じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
3-3
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エラゼムが地面に大剣を横たえると、俺はその上に右手を乗せた。エラゼムの振るうこの剣には、何度も危ないところを守ってもらっている。それを、こんなところで失いたくはなかった。俺は全霊の魔力を込めて叫んだ。
「ディストーションハンド・ファズ!」
シーン……何も起こらない。アルルカを治した時のような、魔力の流れる感覚は一切なく、そして大剣が修復されることはなかった。
「ちっくしょう……」
「……あの。でしたら」
ウィルが、藁にもすがるように提案する。
「剣を、エラゼムさんが持ってみてはどうですか?ほら、桜下さんの呪文は、アンデッドの魂の上でやる必要があるんでしょう?」
「あ、そうだったな!よし、エラゼム!」
「承知しました」
エラゼムが大剣を手に持つ。俺はエラゼムの鎧の上に手を置いた。頼む、これでうまくいってくれ……!
「ディストーションハンド・ファズッ!!」
ヴン!今度は俺の右手は霊体化し、魔力の流れる気配があった。エラゼムの鎧についていた、細かい擦り傷が消えていく。
「やった!これなら……」
「いえ……どうやら、だめなようです」
エラゼムが、悲しげに首を振る。確かにエラゼムの鎧は復元されてはいたのだが、彼の持つ大剣は、まったく影響を受けてはいなかった。大きな傷跡は、今もなお、大剣の中心に刻まれたままだ。
「そんな……」
「やはり武器は、吾輩の一部と見做されはしないようですな……桜下殿、ありがとうございました。どうか、お気を落とさないでくだされ」
「でも……」
「なにも、完全にへし折られたわけではありません。この程度のヒビでしたら、鍛師《かなち》に持っていけばすぐに直せましょう」
「そう……なのか?でもそれ、めちゃくちゃ堅い金属でできてるんだよな?そんな簡単に加工できるのか?」
「それは……」
エラゼムが言いよどむ。もしそんな簡単に直せるんだとしたら、わざわざ俺に頼んだりするだろうか?まじめなエラゼムは、いつも自分のことは後回しだ。その彼が頼んだってことは、それくらいしか方法がなかったからなんじゃないのか。
『……アダマンタイトは、非常に希少なマナメタルです』
沈黙を見かねてか、俺の首の下でアニが揺れた。
『マナメタル、つまり魔力を含む金属ですので、加工は非常に困難です。主様の能力が通じないのも、そのせいもあるかもしれません』
「そう、なのか……アニ、それでそいつの修理は、その辺の鍛冶屋ですぐにできたりするのか?」
『それはまず無理でしょう。アダマンタイトの錬成は、人間の手では不可能だと言われています』
「そ、そんな……」
人間に無理なら、いった誰の手を借りればいいんだよ……?
『しかし、人間には無理でも、別の種族ならそれも可能になります』
「え?別の、種族?」
『はい。それは地下深くに潜り、鉱物に魂を魅了された者たち……ドワーフです』
ドワーフ……!前にどっかで聞いたな。
「確か、二の国のどこかにドワーフの鉱山があるとかって……」
『その通りです。二の国北部に位置する、コバルト山脈。そこの山腹に広がる“カムロ坑道”こそが、ドワーフの地下王国です』
「じゃあ、そこに行けば……」
『その剣を修復することも、叶わなくはないでしょう』
ドワーフの国……そこに行けば、エラゼムの剣が直せる……!
「だったら行ってみようぜ!」
俺が即座にそう言うと、エラゼムが驚いたようにこちらを見た。
「桜下殿……よろしいのですか?」
「もちろん。大事な剣なんだろ?というか、エラゼムの剣が壊れたら大問題だ。うちの防御の要が無くなっちまうよ」
「ですが、せっかくはるばる、三の国まで来たというのに……」
「まあ、それはそうだけど。けど、もう十分観光はしたし。目的は果たしただろ?」
俺がみんなの顔を見ると、ウィルは疲れた顔で笑った。
「そう、ですね。私も、正直もう十分かなって思います……この国の雰囲気は、私、あんまり好きじゃありません」
それは俺も同感だった。まだこの国のすべてを知ったわけじゃないけど……人間を売り買いする制度や、それを何とも思わない国民性は、好きになれそうにない。
「ライラはどうだ?お前が一番、三の国に来たがってたけど」
「ライラ?う~ん、そうだね。ライラも、もういいかな。思ったよりも、知ってることの方が多かったし」
「そうなのか?」
「うん。ライラの教科書は、三の国で書かれたものなのかも。魔術の理論が一緒だったよ」
「へ~……」
へーとしか言えないけど、ライラが言うからにはそうなんだろう。
「……私も、この国に長居しないほうがいいと思う」
フランも同様にうなずく。
「マスカレードは、この国のことなら何でも知ってるみたいなこと、言ってたでしょ。きっと、それだけの情報を集める手段を持ってるんだ。国中に仲間がいるとか」
「うん。確かにそうだな」
三の国にいる間は、俺たちのことは、あいつに筒抜けなのかもしれない。エラゼムの剣が使えない状態で、あいつと再戦するのは避けたい。きっと次は、アルルカ対策も万全にしてくることだろう。
「ていうことで、満場一致だ、エラゼム。行こうぜ」
「……かたじけない。恩に着ます」
エラゼムは深く頭を垂れた。
「いいって。それに、直すならできる限り早いほうがいいしな。そんだけでかいヒビが入ってるんだ、その状態で使っちゃまずいだろ?」
「そうですな……もしもこの状態で使い続けて、完全に破断してしまいましたら……」
その場合は、たとえドワーフといえども、剣の修理は不可能になるかもしれない。エラゼムはみなまで言わなかったが、それくらいは俺にもわかった。エラゼムの防御がない状態で旅を続けるのは、俺としても不安だ。
「そうすると、進路は北だな。ずいぶん遠いなぁ」
だが、ちょうどいい気もした。俺たちはもともと、北の外れの町に行く予定だったのだ。色々あってこんなところまで来てしまったが、その予定が元に戻ったとも言える。するとフランが、あたりを見渡しながら言った。
「それなら、少しでも移動しておいたほうがいいんじゃない?同じところにいたんじゃ、またいつあいつが戻ってくるかも」
「あ、それはそうだな」
襲撃を受けたのと同じ場所で、一晩を明かすのは馬鹿のすることだろう。
「じゃあ、またストームスティードを呼び出す?」
ライラが腕を突き出して意気込むが、それには待ったをかけた。
「そうしたいところなんだけど、今は定員オーバーじゃないか?」
アルルカが増えたことで、ストームスティードに乗れる数が一人あぶれてしまったのだ。空を飛べるアルルカなら、馬に乗らずともついてこられるかもしれないが……彼女を遮る物のない大空で自由にしてもいいものか?俺はちらりとアルルカに視線を向けた。
「……なによ」
「いや……どうしようかなって」
「……はぁ~。別に、逃げないわよ。ていうかこの忌々しいマスクがあるから、逃げようにも逃げられないわ。そしたら血にありつけなくなっちゃうもの」
「お、ほんとか?そんならいいんだ」
よかった、思ったよりあっさり解決したな。
「……こいつのこと、信用していいの?」
フランは、まだ信用ならぬという目でアルルカを見つめている。
「ああ。なに、いざとなったら、俺がおすわりさせて連れ戻すさ」
「それなら……わかった」
フランはしぶしぶうなずくと、足を曲げ伸ばしして準備運動を始めた。ライラが呪文を唱え、俺、ライラ、エラゼムの三人は、疾風で作られた馬に乗り込んだ。そしてウィルが俺の肩に掴まる。さすがに慣れたのか、ウィルはもうめそめそ泣きごとを言わなかった(ただし、顔は引きつっていた)。
「うっし、行こう!」
騎手であるエラゼムが腹を蹴ると、ストームスティードは力強くいななき、猛スピードで荒れ地を駆け始めた。ごつごつした悪路だろうが、疾風の馬には関係ない。小石を弾き飛ばして、ぐんぐん加速していく。俺たちの隣を、フランが鹿のように跳ねながら追走している。岩から岩へ、並外れた脚力を持つフランだからこそできる芸当だった。
俺はふと視線を外して、上空を見上げた。雲一つない夜空は、月が明るいせいで星はほとんど見えない。その濃紺の空に、白い肌に月の光を浴びて飛ぶアルルカが、ポツンと浮かんでいた。コウモリのような皮膜の翼を広げて飛ぶ彼女は、確かに俺たちと同じ方向に飛んでいる。うん、ちゃんと付いて来てくれているみたいだ。
「よし!目指すは北だ!」
ドワーフの国、地下の坑道。いったいどんなところなのだろう?
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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エラゼムが地面に大剣を横たえると、俺はその上に右手を乗せた。エラゼムの振るうこの剣には、何度も危ないところを守ってもらっている。それを、こんなところで失いたくはなかった。俺は全霊の魔力を込めて叫んだ。
「ディストーションハンド・ファズ!」
シーン……何も起こらない。アルルカを治した時のような、魔力の流れる感覚は一切なく、そして大剣が修復されることはなかった。
「ちっくしょう……」
「……あの。でしたら」
ウィルが、藁にもすがるように提案する。
「剣を、エラゼムさんが持ってみてはどうですか?ほら、桜下さんの呪文は、アンデッドの魂の上でやる必要があるんでしょう?」
「あ、そうだったな!よし、エラゼム!」
「承知しました」
エラゼムが大剣を手に持つ。俺はエラゼムの鎧の上に手を置いた。頼む、これでうまくいってくれ……!
「ディストーションハンド・ファズッ!!」
ヴン!今度は俺の右手は霊体化し、魔力の流れる気配があった。エラゼムの鎧についていた、細かい擦り傷が消えていく。
「やった!これなら……」
「いえ……どうやら、だめなようです」
エラゼムが、悲しげに首を振る。確かにエラゼムの鎧は復元されてはいたのだが、彼の持つ大剣は、まったく影響を受けてはいなかった。大きな傷跡は、今もなお、大剣の中心に刻まれたままだ。
「そんな……」
「やはり武器は、吾輩の一部と見做されはしないようですな……桜下殿、ありがとうございました。どうか、お気を落とさないでくだされ」
「でも……」
「なにも、完全にへし折られたわけではありません。この程度のヒビでしたら、鍛師《かなち》に持っていけばすぐに直せましょう」
「そう……なのか?でもそれ、めちゃくちゃ堅い金属でできてるんだよな?そんな簡単に加工できるのか?」
「それは……」
エラゼムが言いよどむ。もしそんな簡単に直せるんだとしたら、わざわざ俺に頼んだりするだろうか?まじめなエラゼムは、いつも自分のことは後回しだ。その彼が頼んだってことは、それくらいしか方法がなかったからなんじゃないのか。
『……アダマンタイトは、非常に希少なマナメタルです』
沈黙を見かねてか、俺の首の下でアニが揺れた。
『マナメタル、つまり魔力を含む金属ですので、加工は非常に困難です。主様の能力が通じないのも、そのせいもあるかもしれません』
「そう、なのか……アニ、それでそいつの修理は、その辺の鍛冶屋ですぐにできたりするのか?」
『それはまず無理でしょう。アダマンタイトの錬成は、人間の手では不可能だと言われています』
「そ、そんな……」
人間に無理なら、いった誰の手を借りればいいんだよ……?
『しかし、人間には無理でも、別の種族ならそれも可能になります』
「え?別の、種族?」
『はい。それは地下深くに潜り、鉱物に魂を魅了された者たち……ドワーフです』
ドワーフ……!前にどっかで聞いたな。
「確か、二の国のどこかにドワーフの鉱山があるとかって……」
『その通りです。二の国北部に位置する、コバルト山脈。そこの山腹に広がる“カムロ坑道”こそが、ドワーフの地下王国です』
「じゃあ、そこに行けば……」
『その剣を修復することも、叶わなくはないでしょう』
ドワーフの国……そこに行けば、エラゼムの剣が直せる……!
「だったら行ってみようぜ!」
俺が即座にそう言うと、エラゼムが驚いたようにこちらを見た。
「桜下殿……よろしいのですか?」
「もちろん。大事な剣なんだろ?というか、エラゼムの剣が壊れたら大問題だ。うちの防御の要が無くなっちまうよ」
「ですが、せっかくはるばる、三の国まで来たというのに……」
「まあ、それはそうだけど。けど、もう十分観光はしたし。目的は果たしただろ?」
俺がみんなの顔を見ると、ウィルは疲れた顔で笑った。
「そう、ですね。私も、正直もう十分かなって思います……この国の雰囲気は、私、あんまり好きじゃありません」
それは俺も同感だった。まだこの国のすべてを知ったわけじゃないけど……人間を売り買いする制度や、それを何とも思わない国民性は、好きになれそうにない。
「ライラはどうだ?お前が一番、三の国に来たがってたけど」
「ライラ?う~ん、そうだね。ライラも、もういいかな。思ったよりも、知ってることの方が多かったし」
「そうなのか?」
「うん。ライラの教科書は、三の国で書かれたものなのかも。魔術の理論が一緒だったよ」
「へ~……」
へーとしか言えないけど、ライラが言うからにはそうなんだろう。
「……私も、この国に長居しないほうがいいと思う」
フランも同様にうなずく。
「マスカレードは、この国のことなら何でも知ってるみたいなこと、言ってたでしょ。きっと、それだけの情報を集める手段を持ってるんだ。国中に仲間がいるとか」
「うん。確かにそうだな」
三の国にいる間は、俺たちのことは、あいつに筒抜けなのかもしれない。エラゼムの剣が使えない状態で、あいつと再戦するのは避けたい。きっと次は、アルルカ対策も万全にしてくることだろう。
「ていうことで、満場一致だ、エラゼム。行こうぜ」
「……かたじけない。恩に着ます」
エラゼムは深く頭を垂れた。
「いいって。それに、直すならできる限り早いほうがいいしな。そんだけでかいヒビが入ってるんだ、その状態で使っちゃまずいだろ?」
「そうですな……もしもこの状態で使い続けて、完全に破断してしまいましたら……」
その場合は、たとえドワーフといえども、剣の修理は不可能になるかもしれない。エラゼムはみなまで言わなかったが、それくらいは俺にもわかった。エラゼムの防御がない状態で旅を続けるのは、俺としても不安だ。
「そうすると、進路は北だな。ずいぶん遠いなぁ」
だが、ちょうどいい気もした。俺たちはもともと、北の外れの町に行く予定だったのだ。色々あってこんなところまで来てしまったが、その予定が元に戻ったとも言える。するとフランが、あたりを見渡しながら言った。
「それなら、少しでも移動しておいたほうがいいんじゃない?同じところにいたんじゃ、またいつあいつが戻ってくるかも」
「あ、それはそうだな」
襲撃を受けたのと同じ場所で、一晩を明かすのは馬鹿のすることだろう。
「じゃあ、またストームスティードを呼び出す?」
ライラが腕を突き出して意気込むが、それには待ったをかけた。
「そうしたいところなんだけど、今は定員オーバーじゃないか?」
アルルカが増えたことで、ストームスティードに乗れる数が一人あぶれてしまったのだ。空を飛べるアルルカなら、馬に乗らずともついてこられるかもしれないが……彼女を遮る物のない大空で自由にしてもいいものか?俺はちらりとアルルカに視線を向けた。
「……なによ」
「いや……どうしようかなって」
「……はぁ~。別に、逃げないわよ。ていうかこの忌々しいマスクがあるから、逃げようにも逃げられないわ。そしたら血にありつけなくなっちゃうもの」
「お、ほんとか?そんならいいんだ」
よかった、思ったよりあっさり解決したな。
「……こいつのこと、信用していいの?」
フランは、まだ信用ならぬという目でアルルカを見つめている。
「ああ。なに、いざとなったら、俺がおすわりさせて連れ戻すさ」
「それなら……わかった」
フランはしぶしぶうなずくと、足を曲げ伸ばしして準備運動を始めた。ライラが呪文を唱え、俺、ライラ、エラゼムの三人は、疾風で作られた馬に乗り込んだ。そしてウィルが俺の肩に掴まる。さすがに慣れたのか、ウィルはもうめそめそ泣きごとを言わなかった(ただし、顔は引きつっていた)。
「うっし、行こう!」
騎手であるエラゼムが腹を蹴ると、ストームスティードは力強くいななき、猛スピードで荒れ地を駆け始めた。ごつごつした悪路だろうが、疾風の馬には関係ない。小石を弾き飛ばして、ぐんぐん加速していく。俺たちの隣を、フランが鹿のように跳ねながら追走している。岩から岩へ、並外れた脚力を持つフランだからこそできる芸当だった。
俺はふと視線を外して、上空を見上げた。雲一つない夜空は、月が明るいせいで星はほとんど見えない。その濃紺の空に、白い肌に月の光を浴びて飛ぶアルルカが、ポツンと浮かんでいた。コウモリのような皮膜の翼を広げて飛ぶ彼女は、確かに俺たちと同じ方向に飛んでいる。うん、ちゃんと付いて来てくれているみたいだ。
「よし!目指すは北だ!」
ドワーフの国、地下の坑道。いったいどんなところなのだろう?
つづく
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