じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
5-2
5-2
翌朝。俺はぱっちりと目が覚めた。こっちに来てから体の調子はすこぶるいいけど、それにしてもしゃっきりした目覚めだった。爽やかな朝の空気をいっぱいに吸い込む。
「すぅー……んーっ」
俺は伸びをすると、伸ばした腕を振り子にぶんと体を起こした。何か夢を見ていたような気がしたけど……なんだったろう、忘れてしまった。俺のすぐ隣には、ライラが丸くなって、すぅすぅと寝息を立てている。不思議なことに、ライラは朝になるといっつも、俺のそばで寝ている。前は驚いていたけど、もう慣れちまった。
「目を覚ましたか」
声のした方を見ると、火を囲んでペトラとウィルが座っていた。ウィルはフライパン片手に、朝ごはんの準備をしているようだ。そういえば、昨日は晩飯を食べずに寝てしまったっけ……急に胃袋がもの寂しくなってきた。
「おはよう、二人とも」
「おはよう」
「おはようございます」
俺は二人に挨拶して、空いている草地に座った。
「ウィル、朝飯の支度か?」
「ええ。ペトラさんが食材を提供してくれたんです」
「おお、そうだったのか。さんきゅー、ペトラ」
「いや、かまわない。なんせ、私は料理の腕はからっきしでな。こうして調理をしてくれるものがいると助かる」
うん、その通りだな。ウィルが来てくれるまでは、俺たちの料理はそりゃあ悲惨なものだった。今でも思い出せるぜ、山で採れた芋虫やら山菜やらを丸めて焼いた団子の味を……料理人のありがたさを実感するのはこういう時だ。
「その、あんまり期待しないでくださいね。私の腕も、たかが知れてますから……」
ウィルは自信なさそうに眉尻を下げるが、俺は首を横に振った。
「そんなことないだろ。ペトラ、ウィルの料理は店に出せるくらいだから、心配しなくていいぜ」
「そうか。それは楽しみだな」
「は、ハードル上げないでください~!」
ウィルはまさしく「><」の目をしていた。それからウィルは顔を赤くして、ぷいっと口を利かなくなってしまった。
「ところでペトラ、他のみんながどこにいるか、知らないか?」
ウィルが拗ねてしまったので、俺はペトラにたずねた。フランとエラゼム、それにアルルカの姿が見当たらない。
「ああ、銀髪の少女と騎士殿は、水を汲みに行った。この近くに小川があるのを、翼の生えたお嬢さんが見つけたのだ」
「そっか。ところで、その翼の生えたお嬢は?」
「ほら。上だ」
ペトラが空を指さす。それにつられて視線を上にあげると、ぽつんと小さな黒い点のようになったアルルカが、はるか上空に浮かんでいた。羽を広げてはいるが、ほとんど羽ばたいていないから、本当に浮かんでいるように見える。あいつ、一度ペトラに見られているからって、お構いなしに飛ぶようになったな……人前じゃ飛ばないように後で言っとかないと。
それから少しすると、水筒を抱えたフランとエラゼムが戻ってきた。俺とペトラが朝飯を食べている間に(豆のスープだったが、見たこともない豆ばかりだった……)ライラも目を覚まし、すっかり平らげるころには、朝日は十分な高さまで昇っていた。天気もいいし、絶好の旅日和だ。
「シスター、とても感銘深い朝食だった。久々にありつけたまともな食事がこれとは、私も神に見放されたものではないな」
ペトラが礼を言うと、ウィルはわたわたと手を振った。
「そんな、お礼を言われるほどでは。食材が良かったからです」
「だとしても、それを調理するのはその人次第だろう。謙遜することはない」
きっぱり言い切られると、ウィルは恥ずかしそうに、もごもごと礼を言った。
「あ、ありがとう、ございます……」
食事がすむと、空に浮かんでいたアルルカが地面に降りてきた。
「アルルカ。あんなところで何してたんだ?」
「暇だったから、空模様を見てたのよ。ついでに、昨日の“うるさい羽虫”がいないかとかも、ね」
うるさい羽虫……昨日の人攫いたちのことか。てことは、連中も完全に諦めたらしいな。
「もしかして、見張っててくれたのか?」
「はぁ?そんなわけないでしょ!あいつらが近くにいると、臭くてかなわないだけよ」
アルルカはふいっとそっぽを向いてしまった。はぁ、やれやれ。こいつと打ち解けるには、まだまだ時間がかかりそうだな。
「さてと……桜下、お前たちはどっちに行くんだ?」
立ち上がり、服についた草をぱっぱと払いながら、ペトラが言った。
「そーだな。俺たちは北を目指してるから……こっからだと、首都を経由することになるのかな?」
「そうか。では、ここでお別れだな。邪魔が入ったおかげでずいぶん遠ざかってしまったが、元々私は巡礼街道を通って、モンロービルという村に行くつもりだったから」
「いっ……!」
モンロービル!俺とフランが同時に反応した。どうしてそこに……あ、そうか。あの村のそばには、竜の遺骨が横たわる呪いの渓谷……俺とフランが出会った森があるじゃないか。
「ひょっとして……そこにも、魔境があるってことか?」
「ああ。その村の近くに、瘴気渦巻く谷があるらしい。“紫魂の幽谷”とも呼ばれるそうだが」
紫魂の幽谷……あの谷間の森は、そんな名前なのか。俺はいろいろ言いたいことがあったが、みなまで話すと俺とフランの出会いから、俺が勇者であることまで話さなくちゃならなくなる。ペトラはいい人っぽいけど、昨日今日あった人に、それはいくら何でも話しすぎだろう。
「……気をつけてな。あそこは、めちゃくちゃ危険なところみたいだから」
俺は、そう無難なことを言うのが精いっぱいだった。
「ああ、お前たちもな。壮大な野望があるのだからな」
「へへっ。まあな」
俺がにやりと笑うと、ぺトラは薄く微笑み返した。
「お互い無事に旅を続けていれば、いずれまた会うこともあるだろう。それまではお別れだ」
それだけ言うと、ペトラは黒髪を翻して黒馬へまたがった。するとそこへエラゼムが、ガシャリと鎧を鳴らして近づいてくる。意外だな、エラゼムが?別れの言葉でも言うつもりかな。
「ペトラ嬢。最後に、一つだけよろしいですかな」
「うん?貴公はたしか、エラゼムだったな。なんだ?」
「同じ剣の道を辿るものとして、お尋ねしたい。吾輩はまだまだ未熟者ではありますが、それでも貴女の腕を見抜ける程度の目は養っているつもりでいます。何故貴女は、その剣で敵を追い払わなかったのでありましょう?」
え、え?確かにペトラは、腰に剣を下げているけど……ペトラって、そんなに腕の立つ剣士なのか?
「……」
ペトラは、エラゼムの空の鎧の中身を見透かすように、じっとその顔を見つめている。だがすぐに、ふっと唇から息を漏らした。
「簡単なことだ。私もまだまだ未熟者なのだよ。奴らを追い払う程度の傷を与えることは難しかっただろう。だからなんとかして振り切ろうとしていたのだ」
「……なるほど。そういうことでしたか」
「ああ。旅人はできる限り身軽なほうがいい。余計な私怨を買うのは御免だ」
「わかりました。ありがとうございます」
エラゼムは納得したようにうなずくと、ペトラのそばを離れた。お、俺にはさっぱり二人の会話がわかってないんだけど……ペトラは黒馬の上から、もう一度俺たちの顔を見た。
「短い間だったが、楽しかったぞ。では、さらば!」
簡単な別れの言葉とともに、ペトラは黒馬の腹をける。ブルル、ヒヒーン!黒馬はしわがれた声でいななくと、声とは裏腹に力強く大地を蹴って走り出す。そしてあっという間に、ペトラの姿は小さくなっていった。
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「すぅー……んーっ」
俺は伸びをすると、伸ばした腕を振り子にぶんと体を起こした。何か夢を見ていたような気がしたけど……なんだったろう、忘れてしまった。俺のすぐ隣には、ライラが丸くなって、すぅすぅと寝息を立てている。不思議なことに、ライラは朝になるといっつも、俺のそばで寝ている。前は驚いていたけど、もう慣れちまった。
「目を覚ましたか」
声のした方を見ると、火を囲んでペトラとウィルが座っていた。ウィルはフライパン片手に、朝ごはんの準備をしているようだ。そういえば、昨日は晩飯を食べずに寝てしまったっけ……急に胃袋がもの寂しくなってきた。
「おはよう、二人とも」
「おはよう」
「おはようございます」
俺は二人に挨拶して、空いている草地に座った。
「ウィル、朝飯の支度か?」
「ええ。ペトラさんが食材を提供してくれたんです」
「おお、そうだったのか。さんきゅー、ペトラ」
「いや、かまわない。なんせ、私は料理の腕はからっきしでな。こうして調理をしてくれるものがいると助かる」
うん、その通りだな。ウィルが来てくれるまでは、俺たちの料理はそりゃあ悲惨なものだった。今でも思い出せるぜ、山で採れた芋虫やら山菜やらを丸めて焼いた団子の味を……料理人のありがたさを実感するのはこういう時だ。
「その、あんまり期待しないでくださいね。私の腕も、たかが知れてますから……」
ウィルは自信なさそうに眉尻を下げるが、俺は首を横に振った。
「そんなことないだろ。ペトラ、ウィルの料理は店に出せるくらいだから、心配しなくていいぜ」
「そうか。それは楽しみだな」
「は、ハードル上げないでください~!」
ウィルはまさしく「><」の目をしていた。それからウィルは顔を赤くして、ぷいっと口を利かなくなってしまった。
「ところでペトラ、他のみんながどこにいるか、知らないか?」
ウィルが拗ねてしまったので、俺はペトラにたずねた。フランとエラゼム、それにアルルカの姿が見当たらない。
「ああ、銀髪の少女と騎士殿は、水を汲みに行った。この近くに小川があるのを、翼の生えたお嬢さんが見つけたのだ」
「そっか。ところで、その翼の生えたお嬢は?」
「ほら。上だ」
ペトラが空を指さす。それにつられて視線を上にあげると、ぽつんと小さな黒い点のようになったアルルカが、はるか上空に浮かんでいた。羽を広げてはいるが、ほとんど羽ばたいていないから、本当に浮かんでいるように見える。あいつ、一度ペトラに見られているからって、お構いなしに飛ぶようになったな……人前じゃ飛ばないように後で言っとかないと。
それから少しすると、水筒を抱えたフランとエラゼムが戻ってきた。俺とペトラが朝飯を食べている間に(豆のスープだったが、見たこともない豆ばかりだった……)ライラも目を覚まし、すっかり平らげるころには、朝日は十分な高さまで昇っていた。天気もいいし、絶好の旅日和だ。
「シスター、とても感銘深い朝食だった。久々にありつけたまともな食事がこれとは、私も神に見放されたものではないな」
ペトラが礼を言うと、ウィルはわたわたと手を振った。
「そんな、お礼を言われるほどでは。食材が良かったからです」
「だとしても、それを調理するのはその人次第だろう。謙遜することはない」
きっぱり言い切られると、ウィルは恥ずかしそうに、もごもごと礼を言った。
「あ、ありがとう、ございます……」
食事がすむと、空に浮かんでいたアルルカが地面に降りてきた。
「アルルカ。あんなところで何してたんだ?」
「暇だったから、空模様を見てたのよ。ついでに、昨日の“うるさい羽虫”がいないかとかも、ね」
うるさい羽虫……昨日の人攫いたちのことか。てことは、連中も完全に諦めたらしいな。
「もしかして、見張っててくれたのか?」
「はぁ?そんなわけないでしょ!あいつらが近くにいると、臭くてかなわないだけよ」
アルルカはふいっとそっぽを向いてしまった。はぁ、やれやれ。こいつと打ち解けるには、まだまだ時間がかかりそうだな。
「さてと……桜下、お前たちはどっちに行くんだ?」
立ち上がり、服についた草をぱっぱと払いながら、ペトラが言った。
「そーだな。俺たちは北を目指してるから……こっからだと、首都を経由することになるのかな?」
「そうか。では、ここでお別れだな。邪魔が入ったおかげでずいぶん遠ざかってしまったが、元々私は巡礼街道を通って、モンロービルという村に行くつもりだったから」
「いっ……!」
モンロービル!俺とフランが同時に反応した。どうしてそこに……あ、そうか。あの村のそばには、竜の遺骨が横たわる呪いの渓谷……俺とフランが出会った森があるじゃないか。
「ひょっとして……そこにも、魔境があるってことか?」
「ああ。その村の近くに、瘴気渦巻く谷があるらしい。“紫魂の幽谷”とも呼ばれるそうだが」
紫魂の幽谷……あの谷間の森は、そんな名前なのか。俺はいろいろ言いたいことがあったが、みなまで話すと俺とフランの出会いから、俺が勇者であることまで話さなくちゃならなくなる。ペトラはいい人っぽいけど、昨日今日あった人に、それはいくら何でも話しすぎだろう。
「……気をつけてな。あそこは、めちゃくちゃ危険なところみたいだから」
俺は、そう無難なことを言うのが精いっぱいだった。
「ああ、お前たちもな。壮大な野望があるのだからな」
「へへっ。まあな」
俺がにやりと笑うと、ぺトラは薄く微笑み返した。
「お互い無事に旅を続けていれば、いずれまた会うこともあるだろう。それまではお別れだ」
それだけ言うと、ペトラは黒髪を翻して黒馬へまたがった。するとそこへエラゼムが、ガシャリと鎧を鳴らして近づいてくる。意外だな、エラゼムが?別れの言葉でも言うつもりかな。
「ペトラ嬢。最後に、一つだけよろしいですかな」
「うん?貴公はたしか、エラゼムだったな。なんだ?」
「同じ剣の道を辿るものとして、お尋ねしたい。吾輩はまだまだ未熟者ではありますが、それでも貴女の腕を見抜ける程度の目は養っているつもりでいます。何故貴女は、その剣で敵を追い払わなかったのでありましょう?」
え、え?確かにペトラは、腰に剣を下げているけど……ペトラって、そんなに腕の立つ剣士なのか?
「……」
ペトラは、エラゼムの空の鎧の中身を見透かすように、じっとその顔を見つめている。だがすぐに、ふっと唇から息を漏らした。
「簡単なことだ。私もまだまだ未熟者なのだよ。奴らを追い払う程度の傷を与えることは難しかっただろう。だからなんとかして振り切ろうとしていたのだ」
「……なるほど。そういうことでしたか」
「ああ。旅人はできる限り身軽なほうがいい。余計な私怨を買うのは御免だ」
「わかりました。ありがとうございます」
エラゼムは納得したようにうなずくと、ペトラのそばを離れた。お、俺にはさっぱり二人の会話がわかってないんだけど……ペトラは黒馬の上から、もう一度俺たちの顔を見た。
「短い間だったが、楽しかったぞ。では、さらば!」
簡単な別れの言葉とともに、ペトラは黒馬の腹をける。ブルル、ヒヒーン!黒馬はしわがれた声でいななくと、声とは裏腹に力強く大地を蹴って走り出す。そしてあっという間に、ペトラの姿は小さくなっていった。
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