じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
6-3
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キイィ……少しきしむ扉を開けると、予想外に高い天井に目を奪われた。あれ、こんなに大きな建物だったか?あ、もさもさの植物に埋もれて、全部が見えてなかったのか。
中もやっぱり白で統一されていて、ところどころに背の高い観葉植物の鉢が置かれている。そのせいで全体的に縦長に見えるな。日陰に入ったおかげで、ずいぶん涼しいのが助かるぜ。室内は高い天井を活かして、二層構造になっていた。一階が中ほどからロフトみたいになっており、下が調理場、上が食事スペースとして使われているようだ。
俺たちに気づいたのか、調理場の奥から、宿の主人が出てきた。
「おや。お客さん……かい?」
出てきたのは、青いシャツにエプロンをした老婆だった。顔のしわや真っ白な髪を見るに、結構な歳なんだろうけど、背筋はしゃんと伸びていて、見た目よりずっと若く見える。
その老婆は俺たちの様相(暑さでふらつく幼女、このクソ暑いのに全身鎧の騎士、担がれる伸びた女など……)を見て、怪訝そうな顔をしている。
「ずいぶん変わったメンツだね……言っとくけど、あたしんとこは恵まれない子どもへの寄付はしてないからね。キリがないから」
どうやら俺たちは、みなしごの一行だと思われたらしい。まあ確かに、過半数が少年少女だしな……
「いや、いちおう客だよ。今晩泊まりたいんだけど……」
「あら、そうかい。それじゃ、ついてきとくれ。部屋に案内しよう」
ありゃ。拍子抜けするほどあっさりと、婆さんは俺たちを客だと認めてくれた。よかった、ドレスコードがどうとか言われなくて。
客室は中二階の先にあるようだ。手すりのついた階段を上ると、テーブルがいくつか置かれた、ゆったりとしたスペースになっていた。二人組の爺さんが、隅っこの席でカードゲームに興じている。それ以外の客は見当たらなかった。婆さんはそこを通り過ぎて、奥にある並んだ扉の前へと向かった。
「男と女は別の部屋にするかい?」
「あ、いや。一部屋で頼めるかな」
「あいよ。それじゃ、この部屋を使っとくれ」
婆さんは目の前の扉を開けた。中はシンプルな作りで、テーブル、イスに、ベッドが一つ置かれているくらい。しかし今までの宿との大きな違いとして、大きな窓と、バルコニーが設けられていた。
「うわー!とってもいい眺めですよ!」
ウィルがはしゃいで窓へ駆け寄る。窓からは、まるで海のような広さの湖が見えていた。
「へー、いい部屋じゃん」
俺が素直に言うと、婆さんはにこりと笑った。
「あんたたち、運がいいよ。この部屋は人気で、いつもはすぐ埋まっちまうんだ」
「へー……この町は、やっぱり観光の名所なのか?」
「まあね。けど、今の時期は大半が商人さ。こう暑いんじゃ、みんな来たがらないんだろうね」
「ああ、それは確かに……今の時期って、いつもこれくらい暑いのか?」
「ああ。つい二、三日くらい前から、地熱の動きが活発になってね。湧き水の量も増えるから商売人は多く来るけど、そうじゃなきゃ温泉目当ての物好きくらいしかやってこないかね」
「はー、なるほど……」
今はシーズンじゃないってことかな。商人が多く来るのは、湧き水か何かを売り物にしているんだろうか?ミネラルウォーターみたいな。
「でも、温泉もあるんだ。なぁ、この近くで入れたりするのか?」
「ああ。なんだったら、この宿にもついてるよ」
「え!そりゃすごい」
なんだ、思ったよりいい宿だぞ。温泉付きなんて、旅館みたいじゃないか。
「それ、いつでも入れるのか?」
「入りたきゃ勝手にお入り、一階の裏口からでてすぐのところさ。今日は客も少ないから、男でも女でも時間を気にせず入れるよ」
「あ、そっか。男湯女湯の時間があるのか。何時から何時なんだ?」
「だから、それがないから言ってるんだよ」
「え?」
「風呂場は一つしかないんだ。嫌なら時間を決めるとかして、交互に入りな」
それは、つまり混浴ってことになるのか?おいおい、ウィルんとこの神殿といい、こっちの世界の風呂はこんなのばっかりだな。 
「それじゃ、ゆっくりしておいき。あたしは下にいるから、何かあったら下に来とくれ」
婆さんがさっさと部屋から出て行こうとしたので、俺は慌てて呼び止めた。
「あ、待ってくれ。あと一つ、水が貰えないか?」
「水?そこにあるだろう」
「え?」
あ、ほんとだ。婆さんが指さした先には、テーブルの上に乗っている、ガラスの水差しがあった。全然目に入ってなかった……
「今日みたいに暑い日は、おかしな客も多くなるもんさ。水をたっぷり飲めば、若いのに耄碌した憐れな少年も、多少はマシになるだろうさ」
「……どうも」
くぅー……俺が唇を嚙みながら礼を言うと、今度こそ婆さんは部屋を出て行った。婆さんの言う通り、だいぶ暑さでやられているらしい。婆さんがキテレツな俺たちをすんなり受け入れた理由が、これで分かったな。
エラゼムはベッドまで行くと、担いでいたアルルカをぼすっと下ろした。アルルカはベッドに投げ出されても、ピクリとも動かない。大丈夫かな?
「アルルカ、生きてるか?水飲むか?」
俺がたずねると、ベッドにうつぶせになったアルルカは、マントの裾から指だけ出して、虫を払うようにぴっぴっと振った。のーさんきゅー、ということらしい。
「じゃあライラは?」
今度はライラに声をかける。ライラは床にぺたんと座り込むと、そのままずるずる倒れて、タイルに頬をこすりつけている。
「いらない……」
「お、おう……ライラ、汚れるぞ?」
「床、つめたくてきもちー……」
ああ、そういう……そんなに暑いなら水を飲んだほうがとも思ったが、よく見るとライラは全く汗をかいていない。暑いと感じることはあっても、生きている人間のように代謝があるわけではないんだ。一方俺は、喉がカラカラだった。グラスに水をなみなみ注ぐと、一気に飲み干す。
「ぷはっ。はぁ~、ようやくひとごごちだな」
水分が体中に染み渡っていくようだ、袖で口元を拭うと、椅子にどっかり腰掛ける。あぁ~、疲れた。暑さのせいで、いつもの二倍疲れた気がする……
「この暑さはなかなか応えたな。前はこんなことなかったから、悪いタイミングだったわけだ」
「チネツのせいで暑いんだ、みたいなことを言ってましたよね?おばあさん」
そこでウィルは言葉を区切ると、不思議そうに首をかしげる。
「けどチネツって、一体なんでしょう?」
俺は目を丸くする。
「ウィル、知らないのか?あれだよ、地面の中から上がってくる熱のことだろ」
「え?地面が勝手に熱くなるんですか?」
「え?ほら、マグマとか、火山活動とかあるじゃないか。この町の場合は、地下水も関係してるのかもな」
俺だって詳しくはないが、これくらいのことは一般常識として知っている……のだが、ウィルはぽかんとしていた。
「……桜下さん、変なことに詳しいんですね」
「へ、変なことって……別に、学校で習うレベルのことしか、俺だって知らないよ」
「学校かぁ……桜下さん、学校に通ってたんですね。すごいなぁ」
え?あ、そういえば。ウィルは学校に通ったことがないって言ってたっけ。ずっと神殿で暮らしてきたから。
「そっか、ウィルは学校知らないのか」
「ええ。学校って、やっぱりいろんなことを教えてくれるんですね」
「んー、まあな。生きてく上ではそんなに役には立たないけど……」
「そんなことないですよ。こうして、この町のことを理解できているじゃないですか。学があるっていうのは、やっぱりうらやましいです」
「そうか?俺はウィルみたいに、料理ができるとか、魔法が使えるほうがすごいと思うけど」
「えー?そう言ってくれるのは、桜下さんだけだと思いますよ」
そう言いつつ、褒められたウィルはまんざらでもなさそうだった。ふうむ。学校に憧れるウィルと、技術をうらやむ俺。これは、今まで生きてきた環境の違いなのかもしれないな。俺にとって、学校教育は当たり前だった。ウィルにとっては日々の料理や、神殿で教わる魔法のほうが当たり前だったんだろう。そう考えると、すごい世界だな。
(学校、ねぇ)
ウィルはすごいと言ってくれたが、正直あまりいい思い出はない。どちらかというと、辛い思い出の方が多い場所だ。あの頃の俺は、それこそ切れたナイフみたいなやつだった……ちっ。昔のことを思い出したのは久々だな。骸骨剣士に胸を切られてからは、ほとんど思い起こすことはなかったから。
「……」
嫌なことを思い出してしまった。日に焼かれ過ぎたせいか?気分が沈むと、疲れた手足が鉛になったように感じた。ええい、やめだ、やめ。頭を使うのもくたびれたし、このまま寝てしまおうか。そう意識すると、とたんに眠気が……
俺は瞳を半分閉じながら、ぼんやりみんなの様子を見た。フランはバルコニーのほうに歩いて行って、靴をひっくり返している。砂地を走ってきたから、砂がずいぶん入り込んだみたいだ。エラゼムもまた、鎧や荷袋に詰まった砂埃を窓際ではたいている。アルルカはベッドに突っ伏したままピクリとも動かない。ライラは床にへばりついたまま眠りそうになっていたので、ウィルがゆすり動かしていた。
「ライラさん。そんなところで寝ちゃだめですよ。ベッドで寝ましょう?」
「……寝てないよぉ。まだ昼だもん……」
「ならせめて、椅子に座ってください。ね?」
「ぅえ~?うぅ~ん……」
ライラは目をこすりながら起き上がると、俺の隣の椅子ぎぎっとを引いた。そのころには俺は、半分夢の世界に足を突っ込んでいた……うとうとしながら、ぼんやりとライラが隣に来た気配を感じる……
「……あれ?」
ふいに、ライラが何かに気づいた声を上げた。何かあったのか……?薄目を開けると、ライラは、俺のほうへ手を伸ばしているようだ……
「桜下、こんなに暑いのにまだ帽子かぶってるの?取ればいいのに」
ライラの伸ばした手が、俺の頭に触れる。その瞬間、ウィルが明らかに焦った声を発した。
「ライラさんっ」
そして俺の頭の中に、稲妻が走った。
ドクンッ!
「さわるなっ!!!!」
パシーン。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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キイィ……少しきしむ扉を開けると、予想外に高い天井に目を奪われた。あれ、こんなに大きな建物だったか?あ、もさもさの植物に埋もれて、全部が見えてなかったのか。
中もやっぱり白で統一されていて、ところどころに背の高い観葉植物の鉢が置かれている。そのせいで全体的に縦長に見えるな。日陰に入ったおかげで、ずいぶん涼しいのが助かるぜ。室内は高い天井を活かして、二層構造になっていた。一階が中ほどからロフトみたいになっており、下が調理場、上が食事スペースとして使われているようだ。
俺たちに気づいたのか、調理場の奥から、宿の主人が出てきた。
「おや。お客さん……かい?」
出てきたのは、青いシャツにエプロンをした老婆だった。顔のしわや真っ白な髪を見るに、結構な歳なんだろうけど、背筋はしゃんと伸びていて、見た目よりずっと若く見える。
その老婆は俺たちの様相(暑さでふらつく幼女、このクソ暑いのに全身鎧の騎士、担がれる伸びた女など……)を見て、怪訝そうな顔をしている。
「ずいぶん変わったメンツだね……言っとくけど、あたしんとこは恵まれない子どもへの寄付はしてないからね。キリがないから」
どうやら俺たちは、みなしごの一行だと思われたらしい。まあ確かに、過半数が少年少女だしな……
「いや、いちおう客だよ。今晩泊まりたいんだけど……」
「あら、そうかい。それじゃ、ついてきとくれ。部屋に案内しよう」
ありゃ。拍子抜けするほどあっさりと、婆さんは俺たちを客だと認めてくれた。よかった、ドレスコードがどうとか言われなくて。
客室は中二階の先にあるようだ。手すりのついた階段を上ると、テーブルがいくつか置かれた、ゆったりとしたスペースになっていた。二人組の爺さんが、隅っこの席でカードゲームに興じている。それ以外の客は見当たらなかった。婆さんはそこを通り過ぎて、奥にある並んだ扉の前へと向かった。
「男と女は別の部屋にするかい?」
「あ、いや。一部屋で頼めるかな」
「あいよ。それじゃ、この部屋を使っとくれ」
婆さんは目の前の扉を開けた。中はシンプルな作りで、テーブル、イスに、ベッドが一つ置かれているくらい。しかし今までの宿との大きな違いとして、大きな窓と、バルコニーが設けられていた。
「うわー!とってもいい眺めですよ!」
ウィルがはしゃいで窓へ駆け寄る。窓からは、まるで海のような広さの湖が見えていた。
「へー、いい部屋じゃん」
俺が素直に言うと、婆さんはにこりと笑った。
「あんたたち、運がいいよ。この部屋は人気で、いつもはすぐ埋まっちまうんだ」
「へー……この町は、やっぱり観光の名所なのか?」
「まあね。けど、今の時期は大半が商人さ。こう暑いんじゃ、みんな来たがらないんだろうね」
「ああ、それは確かに……今の時期って、いつもこれくらい暑いのか?」
「ああ。つい二、三日くらい前から、地熱の動きが活発になってね。湧き水の量も増えるから商売人は多く来るけど、そうじゃなきゃ温泉目当ての物好きくらいしかやってこないかね」
「はー、なるほど……」
今はシーズンじゃないってことかな。商人が多く来るのは、湧き水か何かを売り物にしているんだろうか?ミネラルウォーターみたいな。
「でも、温泉もあるんだ。なぁ、この近くで入れたりするのか?」
「ああ。なんだったら、この宿にもついてるよ」
「え!そりゃすごい」
なんだ、思ったよりいい宿だぞ。温泉付きなんて、旅館みたいじゃないか。
「それ、いつでも入れるのか?」
「入りたきゃ勝手にお入り、一階の裏口からでてすぐのところさ。今日は客も少ないから、男でも女でも時間を気にせず入れるよ」
「あ、そっか。男湯女湯の時間があるのか。何時から何時なんだ?」
「だから、それがないから言ってるんだよ」
「え?」
「風呂場は一つしかないんだ。嫌なら時間を決めるとかして、交互に入りな」
それは、つまり混浴ってことになるのか?おいおい、ウィルんとこの神殿といい、こっちの世界の風呂はこんなのばっかりだな。 
「それじゃ、ゆっくりしておいき。あたしは下にいるから、何かあったら下に来とくれ」
婆さんがさっさと部屋から出て行こうとしたので、俺は慌てて呼び止めた。
「あ、待ってくれ。あと一つ、水が貰えないか?」
「水?そこにあるだろう」
「え?」
あ、ほんとだ。婆さんが指さした先には、テーブルの上に乗っている、ガラスの水差しがあった。全然目に入ってなかった……
「今日みたいに暑い日は、おかしな客も多くなるもんさ。水をたっぷり飲めば、若いのに耄碌した憐れな少年も、多少はマシになるだろうさ」
「……どうも」
くぅー……俺が唇を嚙みながら礼を言うと、今度こそ婆さんは部屋を出て行った。婆さんの言う通り、だいぶ暑さでやられているらしい。婆さんがキテレツな俺たちをすんなり受け入れた理由が、これで分かったな。
エラゼムはベッドまで行くと、担いでいたアルルカをぼすっと下ろした。アルルカはベッドに投げ出されても、ピクリとも動かない。大丈夫かな?
「アルルカ、生きてるか?水飲むか?」
俺がたずねると、ベッドにうつぶせになったアルルカは、マントの裾から指だけ出して、虫を払うようにぴっぴっと振った。のーさんきゅー、ということらしい。
「じゃあライラは?」
今度はライラに声をかける。ライラは床にぺたんと座り込むと、そのままずるずる倒れて、タイルに頬をこすりつけている。
「いらない……」
「お、おう……ライラ、汚れるぞ?」
「床、つめたくてきもちー……」
ああ、そういう……そんなに暑いなら水を飲んだほうがとも思ったが、よく見るとライラは全く汗をかいていない。暑いと感じることはあっても、生きている人間のように代謝があるわけではないんだ。一方俺は、喉がカラカラだった。グラスに水をなみなみ注ぐと、一気に飲み干す。
「ぷはっ。はぁ~、ようやくひとごごちだな」
水分が体中に染み渡っていくようだ、袖で口元を拭うと、椅子にどっかり腰掛ける。あぁ~、疲れた。暑さのせいで、いつもの二倍疲れた気がする……
「この暑さはなかなか応えたな。前はこんなことなかったから、悪いタイミングだったわけだ」
「チネツのせいで暑いんだ、みたいなことを言ってましたよね?おばあさん」
そこでウィルは言葉を区切ると、不思議そうに首をかしげる。
「けどチネツって、一体なんでしょう?」
俺は目を丸くする。
「ウィル、知らないのか?あれだよ、地面の中から上がってくる熱のことだろ」
「え?地面が勝手に熱くなるんですか?」
「え?ほら、マグマとか、火山活動とかあるじゃないか。この町の場合は、地下水も関係してるのかもな」
俺だって詳しくはないが、これくらいのことは一般常識として知っている……のだが、ウィルはぽかんとしていた。
「……桜下さん、変なことに詳しいんですね」
「へ、変なことって……別に、学校で習うレベルのことしか、俺だって知らないよ」
「学校かぁ……桜下さん、学校に通ってたんですね。すごいなぁ」
え?あ、そういえば。ウィルは学校に通ったことがないって言ってたっけ。ずっと神殿で暮らしてきたから。
「そっか、ウィルは学校知らないのか」
「ええ。学校って、やっぱりいろんなことを教えてくれるんですね」
「んー、まあな。生きてく上ではそんなに役には立たないけど……」
「そんなことないですよ。こうして、この町のことを理解できているじゃないですか。学があるっていうのは、やっぱりうらやましいです」
「そうか?俺はウィルみたいに、料理ができるとか、魔法が使えるほうがすごいと思うけど」
「えー?そう言ってくれるのは、桜下さんだけだと思いますよ」
そう言いつつ、褒められたウィルはまんざらでもなさそうだった。ふうむ。学校に憧れるウィルと、技術をうらやむ俺。これは、今まで生きてきた環境の違いなのかもしれないな。俺にとって、学校教育は当たり前だった。ウィルにとっては日々の料理や、神殿で教わる魔法のほうが当たり前だったんだろう。そう考えると、すごい世界だな。
(学校、ねぇ)
ウィルはすごいと言ってくれたが、正直あまりいい思い出はない。どちらかというと、辛い思い出の方が多い場所だ。あの頃の俺は、それこそ切れたナイフみたいなやつだった……ちっ。昔のことを思い出したのは久々だな。骸骨剣士に胸を切られてからは、ほとんど思い起こすことはなかったから。
「……」
嫌なことを思い出してしまった。日に焼かれ過ぎたせいか?気分が沈むと、疲れた手足が鉛になったように感じた。ええい、やめだ、やめ。頭を使うのもくたびれたし、このまま寝てしまおうか。そう意識すると、とたんに眠気が……
俺は瞳を半分閉じながら、ぼんやりみんなの様子を見た。フランはバルコニーのほうに歩いて行って、靴をひっくり返している。砂地を走ってきたから、砂がずいぶん入り込んだみたいだ。エラゼムもまた、鎧や荷袋に詰まった砂埃を窓際ではたいている。アルルカはベッドに突っ伏したままピクリとも動かない。ライラは床にへばりついたまま眠りそうになっていたので、ウィルがゆすり動かしていた。
「ライラさん。そんなところで寝ちゃだめですよ。ベッドで寝ましょう?」
「……寝てないよぉ。まだ昼だもん……」
「ならせめて、椅子に座ってください。ね?」
「ぅえ~?うぅ~ん……」
ライラは目をこすりながら起き上がると、俺の隣の椅子ぎぎっとを引いた。そのころには俺は、半分夢の世界に足を突っ込んでいた……うとうとしながら、ぼんやりとライラが隣に来た気配を感じる……
「……あれ?」
ふいに、ライラが何かに気づいた声を上げた。何かあったのか……?薄目を開けると、ライラは、俺のほうへ手を伸ばしているようだ……
「桜下、こんなに暑いのにまだ帽子かぶってるの?取ればいいのに」
ライラの伸ばした手が、俺の頭に触れる。その瞬間、ウィルが明らかに焦った声を発した。
「ライラさんっ」
そして俺の頭の中に、稲妻が走った。
ドクンッ!
「さわるなっ!!!!」
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つづく
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