくて嫌になるよ」
「……ほんとだよ!」
バシャ。いきなり、ライラが立ち上がった。
「ほんとに、大バカだよ!」
俺はあっけにとられて、ライラを見上げる。真正面からそう言われると、さすがに言葉が出ない……
「桜下のバカ!そんなんで、嫌いになるわけないでしょ!離れるわけ、ないでしょ!そんなことも分かんないなんて、バカだよ!ばかばかばか!」
「ご、ごめん……」
思わず謝ってしまった。
「ふーっ、ふーっ……」
ライラは拳を握りしめ、わなわなと震わせている。つ、次は殴られでもするんだろうか……だが、その予想は外れた。ライラは小さく呻くと、その瞳からぽろぽろと、大粒の涙がこぼれ始めた。
「ぅ……うわーーん!」
「げぇっ」
ライラはタックルでもかますように、俺の胸に飛び込んできた。いくら軽いライラでも、それなりに痛い……だが、耳元でライラがわぁわぁと泣くもんだから、それどころじゃなかった。とりあえず、背中を軽く叩く。
「泣くなよ、ライラ……」
「うぅぅ。桜下が、ばかなのがいけないんだよ……」
「ああ、ほんとにな」
ライラの言う通りだ、まったく。俺の過去を話したところで、仲間の誰一人として、俺に背を向けることはしなかったんだから。ただもっと、みんなを信じればよかったんだ。
「ごめんな、ライラ」
「う、う。うわーーん!ごめんね、桜下ぁ」
俺はライラの小さな背中を、ぎゅっと抱きしめた。この小さな魔法使いが、そばにいてくれることが。ただただ、嬉しかった。
「ぐすん、すん」
ようやく、ライラが落ち着いてきた。
「大丈夫か?」
「うん……」
ライラは俺から体を離して、手の甲でゴシゴシと顔をぬぐった。涙と鼻水で、顔がぐしゃぐしゃだ。
「そんなにこするなよ。ほれ」
俺はライラの手をそっと退けると、指でライラの顔をぬぐってやった。ライラはくすぐったそうにしていたが、黙ってされるがままにしていた。
「……ライラもね。怒ってなんか、なかったよ」
「うん?」
ふいに、ライラが口を開いた。俺がライラの顔を拭き終わると、ライラは俺の隣にやってきて、ちょこんと座った。
「桜下、気にしてたんでしょ。ライラを怒らせたって」
「ああ、うん。あれ、言ったっけ?誰かに聞いたのか?」
「うん……けど、それは違うよ。確かに、わーってなって、飛び出しちゃったけど……本当は、ライラも怖かったの」
「ライラも?」
「うん。桜下といっしょ。桜下が怒って、嫌われて、もうお前なんか要らないって言われて……また一人になるんだって思ったら、怖くてたまらなくなったの」
「ライラ……」
お湯の下で、ライラの手がぎゅっと、俺の手をつかんだ。俺はその手を、強く握り返した。
「今更言っても、意味ないかもだけどな。俺は、そんなことじゃライラを嫌いにはならないよ。みんなだってそうだ。ちょっと怒ることはあるかもしれないけど、ライラを好きなことに変わりはない」
「うん……ウィルおねーちゃんにも、そう言われた。おねーちゃんもよく怒るけど、それはライラが好きだから叱るんだって。それに、本当にライラのことが嫌いな人は、怒るんじゃなくて殺しに来るんだって」
「え……そ、それ、ウィルが言ったのか?」
「ううん、フランが」
はは……フランらしい。
「でもね、さっきまでは、おねーちゃんの言ってることが信じられなかった。ライラの周りの大人たちは、みんなライラのこと嫌いで、いつも怒ってたから」
「ああ、うん……そうだな。そう奴も、いるかもしれないな」
「けど、さっきの桜下の話を聞いて、思ったの。桜下も、ライラと同じだったんだって。だからきっと、桜下はライラに優しくしてくれるんだって」
俺とライラが同じ……確かに孤立していた点では、似ているところはある。総合的には、ライラの方がずっと非業だと思うけど。
「桜下は、それにみんなも。ライラのこと、いつも大事にしてくれた。おかーさんとおにぃちゃんが、桜下たちと一緒に行きなさいって言った意味が、分かった気がする。だから怖かったけど、もう一度会ってみようと思ったの」
ライラの握る手に、ぎゅうと力が込められた。
「桜下のこと、信じたかったから」
「そっか……ありがとな、ライラ」
「うん。だから、これからも……一緒に、旅をしていこうね」
「ああ……もちろんだ」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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ライラの声で、俺は現実に引き戻された。いけない。暗い記憶に、底の底まで浸かるところだった。
「ええっと……いや、そうじゃないな。原因はそれだけど、結局壁を作ったのは俺だ。今だからこそ言えるけど、もう少しうまくやる方法はあった……んだと思う」
「なんで?だって、桜下は何も悪くないじゃん。悪いのは、のけ者にしたそいつらだ!」
ライラは語尾を荒げた。どうしてこんなに感情的に……と考えてから、思い至った。ライラは今の話に、自分を重ねているんだ。ライラもまた、強い魔力を持つがゆえに、迫害を受けた過去があるから……
「ライラ、そういう奴は大っキライ!人と違う、みんなと同じじゃないからって、何でもかんでもすぐに悪いと決めつける奴ら!そんな奴らなんかに……?」
そこまで言って、ライラははっと目を見開いた。
「……ライラ?」
ライラの目は、せわしなく宙をさ迷っている。心なしか、顔色も悪い……いや、勘違いじゃない。ライラの顔からはみるみる血の気が引き、やがて真っ青になっていった。
「も、しか、して……ライラは、おんなじことをしたの」
震える声でライラが紡ぐ。唇が紫色だ。
「おんなじって……?」
「桜下の、帽子を取ろうとしたこと。ライラは、そいつらと同じことをしたんだ。だから、桜下は怒ったんだ……」
ライラは湯につかっているのに、両腕を抱えて、ガタガタと震え始めた。けど、それは誤解だ!
「ら、ライラ!ちがう、そうじゃない!俺は、怒ってなんかいないんだ!」
俺はとっさに、そう叫んだ。
「怒って、ない……?でも、桜下はあの時……!」
ライラは信じられないとばかりに首を振る。とっさに口から出た言葉だったが、俺はそれが、自分の本心だったのだと気づいた。
「ああ。確かに俺はあの時、昔を思い出して、ライラの手を叩いた」
「やっぱり……」
「けど、それは怒りのせいじゃない。俺は……怖かった。怖かったんだよ」
そうだ。今なら、はっきりとわかる。俺は恐怖心から、冷静さを失ってしまったんだ。俺はうつむいて、自分の中を探るように、一つ一つ言葉を選んだ。さっきは失敗してしまった。今度こそ、ちゃんとライラに伝えなければ。
「……けっきょく、同じじゃん。ライラのことを、怖いと思ったんでしょ?」
「いいや。怖かったのは、もっと別のこと……それよりももっと、俺が恐れていた事。それは、ライラが、俺から離れていくこと」
「はな、れる?ライラが?」
「そうだ。俺の周りにいた、大勢と同じように。俺の過去を知って、ライラやみんなが、俺から離れていくことが……また一人になることが、俺は怖かったんだ」
これだ。あの時感じた、恐怖心の正体は。だから俺は、あんなにも取り乱したんだ。
「昔の俺なら、こんなこと考えもしなかったろうな。けど、こっちに来て、フランに出会って、ウィルにエラゼムにライラ、ついでにアルルカに出会って……俺は、誰かと一緒にいることを知った。くだらないおしゃべりをしたり、一緒にメシを食ったり、力を合わせて戦ったり……楽しかったんだ」
俺は、心の中で付け加えた。
もう二度と、失いたくないほど。
「けど、俺はバカだから。結局、ライラを傷つけた。俺の身勝手な、わがままのせいで……ほんとに、成長してなくて嫌になるよ」
「……ほんとだよ!」
バシャ。いきなり、ライラが立ち上がった。
「ほんとに、大バカだよ!」
俺はあっけにとられて、ライラを見上げる。真正面からそう言われると、さすがに言葉が出ない……
「桜下のバカ!そんなんで、嫌いになるわけないでしょ!離れるわけ、ないでしょ!そんなことも分かんないなんて、バカだよ!ばかばかばか!」
「ご、ごめん……」
思わず謝ってしまった。
「ふーっ、ふーっ……」
ライラは拳を握りしめ、わなわなと震わせている。つ、次は殴られでもするんだろうか……だが、その予想は外れた。ライラは小さく呻くと、その瞳からぽろぽろと、大粒の涙がこぼれ始めた。
「ぅ……うわーーん!」
「げぇっ」
ライラはタックルでもかますように、俺の胸に飛び込んできた。いくら軽いライラでも、それなりに痛い……だが、耳元でライラがわぁわぁと泣くもんだから、それどころじゃなかった。とりあえず、背中を軽く叩く。
「泣くなよ、ライラ……」
「うぅぅ。桜下が、ばかなのがいけないんだよ……」
「ああ、ほんとにな」
ライラの言う通りだ、まったく。俺の過去を話したところで、仲間の誰一人として、俺に背を向けることはしなかったんだから。ただもっと、みんなを信じればよかったんだ。
「ごめんな、ライラ」
「う、う。うわーーん!ごめんね、桜下ぁ」
俺はライラの小さな背中を、ぎゅっと抱きしめた。この小さな魔法使いが、そばにいてくれることが。ただただ、嬉しかった。
「ぐすん、すん」
ようやく、ライラが落ち着いてきた。
「大丈夫か?」
「うん……」
ライラは俺から体を離して、手の甲でゴシゴシと顔をぬぐった。涙と鼻水で、顔がぐしゃぐしゃだ。
「そんなにこするなよ。ほれ」
俺はライラの手をそっと退けると、指でライラの顔をぬぐってやった。ライラはくすぐったそうにしていたが、黙ってされるがままにしていた。
「……ライラもね。怒ってなんか、なかったよ」
「うん?」
ふいに、ライラが口を開いた。俺がライラの顔を拭き終わると、ライラは俺の隣にやってきて、ちょこんと座った。
「桜下、気にしてたんでしょ。ライラを怒らせたって」
「ああ、うん。あれ、言ったっけ?誰かに聞いたのか?」
「うん……けど、それは違うよ。確かに、わーってなって、飛び出しちゃったけど……本当は、ライラも怖かったの」
「ライラも?」
「うん。桜下といっしょ。桜下が怒って、嫌われて、もうお前なんか要らないって言われて……また一人になるんだって思ったら、怖くてたまらなくなったの」
「ライラ……」
お湯の下で、ライラの手がぎゅっと、俺の手をつかんだ。俺はその手を、強く握り返した。
「今更言っても、意味ないかもだけどな。俺は、そんなことじゃライラを嫌いにはならないよ。みんなだってそうだ。ちょっと怒ることはあるかもしれないけど、ライラを好きなことに変わりはない」
「うん……ウィルおねーちゃんにも、そう言われた。おねーちゃんもよく怒るけど、それはライラが好きだから叱るんだって。それに、本当にライラのことが嫌いな人は、怒るんじゃなくて殺しに来るんだって」
「え……そ、それ、ウィルが言ったのか?」
「ううん、フランが」
はは……フランらしい。
「でもね、さっきまでは、おねーちゃんの言ってることが信じられなかった。ライラの周りの大人たちは、みんなライラのこと嫌いで、いつも怒ってたから」
「ああ、うん……そうだな。そう奴も、いるかもしれないな」
「けど、さっきの桜下の話を聞いて、思ったの。桜下も、ライラと同じだったんだって。だからきっと、桜下はライラに優しくしてくれるんだって」
俺とライラが同じ……確かに孤立していた点では、似ているところはある。総合的には、ライラの方がずっと非業だと思うけど。
「桜下は、それにみんなも。ライラのこと、いつも大事にしてくれた。おかーさんとおにぃちゃんが、桜下たちと一緒に行きなさいって言った意味が、分かった気がする。だから怖かったけど、もう一度会ってみようと思ったの」
ライラの握る手に、ぎゅうと力が込められた。
「桜下のこと、信じたかったから」
「そっか……ありがとな、ライラ」
「うん。だから、これからも……一緒に、旅をしていこうね」
「ああ……もちろんだ」
つづく
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