じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

13-2

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「ふぁ……ぁあ。しかし、くたびれたなぁ。色んなことがありすぎた」

この数日間、実に気の休まらない日々だった。おまけに今日は、夜通し動き回ってくたくただ。エラゼムが心配そうに俺の顔色をうかがう。

「桜下殿、さぞお疲れかと存じますが……今はできる限り、あの町から離れたいところでございますな」

「ああ、まったくだ……ふわ」

またいつ、あいつらがアルルカを取り戻そうと追ってくるかもわからないし……俺はそのアルルカの様子をうかがう。アルルカはさっきから微動だにせず、ひたすらうつむき続けていた。ここまで落ち込まれるとさすがに憐れに思えてくるが、かといって逃がしてやるわけにもいかない。もとより、身から出た錆だ。

「とりあえず、日が出るまでは歩いておこうか」

日の出まであとどれくらいかは分からないが、俺たちは町を離れるべく、黒い木々が茂る林の中を歩き始めた。

「ま、けどな……慣れない事はするもんじゃないな。やっぱり、俺に勇者は務まらないぜ」

俺は誰に言うでもなくひとりごちた。俺が勇者に扮した理由は、シリス大公の耳に今回の一件を伝えるためだ。どこぞの旅人がヴァンパイアを退治しました、じゃ、シリス大公が俺たちだって気づかないかもしれないだろ?
それ以外にも、ややこしい因縁をもらわない目的もある。セイラムロットの連中は、仮面の勇者がヴァンパイアを連れて行ったんだと思っているからな。ようやく王国兵に追われなくなったんだ、すぐに追っかけができちゃたまったもんじゃない。

「やっぱり、気楽なのが一番だ」

そもそも、今回この町に来た経緯からして、いつもと違った。シリス大公に半ば脅される形で始まった今回のクエストは、思い返せばしんどい事ばかりだった。

「そうですね……いつもの冒険とは、ちょっと毛色が違いました」

ウィルも俺に同意する。彼女も、リンたちのことでショックを受けていたからな。しんどい思いをしただろう。

「最終的に、殺しはしないで済んだからよかったけど……もう王様の言いなりになるのはこりごりだ」

「ほう。そうなのかね?」

え?今の、誰の声だ?どこかで聞いたような……俺たちはいっせいに声の主を探したが、辺りには木の陰ばかりで、人の姿は見えない。

「ど、どこだ!隠れてないで出て来い!」

「隠れてなどいない。君たちが見当違いの方向を向いているのだ」

なに?するとフランがある一点をさして、鋭い声を上げた。

「あそこだ!」

どこだ?フランは、木の上の方を指している。目を凝らすと、そこには一羽のフクロウが止まっていた。

「フクロウしかいないけど……?」

「どこ見てんの!あいつが喋ってるんだよ!」

な、なんだって?フクロウが?

「その娘の言う通りだ」

うわ、ほんとにフクロウが喋った!

「ど、どうなってんだ……何かのモンスターか?」

「いや、そうではない。これは魔術師の使い魔ファミリアだ。私が君たちの働きを視察するためにやった、召使いだよ。その体を借りて、こうして私が喋っている」

「つ、使い魔?じゃあ、その主であるあんたは、一体誰なんだよ?」

「思い出さないか?ついに数日前に、王宮で会ったというのに」

王宮だって……?あ、こ、この声!

「あんたまさか、シリス大公!?……ですか?」

「そうだ」

な、なんてこった……フクロウは黄色い瞳をぱちくりさせ、あざけるように顔を九十度傾けた……ん、まてよ。そういえば、俺たちが城から町へ帰って来る時も、木にフクロウが止まっていたな。まさか、あん時から見られていたのか……

「さて。君たちは、見事私の頼みを成し遂げてくれたようだね。礼を言おう」

「……別に。あなたの為にしたわけじゃないですから」

「うん、百点の回答だ。私は正式に君たちへ依頼したわけではない。君たちと世間話をし、それを君がたまたま覚えていて、成し遂げただけだ」

わかってるんだったら、最初から言うなよ!俺は突っ込みたくて、唇がムズムズした。

「しかし、君たちは我が国へ貢献をしてくれた。これは王室からの報酬を得るに値する行為だよ」

「いいですよ、そんなもん。気持ちだけもらっておきます」

「そうはいかない。細々した決まりがあって、褒美はきちんと授与されなければいけないことになっているのだ」

すると突然、フクロウの腹が蛇腹状にびろんと伸びた。

「うわっ!きも……」

「面白い生き物だろう。イツマデンという鳥だ。腹に多くのポケットを持ち、物を運ぶのに便利な使い魔だよ」

そのイツマデンとかいうフクロウは、腹をゆすると、手のひらサイズの巾着をどさっと地面に落とした。

「受け取りたまえ。褒美だ」

な……俺に拾わせるのかよ?くぅ~、どこまでも馬鹿にしやがって。

「おい、シリス大公!」

「なんだ?言っておくが、返品は受け付けないぞ」

「あ、そう……じゃなくて!こっちこそ言っておくけどな、こんなことはこれっきりなしだからな!」

「うん?こんなことというのは、今回のような取引のことか?」

「そうだ。今回は仕方なく引き受けたけど、二度目はもうないぞ」

「なぜだね。君たちは名声と報酬を得られ、私は国内が安定する。いい取引だと思うが。そもそも、なぜ君は勇者であることを拒絶する?」

シリス大公の使い魔は、黄色い双眸で俺の顔を覗き込む。

「この一連の騒動で分かっただろう。君は、まぎれもなく勇者だ」

「まさか、冗談じゃないよ。俺が勇者を演じるのは、あまりにも役不足……じゃなかった、役者不足……でもなくて」

あれ、こういうの、なんていうんだっけ?フランがため息交じりにつぶやく。

「大根役者」

「そう、それだ!つまり、何が言いたいかっていうと、俺には勇者役は務まらないよ。それに、俺自身全然楽しくない。俺たちは、自由な勢力だ。誰かに命令されるなんて、まっぴらだ」

「……ふむ。今の発言は、ともすれば反逆ともとれるが」

「どうぞ、ご自由に。もうあんたとのやり取りはこれっきりだよ。脅そうが何しようが、もう決めたことだ」

フクロウは、さっきとは逆の方向に顔をぐりんと回転させた。

「なるほど。そういう生き方もあるだろう。二の国の王女は、とんだじゃじゃ馬をつかまされたものだな」

「ふん。否定はしないよ」

「よかろう。私としても、そんな不誠実な者たちに仕事を振ろうとは思わない。君たちがわが国で不遜な動きを見せない限りは、君たちとはこれっきりだ」

「そりゃ、どうも」

「うむ。君たちのような賢くない生き方がどこまで通用するのか、せいぜい見届けさせてもらうとしよう。では、さらばだ」

一方的に会話を打ち切ると、フクロウは最後にホーッと鳴いて、静かに飛び立っていった。それを目で追うと、空がだいぶ白んできている。そろそろ夜明けも近いな。

「ったく、最後まで嫌味なヤローだぜ。ゴミみたいに放り投げていきやがって……」

俺はぶつくさ言いながら、フクロウが地面に落としていった巾着を拾い上げた。わ、重い。じゃらりと中身が揺れる。

「うわ……中身、金貨だ……」

袋の中には、そこそこの量の金貨が詰まっていた。

「んでもなぁ、あいつから貰ったってのが気に食わないなぁ……」

「でも桜下さん、お金には変わりありませんよ」

ウィルが俺の手元をのぞき込みながら言った。

「こっちに来てから、何かと出費もかさんでたじゃないですか。せっかくですから、もらっときましょうよ」

「くっ、癪だが……」

ちぇ、背に腹は代えられないな。俺は巾着を自分のカバンにしまった。するとフランが、フクロウの消えていったあたりを見ながら眉をひそめた。

「それより、よかったの?確かにいけ好かないけど、あいつはこの国の王なんでしょ。そいつの手をひっぱたくようなことして……」

「あー、いいよいいよ。あいつとつるんでも、絶対ろくなことにならないぞ。こんな面倒ごとばかり押し付けられて、次こそは本当に殺しをしなくちゃならなくなるかもしれない」

「それは……そうかもね」

「だろ?あいつが求めてるのは、勇者としての俺だ。でも俺は、この第三勢力としての俺しかないから。二役も演じれないよ」

するとフランは、からかうようにクスッと笑った。

「大根役者だから?」

「そのとーりだ。俺は俺だ、何度も言ってるだろ」

俺がニヤッと笑うと、エラゼムが声を立てて笑った。

「はははは。よいではありませぬか。二面性を持つ人間というのは、えてして信用が置けぬものです。その点桜下殿には、迷いなく信頼を寄せられますからな」

「お、エラゼム。いいこと言う」

笑いあう俺たちをフランがあきれた目で見ていたが、俺はちっとも気にならなかった。大根役者でいいじゃないか。自分の道を見失ったら、きっと望むものは手に入らなくなってしまう。そのことを、今回の一件で学んだのだ。
俺は、俺を大事にしていけばいい。今は、それで十分さ。



八章へつづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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