じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

13-1 暁のフクロウ

13-1 暁のフクロウ

「ふぅ……この辺までくれば、さすがに人の目もないかな」

枝ばかりの木々が立ち並ぶ郊外に来てから、俺はようやく一息ついた。あたりには一軒の家もないし、そろそろ窮屈な仮面も外してよさそうだな。俺が仮面へと手を伸ばしたその時……

「はぁ、はぁ……ま、待って!」

うわ!俺はびくっとして、再び仮面を顔に押し付けた。だ、誰だ?俺たちの後を、誰かが追って来たらしい。フランが爪を抜き、臨戦態勢をとる。

「はぁ、はぁ。わ、私よ。ローズ!シスター見習いの!」

へ?あ、本当だ。木々の合間から現れたのは意外にも、俺たちを毛嫌いしていたローズだった。俺は思わず素でどうしたんだと声をかけそうになったが、今の俺はまだ勇者だ。いちおう、それっぽくふるまわなければ。

「……どうした?まだなにか?」

「え、ええ。少し、あなたたちと話がしたくて……ねえ、どうして私の名前を知っているの?さっきも、私の名前を呼んだわよね?」

「あ?あ、ああ……リンから聞いた。リンは、今夜の出来事を忘れてしまっているようなんだが、俺はリンと城で話をしていて……」

「そう……じゃあ、あなたが桜下っていう、あの旅人だからってわけじゃないのね?」

ドキン!心臓が口から飛び出そうになった。ウィルは自分の口を押えて、悲鳴を押し殺している。

「な……なんだって?」

「靴よ」

「は?靴?」

「あなた、昼間事務所に来た時、扉に足を突っ込んだでしょう。私、そんな無礼なことをする人、見たことなかったから。よく覚えていたの。で、その靴とあなたが履いている靴が一緒」

ま、まさか。さすがに俺も、靴でばれることはないだろうと、そこまで気を配っていなかった。だが確かに、靴だけはマントの裾から見えている。靴の形状を詳細に覚えていれば、俺の正体を見破ることは可能だ。

「“C”が一緒なら、“A”と“B”をイコールで結べるわ」

「……降参だ。頭いいんだな」

俺は両手を上げると、フードを脱いで、仮面を外した。

「そうでもないわ。前にいたところで、算術を習ったことがあるだけよ」

「そっか……ところで、俺のことは」

「秘密なんでしょ。わかってるわ。町の人に言いふらしたりはしない」

「そ、そうか」

ほっとしたが、ずいぶん協力的だな。てっきりリンのことについて、問い詰められるかと思っていたのに。

「ねえ、姉さんのことなんだけど……」

「ああ……信じられないかもしれないけど。今夜、リンはあの城で、とてもつらい目にあったんだ。だから……」

「やっぱり……そうだったのね」

「え?」

「私が、何も知らないバカな小娘だと思った?気づいてたわよ、この町の変なところに」

ローズは当然だとばかりに、さらりとそんなことを言った。

「え、で、でも。リンはそんなところ、ちっとも……」

「知ってたのは私だけよ。姉さんは素直な人だから、教団のことを少しも疑いはしなかったからね。私が何度も儀式をやめようって言っても、ちっとも聞いてくれなかったわ……」

「そ、そうだったのか」

「けど結局、私も姉さんを止められなかった。だって、奴隷である私たちは、この町を追われたら生きていく場所がないわ。怪しかろうがなんだろうが、私たちはここにいるしかなかったもの」

それもそうか……いくらクライブ神父たちが隠していることに気付いたって、逃げ場がないのではどうしようもない。

「だからこそ、あなたたちが姉さんを助け出してくれたことには、とても感謝しているの。本当にありがとう」

ローズは勢い良く頭を下げた。まさか、あのローズから礼を言われるなんて……思ってもみなかった俺は、ぽかんと固まってしまった。

「どうしても、そのお礼が言いたかったの。あなたたち、さっさと行っちゃうから」

「あ、ああ……けど、そんな頭を下げられるようなことじゃ。リンは、ショックで記憶を失っちまった。もしかすると、今後後遺症が残るかも……」

「それは大丈夫。私がいるもの。私が姉さんを支えるわ」

ローズは、自分の胸をトンと叩いた。

「この町に来た時、右も左もわからない私にとても優しくしてくれたのが姉さんなの。ノーマの私に、あんなに優しくしてくれた人はいないわ……だから、次は私が恩を返すのよ」

「そっか……なんとか、なりそうか?」

「ええ。それにね、この町の人は、みんながみんな悪い人ではないと思うの。ほら、町はずれに酒場があるでしょ?あそこのマスターとかね」

「へ?ローズ、あのマスターと知り合いなのか?」

「それほどではないけど、まあぼちぼちね。あの人、前から町の在り方に疑問を持ってたらしいから。私がこの町のことに気付けたのも、きっかけはあの人が教えてくれたからなのよ」

「そうだったのか……」

だからマスターは、俺たちにも警告をしてくれたのかもしれない。町のしがらみに捕らわれながらも、あの人なりに良心を貫いていたんだろう。

「そういう、私たちを理解して、助けてくれる人たちを募ってみるつもり。もしだめなら、私が畑でも耕すわ」

「あはは、頼もしいな……頼んでいいか、ローズ。リンのこと。俺はリンに、何もしてやれなかった。あいつを支えてやれるのは、きっとあんただけだ」

「そんなことないわ。あなたは姉さんの命を救い、そして私の命も救ってくれた。私、あなたたちのこと忘れない」

ローズは短くそういうと、最後ににこりと笑みを残して、町へと駆け戻っていった。

「……意外だったな。まさか最後に、ローズに礼を言われるなんて」

なんだったら、一番関係がうまくいってないまであったのがローズだったから。

「リンさんを助けたことで、彼女の信頼を勝ち得たんでしょうね」

ウィルが遠ざかっていくローズの背中を見つめながら言う。

「けど、それだけに残念でしたね。最後に、リンさんとは喧嘩別れのようになってしまって……」

「ああ、うん……でも、正直これでよかったのかもなって思ってるよ」

「え?な、なんでですか?」

意味が分からないという顔で、ウィルが俺を振り返った。

「だってさ、リンが嫌いになったのは、最終的に俺だけで済んだだろ。あいつはきっと、仮面の勇者が町をめちゃめちゃにしたと思い込んでるはずだ。町の人たちが自分を裏切っていたことも、自分の先輩たちが犠牲になったことも、もう彼女は覚えていないんだ」

「そう、かもしれませんが……でも!」

「いいんだ。もちろん、リンが記憶を失うほどのショックを受けたことは、かわいそうだと思うけれど……」

俺は横目でアルルカを見た。アルルカはうつむいたまま、こちらの話を聞いているのかもわからない。ふぅ、やれやれだ。

「でも、結果的には、リンは一番つらい記憶を忘れられたんだ。それなら別に、それでもいいのかなって」

「……桜下さんは、それで納得してるんですか?」

「もちろんだ。それにな、俺はリンに嫌われてしかるべきだよ。俺は今回の騒動の中で、リンを騙して、利用した。彼女を助けるためでもあったとはいえ、それは紛れもない事実だ」

犯した罪には、相応の罰が課されるべき。さっき自分自身が言ったことだった。どんな理由であれ、リンの心を利用した俺に、彼女から礼を言われる資格はない。

「……やっぱり、変な人ですよ。桜下さんって」

「あはは、そうかもな」

「ええ。でも、だからこそ……」

「……続きは?」

「……ナイショです。桜下さんには教えません」

はぁ?ウィルはちろりと舌を出すと、そのままふわりと宙へ浮かび上がってしまった。何が言いたいんだ、あいつ……



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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